できることなんてないらしい




 俺たちが死体を見つけてから、一日が経った。


 死体を発見した後、すぐに警察に連絡して、団長と副団長にも連絡した。宿舎が現場に近かったため、団長たちが警察よりも早く現れた。

 死体がヌイベという『終天の彼方』の団員である、と団長たちも言ったから、そこはもう間違いないだろう。

 で、現場に来た警察の人たちに俺とジントは発見時の状況を聞かれて、その後にすぐに宿舎に戻った。

 ヤクザの麻薬の後にあんな殺人事件を起きたから、俺はあまり寝ることができなかった。怖かったから、というより、いろいろと考えていたらなかなか寝れなかった。


 ジントも寝ることができなかったのか、朝食の席では少し眠たそうに欠伸をしていた。

 俺と違って、平特であるジントは魔法学院に行かないといけないから、二度寝するわけにはいかずに辛そうだった。


 俺はもちろん朝食の後に二度寝するため、布団へと一直線に向かった。だけど、寝ていたら副団長殿に叩き起こされて(何をされたのかはご想像にお任せ)、ギルドの団員全員を緊急収集するということで服を着替え、ギルドへと訪れた。


 そこにはギルドの団員たちがずらずらと。もう既にヌイベが死んだことが知られており、彼らの会話はそれについてばかりだった。

 俺は空いている酒場の席に座る。


「注目ぅぅぅ!!!」


 副団長の声で、騒がしかった団員たちも静かになる。

 副団長以外が黙った場で、副団長が団員全員に聞こえるよう大声を上げる。


「既に知っている者もいると思うが、我らが友ヌイベが亡くなった! 事件の詳細を今から団長が説明するので、静聴するように!!」


 副団長がそう言って、警察から渡されたであろう資料を持っている団長と場所を交代する。

 なんだかあれだな。入団試験の試験内容発表の時のことを思い出してしまうというか。凛とした声の副団長に対して、緊張感のない声の団長だったな。

 あれからどれくらい経ったっけ?

 しかし、今日の団長は以前の緊張感のない声ではなかった。


「昨日、我がギルドの団員二人が、同じく我がギルドの団員であるヌイベの死体を発見した。死亡推定時間はまだわかっていないけど、おそらく発見の一、二時間前。事故死の可能性はほぼ無くて、殺人の可能性が大らしい。これが僕たち『終天の彼方』の団員を狙って起きた犯行かはまだ断定できないね」


 団長も普段からあんな風に話せばいいのに。なんか今の団長は、普段と違ってすごく"団長している"。

 団長が資料を捲りながら、説明を続ける。


「ヌイベさんは魔装具である剣を持っていて、その剣は真っ二つに折れていたらしい。つまりは殺人犯と戦った可能性が高いというわけだね」


 ヌイベという男は戦って負けて殺された。

 それが意味するのは


「殺人犯はかなりの手練れだね」


 団長の言葉に少し団員たちがざわめいた。

 静粛に、という副団長の言葉で静けさを取り戻す。団長は資料を見ることをやめ、団員たちを見ながらこう発言した。


「これから単独行動を禁止する。普段から最低でも二人で行動するように。依頼を受ける場合は、最低四人集まらないと依頼を受けられないことにするよ」


 まぁ、妥当な判断だよな。犯人が分かっていない以上、下手に探すのは得策ではないし、これ以上被害者を出さないことの方が重要だしな。

 団長の言葉に反対する者たちはいない。集会はそのまま解散となった。寝不足な俺はそのまま酒場で寝ようとしたら


「寝るな馬鹿者」


 副団長に叩き起こされた。

 副団長の方を見れば、副団長の隣に団長が立っていた。団長が俺の前の席に座る。


「カルキ君、君は絶対に一人で行動しないように」


 団長にそんなことを言われた。しかも結構な真顔で。

 俺は団長の声を真似をして、理由を聞く。


「なぜ?」

「君とジント君は犯人に顔を見られた可能性がある。つまり、次の目標に選ばれやすい」

「なるほどぉ」


 いかん。団長の真似をしようとしたけど、違う方向へ行ってしまった。って、ふざけている場合じゃないか。ちゃんと真面目に話を聞かないと。


「じゃあ、ジントは? 魔法学院に行かないといけないだろ?」

「ジント君には普段通りに魔法学院に行ってもらうよ。だから君にはあることをお願いしたい。向こうの許可は取ってある」

「?」


 そして団長から伝えられた依頼に俺は驚いてしまった。


























***



 ヌイベさんが死んだ。

 あれは確実に他殺だ。事故死でも自殺でもない。

 なら、一体誰が? 何のために?

 そればかりを昨日の夜から考えている。

 そのせいで寝不足だ。授業に集中するなんてできないに決まっている。授業の内容は予習で完全に理解したところだというのが唯一の救いだ。

 授業を終わらせる鐘の音が、魔法学院中に響く。教師は教室から出て行き、生徒たちはいきなり騒がしくなる。


「眠たそうだね、ジント」


 俺が欠伸をしていたら、ハルフォルトが話しかけてきた。今更だが、ハルフォルトはクラスメイトだ。

 この第一魔法学院は一つの組に三十人、そして、組が学年ごとに八つ設置されている。ちなみに俺たちは七組。


 俺とハルフォルトはよく一緒に食堂へと行く。

 魔法学院に設置されている食堂はとても広い。魔法学院の全生徒が入れるほどだ。しかも、さすがは貴族が通う学院というか、食堂の料理がありえないほど豪華なのだ。


 今日もまた食堂で豪華なランチを頼み、空いている席に座る。ハルフォルトが俺の対面に座って喋る。


「殺人事件があったそうだね。被害者が『終天の彼方』の団員と聞いて、ジントかと思ったよ」


 もう警察から情報を聞いたのか。

 さすがは貴族の人脈。俺の予想以上のようだ。


「俺は第一発見者の一人」


 俺はランチを口に含みながら、ハルフォルトの質問に答える。

 俺とハルフォルトが話していたら、少し離れた席に座っている女子の集団がこっちを見ているのに気づいた。その集団の話し声が聞こえる。


「見て! ハルフォルト様とジント様よ! 今日も仲睦まじくお話になっておられるわぁ」

「今日もお二人のツーショットを見ることができるとは」

「しかも、こんなにも近くで拝見できるなんて」

「これからお二人がもっとお互いのことを理解し合っていけば……ジント様×ハルフォルト様も夢じゃありませんわ!」

「ちょっと! ジント様×ハルフォルト様は違いますわ! それを言うならハルフォルト様×ジント様!! ジント様は受けとあれほど言ったじゃありませんか!」

「後半の二人ちょっと待てくれ!? さすがに聞かなかったふりはできない!!」


 焦る俺を無視して、女子の集団は盛り上がる。追求したら逆に酷い目に合いそうなのでやめておく。

 ハルフォルトが何事もなかったように俺に話しかけてきた。


「犯人が誰かは分かっているのかい?」

「……全く分からない。分かればギルド全員で捕まえに行けるのにな。はぁ、ヤクザを逮捕した後にこんなことになるとは」

「その話も聞いたよ。昨日、校門で別れた後、大変だったんだね」


 そういえば昨日はハルフォルトと校門で別れたのか。他にいろいろなことがあり過ぎて、そんなことは忘れてしまっていた。


「ヤクザの事務所を見つけたのはすごいじゃないか」

「見つけたのは俺じゃなくて、昨日ヤクザに追われていた新入りだけどな」

「その新入り君というのは、ジントの隣で食事をしている彼のことかな?」

「隣?」


 ハルフォルトにそう言われて隣を見れば


「ここの食事うめぇー。毎日ここで食いたいわぁー」


 ガツガツと食事をしているカルキがいた。

 俺は驚いて何もいうことができない。いつからいたのか全く気づかなかった。


「よう、ジント! 奇遇だな、こんなとこで出会、ちょっ! 待てっ! 無言で殴ろうとするのはやめろって!!」

「うるさい。学院生でもないお前がなんでここにいる? 不法侵入で警察に突き出してやろうか?」

「フォークで目を刺そうとするのはやめて!!」


 やめるわけないだろ。ここで確実に息の根を止めてやる。

 俺とカルキがそんなことをしていたら、少し離れたテーブルでは


「あの方を見て! ジント様とハルフォルト様との間に現れた謎の三人目! ジント様があの方とハルフォルト様と取り合っているわよ!」

「ジント様がフォークで攻めているなんて! ジント様は受けじゃなくて責めだったの!?」


 俺はもうツッコまないぞ!

 こちらを見ている女子の集団がひたすらうるさい。もう勝手に盛り上がってくれ。

 俺はカルキの首を掴む。


「痛いんですけど! どこに連れていく気!? あの女子の集団を無視するなよ! 女子とお話したい!!」

「お前の望みなんて知るかっ! 学院長の所に行くぞ!」


 女子の集団に向かおうとするカルキの頭を殴って黙らせ、俺は学院長の部屋へと向かう。














 コン、コン、コン。

 学院長の部屋の扉を三回叩く。

 俺はカルキを無理やり連れてここまで来た。カルキが頭をさすりながら俺のことを睨んでくるが、そんなことは無視する。


『なんじゃ?』

「ジント・セレストです。不法侵入者を連れて来ました」

「だから俺は不法侵入者じゃないって!」


 カルキの言うことは信じられない。

 俺が学院長に会いに来たのは、カルキの不法侵入者の件とギルドで死者が出たことを知らせるためだ。


『不法侵入者? 彼のことか。入ってきなさい』

「失礼します」


 扉を開け中に入る。

 そこには一人の老人がいた。

 その老人は、第一魔法学院の学院長。

 名はマホメッカ・モガ・メイザスタ。年齢は八十を超えているという噂だが、本当かどうかは定かではない。この学院都市の魔法教育の歴史は彼抜きでは語れないと言われている。

 学院長は貴族であるが、平民と貴族に差などないという考えの持ち主だ。ハルフォルトと同じといえばいいのかもしれない。

 俺とカルキは学院長の前に立つ。学院長が笑顔で俺たちを迎い入れてくれた。


「よく来たのう、ジント。学院生活はどうじゃ?」

「はい、充実した日々を送らせてもらっています」

「そうかそうか、それは何より。用件は昨日起きた殺人事件のことじゃな?」

「ご存知だったのですか?」

「犯人が捕まっていないから気をつけるように、と警察の知り合いに言われての。ギルドのお仲間はお気の毒じゃったな」


 ハルフォルトも知っていたし、学院側が知っているのは当然か。


「このカルキという不法侵入者のことなんですが--」


 見逃してやってくれませんか?

 と言おうとして、学院長の言葉に遮られた。


「発見者であるジントが犯人に顔を見られた可能性が高いからジントに護衛をつけてもいいか、とトレルスに言われての。わしら学院も生徒の安全を確保するためにトレルスの提案を許可した。二人までなら学院に入ってもよいとな」

「え? 護衛? つまりこいつは……」

「ジントの護衛としてここに来たということじゃ。そうじゃろ銀髪の少年よ?」

「その通りです」


 学院長の言葉にカルキが真面目に答える。

 こんな時だけ真面目になりやがって。というか、団長、こんな時だけ団長らしいことをして。普段からそうして欲しい。

 俺がそんなことを考えていたら、カルキが学院長に頭を下げた。


「この度はご迷惑をおかけしてすみません」

「よいよい。気にすることはない」


 本当に真面目なんだけど!

 誰こいつ!? 実はカルキに変装したどこかの貴族さんか!?

 礼儀正しいカルキの態度にびっくりしている俺を他所に、二人は会話をしていく。


「登下校はジントと行動を共にしますが、授業中などは学院内で待機するつもりです」

「昼食は食堂で済ますとよい。金は要求せんから安心せい」

「ありがとうございます。あと一つよろしいですか?」

「なんじゃ?」


 学院長がカルキに聞く。

 カルキ、ここで変なことを要求するなよ。分かっているよな? お前のことだからここで何かやらかしそうで怖い。

 でも、俺のそんな心配は杞憂に終わった。


「教科書を貸してもらえませんか? 時間を有効的に使いたいので」


 お前は誰だぁぁぁぁぁぁ!!!

 なんで真面目に勉強しようとしてんだ!? 変なものでも食ったのか!? ミツさんの手料理でも食べたのか!?

 お前はどう考えても教科書なんて開くキャラじゃないだろ! キャラがぶれているぞ!?


「ほう、まさかのう。欲しいのは教科書とな。よいぞ許可する。新課程の教科書は残っとらんが、旧課程の教科書なら余っとるじゃろう。両者の内容はたいして変わっていないからの。それでよいか?」

「はい。新課程でも旧課程でもいいです」

「もし新課程の教科書が見つかったらすぐに渡そう」

「ありがとうございます!」


 カルキが頭を下げてお礼を言った。俺はもうカルキの豹変ぶりに戸惑いを隠せない。

 その場で突っ立っていたら、カルキに背中を押され、学院長の部屋から出る。


「ではこれから短い間ですがお世話になります」

「うむ、勉学に励みなさい」


 そして、カルキが学院長に向かってお辞儀をして、失礼しましたと言って扉を閉めた。

 俺としては全く腑に落ちない結果となり、俺の学院生活はカルキと一緒に登下校をするという、大きいのか小さいのか分からない変化が起きたのだった。









 カルキと共に登下校をするようになってから数日が経った。

 あれから何が起きたわけでもなく、俺は普通に学院生活を送っていた。

 どこかで殺人事件が起きたわけでもない。『終天の彼方』の団員を狙った犯行かもしれない、という団長の心配は杞憂だったのだろうか?


「聖遺物、人工遺物、魔装具の違いですが」


 今はまだ一時限目。

 チョークを持った教師が黒板に字を書き込んで行く。生徒たちはそれをノートに写す。


「まず聖遺物とは救世主や賢者たちの強い力を持った遺骸や遺品です。しかし、皆さんもご存知の通り、ほとんどの人間が聖遺物を扱うことができませんでした。そこで開発されたのが魔装具と人工遺物です。聖遺物ほどではありませんが、人々が魔装具と人工遺物によって魔法を扱うことができるようになったのです」


 既に知っている内容を教師が喋る。欠伸の一つもしたくなるほど退屈だ。

 教師の言葉はまだ続く。


「そして、魔装具と人工遺物の開発の副産物が魔導器なのです。魔導器は一言で言えば魔法によって動く機械と言ってもよいでしょう。もはや生活において欠かせないものとなっております」


 皮肉だよな。役に立つ物を作る過程で出てきた副産物の方が生活の役に立っているなんて。

 それにしてもまだ一時限目か。この調子で授業が昼まで続くのは辛いな。何か授業が中断することでも起きてくれ。

 そんなことを思って窓の外を見た瞬間、教室の扉が勢い良く開いた。そこには息を切らしたカルキ。


「ジント! 殺人事件が起きた! また『終天の彼方』の 団員だ!!」

「なっ!?」


 カルキの突然の報告に、俺は言葉を失う。何も言えない俺に対してカルキはこう言ってきた。


「早くギルドに帰ってこいって命令だ! 学院長の許可はとってる!!」


 俺は急いで荷物をまとめて教室を出て、カルキと共に昇降口へ向かう。


「なんで死人が出た!? 二人で行動するのを心がけていたろ!」

「その二人行動していた奴らがまとめて殺されたんだよ!」

「まとめて!?」

「俺たちも危険だから戻ってこいって団長が言ったらしい。俺に団長の伝言を伝えてくれた二人は校門で待っている。早く合流するぞ!」


 俺とカルキは靴に履き替え、校門へと急ぐ。だが、校門には誰も立っていない。

 そして、俺たちが校門から外に出て、目に入ってきた風景は



 俺たちを待っていたであろう二人組の死体だった。


 俺はいきなりの光景に驚いてしまう。カルキも俺と同じように、信じられないといった目で二人の死体を見ている。


「別れたのはついさっきだぞ……こんな短時間で」

「カルキここは危険だ! 犯人がまだ近くにいるかもしれない! 学院内に戻るぞ!」


 ギルドへ戻っている最中に襲われるかもしれないため、俺らはその後魔法学院に避難し、学院長に事情を説明して、警察とギルドの迎えを呼んでもらった。


 これで死者は合計五人。

 犯人の目的は一体なんだ?

 どうしてこんなことを?

 そんなことをまたベットの中で考え、俺は一睡もすることが出来なかった。

















***



「『終天の彼方』の団員がまた殺されたって」

「マジかよ。犯人は『終天の彼方』を狙っているのかよ」

「今度はウチのギルドの団員も狙われるかもな」

「冗談でも言わないでくれって」


 僕の周りの人たちが掃除をしながら、ヒソヒソと話している。

 僕、コニスは周りの人たちと喋らず、雑巾を濡らし部屋の壁を拭く。

 『終天の彼方』の団員連続殺人事件のことは、僕も知っています。カルキさんやジントさんは大丈夫でしょうか? 殺された人たちの名前に二人の名前が無かったから少し安心しました。

 二人の心配をしている僕ですが、僕はまだ麻薬売買の証拠を見つけることができないでいた。三階立てのギルドの一階と二階は隈なく探したけど、証拠なんて一つも無かった。あるとしたら三階だけど、あそこは団長たちの部屋があるのでなかなか探し回ることができない。

 窓を拭きながら、どうやって三階でばれずに探し回ることができるか考えていると、後ろから声をかけられた。


「コニス、最近顔色が悪くないか?」


 僕の後ろにいたのは、僕より少し背の高い金髪の青年。彼の名前はレンジ君。彼はおそらくカルキさんやジントさんよりも年が上だろう。

 僕の顔色が悪いのは、証拠の捜索でろくに休んでいないからだと思う。でも、それを知られるわけにはいかないから、僕は誤魔化すように笑う。


「そんなことないですよ。レンジ君は僕がいつも顔色悪いって遠回しに言っているんですか?」

「いや、そういうつもりじゃなかったんだが。まぁ、大丈夫ならいいんだ」


 ごめん、レンジ君。

 自分たちのギルドが麻薬の大元かもしれない、なんて僕には言えないです。


「それより今日も朝から雑用って萎えないか?」

「仕方ないよ。こんなにも規模が大きいギルドは、その分雑用も増えるから」

「でもよ、ギルドの上の人間たちは俺たちに雑用ばかりさせるんだぜ? 少しぐらい他の仕事をさせてくれたっていいじゃねぇか」

「レンジ、今なんつった?」


 レンジ君が愚痴を言っていたら、先輩の団員たちが現れた。これはやばい。レンジ君は先輩たちを見て青ざめる。


「いや、先輩、これはですね……」

「俺たちの言うことに文句あんのかって聞いてんだオラァァ!!」

「ぐっ!?」


 先輩がレンジ君を思い切り蹴飛ばし、レンジ君は部屋の隅まで飛ばされた。僕を含め部屋の掃除をしていた人間は黙ってそれを見ることしかできない。


「てめぇらクズはな! ギルド以外で働くこともできねぇんだよ! ありがたく俺たちが雇ってやったんだから、俺たちの言うことぐらい聞けやぁ!!!」

「す、すみません!! 文句なくやるんで除名だけは勘弁してください!!」


 蹴られているレンジ君が先輩たちに向かって土下座をした。

 彼の行動は正しい。僕だってあの状況になったら躊躇うことなく土下座をするだろう。

 それほどまで先輩たち、つまり依頼を解決している人たちはこのギルド内で偉いのだ。彼らの機嫌一つで雑用をしている僕らはいつでも除名されてしまう。


「クズは黙って雑用でもしとけ!」


 先輩たちはレンジ君の頭を踏みつけてからそう言って、部屋から出て行った。部屋に残されたのは、雑用をしている人間たちだけ。

 僕は、先輩たちが出て行ってもまだ土下座をしているレンジ君が心配で声をかけてみる。


「レンジ君、大丈夫?」

「……」


 返事はない。だけど、レンジ君の顔の下には水滴が数粒落ちていた。

 泣いているのは先輩たちへの怒りのせいか、自分の情けなさのせいか。僕にはそれ以上彼に言葉をかけることができなかった。



 『大地の憤怒』は大規模であるからこそ、上下関係が厳しい。依頼を解決している人間が上で、雑用などをしている人間は下。ギルドに入団して三、四年経っても雑用係をしている人間がほとんどだ。五年経ってやっと依頼を受ける側になれるらしい。

 僕は入団して一年目、レンジ君は四年目だ。


 レンジ君はギルド内で使われている魔導器の修理なども担当している。魔導器の知識を持っている人間がレンジ君以外にギルドには居なかったため、レンジ君がその役目を押し付けられたらしい。

 気の毒な話だと思う。先輩たちは完全にレンジ君を便利な雑用係としか見ていない。レンジ君もそれに気づいているとは思うけど、ギルドをやめてしまったら生活していけないから従っている。

 レンジ君が早く雑用係をしなくてすむようになってくれることを願うしかない。


 レンジ君を心配する余裕なんて僕には無いはずなのに、無言で涙を流すレンジ君を見て、僕はそう思わざるをえなかった。
















***



 『終天の彼方』の団員五人が死んだ。昨日だけで四人殺されている。

 しかもその内の二人は、俺に死体を発見したことを伝えに来た二人だ。俺が教室にいるジントにそれを伝えに行く間に殺された。

 殺人犯は不意打ちでいきなり二人を殺したのだろう。その証拠に、二人の死体は心臓への一突による傷しかなかった。

 実力のある殺人犯。そいつの目的は分からないが、殺した五人が『終天の彼方』の団員だったのは偶々、という可能性は薄いだろう。

 殺人犯は確実に俺たちを狙っている。そのことは確信してもいいはずだ。

 そのため、もうギルドの団員達は犯人探しをする気満々だった。酒場では犯人探しの作戦会議が行われていて、人でごった返していたのだ。だが、今は酒場にはもうほとんど人はいない。


 というのは、先ほど団長が


『今、殺人犯を探すために動けば、バラバラで動くことになる。それは殺人犯の思うつぼだよ。犯人探しは許可できない。ギルドの仕事はしばらく休み。全員、最低限四人で行動するように』


 なんてことを言ったから、団員たちの犯人探しの会議は解散となったのだ。

 俺としては殺人犯を探してさっさと警察に突き出して、ギルドの仕事をしたい。

 仕事をしたいって真面目だな、と思った人は起立!

 俺が自分から仕事するようなタイプに見えるか?

 俺は借金を一早く返済して自由の身になりたいだけなんだよ。このままじゃ借金返済なんて夢のまた夢。


「カルキ君、何か注文あります?」


 ウェイトレス姿のアリスさんが、笑顔で俺に聞いてきた。

 この笑顔はあれだ、営業スマイルってやつだな。というか、笑顔の裏に注文しろって書かれているような気がする。


「じゃあ、コーヒー」

「かしこまりました。ジント君は?」


 俺の目の前で教科書を開いているジントに、アリスさんが話しかけた。ジントは教科書を閉じて、アリスさんの方を見る。


「俺もコーヒーで」

「かしこまりました」

「アリスさん、バイトが終わったらどこか行きませんか? すごい暇でして」

「もうしつこいですよ、ジント君。魔法学院の勉強をしないと」

「その魔法学院に行くのも禁止されていて暇なんですよ。バイトを手伝うので、終わった後でどうです?」

「ふんっ!」

「痛っ!?」


 ジントの後ろに立っていた副団長が、ジントの頭を殴る。

 俺は副団長の存在に気づいていたけど、ジントに知らせるのが面倒だった。


「またかお前は。アリスさん、仕事に戻ってくれてかまわない」

「暴力はさすがにやめてください、ミツさん」


 アリスさんは副団長に会釈して仕事に戻って行った。ジントは頭をさすりながら、副団長に抗議する。


「私が殴らないで済むようにしろ。それより、お前たち分かっているな? お前たちは二度も第一発見者になったんだ。犯人には顔を知られていると考えていいだろう。このギルドから一歩も出るなよ?」

「わかってます」

「へいへい」


 そう、俺たちはこのギルドのホームでずっと待機なのだ。宿舎とホームを移動する時は、団長たちと共に移動すると決められた。

 ジントは魔法学院に通うことすら禁止されたのだ。無論、むこうの学院長には許可をもらっている。ジントは暇そうに教科書で授業の予習をしていた。


 暇な俺たちが行動を起こすつもりがないと理解した副団長は、自分の仕事場へと戻って行った。

 それにしても暇だな。授業の予習復習のあるジントは暇を潰せるだろうが、俺はそういったものがない。ただ酒場でぼぅーとしているだけだ。

 そんな風に過ごしていたら、酒場に一人の女性が入ってきた。その女性は白衣を着ており、眠たそうにアクビをした。その女性はジントを発見したら、こっちに向かって来た。


「ジント君、おはよう。あなたが平日の午前中にいるなんて珍しいわね。今日は魔法学院に行かないの?」

「レイチェルさん、おはようございます。団長に禁止されたんです」

「そうだったの。知らなかったわ」


 レイチェルと呼ばれた女性は、またアクビをした。そして、彼女の視線と俺の視線が合う。


「あなたは?」

「最近入ってきた新人だよ」

「ああ、あなたが。噂は聞いているわよ。酒場を壊した上に、ミツちゃんの下着姿を団長に見せたカスキ君だっけ?」

「俺の名前はカルキだ! 一体どこでその噂を聞いた!」

「誰から聞いたかは忘れたわ。私はレイチェル。このギルドの魔導器、魔装具の修理担当よ」


 あなたの名前より噂の出処が気になるんだけど。


「ミツさんの下着姿を団長に見せた、という噂は俺が広めた」

「ジントてめぇかぁぁ!! どうしてくれんだてめぇ! 名前がカスキで広がっているじゃねぇか! 俺はカスじゃないぞ!」


 俺がジントの肩を掴んで訴える。そしたら、レイチェルさんが思い出したようにこう言った。


「そういえば、依頼者を囮にしたカルキチくんって噂もあったかも」

「その噂の出処は!?」

「俺だ」

「だよなぁぁ!!」


 カルキチくんってなんだよ!? うまい具合に名前に鬼畜って文字が入っているんだけど! 変な噂がこれ以上広がらないようにしなければ!


「レイチェルさん、いいところに」

「……団長を見たのは久しぶりのような気がするわ」


 ボソっとレイチェルさんが団長に聞こえないようにそんなことを言った。今の発言を団長が聞いたら、ショックを受けるだろうな。


「レイチェルさん、頼みたいことがあるんだ」

「なんです?」

「この魔導器のことなんだけど」


 そう言って、団長が酒場のテーブルに魔導器を置いた。

 その魔導器は以前俺たちが使った、触れた人間のステータスを測定する水晶の魔導器だった。


「これね、ステータスだけを測定していたのに、最近使ったら他のことまでいろいろと測定してね。壊れているのかな?」

「それ、団長が持っていたのね」

「え?」

「団長、これは壊れていないわよ。だって、私がこの前改造したばかりだもの。私の思った通りに動いてくれているわね」


 この魔導器がおかしい測定をするのは、あんたのせいなのかよ! 血糖値やら、副団長のスリーサイズやら、女装値やら、いろいろとこっちは大変な目にあったんだぞ!

 どんな改造してこんな測定する魔導器を作れるんだよ。意味わからん。


「あんたが原因なのかよ」

「何を言っているのかしら。このギルドにある魔導器、魔装具は全部私の所有物よ」

「ギルドの所有物だから! レイチェルさん、困るよ。無断で改造するのはやめてくれないかい」

「うるさいわね。私に文句あるなら、あなたを改造するわよ、団長」

「まさかの脅迫!?」


 この人はやばい人だな。平気で人を実験材料にしそうなんだけど。


「まぁそれは置いておくとして。レイチェルさん、殺人鬼の話はもう聞いたかい?」

「ええ」


 実験材料の候補である団長は、真面目な声で話題を変えた。


「レイチェルさんも一人で行動するのは謹んでね。殺人犯が狙っているかもしれないから」

「忠告は聞いておくわ。でも私はこれから数日は研究室に篭る予定だから外には出ないわよ」

「ならいいんだ」

「じゃあ私は研究室に戻っていろいろと開発するわ」


 レイチェルさんはそう言って、研究室があるであろう方向へ歩いて行った。団長は俺の横の席に座る。


「ナンシーさん、僕にジンジャエール頂戴」

「はぁい」

「団長、さぼっていたら、副団長にまたどやされるぜ?」

「少しぐらいは休ませてほしいよ。事件のことで警察と一緒に駆け回っているんだから」


 団長の顔を見ただけでも、団長が疲れていることがわかる。

 まぁ団員が殺されたら団長は当然忙しいわな。

 俺が団長を哀れみの目で見ていたら、酒場中に衝撃の言葉が響き渡った。


「また仲間が殺された! 今度は三人だ!!」


 男が酒場に駆け込んで来て、大声でそんなことを言った。

 酒場が衝撃のあまり沈黙する中、一つの音が響き渡る。それは俺の隣に座っていた団長が立ち上がったことによる、椅子から出た音だった。

 団長はすぐさまその男の元に駆け寄る。


「その場所に案内してほしい。アリスさん、ミツを呼んできて。それ以外の者たちはここで待機するように!」

「わ、分かりました!」


 アリスさんが急いで副団長の元に向かった。

 団長が男から詳しいことを聞く。すぐに副団長が現れ、団長たちはその場所に急いで行った。

 俺を含め、酒場に残った者たちは、不安になりながらもどうすることもできずにもどかしい思いをするのだった。

 

 


 

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