平穏なんてないらしい


 魔法学院。


 それは魔法について学ぶために建てられた学院。高校と大学の両方を兼ね備えた教育機関だ。


 学院都市には三つの魔法学院がある。というより、その三つの魔法学院のために学院都市が作られたと言ってもいい。


 そんな魔法学院の学費は信じられないほど高いのだ。貴族にしか払えず、平民にはとても払うことができない。だが、魔法学院も税金で運営している以上、平民が全く通わないというのも問題である。


 その問題を解決するべく取り入れられたのが、"平民特待生制度"という制度である。


 名前から分かるように、優秀な生徒であれば、学費を全額免除で魔法学院に通うことができる制度だ。

 当然、その枠は少なく、かなりの人気がある。毎年、多くの平民たちがその枠を奪い合っている。

 そして、応募した人間が何千人といる中、ジント・セレストはその枠を勝ち取ったのだ。優秀な彼は、その制度のおかげで学院生活を送っている。

 今日もまた、彼は第一魔法学院で授業を受けた。授業の内容は主に魔装具、人工遺物、聖遺物について。


 やがて日は傾き、今日の授業が全て終わったことを告げる鐘の音が鳴る。

 授業を受けていた生徒たちはすぐに教室から出て行く。部活に向かう生徒もいれば、習い事のために帰る生徒もいる。

 ジント以外の生徒全員が教室から出て行った。


 教室に一人だけ取り残されたジントも、昨日麻薬の依頼を受けたため、すぐにギルドへと向かわなければならない。

 カルキとコニスの二人はジント抜きで調査を始めているが、ジントは二人がうまくやっているか少し不安だった。

 うまくやっていればいいが、と思いながら、ジントが一人で廊下を歩いていると、学院生の集団がジントの前に立ち塞がった。

 その集団は、いわゆる貴族の学院生の集団だった。


「これはこれは平民特待生のジント君ではありませんか」


 その集団のリーダーであろう男が、ジントに話しかけた。ジントは足を止めてその男を見る。


「えっと--」

「これから汚らしい人間共の集まるギルドへ向かうのかい? 君にはとてもお似合いだよ。汚らしい君にはね」


 リーダーの言葉でそこにいるジント以外の学院生が笑い声を上げる。言い返して来ないジントに対して、その集団のリーダーが意地悪い笑みを浮かべた。


「何か言ったらどうだい?」

「……えっと」


 その笑みを浮かべている集団に向かって、ジントが申し訳なさそうにこう告げた。


「すみませんが誰でしたっけ?」


 その言葉で貴族たちの笑みが固まる。

 何の反応もしなくなった貴族たちを見て、ジントが彼らを通り過ぎようとしたら、貴族の一人がジントの胸ぐらを掴んだ。


「平民のくせに生意気な。名も覚えられぬお前などこの魔法学院に来る価値もない」

「……すまないが、急いでいるんだ。手を離してくれないか?」


 胸ぐらを掴まれているのにも関わらず、ジントは冷静に対応する。

 だが、貴族の男はジントの胸ぐらから手を離さない。


「離してくれ、じゃない。離して下さい、だろ。目上の人間に対して敬語を使うことも知らんのか」

「急いでいると言ったろ。離せ」


 ジントは低い声で貴族の男に最後の忠告をした。しかし、貴族の男は全く忠告を聞く気は無く、ジントの胸倉を掴んでいる手に力を込める。


「ふっ、礼儀というものを教えてやろう」


 貴族の集団がジントを囲む。

 ジントは彼らを一瞥して、ため息をついた。

 そのジントの態度を気に食わない、胸ぐらを掴んでいる貴族の男が腕を振り上げる。そして、彼がその拳でジントを殴ろうとした瞬間


「やめた方がいい」


 一人の青年の声が、第一魔法学院の廊下に響き渡った。


 ジントも貴族の集団も、声が聞こえた方へ向く。

 そこには、蒼い目の金髪の青年が立っていた。その青年の腰には派手な装飾の剣が存在する。


「は、ハルフォルト!」


 貴族の一人が怯えた声で、その青年の名を呼んだ。

 ハルフォルトと呼ばれた青年は、ジントたちに近づきながら話す。


「魔法学院において平民と貴族の身分の差は関係ない。学院長がそう仰ったのを忘れたのかな?」

「こ、これはだな、ハルフォルト……」

「僕は聖者なわけじゃない。僕がこの剣を抜く前にここから立ち去った方がいい」


 ハルフォルトの言葉に、貴族たちは何も言うことができない。


「くそっ!」


 ジントの胸ぐらを掴んでいた男はジントから手を離し、貴族の集団はその場から逃げていった。


「大丈夫かい?」

「助かった、ハルフォルト」


 ジントは乱れた襟を正して、ハルフォルトに礼を告げる。ハルフォルトがジントの近くに立った。


「気にしなくていい。僕は当然のことをしたまでだからね」


 廊下にいるのは、ジントとハルフォルトだけ。彼らの話し声以外全く聞こえない。

 静かな魔法学院で二人は昇降口に向かいながら会話をする。


「でも、その剣を抜くっていう脅しはどうかと思うぞ。ハルフォルトがその剣を抜いたことなんて見たことないからな」

「これのこと? まぁ、これは簡単に抜いていいものじゃないからね」


 ハルフォルトは自分の剣を撫でながらそう言った。


「じゃあ、あいつらと闘うことになっても、その剣を抜くことはなかったんだな」

「いや、抜くつもりだったよ。友人を守るためなら、この剣を抜くことも躊躇わない」

「ハルフォルトは本当に珍しいな。平民を友と呼ぶ貴族なんて見たことない」

「そうかな。あの方だって君のことを友と呼ぶと思うけど」

「"お姫様"のことか。確かに彼女も珍しいよな」


 二人はそんな会話を続けながら、階段を降りていく。階段の窓から入る日差しが、階段の線をより濃くする。

 ふとジントが階段の窓から外を見た。


「噂をすればなんとやらじゃないか?」


 ジントに促されてハルフォルトも外を見た。すると、そこから見えたのは、白いドレスを着た金髪の少女だった。


「本当だね」

「第七王女様に会いに行かなくていいのか?」


 建物の中に入って見えなくなった少女からハルフォルトへとジントが視線を移す。ハルフォルトは階段を下りながら、やめておく、とジントに答えた。


「許嫁なんだろ?」

「違うよ。そんな恐れ多い関係じゃない。幼馴染ではあるけど」

「そうか、違ったのか。そういう噂を聞いてな。気を悪くしたなら謝る」

「気にしてないよ」


 二人は昇降口に着き、上履きから靴へと履き替えた。そして、そのまま校門へと歩く。少し強い風が二人の髪を揺らした。


「そういえば」


 ジントが校門から出ようとしたところで、ハルフォルトがジントに話しかけた。ジントはあと一歩で校門から出るというところで足を止める。


「ジントのギルドに、通り名を持つ新人が入ったらしいね」

「よく知っているな」

「彼が酒場を爆発させたという噂を聞いたよ。少し心配したんだ」

「まぁ問題児だけど悪い奴じゃない。俺がそいつの教育係になってしまったのは不運だったかもしれないけどな」


 ジントが少し困った表情で、ハルフォルトに答えた。苦労しているんだね、とハルフォルトは笑う。


「ギルドで思い出したが、ハルフォルトは麻薬のことについて何か知らないか? 麻薬の大元を探す依頼を引き受けることになってな」

「麻薬か。貴族でも流行しているのは知っているけど…………そういえば、ヤクザが麻薬の売買をしていると警察の知り合いが話していたような」

「ヤクザ?」

「そういった目撃証言があったそうだよ。例えば、あの白銀の少年を追いかけている人たちとか」


 ハルフォルトがジントの後ろを指差す。

 何のことか分からず、ジントが後ろに振り返れば




「待てやゴラァァ!!」

「こそこそ嗅ぎ回っているガキってのはお前かぁぁぁ!!」


 いかにもヤクザという厳つい顔の男たちが、コンビニ袋を持った白銀の髪の青年を追いかけていた。


「色々としくじったぁぁぁ!!!」


 ヤクザたちに追われて叫んでいる白銀の青年は、ジントのギルドに加入したばかりの新人だった。

 なぜカルキがヤクザたちに追われているのか。ジントには理解できなかった。


「ハルフォルト、用事ができた。また明日な」

「ジントも大変だね。また明日」


 ハルフォルトと別れ、ジントは騒動の中心にいるカルキの所へと向かうのだった。














***



 皆さん、どうもカルキです。突然ですが、教えて欲しいことがあります。


 ヤクザの集団を怒らせてしまった時の対処法って何?


 今、ヤクザに追われているんだけどさ。これがやばいくらい怖いんだよ。もうね、お前を殺してやる発言が凄い。


「捕まえて拷問してやる!!」

「コンクリで固めて沈めてやる!!」

「今晩、私と一緒の布団で寝なぁい?」

「へっ! 捕まえれるなら捕まえてみや、って最後のが一番怖いんだけど!?」


 一番やべぇのは、ヤクザじゃない! ヤクザの仮面を被ったホモだった!!


「悪いようにはしないわよぉ!」

「いやぁぁぁぁ!! 俺の純潔が穢されるぅぅぅ!!!」


 俺がそう叫んで曲がり角を曲がったら、いきなり横から腕を引っ張られて路地裏へと引きずり込まれた。

 ヤクザたちが路地裏の俺に気付かずに通り過ぎて行く。


「何でお前はトラブルばかり生むのか……」


 俺の腕を引っ張った人物は、魔法学院の制服を着た、溜息をついているジントだった。


「ありがとう、ジント……俺の純潔を守ってくれて……」

「はいはい。で、ヤクザたちに追われていた理由は?」

「これ」


 俺はコンビニ袋から小さな袋を取り出してジントに渡す。


「この白い粉の袋は……まさか麻薬!?」

「そうそれ」

「普通に渡されたけどどうやって手に入れた!? 警察も血眼になって探しているのに!!」


 いや、どうやってって聞かれても……


「とりあえず情報が欲しいから、コニスと一緒に麻薬中毒者に会って、どこで麻薬を手に入れたか聞いたら、それがここの近くだったんだよ」

「中毒者から情報を聞き出せたのか?」

「麻薬を買って来てやるから教えてくれって嘘ついたけどな。ヤクザが麻薬を売買しているって聞いたから、コニスと一緒にヤクザっぽい人間を探した」


 ヤクザを見つけるのに苦労はしなかったんだが……

 それで? とジントが聞いてくる。


「ヤクザを見つけてもな。奴らは警戒しているから、簡単に後をつけることができなかった」

「まぁそうだろうな」

「そこで俺たちはヤクザにこう言った。"麻薬を売ってくれ。金ならたくさんある"と」

「危ない道を……」


 ジントがまた溜息をついた。

 別にこれぐらいは普通だと思うんだけど。


「ヤクザは俺らを警戒して見てくるし、金があるのかって聞かれたから、今日は麻薬を見せてもらうだけだから持って来ていないって答えた」

「じゃあ、断られたろ」

「いや、金は無いが人工遺物ならあるって嘘ついたんだ。そしたら"ギルドの人間か"って聞かれて、"そうだ"って答えたらヤクザの事務所まで連れて行かれたんだよ」

「事務所に!?」


 ジントが大きな声を上げた。まぁ驚くのは無理もない。普通なら麻薬の買手に事務所の場所なんか教えないからな。教えれば、その麻薬使用者が捕まった時に事務所の場所もばれてしまうわけだし。


「俺もコニスもびっくりした。人工遺物は確かに高価だけど、まさか麻薬の大元の場所まで教えてくれるなんて予想もしていなかった。俺らはヤクザが麻薬の売買をしている確証が欲しかっただけなのにな」


 人工遺物の価値が分からなくて、事務所の人間に会わせるために俺たちを案内したのか。それとも、別の理由があってそうしたのか……


「それで事務所に入ってどうなったんだ?」

「入ったら、俺たちを案内したヤクザを気絶させて、事務所の中を物色したんだ。そしたら怪しげな金庫とその金庫の近くに置いてあった麻薬を見つけてな。金庫をどうにかして開けようとしたら、奴らに見つかった」

「そして、さっき追われていた状況に繋がる、と。じゃあ一緒にいたコニスは? 追われている最中にはぐれたのか?」

「ヤクザに見つかった時にコニスを囮にして逃げた」

「はぁぁ!? 待てっ! コニスは依頼主だろ!! なに依頼主を囮に逃げてんだてめぇは!!」

「ちょうどいい囮がいたもので」

「お前は鬼畜か!!」


 なんかついやっちゃったんだよね。ちょっとぐらいは反省しているようでしていないけど。


「早くその事務所に行ってコニスを助けるぞ!」

「えぇ別によくない? 後は警察に事務所の場所を連絡すれば事件解決じゃん」

「警察が突入する前にコニスが殺されるに決まっているだろ! 早く事務所の場所を教えろ!」


 はいはい、分かりましたよ。行けばいいんでしょ。

 コニスを助けるために、俺は事務所へと足を向けた。




















***



 視界がぼやけている。頭が痛い。誰かに殴られたのだろうか? 全く記憶にない。

 覚えているのは、カルキさんと一緒にヤクザの事務所で怪しい金庫を開けようとしていたら、ヤクザたちに見つかったことまで。

 それからどうなったんだろう。一緒にいたカルキさんは無事だろうか?


 身体を動かそうとしても動かない。どうやら僕は椅子にロープで巻きつけられているようだ。

 ぼやけていた視界もだんだん鮮明になっていく。

 僕が今いる部屋は、薄暗い部屋だった。血と思われる赤い斑点が壁の至るところにある。

 僕の目の前には二人の大男がいた。一人はモヒカンで、もう一人はスキンヘッド。

 モヒカンの男が僕の髪を乱暴に掴んできた。


「気がついたかクソガキ。お前らはなんで俺たちのことを調べていた?」

「正直に答えないとどうなるか分かっているよな?」


 スキンヘッドの男が拷問器具を僕に見せつけてくる。その拷問器具には血がこびりついていて、僕の身体は震えてしまう。


「……と、友達がま、麻薬を」

「友達の敵討ちでもしたかったのか、クソガキ。じゃあ、お前と一緒にいたガキは?」


 ダメだ。これは答えちゃダメだ。ここで答えたら、カルキさん達に迷惑がかかってしまう。


「早く答えろやオラァ!!」

「うぐっ」


 モヒカンの男が全力で僕の顔を殴った。

 僕の鼻から生温いものが流れるのを感じる。おそらく鼻血が流れているのだろう。


「答えろ!!」

「なぁ、もうそいつ殺しちまおうぜ」


 スキンヘッドの男が、"殺す"という言葉を軽々しく口にした。その様子からこの男が、人を殺すのに躊躇うことはないことが分かる。


「ぼ、僕は『大地の憤怒』の団員だ! 僕を殺せば、『大地の憤怒』と戦争するってことになるぞ!」


 精一杯叫ぶ。何も間違っていない。さすがにギルドも死人が出たら、麻薬の大元を探すだろう。ヤクザたちだってそれは避けたいことのはず。だが、僕の目の前の二人のヤクザは大声で笑った。僕を馬鹿にするように笑った。


「こいつ何も知らねぇんだ! 惨めだ! 惨めすぎる!」


 意味がわからない。なんでこの二人は笑っているんだ?

 二人の態度に戸惑っている僕の頭を、モヒカンの男が掴んで僕にこう告げた。


「どうせお前は死ぬんだ。教えてやるよ。俺たちは麻薬を売ってはいるが、麻薬の大元じゃねぇ」

「大元じゃ、ない……!?」


 彼らではない麻薬の元凶がいる……?

 その元凶がヤクザたちに麻薬を売って、麻薬を流行させようとしているということなのか。

 なら、元凶は一体?

 モヒカンの男が歪んだ笑みを僕に見せつけるように喋る。


「俺たちに麻薬を流しているのは」


 モヒカンの男の言葉は、僕に衝撃を与えた。


「ギルド『大地の憤怒』だ」

「え?」


 今、なんて?

 『大地の憤怒』が……?

 僕の所属しているギルドが、麻薬の大元?


 ヤクザにそう言われていろいろと納得する。

 麻薬の被害者が出たというのに、動かないギルド。

 ギルドの人間だと知って、事務所まで案内したヤクザ。

 それは『大地の憤怒』が麻薬の大元だったから。

 納得する。納得してしまった。


「ははっ、お前のそんな絶望した顔、いいもんだぜ!」

「絶望したまま死ね!」


 モヒカンの男がナイフを右手に掴んで、僕の首を貫こうとする。

 最悪だ。僕の唯一の居場所が麻薬の大元だったなんて。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 このまま死ぬのは絶対に嫌だ。でも、僕にはもうどうしようもなくて。迫り来るナイフの剣先を見ながら、全てを諦めたら


「それはいいことを聞いた」


 その言葉が聞こえた瞬間、拷問室の扉がぶち破れ、勢いよく僕の目の前のモヒカンの男にぶつかった。モヒカンの男は頭から壁にぶつかり気絶する。


「な、なんだてめぇらは!?」


 スキンヘッドの男が叫ぶ。

 部屋の扉があった場所には、二人の男がいた。

 白銀の髪をした男が僕を指差して、その紅い目でスキンヘッドの男を睨み、こう告げた。


「そいつに雇われた何でも屋だ」




















***



 拷問室でコニスを発見した俺たちは、その場のヤクザ二人を気絶させて、警察に事務所の場所を教えた。


 事務所のヤクザ全員は逮捕。

 怪我をしているコニスは病院で傷の手当てをしてもらった。コニスの怪我は一番酷いのが鼻血ぐらいで、入院もせずにすぐに病院から出ることができたのは幸運だったと言っていい。


 そして、一番の問題は麻薬の大元。

 ヤクザの事務所にあった金庫は警察が開けたが、金庫の中には大量の麻薬と金しか入っていなかった。俺たちとしては『大地の憤怒』が麻薬の大元だという証拠が入っていて欲しかった。

 一応、警察の人間にも『大地の憤怒』が麻薬の大元かもしれないと伝えたけど、証拠が一つもなく、警察が動くようには思えなかった。


「ま、売買していたヤクザが捕まったから、麻薬の流通は止まるだろうな」


 今はもう夜遅く、街の街頭が道を照らす。

 俺たち三人は自分の寝床へ向かっているが、コニスの表情は浮かない。

 そりゃそうだ。自分の居場所であるギルドが、実は麻薬の大元でしたなんて。

 ショックを受けない方がおかしい。


「報酬は次の給料日に必ず払います……」


 道を別れるという所で、コニスがそう言ってきた。

 コニスが可哀想で、報酬はいらないと俺は言いたいが、それではギルドの経営が成り立たなくなってしまう。


「とにかくギルドの中を隈なく探してみます……」


 コニスは自分のギルドの中を探すつもりのようだ。麻薬を売買していたヤクザが捕まったと言っても、まだ彼の中では麻薬の件は終わっていないのだろう。

 コニスは自分のギルドが麻薬の大元だという証拠が欲しい、いや、大元じゃないという証拠が欲しいのか。


「『大地の憤怒』が麻薬の大元かもしれないというのは内密にお願いします。まだ証拠もありませんし、もしかしたらヤクザの嘘かもしれないので」


 コニスが俺たちに頭を下げてそう懇願してきた。

 俺とジントの視線が合う。そして、ジントが口を開いた。


「副団長には話すかもしれないが、この件を言いふらすつもりはない。それと、もし麻薬の大元だと決定づける証拠を見つけたら、俺たちに持ってきてくれ。コニスの依頼は大元を突き止めることだからな。まだ依頼は完遂していないことになる」

「……ありがとうございます」


 ジントの言葉に返事をして、コニスはとぼとぼと自分の帰るべき場所へと向かった。俺たちもギルドの宿舎へと戻るために歩く。


「無理もないよな。俺たちだって自分のギルドが麻薬の大元だと知ったらコニスみたいになる」

「俺はまだ団員になってから日が浅いからな。あんな風にならないって」


 ま、がっかりはするだろうけど。

 そんなことより俺には気になることがある。


「『大地の憤怒』が麻薬の密売って何か得なんてあるのか?」


 俺の一番の関心はそれだ。

 規模が大きいギルドならそんな危険な橋なんて渡る必要があるとは思えない。


「単純に考えれば、利益のためだろうな」


 ジントがそう答えたと同時に、月明かりが消えた。暗かった道が一層暗くなる。

 俺たちが利益について話しながら街頭の光を頼りに暗い道を右に曲がったら、道のど真ん中で大男が倒れていた。


「酔っ払いか?」


 ジントがそう呟いた。

 雲に隠れていた月が出てきて道を照らす。

 月明かりによって倒れている人間の周りが明るくなった瞬間、俺たちの目に入ってきたものは


「血!?」


 倒れている人間を中心に広がるようにして、道の至る所に血が着いていた。

 俺はすぐさま男の元へ駆ける。そして、男の首を触り、脈があるか調べたが、周りの大量の血からも分かるように、その男は既に死んでいた。


「ジント、警察に!! ……ジント?」


 俺の声に反応しないジントの方を見たら、ジントが信じられないといった顔で倒れている男を見ていた。

 立っていたジントが、しゃがんで男の顔を確認する。


「ヌイべさん……?」

「知り合いなのか?」


 俺の質問に、ジントがこう答えた。


「知り合いもなにも、この人は俺たちと同じ『終天の彼方』の団員だ……!」


 この事件が、ギルド『終天の彼方』の団員連続殺人の最初の事件だということを俺たちはまだ知らない。

 

 

 

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