新メニューに当たりなんてないらしい

「こちらです」


 警察官に案内され、トレルスとミツが立ち入り禁止になっている殺人現場へと入る。一般人が入ることが許されるなど普通はないが、団長と副団長である二人は死人がギルドの者であるかどうか確認するために入ることを許可された。

 シートで覆われている死体の顔をトレルスが一人一人見ていく。


「間違いありません。ウチの者たちです」


 確認が終わったトレルスが警察官にそう言った。ミツは死体の周りを観察している。

 白い手袋をはめた警察官がトレルスに礼を言う。


「ご協力ありがとうございます」

「他に僕たちにできることは?」

「トレルス団長には警察署に来ていただきたい。以前の事件の被害者の死亡解剖の報告書をお渡しします」

「分かりました。ミツ、行こう」


 トレルスがミツと共に現場から離れ、警察署に向かう。


 殺人現場から離れ、警官が見えなくなったところで、トレルスとミツが話し始めた。


「ミツ、やっぱり思った通りだね」

「ああ。殺人犯は"人工遺物"か"聖遺物"を使っているのは間違いない」


 ミツが自分の人工遺物である剣に触れてからそう言った。ミツは死体が覆われていたシートに染み込んでいた場所を思い出しながら喋る。


「心臓を狙った一撃。不意打ちであろうとなかろうと、犯人は三人を仕留めている。犯人が人工遺物か聖遺物を持っていると考えるのが普通だろうな」

「警察もそう考えているはずだけど、僕たちにそう言うことはできない」


 トレルスはミツに少し笑い、そして、警察の考えを当てていく。


「この学院都市内で人工遺物か聖遺物を持っている人間は限られている。そうすると、警察が犯人だとまず疑うのは……」

「"七人の序列"」


 トレルスの言葉をミツが奪う。トレルスはミツの言葉に頷き、さらに続けて警察の考えを当てていく。


「警察も"七人の序列"を調べたはずさ。だけど、おそらく"七人の序列"は犯人じゃなかった。もしその中に犯人がいたなら、僕たちに報告して来ているだろうからね」


 ミツは黙ってトレルスの言葉を聞く。


「じゃあ"七人の序列"以外で人工遺物か聖遺物を持っている人物は? 考えればすぐにわかる」


 二人が歩いていたら、ポツポツと雨が降ってきた。トレルスは自分の問いに自分で答える。


「ギルドに所属している人間だね」


 雨音と共に、トレルスの答えが響いた。

 小雨程度しか降っていないため、二人は雨宿りすることなく警察署へ進む。


「だけど、それは警察にとって都合の悪いことだった。ギルドの人間が他ギルドの人間を殺す。これが行き着く結末は」

「ギルド間の戦争……」


 またミツがトレルスの言葉を奪った。

 弱かった雨はいきなり強くなり、二人の全身を濡らしていく。だが、幸いにも警察署の近くに来ていたため、二人は雨にさほど濡れることはなかった。警察署の出入り口前で、二人が話し合う。


「問題はどのギルドが犯人かだけど。この話の続きは後にしようか。僕は死体解剖の書類を貰うけど、多分手続きに時間がかかると思うから、ミツは先に帰って今話したことを皆に伝えてほしい」

「いや、このことは副団長よりも団長の口から話されるべきことだ」

「そうかな?」


 そうだ、とミツがうなづく。

 トレルスはミツから話して欲しかったが、ミツの様子を見て自分から伝えることを決心した。


「分かった。このことは僕から伝えよう。ミツはできる限り人を集めておいて」

「分かった」


 激しい雨が降る中、トレルスとミツはそこで別れた。トレルスは警察署へ、ミツはギルドへ。





 そして、その二人の様子を見ていた影が動き出す。
















***



『聖遺物には"真名"というものがある。その真名を解放することで、聖遺物はその強力な力を具現化する。しかし、聖遺物は限られた人間にしか扱えない。そのために開発されたのが魔装具と人工遺物だ。そして、その開発の副産物が魔石油と魔導器。魔導器とは、魔石油という燃料によって動く道具である。現代の魔導器は多種多様であり、車のエンジンや医療器具などに応用されている』



 俺は今、学院長に貰った旧課程の教科書を暇だから読んでいる。もう一度言うが、暇だから。

 教科書なんて読みたくないし、しかも書かれていることは既に知っていることだ。退屈しのぎになると思ったが、何の意味もない。


 団長と副団長は殺人現場に行ってから帰ってこないし、新たな犠牲者が出たせいで酒場の空気は最悪。全員が暗い顔をしてやがる。


「ナンシーさん、ジンジャエールを」

「はぁい」


 暇だから酒場で時間を潰しているんだが、食う以外にやることがない。酒場のメニューを適当に広げてみる。

 しっかし、ここって酒場という割りにはいろいろなジャンルあるよな。焼き鳥やらパスタやらステーキやら。酒場というよりレストランという方がしっくりくる。酒場の内装もレストランっぽいところがある。

 ナンシーさんが運んで来てくれたジンジャエールを飲みながら、酒場を観察してみる。


「どうした? そんなじろじろ周りを見て」


 魔法学院の予習復習を終えたジントが、筆記用具などをしまいながら俺に話しかけて来た。


「ここって酒場というかレストランって感じだな」

「シェフがレストランで働いていたからな。その影響なんだろ」


 厨房で暇そうにしているシェフを見てみる。シェフはあくびをしながら自分のために作ったスイーツを食べていた。それがちょっと羨ましい。

 シェフのスイーツを見て、俺はあることを思いつく。


「なぁ、シェフ!」

「んあ?」


 スプーンを加えながら、こちらを見てきたシェフ。俺はシェフにこう提案をした。


「暇だしさ、ここの酒場で人気トップ5のスイーツを当てるゲームをしたいんだけど!」

「なによそれ。帰れ○テンでもやるつもり?」


 そうそう、あれ。一度やって見たかったんだよ。


「帰れ○テン?」

「ジントはあれを知らないの?」

「人気のメニューを当てるまで頼んで食べる地獄のゲームだよ」


 ジントが俺の説明でなんとなくゲームの内容を理解する。シェフがパフェを食べ終え、俺たちに聞いてくる。


「で、作ってやるのはいいけど金はあるのよね?」

「全部ジント持ちで」

「はぁ!?」

「ならいいわ。作ってあげる」

「いや、よくないって!!」


 よし、これでジントの金で好きなだけスイーツを食べることができる。酒場の修理代のせいで金欠なんだよ。


「騒がしいね。どうかしたの?」


 現れたアリスさんも暇潰しのゲームに参加させて、俺たちは三人で真剣にメニューのスイーツ欄を見る。


「このチョコパフェはどうかしら?」

「いや、イチゴの方が人気あるんじゃないか?」

「にしても、スイーツのメニューだけでも多いな」


 やってみると意外と楽しい。そして冷静に考えると、何馬鹿なことをやっているんだろう俺たち。いや、ただ暇なだけよりは絶対にマシだ。


「アリスさんはウェイトレスじゃないですか。何が一番注文多いんですか?」

「そうね。この抹茶のアイスクリームが一番人気のような気がするわ」

「じゃ、それでいいんじゃね?」


 アリスさんの予想通り、一位は抹茶のアイスクリーム。そして、そこから二位から四位までを順当に当てるが、五位が全く出てこない。


「これは八位ね」


 シェフが食べ終わった料理の皿を片付けながらそう告げる。これで二十品目。もう食える気がしない。

 辛い。これをやろうと言い出した過去の俺を殴りたい。

 もう食えないんですけど。俺以外の二人ももうこれ以上食えないようだし。


「口の中がもう……」

「絶対に太る……」


 というか、二十品頼んでも、まだ全体の半分っておかしい。どれだけ種類あるんだよ。ここは酒場じゃなくてスイーツ専門店なのかよ。


「次は"バラよりも赤いアイス"で」

「はいよ」


 順番が来たジントが注文した。しばらくして、シェフが真っ赤のアイスクリームを持ってきた。

 なんだろ、すごい禍々しい。


「いただきます」


 アイスの見た目を恐れながらも、ジントがアイスを口に入れる。


「あれ? 別にふつ、辛ぁぁぁぁ!?」


 最初は何ともなさそうだったジントがいきなり水をごくごく飲み始めた。

 なるほどそういうパターンなんですね。


「激辛のハバネロを入れた新メニューよ。スイカに塩を振ったら甘く感じるっていうじゃない? あれの逆バージョンみたいなのを作ってみたかったの。アイスの甘みによってハバネロをさらに辛く感じるみたいな」

「あんたは鬼か!」


 ジントが涙目になりながらも必死につっこむ。うん、シェフは鬼だな。このアイスはシェフの悪意100%で作られている。


 そして、ハバネロアイスは処分し、次の品へ。次は俺が頼む番だ。俺はスイーツの欄の端っこに書かれているものを指差した。


「レバーとマヨネーズと納豆と抹茶のミックスアイスクリーム丼を」

「ちょっと待てぇぇ!! それ絶対五位じゃないから! それぐらい分かるだろ!? しかも、丼ものをスイーツにしないでくださいシェフ!!」

「はい、お待ち」

「早い!?」


 ジントのツッコミも虚しく、俺たちの目の前にアイスクリーム丼が運ばれて来た。その存在は禍々しいオーラを放っている。


「いただきます」


 俺は勇気を出してそれを口にする。

 ジントもアリスさんも俺の様子を見ているだけだ。


「あむあむ、マヨと納豆のねばねばがご飯と程よくあっていて、それをぶち壊すアイスの甘みとレバーの食感、うぷ……」

「なんか気持ち悪くなってないか!? ここで吐くなよ! トイレで吐け!」


 俺は口を押さえながら、トイレに駆け込み、キラキラを盛大に口から出した。









「死ぬかと思った……」


 結局、俺が吐いた後、第五位のスイーツを当てることなく、ゲームが終わった。

 まだスイーツ丼はテーブルの上にあり、シェフがそれを観察しながら、ブツブツと呟いている。


「レバーがダメか……ハバネロで代用、いや、ハバネロの辛さで他の味が分からなくなるわね。作ったばかりの新メニューだからまだまだ改良の余地があるわ」


 むしろ改良の余地しかありません。

 次からこの酒場でスイーツを頼むのはやめよう。

 俺がそう心に決めていたら、団長が傘を持って帰ってきた。外は雨が降っているらしく、団長の髪が少し濡れている。


「団長、おかえりなさい」


 アリスさんが団長に話しかける。団長はアリスさんに返事をして、周りをキョロキョロした。


「ミツは?」

「ミツさんはまだ帰ってきていませんよ」

「それは本当かい、ジント君?」


 団長は傘を傘入れの中に入れて、数枚の書類を酒場のテーブルの上においた。


「一緒に帰らなかったんですか?」

「先に帰ってもらったんだけど?」


 団長の周りに団員たちがぞろぞろ集まる。


「人はたくさんいるみたいだし、ミツはいないけど報告を先にしようか」


 団長はテーブルの上に数枚の書類を広げていく。


「殺人犯は人工遺物を使っている可能性が高い。というよりほぼ間違いないね。五人の死亡解剖によると、全員が胸を刺されていて、その五人全員の心臓が抉り取られていたらしい」


 心臓を抉りとる!?

 気持ち悪ぃな。


「僕が思うに、心臓を抉りとるのは殺人犯の趣味だと思うけど、その殺人犯がウチのギルドを狙っているのは間違いないね」


 快楽犯が俺たちを狙っている。聞くだけでぞっとする話だな。


「死亡解剖の書類はここに置いておくから、見たい人は見て。それと、君たちに聞きたいことがある」

 

 団長が書類を広げたままテーブルの上に放置する。そして、団長が俺たちにこう聞いてきた。


「もし犯人が他ギルドの人間だったらどうする?」


 団長の質問でその場にいる者たちの動きが止まった。団長が俺たちを見ながら言葉を続ける。


「君たちの意見を聞きたいんだ」


 誰も団長に答えられない。団員たちが小さな声でひそひそと話し始める。

 もしそうだったら俺はこの学院都市からおさらばするね。ギルド間の戦争に巻き込まれるのは嫌だし。


 小さな声だった団員たちの声が大きくなる。議論がヒートアップしているようだ。団長はそれを黙ってみていた。


 どん!


 そんな騒がしかった酒場に、一人の人間が飛び込んできた。


「はぁ……はぁ……」


 入ってきたのは、全身が血だらけの副団長だった。


 団長が副団長の悲惨な姿を見て驚く。


「ミツどうしたんだい!? まさか殺人犯に狙われたのか!?」

「そのまさかだ……」


 倒れそうになった副団長を、団長が腕で抱えて座り込む。


「犯人が……わかった」


 副団長の血が酒場に流れる。副団長がここまでやられるとは。相手の腕の良さが分かる。


「早く病院へ!」


 ジントが団長たちの近くに座ってそう言った。だが、副団長はジントの言葉を無視して団長に殺人犯の情報を伝えていく。


「突然、後ろから襲われた……が、この剣の能力でなんとか逃げて、殺人犯の後をつけた……」


 口から血を出しながら副団長が喋る。副団長は人工遺物である剣を握っていた。


「犯人は二人組……顔はフードを被っていて見えなかった……」

「犯人は、どこへ行ったんだい?」

「ギルド『大地の憤怒』の……本部、だ」

「!!」


 その場の全員が副団長の言葉に衝撃を受ける。

 ただ団長は副団長の頭を撫で、優しく副団長に話しかけた。


「よく頑張ったねミツ。後は僕たちに任せて、ゆっくり休んで」


 副団長はその言葉で安心したのか意識を失った。そして、団長は副団長を両腕で抱えて立ち上がる。


「病院に行ってくる。ジント君とカルキ君は僕について来て。それ以外はここで待機」


 突然俺の名前を呼ばれてびっくりした。団長の近くへ移動する。


「ジント君は先に病院へ行って、事情を説明して欲しい。カルキ君はミツを運ぶのを手伝って。ミツを病院へ運んだ後、二人に頼みたいことがある」

「「?」」


 俺とジントはよく分からないまま、団長の命令に従った。


 すぐさま病院へ行き、副団長を預ける。医者の話では副団長が死ぬということはないようで安心した。


 そしてその後、団長と俺たちはその団長の頼みを聞いたのだった。
















***



 ギルド『大地の憤怒』の本部三階。

 そこにはギルドの上層部しか入ることが許されていない。にもかかわらず、雑用係であるコニスは三階に侵入していた。


「この部屋にも無い……」


 麻薬売買の証拠を探しているコニスは、三階の部屋の半分を既に調べ終わっていた。だが、証拠は一つも出てこない。


「後は……」


 コニスが調べていない部屋は、武器庫、団長部屋、副団長部屋。

 団長の部屋、副団長の部屋は、いつもその二人がいるので入ることはできない。だからコニスが次に調べるのは


「武器庫か」


 コニスが誰にも見つからないように武器庫へと移動する。彼の小柄な体型が幸いしたのか、他の誰かに見つかることはなかった。

 コニスは扉を開き、武器庫の中に入る。


『団長!!』

「!?」


 大きな声が聞こえ、コニスはびっくりする。扉の向こうからドタバタと足音がした。


『うるせぇな!! 何事だてめぇら!!』

『団長、終天の彼方のやつらが!!』

『ほう……やっと来たか。すぐに行く!!』


(終天の彼方……? まさかカルキさん達?)


 だんだん足音が遠ざかっていく。ブルザドクたちが下の階に移動したのか、音が全く聞こえなくなった。

 下に行きたかったコニスだが、見つかってしまうわけにはいかないので武器庫の中を調べることを優先する。武器庫の電気をつけた。


「魔装具がこんなに……!」


 武器庫には無数の魔装具と木の箱があった。これだけの数ならば今雑用をしている人間にも配布できるのではないかと思えるほどだった。

 これほどの魔装具を買うお金はどこから来たのか。麻薬で手に入れたお金である可能性は十分ある。


 コニスは魔装具と共に置かれてあった木の箱の中身を一つ一つ確認していく。


「ない……」


 武器庫の中にあった木の箱の中身を全て確認したが、コニスが求めているものはなかった。


 団長が今下の階にいるのなら、団長室を調べても安全だろう。

 そう思ったコニスが武器庫から出ようとしたら、武器庫のある場所にふと目がいった。


 その場所は武器庫の天井。その武器庫の天井にはほんの少し赤い液体が着いていたのだ。


「ペンキ? いや、あれは……」


 武器庫の中にあった木の箱を土台にして、コニスはその赤い液体に顔を近づけた。


「血……?」


 その赤い液体のついている天井にコニスが手を伸ばした。すると、天井は隠し扉のように一部分が回転し、天井裏へと侵入できるようになった。

 コニスは驚きながらも、恐る恐る天井裏へ登る。そして、コニスの目に入ってきたものは


「麻薬!!」


 白い粉の袋が入っている大量の木の箱だった。

 その袋はヤクザの事務所に置かれていたものと一緒であり、麻薬の袋であると疑いようが無かった。

 これほどの証拠によってコニスは自分たちのギルドが麻薬の売買をしていたことを確信してしまう。売買をしていないと信じたかったコニスは、憂鬱な気分になりながらも証拠品を集める。


「げへへ」


 突然、コニスの後ろから男の笑い声が聞こえた。

 コニスが後ろに振り返った瞬間、頭に強い衝撃を受ける。


 掠れていく意識の中で、コニスが見たのは血だらけの短剣だった。














***



 ギルドに所属している人間が他ギルドの人間を殺したらどうなるか。

 ほぼ間違いなくギルドの戦争が起きる。


 ギルドというのは仲間意識が高い。ギルドを変えるなんてことはそうそうないから、ギルドの仲間というのは基本的に一生の付き合いになる。俺は違うけど。


 で、まぁうちのギルドの団員が他ギルドに殺されたかもしれない可能性が出て来たわけだ。そうすると、団長がとる行動は一つ。


 容疑がある他ギルドの訪問。


 そして、俺たちへの団長の頼みとは、一緒に『大地の憤怒』に訪問してほしいとのことだった。通り名を持っている俺たち二人だからこそ、着いて来てほしいだとか。



「よう、突然の訪問じゃねぇか。事前に連絡してくれねぇと困るぜ」

「それはすまない。次からはそうすることにしよう。次があれば、だけどね」


 ギルド『大地の憤怒』の客室。ここで、俺たち『終天の彼方』の三人は『大地の憤怒』の同じく三人と対峙していた。

 互いの団長だけが座っており、他の者たちは立っている。


「それで? 用件は?」


 俺たちの団長に、かなり太っている男が質問する。

 この男が『大地の憤怒』の団長か。ブルザドクと言ってたな。

 そのブルザドクは巨大な剣を立てかけている。


「僕が言わなくても分かっているはずだ」

「分かんねぇなぁ。もしかしてギルドの団長さんが他ギルドである俺たちに依頼をしに来たのか?」

「その冗談は全くセンスが無い」


 怖いです。もうここから出て行きたいです。

 二人の団長の話し合いが怖すぎて嫌になっちゃう。


「殺人犯がここに入ったという証言があった。これはどういうことかな?」

「さぁな。見間違いなんじゃないのか?」

「残念ながら、こちらは副団長の証言でここに来ている。副団長が無責任にギルド間の戦争を引き起こす証言をすると思うかい?」

「するんじゃねぇの?」


 ブルザドクのその一言で、団長の雰囲気が変わったような気がした。ほんの少しだけではあるが。俺とジント以外の人間はそのことに気づいていない。

 それと、ブルザドクの態度から見るにこのギルドに殺人犯がいるのは間違い。証拠なんてないが、俺はそう確信する。


「君は戦争でも起こしたいのかな?」

「俺たちと戦争するなら、いつでも受けてやる。かかって来な」


 じゃあ今からでもしてやろうか。

 そう言ってやりたかった。だけど、それを決めるのは俺ではなく団長だ。


「そうか。その言葉は忘れない方がいい」


 団長はそう言って立ち上がり、俺とジントを見る。


「カルキ君、ジント君、帰ろう。戦争の準備をしないと」


 団長ははっきりとそう言った。ブルザドクの前であるにも関わらず。

 団長が部屋の外に出て行く。俺もジントも部屋から出る。そんな中ブルザドクは終始気持ち悪い笑みをこぼしていた。








「団長、戦争は駄目です」


 ギルドの本部へと戻る途中、ジントが団長にそう話しかけた。


「なぜ?」

「完全に相手は戦争をしたがってました。これは罠です!」

「そうだね。彼らは戦争をしたがっていた」

「なら!」

「だからこそ戦争をするんだ」


 ジントが黙る。

 確かに相手は戦争をしたがっていたかもな。だって規模はあっちが上だから、普通に考えれば相手が勝つ。


「でも、戦争をしなくても殺人犯に団員がどんどん殺されていくだけだよ。なら、戦争で僕たちが勝って、相手の思い通りにいかないようにするしかないよね」


 ま、俺たちには戦争をするしか道は無いってことだろ。

 ジントはそのまま何も言わなくなり、俺たちはギルドの本部へと着いた。


「団長! 副団長の容態は!?」


 酒場に入った瞬間、ギルドで待機していた連中がぞろぞろを集まって来た。


「命に別条は無いらしいよ」

「なら、よかった……」

「あと、『大地の憤怒』と戦争することになったから」

「は?」


 一番重要なことを、団長が当たり前のように口にした。戦争という言葉を聞いた団員たちは目を丸くしている。


「さっき『大地の憤怒』の本部へ行ってきた」


 さっきコンビニに行ってきたんだ、みたいなノリで団長が話した。

 団員たちが団長の言うことは本当なのかという目で俺とジントを見てくる。

 ジントが頷き、団員たちの顔が真っ青になる。


「どういうことですか! 『大地の憤怒』と戦争だなんて! 勝ち目なんてあるわけないじゃないですか!」


 団員たちが団長に抗議する。そりゃまあ当然だよな。

 ジントが団員たちを宥めようと団員たちと話す。


「……」


 さて、全員の意識が俺から離れているうちに、俺はこのギルドから出て行くとするかな。ギルドの戦争になんて参加したくないし。

 俺がのそりのそりと扉に手を伸ばしたら


「カルキ、どこに行く気よ?」


 シェフに声をかけられてしまった。

 シェフの手には"ミックスアイスクリーム丼"。

 シェフの笑みが凄い怖い。何逃げようとしてんだてめぇはってシェフの目から伝わってくる。


「これはですねシェフ……」

「ちょうど良かったわ。今、ハバネロが余っていたから新メニューを作ったばっかで、これの毒味をしてくれる被験者を探してたの」

「ちょ、言い訳ぐらいは、や、やめ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」











***



「敵前逃亡は私のハバネロを使った新メニューの毒味よ。覚悟しなさい」


 酒場のシェフであるメイターナさんが、"ミックスアイスクリーム丼"に頭から突っ込んで動かないカルキを踏みつけながらそう言った。

 それを見ている俺たち団員としては、敵前逃亡というよりこの目の前のシェフから逃げたいくらいだ。


「で、団長、あちらの方が有利なのは事実だけどどうするのよ?」


 メイターナさんが、酒場のテーブルに座っている団長に聞く。


「簡単だよ。戦争で勝つ必要なんて僕たちにはない」

「「は?」」


 団長の言葉が理解できず、俺たち団員は困惑する。


「ミツから聞いたけど、カルキ君、ジント君。『大地の憤怒』が麻薬の大元かもしれないのは本当かな?」

「え、ええ」


 副団長は団長にもそのことを伝えていたのか。

 その事実を知らなかった俺以外の団員たちは驚いている。


「でも証拠は無いです」

「彼らの本部でその証拠を見つければいい。見つけたら僕たちの勝利だよ」


 そうか。麻薬の大元である証拠が見つかれば、警察が動く。警察が動けば、『大地の憤怒』もどうしようもできない。俺たちは戦争に勝つことなく『大地の憤怒』を潰すことができるのか。

 俺たちの今の状況は最悪ではないということが分かった。生き残れる可能性はある。


「でも、証拠が見つからなかったら?」


 団員の一人が団長に質問する。

 そして、その質問に答えたのは団長ではなく


「そん時はそん時だろ。今の俺たちはその可能性に賭けるしかできねぇんだからよ」


 アイスクリーム丼から顔を上げたカルキだった。

 団長がカルキの言葉に頷く。


「だから、麻薬を探すグループと探す時間を稼ぐグループに分けたい。麻薬を探すグループは目立たないように動かないといけないから最小人数にしようと思う」

「なら、麻薬を探すのは俺とジントだ。ちょうど『大地の憤怒』の団員で証拠を探している知り合いがいるからな」


 知り合いというのはコニスのことか。彼が協力してくれればいいが。自分のギルドを敵にするなんて彼がしてくれるのだろうか?

 自分のギルドが麻薬の大元である証拠を探すくらいだ。協力はしてくれる可能性は高いかもな。


「分かった。なら、カルキ君とジント君が

麻薬捜索。それ以外の団員はそのための時間稼ぎだ。後は襲撃をするタイミングが問題だけど」

「あ、それならこういうのはどう?」


 敵前逃亡しようとしていたカルキが、作戦の提案をする。

 こいつがこんなに真剣なのは、アイスクリーム丼が怖いからか、もしくはアイスクリーム丼に頭をやられたか。


「団長! 俺さ、真面目にやるから、これが終わったら俺の酒場の修理代をチャラにして!」

「考えておくよ」


 そういうことか。逆に安心した。

 カルキが様々な提案をしていく。それらを聞き、団長が喋る。


「なら、僕は襲撃の部隊に加わらないで警察へ向かうよ。警察には伝があるからね。もしかしたら動いてくれるかもしれない」


 俺たちは『大地の憤怒』への襲撃作戦を考えるのだった。











***



 『大地の憤怒』の本部一階。

 ここでは多くの団員たちがある話題について話し合っていた。


「マジで戦争するのかよ?」

「『終天の彼方』の団長が戦争するってうちの団長にさっき言ったらしいぜ」

「へっ、俺たちに勝てるわけねぇよ」


 話題とは、そのことだった。

 『大地の憤怒』に所属している屈強な男たちがゲラゲラと笑っている。

 そんな男たちの内の一人がふとこんなことを周りに聞いた。


「その戦争っていつからするん--」


 ドォォォォン!!


「「「なっ!?」」」


 『大地の憤怒』の本部が揺れるほどの爆発が起きた。

 本部の扉が吹き飛び、入り口に大きな穴ができていた。そこから多くの人間が入ってくる。


「お前らはっ!?」


 『大地の憤怒』の団員たちの一人が叫んだ。

 入ってきた人間は『終天の彼方』の団員たち。その内の一人、白銀の髪を揺らしている赤目の少年がこう叫んだ。


「『終天の彼方』は『大地の憤怒』を今日ぶっ潰す!!」





 宣戦布告をした日に、学院都市の二つのギルドがぶつかり合う。

 

 

 

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