まともな分析なんてないらしい

「起きろぉ!!」


 朝日が登り始めた頃。

 ギルド『終天の彼方』の宿舎にて、一人の女性の声が響く。


 ギルドの宿舎は大きいが、そこで就寝している者は少ない。ギルドのほとんどの人間が、学院都市に自分の家を持っているからだ。


 そして、その数少ない宿舎の利用者であるカルキは、その女性の声で目覚める。


「ふぁ〜〜!」


 大きな欠伸をして、上半身を起こす。

 目をこすりながらベッドの近くにある時計を見れば、今の時刻は6時。


「まだ早ぇじゃねぇか……二度寝決定だな……」


 学院都市に来るまで野宿していたカルキは、布団で身を包み、久々のベットの感触に幸せを感じるのであった。そして、そのまま眠れそうだった時、ドン、ドン、ドンとカルキの部屋の扉を叩く音が聞こえる。


「おい、新入り! 早く起きろ!」


 聞こえてくるのは、副団長であるミツの声。

 それがうるさいため、カルキは毛布を頭に被る。


「勘弁してくれぇ……」

「黙りを決め込むか……いいだろう、そちらがそうするのなら、こっちにも考えがある」


 ミツがそう言うと、扉の叩く音が聞こえなくなる。

 そして、その代わりに聞こえてきたのは……


 カルキの部屋の扉がぶち破られた音だった。


「うえぇぇぇぇ!?」


 あまりの衝撃に、カルキはベットから飛び上がってしまう。

 カルキの部屋の扉を踏みながら、ミツが現れた。


「カルキ、掃除、洗濯は朝六時からやるのが規則だ」

「ちょ、待て待て! 扉を破壊する必要あったか!?」

「お前が早く起きないからだ。言っておくが、この扉の修理費はお前持ちだぞ」

「なわけあるかぁ! 完全にお前が壊したよな!? これ以上俺の借金を増やすんじゃねぇよ! てめぇが払えやコノヤロー!」


 怒ったカルキが叫ぶが、そんなカルキを無視して、ミツが部屋から出て行く。カルキはミツに抗議するために追う。


「冗談だよな? たちの悪い冗談だよな、副団長?」

「私が冗談を言うような奴に見えるか?」

「見えませんね……」


 カルキはトボトボと歩く。借金のせいで朝から憂鬱な気分になってしまっていた。


「それで、俺は何をすればいい?」

「言っただろ。今から掃除と洗濯をする。当番制だ。一週間毎に交代することになっている。お前は今日から一週間、当番だ。一応今日は私もついて教えてやる」

「億劫だ……」

「そうだな。だが、幸いなことにこの宿舎には私とお前以外には二人しかいない。そこまで時間のかかることじゃないぞ」

「意外と少ないな。その二人って誰だ?」

「ジントと役立たずな団長だ。そこを曲がれば、洗濯室だ」


 会話をしながら、二人は洗濯室へと向かう。だが、洗濯室にはすでに明かりが付いており、洗濯機が動いている音が聞こえる。ミツは誰が使っているのか分からず、洗濯室の中に入った。


「ジント?」

「ん? ああ、ミツさん、おはようございます」


 洗濯室にいたのは、ジントだった。

 洗濯カゴはもう空っぽであり、もうミツたちの仕事はないように見えた。


「ジント。今日の当番はお前じゃないぞ?」

「え? ああ、そうか。カルキが来たから変わったんでしたっけ?」

「ああ、お前の当番は来週だ」

「はは、完全に忘れてました」


 カルキが入団しなければ、ジントが今週の当番だったため、ジントは勘違いをして朝早くから洗濯をしてしまっていた。

 そのジントのおかげで、面倒な仕事をしなくて済むと思ったカルキは、自分の部屋へ戻ろうとする。だが、ミツはカルキの襟首を掴んで逃がさなかった。


「カルキ、何処へ行くつもりだ?」

「え? いやぁ〜二度寝でもしようかなって思って」

「そんな暇は無い。次は掃除だ」

「痛いっ! ちょ、離せ! 痛いって! 首締まってるからっ!」


 ミツはカルキを引きづって、掃除道具が閉まっている部屋へと向かう。ジントもとりあえず気になって二人について行く。


「カルキ、お前って料理できるか?」


 ミツに引きづられているカルキに、ジントが質問した。

 首を思いっきり掴まれているカルキは、ミツに抵抗せずにおとなしくしている。


「人並みにはな。ジントはどうなんだよ?」

「俺も人並み程度だ。でも、良かった。お前も料理当番できるな」

「…………やっぱできないわ、俺」

「嘘つけ! 料理当番がめんどくさいんだろ!」

「いやぁ、カルキさんはやっぱりゆで卵しか作れなかったわ」

「お前は来週の料理当番だからな! これはもう決定だ!」

「えぇ〜〜」

「これで三人でローテを組める」

「ん? 三人? この宿舎には四人いるんだろ?」


 ジントの言葉に、カルキが疑問を持つ。

 発言したジントは、やってしまったという顔をした。

 訝しげな顔でカルキがジントに質問する。


「誰だよ、サボっているのは?」

「いや別にサボっているわけじゃないんだよ」

「じゃあ、あれか。そのあと一人は料理ができないのか。だとすると、そいつはあの団長か」

「いや、料理できないのは団長じゃなくて……」


 ジントはどう言えばいいか分からずに黙ってしまう。

 カルキはそのジントの様子から誰が料理を作れないのか察してしまった。


「もしかしてだけど、副団長が作れないとか……」


 カルキを引きづっていた人間の足が止まった。そのミツの沈黙はカルキの言うことを肯定しているようで。

 カルキは意地悪い笑みを浮かべて、ミツに話しかける。


「マジかぁ! 料理できないんだ、あんた!」

「ふ、ふん、ゆで卵くらいはできる!」

「ゆで卵くらい、じゃなくてゆで卵しか作れないの間違いだろ! ははっ、マジかよ。あんた、料理できないのかよ!」

「料理できなくて何が悪い!」

「いやいや、あの団長よりもしっかりしている副団長様が、実は団長よりも料理ができな、いっ!?」

「これ以上喋ってみろ……お前の頭と体が分かれ離れになるぞ」


 ミツがカルキの近くの壁を思いっきり殴り、ヒビだらけにした。

 あまりのミツの馬鹿力に、カルキも口を閉じてしまう。


「ぼ、暴力は反対」

「おい、ジント。私は着替えるから、この馬鹿が逃げ出さないように見張っておけ」

「は、はい」


 ジントに命令したミツは、すぐ近くの部屋に入って行った。おそらくそこがミツの部屋なのだろう。

 カルキは顔が真っ青になりながらも、ジントに話しかける。


「料理できないのは本当のようだな……身を持って理解した」

「言葉だけで理解しろよ」


 ジントがため息をつく。

 二人がミツを待っていたら、廊下から足音が聞こえてきた。


「どうしたんだい? 結構大きな音が聞こえたけど?」


 現れたのは、トレルスだった。

 トレルスはもう白いタキシードを着て、仕事にいつでも行けるような格好だった。


「な、なんでもないって団長」

「そうかい? ならいいんだけど」


 部屋で着替えているミツ。

 それを知らないトレルス。


 カルキはそんなトレルスを見て、あることを思いつく。そして、意地の悪い笑みを浮かべ、トレルスに話しかけた。


「なぁ、団長」

「なんだい?」

「副団長がさっき団長に用があるって言ってたぜ」

「え? そんなこと言って、む!?」


 余計なことを喋りそうだったジントの口を、カルキが抑える。


「ミツが僕に?」

「ああ。副団長は今、自分の部屋にいるはずだぜ」

「そうか、わかったよ」


 カルキの言葉を信じて、トレルスはすぐそこのミツの部屋の前に移動する。そして、律儀に扉をノックした。


「ミツ、僕だけど。入るよ」

「え? い、今はちょっと待ーー」


 ミツの焦っている返事を聞く前に、トレルスは扉を開けた。


「あ……」

 

 扉の向こうにいたのは、下着姿のミツ。トレルスに下着姿を見られているミツは、服に手をかけて、そのまま止まっていた。

 そして、一気にミツの顔が赤くなる。


「えっと…………似合ってるよ?」

「うらぁぁぁ!!!」

「ぐへぇ!?」


 どうすればいいか分からず、とりあえず下着姿を褒めたトレルスを、ミツが全力で殴った。殴られたトレルスはそのまま壁にめりこむ。

 顔が赤いミツは自分の部屋の扉を乱暴に閉じた。


「ギャハハハハ! 予想通りの展開!」

「カルキ、お前は最低だな」


 腹を抱えて笑う、こんな事態を引き起こした張本人。それを冷めた目で見ているジント。


「カルキ、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「へっ、たとえあの女が襲ってきても、俺なら返り討ちに--」





















「ずびばぜんぜじだ……(すみませんでした……)」


 顔が悲惨なことになり、まともに喋れないカルキは、ミツに謝罪する。

 カルキに謝られたミツは、優雅に紅茶を飲んでいた。


 ジントの証言によってトレルスの誤解は解け、カルキはミツにボコボコに殴られたのだ。


 二人は今座って、朝食が運ばれてくるのを待っているところである。

 今日の食事当番はトレルスであり、意外なことに彼は料理が得意だった。

 ちなみにジントはこの部屋にはおらず、着替えるために自分の部屋に戻っている。


「お待たせ〜」


 盆に朝食を乗せて、トレルスが現れた。彼は手慣れた手つきで、テーブルの上に料理を置いていく。


「副団長、団長って本当に料理できたんだな。俺、全く信じていなかったわ」

「信じられないが、それが事実だ。料理は、このクズな団長の数少ない取り柄といってもいい」

「なんか二人とも僕にひどくないかい?」


 トレルスの作った料理の出来の良さが信じられず、カルキは自分の目を疑ってしまう。その料理の匂いによって、カルキの腹が鳴った。


「いや、団長のキャラ的にこの料理のスペックの高さは異常だわ。普通なら団長みたいなキャラは料理できなくて、できる副団長が団長のために料理する、っていうパターンじゃないか?」

「私もそう思うんだが、どうにもクソ作者はそこのところを分かっていないらしい。空気を読めコノヤローと言いたいな」

「二人ともそういう発言はやめようか!!」


 三人がしばらくそんな会話をしていたら、部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは、着替え終わったジントだった。


「ジント、遅かっあれぇ!?」


 ジントに声をかけたカルキが驚く。

 カルキが驚いたのは、部屋に入ってきたジントがいかにも制服と呼べる服を着ていたからだった。


 カルキは開いた口が閉まらなかった。学院都市内で制服を着ている人間というのは、魔法学院に通っている人間ということだ。

 そして、授業料の高い魔法学院に通えるということは--


「ジント……お前、貴族だったのか?」


 やっとの思いで、カルキが出した言葉はそれだった。


「違うよ。彼は貴族じゃない」


 カルキの呟きに答えたのは、朝食を運んでいるトレルスだった。ミツもトレルスの言葉に頷く。


「え、だって、ジントは魔法学院に通っているんだろ?」

「確かに俺は魔法学院に通っているが、高い授業料は払っていない。免除されている、と言えばいいのかもな」


 魔法学院の制服を着たジントが、カルキの隣に座る。

 カルキはジントの言葉からあることを思い出した。


「"平特"?」

「その通り。よく知ってたな」

 

 平民特待生制度。

 それは、授業料が払えない平民たちにも魔法学院に通ってもらうために採用された制度。成績の優秀な平民は、魔法学院の授業を無料で受けることができるという制度だ。

 平民にとって嬉しい制度ではあるが、やはり平民特待生の枠はかなり少なく、しかもそれに応募する者は数多いる。

 その中で平民特待生に選ばれるというのは、とてつもなく優秀であるということだ。


「ジント君は天才だったんですね」

「カルキ、なんで口調を変えた?」

「いえ、勉学に励むジント君にタメ口なんて恐れ多いです」

「気持ち悪いからやめてくれ」


 二人がそんな会話していたら、トレルスが朝食を運び終わり、ミツの隣に座った。

 テーブルの上には結構な量の料理がおかれていた。ご飯などが山盛りとなっている。


「今日はカルキ君が来て、初めての朝食だから少し豪勢にしてみたよ。じゃあ、食べようか」

「「「いただきます」」」


 さてさて、結構な量だな。どれから食べようか。

 そう思ったカルキがまず味噌汁から手をつけようとした時


「ご馳走様」

「は?」


 そんな言葉がミツから聞こえてきた。

 聞こえてきた方を見れば、既にミツの目の前に置いてある食器が全て空となっていた。

 信じられない光景にカルキが目を疑う。


「おかしくね? いただきますって言ってから、まだ五秒も立ってないのに……」

「カルキ君、いつものことだから早く慣れた方がいいよ」


 ミツの食事を終える早さに驚くことなく、トレルスがカルキに忠告する。

 ジントもトレルスと同様に驚くことなく、漬物を口にしていた。


「いやいやおかしいだろ! どうやってあれだけの量を五秒で食ったんだよ!」

「ミツは食事を瞬殺するんだよ」

「食事を瞬殺ってなんだよ! ここは戦場なのか!? 俺たちは朝食と戦ってもいるのかよ!?」


 混乱しているカルキとは対照的に、冷静なというより、慣れているジントは味噌汁を啜ってからカルキに話しかける。


「ミツさんは早食いキャラだ。例えるなら、ほら、マ○オってキノコに触れた瞬間に大きくなるだろ? どうやって食ったんだよっていうぐらいの速さで、○リオもキノコを食べるんだよ。あれと同じ」

「絶対違うだろ!」

「真面目なキャラのミツさんにこんな個性をつけるなんて、クソ作者は本当に何も分かっていないよな。空気読めよコノヤロー」

「そういう発言はやめろっ!!」


 そう叫んだカルキは、食後のお茶を優雅に啜っているミツを指差し、ある提案をする。


「なぁ、俺の朝食を少しやるから、もう一回やってくれない?」

「そう言うと思って、もう食べておいた」

「あ、ほんとだ…………って待てゴラァァ!! 今どうやった!? しかも俺の朝食全部食ってんじゃねぇよ!!」


 カルキが瞬きをした時には、もうカルキの前には空の食器しかなかった。

 カルキがミツに視線を戻せば、彼女は口元を拭いていた。ミツはたくさん食べれて満足したというような顔だ。


「俺の朝食を返しやがれぇぇ!!」


 結局その日、カルキは朝食を食べることはできなかった。




















***



 朝食を終えた俺たち(俺は食べることができなかったが)は、宿舎からギルドへと移動した。

 ギルドへの道の途中で、魔法学院へ向かうジントと別れた。


 魔法学院に向かうジントの背中を見て、羨ましいなぁ、なんて別に思っていないし〜。

 あのイケメンのことだから、彼女でも作ってリア充しているんだろうなぁ、羨ましいなぁ、なんて思っていないし〜。






 ……はぁ。


「俺も魔法学院に行きてぇ……」

「酒場の掃除をサボるな! 真面目にしろっ!」


 俺が箒を持ってぼぅーとしていたら、副団長殿に叱られてしまった。

 そうだった、んなこと考えている場合じゃなかった。

 俺は昨日の試験で汚してしまった酒場の掃除を早く終わらせないといけないんだった。なんで俺、爆発させちゃったんだろ……過去の俺を全力で殴りたい。


「副団長〜もう昼だぜぇ……休憩させてくれよぉ」

「ふざけるな、さっき休憩したばかりだろ。開店時間までに酒場を片付けないといけないんだぞ」

「腹減ったぁ……」

「借金しているお前が昼食など出ると思うなよ」

「ひでぇ! このギルドってもしかしてブラック企業なのかっ!」

「今更気づいたか」

「いや否定しろよ! せめて違うって言えよ!」


 ブラック企業の副社長さんは、俺を無視して酒場のテーブルを綺麗に並べていく。

 まぁ、そんなことを言いながらも手伝ってくれているのは、ありがたいけど。

 いや、ここで試験をしたのはあっちが原因だからな、これぐらいは当たり前か。


「おーい、カルキ君」


 俺が掃除をしていたら、団長が何か水晶のようなものを抱えて現れた。


「なんすか?」

「君の能力値を確認していなかったから、今からでも確認しようと思ってね」

「能力値? ゲームのキャラみたいなステータスのことか? そしたら主人公補正でカルキさんの能力値はすげぇよ?」

「君がすごいかどうかは分からないけど、まぁ、ステータスというのは間違っていないかな」


 そう言って、団長は水晶をテーブルの上に置いた。水晶にはキーボードのような機械がつけられており、カード一枚分の穴が空いていた。


「これは、魔導器『賢者の目』。触れた人間の筋力、魔装具適性とかをEからSで評価してくれるんだよ」

「へぇ、便利だな」

「これを見たのは初めてかい? どのギルドにもあると思うけど」

「いや、田舎のギルドなんて魔装具すら一、二本あるかないかだから」

「そうだったんだ。知らなかったよ」


 それにしても魔導器か。武器である魔装具とは違って、魔導器は生活向上のための道具だっけ。

 これも結構な値段がすると思うんだが、やっぱり都会のギルドは金持ちなんだな。


「今から僕が使ってみるから見ておいてね」

「へーい」


 団長が水晶のキーボードに自分の名前を打ち込んでいく。


「自分の名前を打ち込んだら、この水晶が少し光る。光った水晶に触れると、能力値について書かれたカードが出るんだ」


 団長の言った通り、水晶がほんの少しの光を発する。

 団長がその水晶に触れると、水晶の光は弱まり、水晶の穴からカードが一枚だけ出てきた。

 副団長がそれを取って、カードに書かれていることを読み上げた。


「『トレルス・ロス・ハーニン様。あなたの--」

「副団長、ちょっと待ってくれ。団長、あんたって貴族だったのか?」

「昔の話さ。今はそんなことどうでもいいよ。ミツ、続けて」


 そうか、団長は貴族だったのか。でも、昔の話ってことは今は違うってことなのか? しかも、ロス家って確か……


 団長が貴族だと俺が分かった理由は単純だ。


 団長の名前。

 平民と貴族の違いの一つに、名前の構成というものがある。貴族の名前には、ファーストネームとファミリーネームの間に二つの文字があるのだ。

 団長を例に上げると、"トレルス・ロス・ハーニン"の"ロス"の部分。

 貴族のその二つの文字は、一般に『二つ名』と呼ばれている。

 二つの文字の名前だから『二つ名』。

 単純な発想ではあるが、割と覚えやすい名称ではあると思う。

 なんで貴族が二つ名を名乗るようになったのかは、歴史的背景があるんだが、まぁ今はそんなことはいいだろう。

 それより団長のステータスが気になる。

 副団長がカードに書かれていることを最初から読み上げる。


「『トレルス・ロス・ハーニン様。貴方の能力は、筋力値C、魔装具適性値B、知力値B、幸運値D。平均よりも良い能力値だと言えるでしょう。しかし、最近、適度な運動をしていないため筋力値が少し下がっています。筋トレを日常化すれば筋力値もBになるでしょう」


 へぇ、結構細かいところまで言ってくれるんだな。団長の言うとおり、正確な分析をしてくれているようだ。

 団長の能力値については、そこで終わると思っていたんだが、副団長はまだ読み続けた。


「しかし、夜食するのはやめましょう。体脂肪率が上がってしまいます。それと、幸運値が平均より下なので傭兵のような職業には向いていません。もし傭兵をしているのなら、大工などへの転職をオススメします。以上です』」

「はい、実は僕、この業界でやっていけるか自信無くて、転職をしようか迷っていたんです。これを機に…………ってちょっと待って!! ギルド団長の僕が傭兵に向いてないって書いているの!? かなりショックなんだけど!?」

「こんなにも正確なんだな……」

「ああ、びっくりするくらい正確だ」

「正確じゃないよ! 少しぐらいは否定してよ!」


 俺と副団長の『賢者の目』に対する信頼は深まり、逆に団長の傭兵としての腕への信頼は薄くなった。

 団長がカードを破ってゴミ箱へ捨てるなか、俺はキーボードで自分の名前を打ち込んでいく。


「さてさて、俺の能力値はどうかな、っと」


 光った水晶に触れて出てきた、俺のステータスについて書いてあるカードを、団長の時と同様に副団長が読み上げる。


「『カルキ・ケレウラ様。貴方の能力は筋力値A、魔装具適性値S、知力値B、幸運値C』って魔装具適性値がS!?」

「すごいねぇ……」

「ふっふっふっ、これが主人公補正というものさ!」

「そういう発言はやめようね、カルキ君」


 これが選ばれたなんちゃらというもの!

 ザク団長とは違うのだよ、ザク団長とは!

 とまぁこんな感じで天狗になった俺だけど、そうは問屋が卸さないというか、世の中は甘くないというか、カードに書かれていることはそこで終わりじゃなかった。副団長が俺のカードの続きを読む。


「『全体的にかなりよいでしょう。適度な運動を日常化できているようです。この調子で続けましょう。ですが、血糖値がDです。糖尿病になるほどではありませんが、このままの生活習慣では発病するのも時間の問題です。今から生活習慣を気をつけることが早過ぎるということは無いですから、今日から頑張りましょう。以上です』」

「そうでしたか。今それを知ることができてよかったです。苦労しそうですが、これを機に改善して……ってちょっと待てぇぇ! 血糖値がDって何!? 血糖値も能力値の一つなの!? というか団長の時の体脂肪率といい、俺の血糖値といい、俺ら能力値判断じゃなくて、実は健康診断でも受けてたの!?」


 何なの、この魔導器!?

 確かに能力値を調べてはいるけど、後半部分がメインなのは気のせいじゃない気がする。

 団長が顎に手を当てながら、水晶を観察する。


「おかしいね。つい最近まで能力値しかカードには書かれていなかったのに。故障かな? 壊れているようには見えないけど」

「故障で性能がアップするのかよ……」

「とりあえずミツもやってみて」

「分かった」


 団長の指示に従って副団長が自分のカードを作り、団長が読み上げようとしたんだが、そのカードには副団長のスリーサイズが書かれていたらしく、副団長は団長の記憶を消去するため殴り続けることとなった。














 いろいろと昼にドタバタしたが、なんとか酒場の片付けを済ませた俺は、客で溢れかえっている酒場の手伝いをしていた。

 ギルドの酒場は思ったより繁盛している。たぶん学院都市内の酒場自体が少ないのが理由だろう。


「新入り! 十五番テーブルにさっさと料理持っていきなさい!」

「はい、シェフ!」


 厨房から聞こえてくるのは、料理を作っているシェフの声。

 そのシェフは緑髪の女性。

 名前はメイターナ・ベングソン。

 信じられないことだが、彼女がたった一人でこのギルドの酒場の料理を全て作っている。彼女の動きは一切の無駄がなく、見ていて惚れ惚れとしてしまう。ちなみに、自分のことはシェフと呼べ、と彼女が言ってきたので、俺はそれに従っている。



 それにしても忙しいなぁ……

 昨日とは比べ物にならないほど人がごった返している。

 なんでも昨日は入団試験があったから、酒場が利用できたのはギルドの団員もしくは入団希望者だけだったらしい。むしろ今日の方がいつも通りとか。


「今日の依頼どうだったよ?」

「なかなかの報酬だったぜ。お前の方は?」

「俺は全然だ。『大地の憤怒』に邪魔されちまった」

「またあのギルドかよ。最近多いよな」


 多くの人間が喋るため、酒場は騒がしい。

 酒場のテーブルを片付けていたら、近くのテーブルに座っている野郎共の声が聞こえてくる。


「なぁ最近、この学院都市で麻薬が流行っているそうだぜ」

「知ってる。貴族の中にも麻薬を使っている奴らが居て、いろいろと問題になっているよな」

「聞いた噂じゃ、麻薬のバイヤーも捕まっていないから、解決するにも時間かかるらしい」


 麻薬が流行っているのか。

 学院生が多いこの都市で麻薬が流行るとは、物騒な世の中だな。


「カルキ、ここにいたのか」

「ん? ジントか。帰ってたのか」


 空いているテーブルを拭いていたら、魔法学院の制服を着たジントが俺に声をかけてきた。

 ジントの制服を見て思う。

 いいよなぁ、学院生活って……


「カルキ、しばらく俺がお前の教育係になるらしい」

「はっ? お前が俺の教育係?」

「歳が近いからとか、他の奴らは忙しいからとか、そんな理由だ。俺だって魔法学院に行っていて忙しいのにな……」


 ギルドに入ったばかりの新入りに教育係がつくのは当たり前のことだが、まさかジントが教育係になるとは予想もしていなかった。

 でも、まぁ歳が近いし、気楽にやれるのはありがてぇな。


「そうそう聞いたぞ、お前の能力値。魔装具適性がSだって?」

「ふふっ、すげぇだろ! 俺を神と崇めるといい!」

「いや、俺も魔装具適性はSなんだけど」

「……」

「……」


 今、ジントはなんて言った?

 俺の聞き間違いかな?


「お前の魔装具適性がなんだって?」

「Sだった」

「マジ?」

「マジ」


 えっ?

 この小説って主人公最強だよな?

 つまり、俺が最強ってことだよな?

 あれ? 俺の最大の個性が目の前の奴と被っているの?

 ……いろいろと駄目じゃね?

 あれかな、もしかして俺は咬ませ犬のようなキャラで、本当の主人公はジントだったりするのかな?


「ちょっと待って。あの能力値を測る魔導器持ってくるから、ここで待っててくんない?」

「そう言うと思って、実は持ってきた」

「用意いいなオイ!」


 なぜか都合よく魔導器を持っていたジントが水晶を酒場のテーブルの上に置き、自分の名前を入力していく。俺たちがさっきやったことをジントがもう一度して、カードが出てきた。

 俺はすかさずジントのカードを手に取って読み上げる。


「『ジント・セレスト様。貴方の能力は、筋力値A、魔装具適性値S、知力値A、幸運値D』。ちっきしょぉぉぉ!!! 完全に俺よりいいじゃねぇか! やっぱり俺は偽物で、本当の主人公はお前なのかぁぁ!!」

「お前が何言っているのかさっぱりなんだが……」


 魔装具適正がSで、しかも知力値がAってなんだよ。俺なんかBだぞ……

 ……うーわ、もういいわ。

 ほんと嫌になる。俺って最強の主人公じゃなかったのか。やる気無くすわ〜。つーか、もう生きるのも辛い。


「え、なんで首吊りロープを作っているんだ、カルキ? ……ってちょっと待て! なんで自殺しようとしているんだ!?」

「離せぇ! 離してくれぇぇ!! この小説に俺の居場所は無かったんだぁぁぁ!!!」

「さっきからお前の言っていることが理解できないんだよ!!」


 首吊りロープを作ったというのに、ジントに羽交い締めされて動けない。俺が抵抗して、ジントが俺を縛る腕にもっと力を込める。

 ジタバタと俺が暴れていたら、シェフが俺たちに近づいてきた。


「酒場で暴れるなぁ!」

「「ぐはっ!?」」


 シェフにフライパンで頭を叩かれてしまった。

 かなり痛い。


「なんで俺まで……!」


 俺と同じように叩かれたジントが頭をさすりながら呟く。

 へっ、ざまぁみそかつだ。

 主人公である俺の個性と被っているのが悪いんだ!


「おい新入り。お前は皿洗いしろ」

「へ、へい」

「ジント、お前もだ」

「なんで俺まで」

「早くしろ!」

「はぁ……」


 俺とジントは皿洗い場へ、トボトボ歩く。

 見間違いだと思いたい俺はジントのカードをもう一度見る。

 ほんと俺よりいい能力値をしてやがる。幸運値だけ俺の方が上だけど、幸運なんて目に見えるもんじゃねぇから意味ねぇじゃねぇか。

 何度見てもジントの能力値は変わらない。そして、その能力値の下には、予想通りまだ文字があった。


「ジント、カードに書かれていることはまだあるぞ」

「まだ? 何が書かれているんだ?」

「読むぞ。『貴方の能力値は非の打ち所がないぐらい素晴らしいです。そして素晴らしいのはもう一つ。女装値がSです。貴方にはどんな女性の服も似合うでしょう。これを利用しない手はありません。どんどん女装して多くの男性を間違った道に進ませましょう! 以上です』」

「女装値ってなんだ!? 初耳だぞ、そんな能力値!! というか道を間違えさせてどうするんだよ! 誰も得なんて無いだろ!」


 いやぁ、この魔導器は正確だなぁ。

 女装したジントってマジでそこらの女性より女性しているからな。簡単に男を引っかけられるんじゃないか?


 魔導器の能力値判定が恐ろしいほど正確なのを改めて実感して、俺は生活習慣をどう改善しようか迷いながら、皿洗いをするのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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