都合の良い展開なんてないらしい

「マジかよ、やべぇ……よりにもよって対戦相手があの女かよ。俺生きて帰れるかな?」


 酒場で頭を抱え、ぶつぶつと言っているカルキ。

 試験はもう始まっているが、番号の遅い者はここで待機するように言われていた。

 カルキの反対側の席には、ジントが座っている。


「まさかミツさんと戦うことになるとはな」

「怖ぇよ、あの女。対戦相手が自分だって言った時、マジで俺を殺すような目で見てきたんですけど!」

「大丈夫、あの人も常識人のはずだから…………そういえば……あの人、去年の試験の時、対戦相手を病院送りにしていたような」

「何が大丈夫なんだよ!! それを聞いたらもっと不安になるじゃねぇか!!」


 カルキが叫んでいたら、団長のトレルスがため息をついてジントの隣の席に座ってきた。入団試験の審査員であるトレルスがここにいて良いはずがない。


「団長、いいんですか? こんな所で休憩して」

「息抜きだよ、ジント君。ナンシーさんビール頂戴」

「はぁい」

「はぁい、じゃないですってナンシーさん。この人は仕事中だから駄目です」

「厳しいなぁ、ジント君は」

「団長が自分に甘過ぎなんですよ。それより入団試験のほうはどうですか? 試験をパスしたのはどれくらいいます?」

「今のところ一人もいないんだよ。今年は入団者はいないかもしれないねぇ」

「団長さぁんっっ!!」

「はいっ!?」


 ジントとの会話にいきなり割って入って手を掴んできたカルキに、トレルスは驚いてしまう。


「な、何かなカルキ君?」

「副団長の弱点教えてくれぇぇぇ!!」

「ミツの弱点?」

「カルキの対戦相手はミツさんなんですよ」

「ああ、なるほど」


 ジントの説明で、トレルスはカルキの落ち着かない様子に納得し、腕を組んで副団長の弱点を考える。


「ミツの弱点かぁ、そうだね、彼女はああ見えて意外とーー」

「ここで何をしている、団長?」

「え、何ってそりゃ……やぁ、ミツ」


 トレルスの背後には、怒りのオーラを出しているミツが立っていた。怒っているミツの顔が無表情であるので、さらに怖い印象を受ける。


「ここでさぼっているこのゴミをちょっと借りていくぞ」

「え? ちょっとミツさん? 一体僕をどこに連れて行く気だい?」


 ミツはトレルスの首を掴んで、そのままギルドの二階へと上がっていった。そして、しばらくして聞こえてきたのは


「おらぁぁぁ!!!」


 女性の叫び声と凄まじい打撃音だった。

 酒場も自然と静かになる。

 しばらくして聞こえてきたのは、階段を降りてくる足音だった。

 顔に血が少し着いたミツが何気食わぬ顔で一階に降りてきた。


「ナンシーさん、後で二階の掃除を頼む。廊下にどこかのギルドの団長の死体があるかもしれないが、それは粗大ゴミとして捨ててくれ」

「はぁい」

「はぁい、じゃないですってナンシーさん! というかミツさん、どれだけ殴ったんですか! 顔に返り血が着いていますよ!」


 ミツがジントにそう言われて、顔を拭う。


「この血はあれだ。蚊を潰したらこうなった」

「そのごまかしは苦しい! 返り血は一つじゃないでしょ! どんだけ蚊を潰したんですか!」

「そうか。そうだな。蚊に対して失礼だったな」

「謝る相手が違う!」

「それよりお前、カルキと言ったか?」

「俺の話を聞いて下さいって……」


 ジントを無視して、顔の血を拭いたミツはカルキを指差した。カルキは思わぬ指名で少し戸惑う。


「はい?」

「次、お前の試験だ。さっさと終わらせるぞ」

「は? 俺って最後に試験を受けるんだろ。もう俺の順番なのかよ?」

「ああ。今年は芯のある奴が少なくてな。たった五分も持たずに気絶する試験者がほとんどだ。ちなみに今のところ合格者はいない」


 ミツの最後の言葉を聞いて、カルキは固まってしまった。


「今のところ、というのは、あれか、俺以外は全員不合格なのか?」

「そういうことだ」

「……」

「どうした?」


 厳しい現実を前に、カルキは黙ってしまった。と言うよりも、その場から全力で逃げ出したいのが彼の本音だろう。

 ミツがカルキに背を向ける。


「さっさと試験を終わらせるぞ」

「わ、わかった。試験場に今すぐ--」

「一つ言っておく」

「?」


 立ち上がろうとしたカルキだが、ミツの言葉で動きを止める。


「私の試験は特別でな」


 カルキは、こちらに背を向けて喋るミツの言葉を黙って聞く。そして、ミツはそんなカルキにこう告げた。


「もう始まっているぞ」


 その瞬間、カルキたちのテーブルが吹っ飛んだ。


「うおっ!?」


 座っていたジントは、テーブルと同じように吹き飛ばされた。そして、すぐに立ち上がり、何が起きたのか確認する。

 先程までテーブルのあった場所には、ミツが剣を抜いて立っていた。テーブルやジントが吹き飛ばされたのは、ミツが剣を全力で振るったせいだと理解する。


「ほう、危機察知能力は割と高いんだな」


 感心した、という風にミツが喋る。ミツの喋る方向には、無傷のカルキが立っていた。


「おいおい、今完全に殺す気だったろ、あんた」


 カルキが少し笑みを浮かべて、ミツを睨む。

 ミツはカルキに睨み返し、剣先をカルキに向けた。


「言っておくが、私の試験では五分という制限もないぞ。終わるとしたら、どちらかが倒れるまでだ」

「こっちにも武器くれよ」

「自分の獲物を使え」

「残念なことにうちは貧乏でね。魔装具なんて持っていねぇんだよ」


 魔装具。それはただの武器とは違い、使用者の身体能力を上げるという、現代の科学が生み出した武器である。

 傭兵業の人間なら持っていて当たり前の道具ではあるのだが、カルキはそんなものは持っていないと主張する。


「それで傭兵になるつもりだったのか? 甘いな、ゆとり世代か貴様は?」

「ゆとり世代なめんなよ! 明らかに昔の世代よりもゆとり世代の方が世界に進出してんだぞ!」

「それはグローバル化が進んだからだ」

「ていうかお前、俺とあまり歳変わらねぇだろ! お前もゆとり世代のくせに!」


 呑気な言い合いをする二人。

 ミツが剣を構えて、いつでもカルキに切りかかれるようにする。


「そんなことより……お前は本当に魔装具を持っていないのか?」

「何度も言わせんな」


 カルキが嘘を言っているようには見えない。つまり、カルキは本当に魔装具を持っていない。そう思ったミツは、カルキが傭兵でも素人の部類だと判断する。


「なら、さっさと終わらせる」


 ミツがカルキへと一気に間合いを詰める。武器によって上がった身体能力で、ミツはカルキへと殴りかかった。ミツが剣で切りかからなかったのは、素手のカルキが自分の剣を防ぐことができずに重傷を負ってしまうと思ったからだ。


「よっ、ほっ」


 だというのに、カルキはミツの拳を軽くいなしていく。魔装具を持っておらず、身体能力が上がっていないはずなのにカルキがミツの拳に当たることはない。


「ちっ!」


 仕方なくミツが剣を振るう。

 カルキは剣を紙一重で避けて、ミツから武器を奪おうと襲いかかる。だが、ミツはそんなカルキの行動を予想しており、腕一本でカルキの首元を掴み投げ飛ばした。


「うらぁぁぁ!!」

「まじかよっ!?」


 ミツの馬鹿力によって、カルキは酒場のテーブルを荒らす。酒場にいた人間は戦闘に巻き込まれないように、部屋の隅へと避難していた。


「片腕で男投げ飛ばすなんざ、女のすることじゃねぇだろ。お前、実はマウンテンゴリラに育てられたのかよ」

「ふん、お前こそ魔装具も持っていない素人の傭兵だと思ったが、やけに魔装具を持つ相手との戦闘に慣れているな。傭兵になって何年だ?」

「忘れたよ、んなもの」











 部屋の隅にいたジントは、黙って二人の攻防を見ており、カルキの動きからミツと同じことを考えていた。


「いやぁ、やってるやってる」


 ジントが思考の世界に入り浸っていたら、後ろから声が聞こえてきた。後ろを見ればそこにいたのは、未だ血が止まっていないトレルスだった。


「魔装具も持っていないのに、ミツに瞬殺されないなんてなかなかやるじゃないか」

「なら、彼は合格ですか?」

「まさか。あの程度なら僕も君もできるだろう?」

「さぁ、やってみないと分かりません」

「謙虚だね、ジント君は」


 二人はそこで会話を終え、睨みあって硬直状態の二人の戦いに意識を向ける。













「武器はなんでも使っていいのか?」

「特別だ。なんでも使っていいぞ」

「そうか、あんがとよ!」


 カルキが床に散らばっていたナイフを足で拾って、ミツに向かって複数投げる。ミツは焦ることなく冷静に、剣で飛んでくるナイフを払っていく。


「そんな小細工は効かんぞ!」

「へっ!」


 ミツがカルキに迫る。カルキはナイフを片手にミツに応じるが、食事用のナイフではミツの剣によって容易く斬られてしまう。

 カルキはミツの剣を避けて、ナイフでミツを牽制していく。


「惜しいな。お前が魔装具を持っていたら、本気の私といい勝負をしていたかもしれない」

「ってことは、あんたは本気じゃないってかっ!」


 ミツの剣をギリギリで避けているカルキとは違い、ミツは余裕でカルキのナイフを避けている。そして、ミツはカルキのナイフを自らの剣で真っ二つに。


「なっ!?」

「本当に残念だ……」


 そう呟いた瞬間、ミツがカルキの腹を一閃した。


「なに?」


 しかし、カルキの腹から飛び出してきたのは、予想していた赤い液体では無かった。出てきたのは、無数の白い粉だった。


「これは、小麦粉?」


 腹を斬られたカルキが、笑みを浮かべる。
















「小麦粉? ……あの時か」


 ジントとトレルスも遠くから白い粉を確認する。そして同時に、カルキが小麦粉を手に入れたであろう瞬間も思い出す。小麦粉を運んでいたギルドの女性とぶつかった時に、小麦粉の袋をくすねていたのだろう。


「そうか。だから彼は僕から……」


 ジントの横で、トレルスが納得したように呟く。ジントはトレルスが何に納得したのか全く理解できなかった。













「俺の一週間分の食料が無くなっちまったじゃねぇか」


 小麦粉に戸惑っていたミツに、カルキがミツの剣を蹴りで蹴飛ばそうとする。しかし、ミツはカルキから距離を取ることでそれを避けて、再びカルキに切りかかろうと間合いを詰める。


「小麦粉の袋は一つじゃねぇぞ」


 カルキが他に持っていた小麦粉の袋を、ミツに向かって投げた。ミツはそれを剣で真っ二つに。カルキは腹に隠してあった、剣で斬られた小麦粉の袋を真上に投げて、ミツに近づく。

 ミツは迷わず剣を振るうが、カルキはそれを避けて、地面に落ちていた小麦粉の袋を拾ってミツに投げる。


「くっ!」


 ミツが小麦粉で動きを鈍らせたので、カルキはそのままミツから離れた。ミツは全身小麦粉塗れで真っ白になってしまっていた。


「なんでも使っていいって言ったよな」

「そう言ったが、まさか小麦粉を使うとは思わなかったぞ」

「ま、意外性も実戦では必要だろ?」

「否定はしない。だが、結局お前が不利なのは変わっていない」

 

 魔装具を手に入れたわけでもなく、相手に深手を負わせたわけでもない。何も変わっていないように見える。

 だが、カルキは--


「いや、変わったさ。俺の勝利が確定した」


 自信満々の笑みでそう告げた。

 ミツはカルキのその言葉を鼻で笑う。


「まだ私に勝てると思っているのか?」

「だから、もう勝っているんだって」


 カルキがポケットに手を突っ込んだ。飛び道具か、とミツはカルキを警戒する。そして、カルキがポケットから取り出したのは、小さなライターだった。そのライターは、さっきトレルスが使っていたライターでもあった。


「火遊びはほどほどにな」


 そう言って、カルキはライターの火をつけて、ミツへと投げた。いや、正確には、ミツの周りで漂っている小麦粉の粉に向かってライターを投げ入れた。


 その瞬間、


 激しい轟音と共に、ギルドの酒場で大爆発が起きる。


 粉塵爆発。

 ライターの火が、空中に散らばっていた小麦粉に引火したのだ。



「団長、自己紹介が遅れたな」


 カルキは少し離れた位置にいるトレルスに話しかける。

 爆発による煙を背景にして、白銀の髪の男は、赤い目でトレルスをしっかりと見てこう告げた。


「俺の名はカルキ・ケレウラ。"燃盛る爆風ブラスト"と呼ばれるしがない傭兵だ」


 カルキの自己紹介に、ジントが驚く。


「お前が"燃盛る爆風ブラスト"なのか!」

「いやぁ"燃盛る爆風ブラスト"くん、合格だよ。君は今日から我が『終天の彼方』の一員だ」


 ジントは驚くが、トレルスはカルキの自己紹介に驚くことなく、拍手をしながらカルキに近づく。


「僕からライターを盗んだ時、君の意図が分からなかったけど、全てはこれのためだったんだね」

「気づいていやがったか……」

「我々は君のような人材が欲しかったんだ。ミツも反対しないよね?」


 トレルスが爆発の起きた場所から離れた方へ向く。カルキもトレルスの視線を追ってその方向へ向いた。

 そこには少し服が焦げているミツが立っていた。爆発の中心部にいた彼女がなぜそこにいるのか、カルキはすぐに理解する。


「なるほど。さすがは都会のギルドだな。人工遺物を持っていても不思議じゃないか。いや、もしかして聖遺物なのか?」

「彼女の持っている武器は人工遺物だよ」


 人工遺物。

 数少ない聖遺物を人工的に作ろうとして生まれた武器。人工遺物が魔装具と違う点は、魔法と呼ばれる現象を引き起こすことができることだ。使用者の身体能力を上げるだけの魔装具に対して、人工遺物は、その使用者が魔法を使うことができるようにする。

 例えば、ミツの持っている人工遺物の魔法は、物体と物体の位置交換。その魔法で、ミツは自身の位置と遠くにあったテーブルの位置を交換して、粉塵爆発から逃れたのだ。


 そして、聖遺物について。

 過去の存在である救聖主、またはその弟子である賢者達。聖遺物とは、彼らの遺骸や遺品のことを指す。その聖遺物の力は魔法という奇跡を引き起こす。その魔法は人工遺物の魔法とは比べ物にならないほど強力で、聖遺物は通常の人間では扱うことすらできない。


 聖遺物はこの世界の三つの国によって厳重に管理され、一般人の手に渡ることはめったにないと言われている。


 人工遺物は数少ないものではあるが、人工的に作られるため持っている人間もいる。もっとも、人工遺物を手に入れることができるのは、大金持ちの貴族か、ギルドのような巨大な組織だけではあるが。


 その人工遺物を持っているミツが、カルキに話しかける。


「私も認めてやろう。お前は今日から我が『終天の彼方』の一員だ」

「どーも」

「はいカルキ君、これ契約書ね」


 トレルスがカルキにいつの間にか用意した書類を渡す。

 受け取ったカルキは自分がボールペンを持っていないことを伝える。


「ペン貸してくれない?」

「ほら」

「あ、どうも」


 カルキはミツからペンを受け取って、書類に名前を書こうとしたら


「ん? 契約書が二枚?」


 契約書の下にもう一枚、紙があることに気づく。


「なんだこれ?」


 契約書を下にして、その紙の内容を見た瞬間、カルキは動きを止めてしまう。

 ジントはカルキの様子をおかしく思い、カルキが視線を外さない書類を横から覗き込む。


「なになに? カルキ・ケレウラ殿、酒場の修理費として……三十ゴンドを要求す!?」

「……ジント、三十ゴンドって何ギルバーだっけ?」

「三千ギルバー」

「なんでだぁぁ!! 酒場を壊したのはそこの女もだろっ!!」


 カルキがミツを指を差す。


「私は別にテーブルを少し壊しただけだ」

「カルキ君は派手に暴れてくれたからね。まぁこれぐらいは当然かな」


 トレルスに言われて、カルキは酒場の現状を確認する。

 トレルスたちの言うとおり、カルキの起こした粉塵爆発は、酒場のほとんどを壊していた。酒場の綺麗だった床は黒くなり、テーブルのほとんどが無残に壊れていた。


「だから、しばらくはタダ働きね」


 トレルスが笑顔でカルキの肩を叩く。肩を叩かれたカルキは、言い逃れもできずに


「最悪だぁぁーーーー!!」




 夜遅く、一人の青年の叫び声が学院都市に響いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る