聖者の邂逅 編

運がいいなんてないらしい

 

 ユーストス国の学院都市。

 そこは、たった三つの魔法学院のために創設された都市である。その規模はユーストス国の首都を超えていると言われている。


 その学院都市を全て語ろうとすると、一日では足りないので今はやめておこう。


 ところで、君は学院都市での生活と聞いて何を想像する?

 いろいろなことを思いつくかもしれないが、その一つに魔法学院生としての生活はないだろうか?

 学び舎で魔法学を習い、友と競い合いながら友情を深める。そんな生活を想像しないだろうか?


 幸せな生活だ。まさに人生の勝ち組だ。


 そして、この俺、カルキ・ケレウラは十七という歳で、この学院都市に来たわけだ。


 俺がここに来た理由はもちろん……



















 職を探すため。


 ぶっちゃけると、金が無いんです。

 無職なんです。

 魔法学院に通う金が無いんです。


 ふざけているだろ!?

 学院都市に来たのに、その魔法学院に行けないなんて! 普通だったら、友達やら恋人やら作って充実した学生生活を送るよな!? ラッキースケベでヒロインと知り合ってイチャコラするのが定番だろ!?


 世界というのは本当に不平等だ。貴族で生まれるか、平民で生まれるかで人生の八割は決まると言ってもいい。


 まぁ別にいいんだけどね!

 魔法学院に行きたいなんてこれっぽっちも思っていないんだからね!


 …………嘘です、すみません。

 少しは行きたいと思っています。

 だって、魔法学院には寮があるし。しかも、高級な料理が出る食堂もあるという噂を聞いたことあるし。

 羨ましいの一言だよ。

 俺なんてこの学院都市に来るまでに野宿何回したと思いまっか? ふかふかのベットなんて俺とは無縁の物でっせ。


 でも、その充実した施設のせいで、魔法学院の学費がありえないぐらい高い。庶民じゃとても払えないほどだ。

 まぁ、どんなに学費が安くても、無一文の俺じゃ通うことなんてできないけど。


 そんな俺がこの都市に来た理由は、学院都市のギルドに入るため。


 庶民の俺が簡単に職を手に入れるには、ギルドに入るしかない。

 ギルドというのは、言わば傭兵が集まった何でも屋だ。ギルドに持ち込まれた依頼を解決すれば給料が貰える。

 これなら俺でも出来るし、金を稼ぐという点で困ることはない。


 ちょうど今日がギルドの入団試験日だから、この都市に足を運んだわけなんだけど、問題が一つ発生した。











「場所が分からない……」


 そう、ギルドの場所が分からないのだ。

 なんでこの都市はこんなに複雑な構造をしているのだろう?

 あれか? 嫌がらせの一種なのか?

 田舎者は帰れ、とかそういう意図で複雑にしているのだろうか?

 てか、ここはどこだよ。なんか、屋台ばっかある道に来ちゃっているんですけど……

 俺が学院都市の構造の複雑さにうんざりしていたら、ガタイのいい焼き鳥屋のおっさんが話しかけてきた。


「おい、兄ちゃん、焼き鳥でもどうだ?」

「あ?」


 うわぁ、断るの面倒そうだな……いや、まてよ? 焼き鳥買うついでにギルドの場所を聞けば……

 そうすれば、俺にも少し得があるのか。問題は、焼き鳥を買えるほどの金を俺が持っているかどうか。


「おい、おっさん。一本いくらよ?」

「一本一ギルバーだ」


 一ギルバーは百ドエン。

 俺の手持ちにあるのは八十一ドエン。

 少し足りねえな。

 仕方ない、交渉のお時間だ。


「おい、おっさん。こんな猫の餌に一ギルバーはぼったくりすぎだろ。五十ドエンで手を打ってやる」

「おいおい、兄ちゃん、調子乗ってんじゃねぇよ」

「五十ドエンじゃ不満? しょうがねぇな。じゃあ、三十ドエンでいいよ」

「逆に下がってんじゃねぇかっ! なに譲ってやるって雰囲気出して、自分の利益を増やしてんだよ!」


 あら、やだ。この人、キャラが濃い。ここまでツッコミをしてくれるなんて予想外。

 俺が変な反応をしていたら、焼き鳥屋のおっさんがため息をついた。


「兄ちゃん、八十ドエンで売ってやる。これ以上下げろって言うんなら、他の所で買いな」


 おう、ギリギリセーフ。

 二十ドエン安くなったし、これ以上は望まない方がいいか。一ドエンだけ残っちまったけどどう使おう?


「あんがとよ」


 俺は八十ドエンを渡して、おっさんから焼き鳥を受け取る。そして、俺は本来の目的を忘れてはいない。


「なぁ、おっさん。ギルドがどこにあるか分かるか?」

「ギルド? どこのギルドだ?」

「ギルドって言ったらギルドだろ?」

「知らねぇのか、兄ちゃん。この街には四つのギルドがあるんだぞ」

「ギルドが四つもあるのか?」


 さすがは都会。普通は一つの街に一つのギルドなんだけどな。

 と言うか、ギルドの名前なんか知らねぇや。聞いた噂も、学院都市にあるギルドが入団試験をするってだけだし。


「今日入団試験があるギルドだよ」

「ああ、『終天の彼方』のことだな、そりゃ。ここからまっすぐ進んで最初の曲がり道を右に曲がれば見えてくるはずだ」

「そうか。あんがとよ」


 俺は礼を言って、焼き鳥屋から離れる。


 なんだよ、『終天の彼方』って。

 厨二病なのか、ギルドの団長さんは?


 そんなことを考えながら、俺は焼き鳥を食べようとして気づく。

 この焼き鳥さん結構焦げてるんですけど! 猫の餌って冗談で言ったけど、マジで猫の餌以下だよ、これ! 八十ドエンの価値もねぇよ!


「これが都会人のやり方か……」


 損したぁ……

 俺の腹が鳴る。

 二日もまともなもの食っていないからな。焦げている焼き鳥も食うしかねえのか。


 しぶしぶ俺が焼き鳥を口に運ぼうとしたら……


「どけぇぇ!!」

「ぐぇ!?」


 曲がり角でモヒカンのヤンキーとぶつかった。

 ヤンキーは俺に当たったにも関わらず、そのまま走り去りやがった。

 俺の手にあった焼き鳥は、悲しいことに地面へ落ちてしまった。だが、まだ希望はある。


「三秒ルールで大丈夫だよな……」


 俺が即座に焼き鳥を拾おうとしたら


「俺を置いて行くなぁ!」


 またヤンキーが現れ、俺の焼き鳥をぐちゃりと踏んだ。二人目も俺に謝らずに走り去って行きやがった。

 踏まれた焼き鳥は三秒ルールで言い訳できないぐらいぐちゃぐちゃに。

 残されたのは、俺とぐちゃぐちゃの焼き鳥。


 どうやらギルドに行く前に用事ができたみたいだ。

 入団試験なんて今はどうでもいい。


「待てやモヒカン共ぉ!!」


 あのヤンキー共をどう調理してくれようか?

















***



「兄ちゃん、逃げ切れたかなぁ?」

「ぜぇぜぇ、ここまで来れば……大丈夫だろ……」


 狭くて暗い道。

 そこには二人のヤンキーが居た。

 兄弟である彼らは、走ったせいで乱れた呼吸を整えている。


「でもどうするの、兄ちゃん? あの女がまさか……」

「この街から出るしかないだろ。『終天の彼方』を敵に回したんだぞ」

「でも、俺たちが旅に出れるほどの金なんて--」


 二人のヤンキーが言い争う。そのせいで、彼らは自分たちに近づいてくる一つの影に気づかなかった。


「モヒカン二つ見ぃつけぇたぁ」

「あぁん?」


 二人のヤンキーから少し離れた位置。

 そこには一人の男が居た。薄暗い道でも目立つ青みがかった白銀の髪。獲物を逃がさないという意思が伝わってくる紅い目。

 彼は大きな荷物を地面に置いて、ヤンキーたちに近づく。


「なんだてめぇ? 殺されたくなかったら、どっか行け!」


 兄であるヤンキーがナイフを取り出し、剣先を白髪の男に向けた。しかし、白髪の男は足を止めない。ゆらりゆらりとヤンキーへ近づく。


「どっか行けって言ってんだよ!」


 ナイフを持っていない弟のヤンキーが、白髪の男へ殴りかかった。

 ナイフを持っている兄も遠ざかっている弟の背中を追って、白髪の男へ走る。


 兄のヤンキーが瞬きをした瞬間、


 遠ざかっていたはずの弟の背中が目の前まで近づいて来ていた。


「なっ!?」


 何が起きたのか。

 簡単だ。白髪の男が弟のヤンキーを蹴り飛ばしたのだ。ありえない速さで。兄のヤンキーが瞬きをしている間に。


 兄が弟を受け止めきれずに地面へと転がった。ナイフは白髪の男の足元へ。


「な、何が……ま、まさか魔装具!?」


 兄のヤンキーは一つの可能性を考えたが、白髪の男はすぐにそれを否定する。


「んなわけねぇだろ。魔装具がいくらするのか知ってんのか? そんなもの買う余裕あるなら、焼き鳥一本買うのに交渉なんて必要ねぇんだよ」


 白髪の男がナイフを拾って、気絶している弟のヤンキーの頭を掴んだ。


「俺はただ食い物の恨みを晴らしにきただけだ」


 そして、白髪の男はナイフを一閃した。























***



「こいつら、どうすればいいんだ?」


 俺の足元には二人のヤンキー。

 ヤンキーたちは気絶しており、モヒカンだった彼らの頭は寂しいことになっていた。

 彼らの頭上にあったモヒカンは、地面に散らばっている。俺がナイフで切ったのだ。

 食べ物の恨みを晴らすことができた俺ではあるが、地面で伸びているこいつらをどうすべきか分からない。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 甲高いハイヒールと地面がぶつかりあう音が聞こえた。

 音が聞こえてきた方を見れば、そこには赤いドレスを着た黒髪の美人。

 あまりにも綺麗だ。一目惚れしてしまいそうなぐらい。

 ボーイミーツガール、そんな言葉はこのことを指すのだろう。

 その女性が目に入った瞬間、俺は


「お姉さん、俺とお茶しませんか!」


 お姉さんに即座に近づいて、お姉さんの手を握った。

 ここはアタックである。ガンガン攻めろ、だ。このカルキ様は守りなんてとっくの昔に捨てている。

 引いてはいけない。たとえ足元で気絶しているヤンキーを見られて、俺が悪い奴だという勘違いをされていても。

 美しい女性をお茶に誘うという我が道の前では、全て些細な物だ。


 拒絶されてもいい。

 お姉さんと会話をすることができただけでも俺は癒される。

 お姉さんが微妙な顔をして口を開く。そして彼女が言った言葉は……


「俺は男なんだが……」


 予想よりも低い声。

 それは俺にお姉さんが男だということを納得させるには十分であり……


「う、嘘だぁぁぁ!!」


 そう叫んだ俺は間違っていないはず。









***



「あの二人のヤンキーはレイプ犯だったんだよ。だから、俺が女装して囮をすることになった」


 そう喋る美人、いや、黒髪の男。

 男はもう着替えており、何処からどう見ても男だった。

 実は女というほんの少しばかりの小さな希望が潰えてしまった。


 俺は今、この目の前にいる男と一緒に警察署にいる。あのヤンキー共をここまで運ぶ手伝いをさせられたのだ。


「だから、俺は女装が趣味じゃない。女性を誘うことはあるけど、まさか自分が女性と間違われて、誘われるなんて思っていなかった」

「うるせぇよ。男の子に道を間違えさせるほど似合ってたくせに」


 しかもイケメンって、お前は男の敵だ。


「お前が勘違いしただけだろ」

「俺の純情を返して、泥棒!」

「待て、ここは警察署だぞ! 大声で泥棒なんて言うな!」

「うるせぇ、泥棒!」

「喧嘩売ってんのか!」

「売ってるよ! プライスレスで売ってるよ! 持ってけ、泥棒!」

「だから泥棒って言うなっ!!」


 とまぁこんな感じで言い合いしている俺たちですが、俺はかなりイラついています。

 何故かって?

 時間がねぇんだよ。入団試験が始まっちまうよ。


「なぁ、もういいか? 俺、用事があるんだけど」

「そうだったのか? 済まないな。後は俺一人でも大丈夫だ」


 別に俺いなくてよかったんかい!

 俺もいないといけない雰囲気出していたろ、てめぇ!

 まあ、いい。今は急がないといけないからな。今回は見逃してやろう。


「んじゃな。もう二度と会わないことを祈るぜ」

「それはこっちの台詞だ」


 名前も知らない黒髪の男と別れる。

 別に知りたいとも思わないし。


 俺は警察署から出て、街中で走る。

 入団試験に遅れたらもうお終いだ。

 手持ちの金は一ドエンしかない。これじゃあ、何も買うことなんてできない。

 入団試験に落ちれば、俺は生きていけない。全てをかけてここに来たんだ。絶対に合格してやる!


 俺は決意を胸にギルドへと向かったんだが……

















「入団試験料?」

「はい。十ギルバーになります」


 受付のお姉さんが笑顔で俺にそう告げた。


「…………」

「あの、どうかなされました?」


 マジかぁぁぁーーー!!! 確かにな! そうだよな! 無料でやるわけ無いよな! 普通に考えればわかることだもんな!

 だって、試験を無料でするなんて聞いたことないし! セン○ー試験や○検だって金払わないと受けられないよな!

 やべーよ。ガチやべーよ。

 俺、金持ってねえよ!

 どうする!?

 持ち物全部売っても十ギルバーに届かねぇ! 俺のバカァァァ!!


「ちょっと!? 落ち着いて下さい! 柱に頭突きを繰り返すのはやめてくださいっ!」

「離してくれ! 俺は今自分に罰を与えているんだぁ!!」

「誰か止めるの手伝ってっ!」


 受付のお姉さんが俺を羽交い締めにして、周りの男たちに助けを求める。俺が暴れているそんな時、一人の男がギルドに入って来た。


「アリスさん? どうしたんですか?」

「ジント君、手伝って!」


 入って来たのは、あの女装していた黒髪の男だった。












「カルキの用事は入団試験だったのか……」


 ギルド内の酒場。

 そこのテーブルの一つで、俺と一人の男と共に食事をしていた。男の名前はジント。この『終天の彼方』のメンバーらしい。年齢は俺と変わらないが、俺がもしこのギルドに入ればジントは先輩ということになる。


 まぁそんなことより、俺は久しぶりのまともな食事に大興奮しています。食事代はジントが払ってくれるらしいです。もう大興奮でございます。しかも、入団試験料まで払ってもらって。

 なんとお礼を言えばいいことか!

 ジント様、マジイケメン。男の敵と勝手に思ってごめんな。


「ジント様、ありがとうございます!」

「まぁ、あんたは一応レイプ犯を捕まえてくれたからな。これは報酬の分前みたいなもんだ」

「あざーすっ! お姉さん! メニューのここからここまで全部持ってきて!」

「頼み過ぎだろ!!」


 ご馳走になるなら遠慮はいらねぇ!

 一週間何も食わないですむまで食ってやる!


「高いステーキばかり食うな!」

「うるせぇ! ステーキの食い放題に行くのが俺の夢だったんだ!」

「食い放題じゃない! 俺の財布から金が出て行くことを忘れんな!」

「お姉さん! 今まで頼んだやつ全部もう一回持ってきて!」

「はぁい!」

「はぁい、じゃないです! ナンシーさん、これ以上持ってこなくていいですって! おいカルキ! さっきの入団試験料を返せぇぇ!」



















***



 ジントがテーブルに伏している。彼は約束通りにカルキの食事代を払った。


「結局、報酬の二倍以上も払うことになってしまった……」

「ふぅ満足、満足」


 はち切れんばかりに膨れている腹を叩き、カルキは食後のデザートとして飴を舐めていた。


「カルキ、その腹で入団試験を受けられるのか? うちのギルドは実戦形式の試験だぞ」


 ジントはまともに動けなさそうな体型になったカルキを心配する。だが、当人は腹を叩いて笑顔で応じた。


「大丈夫! 大丈夫! 俺が全力出せば入団試験なんて……うぷっ…やっぱトイレ…………」

「全力を出す前に食べ物を出しているじゃないか!」


 カルキは口を抑えながらギルドのトイレへと急いで走っていった。

 ジントはそれを見てため息をつく。


「面倒な奴と関わってしまった……」


 報酬もカルキのせいで無くなってしまったし、結局俺が女装して囮になる必要なんてなかったじゃないか。

 そんな落ち込んでいるジントとは対照的に、上機嫌な男がジントに近づいてきた。


「やあ、ジント君! レイプ犯の依頼は終わったかい!」

「団長……」


 ジントに話しかけたのは、トレルスという銀髪の男。彼は鼻歌をしながらジントの向かいの椅子に座った。

 この男こそ、ギルド『終天の彼方』を創立した団長だ。この学院都市に住んでいる傭兵で知らない者はいないほどの有名人でもある。


「団長、なんか機嫌がいいですね?」

「よくぞ聞いてくれた、ジント君! 見たまえ、このタバコを!」


 にやにやしている団長が、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。


「団長ってタバコ吸ってました?」

「いや、全く。でもね、依頼主がこれをくれたんだよ。その依頼主が美人さんでねぇ」

「あー、そういうことですか」


 つまり、高価なタバコを手に入れて嬉しいわけじゃなくて、美人からの贈り物だから嬉しい、と。贈り物は別にタバコじゃなくても良かったってことか。


「ふっ、レディからの贈り物だ。しっかりと味わうことにするよ」


 ライターをポケットから取り出して、トレルスはタバコに火をつけた。

 トレルスはタバコを吸って口から煙を吐く。未成年であるジントは、タバコの煙に嫌な顔もせずにトレルスに感想を聞いた。


「どうですか、美味しいですか?」

「…………まずい」


 でしょうね。普段、タバコを吸わない人が、タバコを美味しく吸えるわけがない。というか、それ吸う前に気づきません?


「これはもういいや」


 火をつけたばかりだというのに、トレルスはタバコの火を消した。そしてライターとタバコをテーブルの上に置く。


「団長、入団試験の準備はしなくていいんですか?」


 責任者であるトレルスが、こんな所で油を売っていていいはずがないが


「大丈夫。副団長に押し付けてきたから」


 当たり前のように、トレルスはそう答えた。しかし、ジントにとってその答えは予想通りの答え。


「なら大丈夫ですね」

「大丈夫だよ、副団長ならちゃんと……って、え? そこは普通大丈夫じゃないって言わない?」

「いや、団長より副団長の方がしっかりしているし、団長が下手に手を出さない方がいいと思ったので」

「僕への評価がひどくないかい!? ちょっとは僕を信頼してよ!」

「大丈夫です。いつも笑顔の胡散臭い団長は仕事できない、というミツさんからの情報は信頼しています」

「全然ダメじゃないか! というか、ミツがそれを言ったの!?」


 トレルスはジントの言葉にショックを受けていたら、テーブルから離れた場所からかなり大きな音が聞こえてきた。


「きゃっ!?」

「あっ、悪い悪い、怪我はないか?」


 声のした方を向くと、ジントたちのテーブルから少し離れた位置で、カルキが小麦粉を運んでいたギルドの女性とぶつかっていた。床には大量の小麦粉の袋が散乱している。


「団長、あんなに小麦粉を買って何かするんですか?」

「ん? ああ、あれね。うちのギルドってさ、酒場も経営しているでしょ。シェフが新しいメニューを開発したいって言うからさ、一応あれだけ用意したんだ」

「そうだったんですか」


 ジントとトレルスがそんな話をしていたら、カルキがげっそりとした顔で近づいてきた。


「まだ吐き気がする。もう二度とステーキなんて食わねぇ」

「そりゃ、あれだけ食ったんだ。当たり前だろ」

「ジント君、彼は?」

「試験を受けに来た人です。レイプ犯の依頼の時に出会ってしまいまして。カルキ、こちらはトレルス団長」

「団長? ……なんかいつも笑顔の胡散臭い団長みたいな人だな」

「初対面の人間に対してそれはひどくないかい!? てか、そんなに胡散臭いかな、僕って?」

「「ええ」」

「ジント君まで同意!?」


 一番偉い立場であるはずのトレルスの目から、少し涙が出る。

 団長のそんな様子を無視して、カルキは椅子に座る。


「団長さん、試験はまだ始まらないのか?」

「ん? あと少しで始まるはずだよ。今年は受験者が多くてね。ちょっと時間がかかっているんだ」

「でも、そんな忙しい時に団長さんはここで油を売っているだな?」

「言われてしまった! 一番言って欲しくないことを言われてしまった!」


 ジントとカルキは冷たい目でトレルスを見る。トレルスはその視線に耐えきれず、話の話題を変える。


「それより君たちはあの噂を聞いたかい?」

「噂?」


 噂など初耳のジントが、トレルスに聞き返した。

 トレルスはタバコとライターをポケットの中にしまって、話を続ける。


「ある傭兵がこの学院都市に来たらしいんだ。なんでもその傭兵が結構有名らしくてね」

「その傭兵の名前は?」


 カルキが身を乗り出して、トレルスに質問する。


「名前までは知らないけど、その傭兵には複数の通り名があるらしいんだよ」


 カルキとジントが、トレルスの言葉を黙って聞く。


「その通り名の一つが『燃盛る爆風ブラスト』」

「それはまた、大層な通り名ですね」

「僕もさっき聞いたばかりの噂だからね。本当かどうか分からないけど、もしその傭兵がこの街に来たのが本当だとしたらどう思う?」

「どう思うって言われても……」


 トレルスの質問に対してどう答えたらいいか分からないジント。そのジントとは対照的に、カルキはトレルスの言いたいことを理解した。


「なんでその傭兵がこの街に来たのかって団長さんは不思議に思っているのか?」

「そう、それなんだよ。その傭兵がなぜ学院都市に来たのか、それが問題なんだ。僕が考えた答えはさ、もし僕がその傭兵だったとしたらーー」

「団長、こんなところにいたのか」

「ん?」


 トレルスの言葉を遮るように、女性の声が聞こえてきた。

 会話をしていた三人は、近づいてくる女性に気づく。


「ミツ、どうかしたのかい?」

「どうかしたのかい、じゃない。さっさと来い。入団試験がもうすぐ始まるぞ」

「いや、もう僕を無視して副団長が全部やっていいよ」

「いいから早く来いって言ってんだよ、この能無し」

「痛い! 痛いってミツ!!」


 ミツと呼ばれた女性が、いきなりドスの効いた声で話しかけ、トレルスの首を掴む。そして、そのままミツという女性は、抵抗するトレルスを引きずっていった。


「何なの、あの女性。すげぇ力だったんだけど。自分よりも背の高い、抵抗する男を連れて行ったんだけど。ゴリラにでも育てられたの?」

「あの女性がこのギルドの副団長だ。名前はミツさん。実質、このギルドの団長だ」

「なんか納得だわ……」

「注目ぅぅぅ!!」


 カルキとジントがそんな会話をしていたら、酒場中に女性の声が響いた。

 騒がしかった酒場が、女性の声によって静寂に支配される。

 酒場中の人間が声の聞こえた方へ向いた。そこには先程トレルスを引っ張っていったミツが、剣を持って立っていた。


「今からギルド『終天の彼方』の入団試験を始める!! 試験内容は団長から発表される!!」


 そう言って、ミツが一歩後ろへ下がる。ミツと入れ替わるように出てきたのは、団長のトレルスだった。

 トレルスの顔には、おそらくミツの平手打ちによってできたであろう赤い跡がくっきりと残っていた。


「えー、ギルド『終天の彼方』の団長のトレルスです」


 さっきのミツの声とは対照的に、トレルスが緊張感のない声で喋る。


「試験者の皆さんには、今からクジを引いてもらいます。クジの番号順にギルドの人間と一対一の勝負をしてください。制限時間は五分。正直言って、勝ち負けは合格に関係ないので。まぁ頑張って下さい。話は以上です」

「試験者はここに集まるように!」


 ミツがクジの入っている箱を持ってそう叫んだ。

 酒場にいた試験者がぞろぞろとミツの所へ向かっていく。

 試験者の一人であるカルキも椅子から立ち上がった。


「んじゃ、行ってくるわ」

「頑張れよ」


 カルキはジントの言葉に手を振ることで答えて、ミツの前にあるクジ引きの前に立った。


「クジを引いたら、番号を教えろ」

「へいへい」


 カルキは箱に手を入れて、すぐに箱から番号の書かれた紙を掴んで出した。そして、そのままミツにその紙の番号を見せる。ミツはその番号を見て、眉が少し動いた。


「67番。一番大きい数字だ」

「マジかよ。一番最後に戦うのかよ。それまで暇じゃねぇか。俺って意外と待てない男なんだよ? 試験開始まで待てなくて暴れちゃうかもよ?」

「そんなことは知らん。自分の不運を恨め。それに、お前が不運なのは、それだけじゃない」


 ミツが持っていた剣を肩に掲げて、カルキを睨む。そして、そのままカルキにこう告げた。


「お前の対戦相手はこの私だ」

 

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