第2話 ウォルデラ国第24代目 国王
パッパラパッパッパー・・・
ラッパの高らかな音が 広い部屋の中に響いた。
外で、城のみんなに朝を知らせるために 誰かがラッパを吹いているのだ。
リズム良く演奏され続けているラッパの音に反応するかのように、
部屋の中央にある豪奢な造りのベッドが もぞもぞと動いた。
「あっ!」
そして、転がるようにして 一人の少女がベッドから飛び出してくる。
寝起きで跳ねている金色の髪の毛と、まだ眠そうな 大きな瞳。
14、15歳であろうか。少女特有の幼さも残るが、どこか凛々しく
整った顔立ちをしている。
そう。彼女こそこの国……由緒あるウォルデラの第24代目国王、
ノノル=アラルードである。
足に絡まるシーツを振りほどき、ノノルは慌てて窓に駆け寄ると
頬をガラスにくっつけながら外の様子を覗った。窓からちょっとだけ見える
中庭の、柱時計の指し示す数字が 寝過ごしたことを告げていた。
「大変だ……。」
ノノルは小さく息を飲み、クローゼットに向かってダッシュする。
そして焦りで震える手のせいで苦戦しながらも、どんどん服を着替えていった。
早くしないと、怒られる。
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バタン! と大きな音を立てて 服のボタンを留めながら、ノノルは王室を
飛び出した。こんな時でも脱ぎ散らかした服はそのままにすることなく、
丁寧にたたんで 後でメイドが取りに来やすいよう部屋のドアのすぐ横に
きちんと並べてある。
「あっ おはようございます、陛下。」
「おや 陛下。お急ぎですね。おはようございます。」
廊下ですれ違うメイドや兵士たちは 仕事をしている手を止めて
早足で駆け抜けていくノノルに 頭を下げて笑顔であいさつしていく。
「うんっ、おはよう!今日もいい天気。」
その全てに同じように輝く笑顔で返事を返しながら、
ノノルは ぱたぱたと廊下を駆けていく。
「陛下は相変わらずだなぁ。」
「ええ、本当。お優しい方です。」
掃除夫はにこにことノノルの後ろ姿を見送り 自分の髭を撫でた。
近くにいたメイドも お辞儀をしていた頭を上げて微笑む。
心のこもったあたたかくて優しい振る舞い。
きっと王と言われなければ メイドの一人として数えられても
おかしくないほど親しみやすく、明るいノノル。
ウォルデラにいる人はみな、そんなノノルの事が大好きだった。
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いくつかの角を曲がり、ようやく目的の扉の前に着いた。息が乱れている。
(怒られるかな……)
寝坊したことについては 必ず怒られるだろう。
注意されたのにも関わらず、遅刻したのだから。
怒られるのは嫌だったが、自分が悪い。
ノノルは少し息を整えると ぐっと胸を張って目の前の扉を開いた。
ガチャ……
「も、申し訳ありません……。遅れました……っ。」
扉を開けると同時に、深々と頭を下げ謝罪する。
が、固く目を閉じ、お叱りの言葉を身構えていたノノルを迎えたのは、
「おー!ノノル。ったく。さては寝坊したな?遅せぇーんだよっ!」
笑いながら文句を言った、一人の少年だけだった。
「ラウル……。」
にっと屈託のない笑みを浮かべ からかうように手をひらひらと振る
少年の姿を見て、どこかほっとしたように ノノルは彼の名前を呼んだ。
ラウル と呼ばれた少年。
ノノルよりは少し背が高く、赤茶色の髪の毛に好奇心旺盛そうな瞳を携え、
太陽のように笑う笑顔が印象的だ。背中には矢筒を背負っており、そこには
金色の鷲が彫り込まれている。
一見すると何処にでもいそうな活発な少年だ。
しかしながら彼こそ、この国を支え、王の剣となり盾となる重要な存在……
『金鷲の射手』 ラウル=フィンガント卿だった。
百発百中の弓の名手であり、狙った獲物は絶対に外さない。
鷹の目を持ち 矢を自在に操る最強の護衛だ、と 各国にその名が知れ渡り、
存在を恐れられているほどの実力を持った少年である。
そして、ノノルの幼馴染でもあった。
ラウルに遅れたことを謝っていたノノルだったが、ふとあることに気付く。
部屋の中には ラウル以外の人間がいないのだ。
「あれ……ラウル、トールとファムは?」
「ん?トールはノノルのこと探しに行ったぜ。ここに来る途中で
すれ違わなかったのか?あと、ファムなら 今日来る奴らが
城門に着いたって連絡受けて 迎えに下行ったぞ。」
頭のうしろで手を組み、ラウルは後ろに伸びをしながら答えた。
ファムとは ノノルの父が王であった頃からの家臣で、信頼のおける老年の
従者である。物腰柔らかな立ち振舞に加えて こと紅茶を淹れることに関して、
近隣国でファムの右に出るものはおらず、その至高の紅茶を一杯求めて
ウォルデラを訪ねる国の重役もいるほど。
そしてトール、というのは ラウルと同じ
長めの黒髪を小さく後ろに束ねており、切れ長の鋭い瞳を持つ。
戦争のたびに活躍し、優秀な戦歴を残す かなりの実力者であった。
自分にも厳しく 他人にも厳しい彼はとても真面目な性格であり、
しばしば ノノルやラウルは怒られることも。
「そっか。じゃあトールとファムが戻るまで
私は今日の会議について おさらいしておくよ。」
部屋にある大きな長テーブルの 一番奥に腰掛けたノノルは、
昨日の夜に用意した紙の束を取り出した。
それに書かれている内容は、月に一度行われる各国の交流会議で
ノノルが発表する資料である。
「…やっぱ緊張してんのか?」
真剣な面立ちで資料を読んでいるノノルの様子をじっと見て、
ラウルが 心配そうに聞いた。
「う…やっぱりラウルには分かっちゃうね…。」
その問いかけに 困ったように笑いながら資料から視線を外す。
緊張で冷たくなっている手を開いたり閉じたりして温め、
ノノルは目を閉じて小さく深呼吸した。心を落ち着かせるように。
そして開いた目は、幼馴染のラウルから見ても分かるほど、
強い光が宿っていた。
「でも、頑張るよ。ウォルデラのために。私はみんなの王様だからね。」
安心して、と小さく笑う。
前向きで、明るい笑顔。
ノノルの笑顔は いつも そうだった。
「…そっか。頑張れよ。」
ラウルはそんなノノルを励ますように ぽんと軽く肩に手を乗せた。
うん、と返事を返し、また黙々と資料に目を通し始めるノノル。
と、その時。
「ラウル!陛下が見つからんのだ!お前も一緒に―――…。」
勢いよく両手でドアを開け、急に男が部屋に入ってきた。
びくっとラウルとノノルは身をすくませる。
焦りを滲ませ、カツカツと早足でラウルに歩み寄る男。
腰には 剣を下げている。その柄には、金鷲が彫り込まれてあった。
『金鷲の剣豪』…トール=サンコラル卿の登場である。
「なっ…陛下?ここにいらっしゃったのですか…。」
取り乱してノノルのことが目に入っていない様子のトールだったが、
ラウルの横にいる少女がノノルであると分かると ぴっと姿勢を正した。
そんなトールに 驚きで落としてしまった資料をまとめながらノノルは
苦笑いを浮かべる。
「すれ違いになっちゃったみたい。遅れてごめんね、トール。」
「いえ、別に、陛下。まだ他国の代表は到着しておりませんし…。」
「ファムが迎えに行ったってラウルが言ってたから、もうすぐだと思うよ。」
「そうでしたか…。」
背筋を伸ばしたまま、トールはノノルときびきびと言葉を交わす。
まさに直立不動とはこのことであった。会話中も微動だにしない。
そのやり取りをを黙って聞いていたラウルだったが 溜息をつきながら
トントンとトールの肩を叩いた。
「トール、お前さ。いつも言ってるけど。固いんだよな。言葉とか態度がさ。」
やれやれと肩をすくめたラウルに、ぴきっと表情を固めるトール。
そして直立不動を解くと、ラウルに向き合い 威圧的に腕を組む。
「お前が柔らかすぎる!仮にも陛下の前だぞ。……いいか。陛下はな、
もうお前の幼馴染じゃないんだ。この国の全てを束ねる 王だ。」
冷たい目で見下しながら言ったトールの言葉に 今度はラウルがカチンと
眉を寄せる。そして椅子から飛び降りると 仁王のごとく立っている
トールに向かってずんずんと歩み寄っていく。
「ちょっと待…!え?」
慌ててノノルが制止しようと立ち上がったが、ラウルはトールの横を
素通りする。そして ぽかんとしているノノルの肩をがっと掴むと
自分の方に抱き寄せた。
「ひぇっ!?ラ、ラウル?」
細身の腕からは想像もつかない力強さ。混乱するノノルは意に介さずだ。
「貴様…!陛下に失礼な!」
「違ぇーよっ!こいつは陛下なんかじゃねーし!
……いや、まあ陛下か。この国の王はノノルなわけで…。
けどな!誰が何と言おうがノノルは昔っから俺の幼馴染だ。
これからもな!いまさら態度変えろとか言うな!」
べっと短く舌を出し 堂々と言い切ったラウルのことをトールは睨み、
渦中のノノルは二人の間で あわあわと小さくなっている。一触即発の空気に
またいつもの口論が始まるか、と思われたが、落ち着きを取り戻したノノルが
急いでそれを制す。
「あ、あの!トールも、私に敬語使わなくていいよ。ラウルみたいに
普通に話しかけて。王様って言っても、本当に まだ頼りない王だからね。」
「しかし陛下……。」
それはやはり…と言いよどみ 反論しようとしたトールだったが、
ぴくり と肩を震わせて動きを止めた。ラウルとノノルも気づく。
廊下の外から足音が聞こえてきたのだ。
どうやら各国の代表を ファムが連れてきたらしい。
「ノノル リラックスしろよ。」
「あまり無理をなさらないで下さい。」
ラウルはノノルを開放すると 深呼吸のジェスチャーをした。
トールも心配そうに声をかける。
そんなトールの脇腹を大げさにラウルは小突いた。
「おい、敬語使うなって ノノルから言われただろ。」
「さっきの陛下の言葉は命令ではないだろう!だいたい…」
「ほぉー…。陛下の命令に背く気か?天下の金鷲の剣豪さんがねぇ~。」
命令に背く、という言葉に動きを止めるトール。
横をちらりと伺うと、ノノルは困ったように笑っている。
眉間にしわを寄せ 何かを逡巡したようだったが、
観念したように
「落ち着いて いつも通りで頑張れ。応援してる。」
「うん!ありがとう。」
敬語のない、素の言葉を送る。それにノノルは笑顔で頷いた。
扉の方を向き ドアが開くのを凛とした表情で見つめる。
そして、
「失礼いたします。陛下、各国の代表方をお連れいたしました。」
ファムの穏やかな声とともに開かれるドア。
ノノルの瞳が ぐっと細まった。
会議が、始まる。
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会議が始まると ノノルは椅子に座って
静かに他国の代表達の意見を聞いていた。
父―― デイリバー=アラルードが王だった時は
ウォルデラに対して 特に何も言ってこなかった代表達であったが、
ノノルが王になってからは あの手この手を使ってノノルを騙そうとし、
自分の国に有利な権限を掴み取ろうとしていた。
その度に ノノルは機転をきかせ、ファムに手助けしてもらいながら
なんとか危機を乗り切っていたのだ。
今回も、そのようなことがあるかもしれない。
「あー、ノノル国王陛下。少しよろしいですかな。」
自分の番が回ってきたので、席を立って近況を報告していたノノルの声を
一人の男が遮った。隣国の宰相だ。
ノノルは緊張に身を固まらせたが、隣に立っていたファムが頷いたので
どうぞ、と言った。
「発言失礼いたしますぞ。ウォルデラと同盟を結んでいる国、
カルティストの現状についてですが。…何故 援助をなさらないのです?」
「カルティストに援助…?」
ノノルは 不思議そうに眉を寄せる。
カルティストとは、ウォルデラから最も近い国で親交も深く、国交も盛んな
仲の良い同盟国であった。カルティストの王も ノノルと同じくらいの年齢の
少年であり、ココラ=グノーフィスといった。
「カルティストが、どうかなさったのですか?」
カルティストが貧困に苦しんでいたり戦争を行っていたりするなら
援助は当然行うであろうが、そんな情報は入ってきていない。
ノノルが純粋に疑問を口にすると、
「なんと!ご存知ないのですか!」
男は仰々しくのけぞりながら 急に大きな声を出した。
ノノルもびっくりして身を引く。男の言葉を引き金に、
他国の代表も驚いたようにざわめき始めた。
「カルティストとの同盟国がウォルデラであれば
もう問題は解決したと 思っていたが……。」
「援助を申し出ていないのか?」
「まさか…。ウォルデラには|高貴な護衛(ノーブルエスコート)がいるんだぞ。」
「ではやはり…。」
何のことか分からず、困惑しているノノルをよそに
代表達は混乱と焦りを露わにしながら 真剣に話し合っている。
はっとして ざわざわと乱れてしまった場を鎮めようと
身を乗り出したが、場はうるさく 誰も聞いてくれそうにない。
その時、ファムが とん、と机を人差し指で叩いた。
―――場の空気が波立つような感覚。
「どうか みな様 落ち着いて下さいませ。カルティストで一体何が
起こっているのか、ウォルデラは把握しておりません。どなたか、
事態に詳しい方のご説明を願います。」
それほど大きい声を出していないファムだったが、
その言葉は 脳に直接語りかけてくるかのようによく響いた。
魔法―――
それまでざわめいていた代表達が、嘘のように ぴたりと静かになる。
その中で 先ほどの男が手を挙げていた。ファムは ゆっくりとその男に頷く。
「では、ご説明願います。」
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