ここで、足踏み。

櫻井 音衣

バイト先にて。

まただ。


アイツと彼女が笑っている。



昼下がり、客もまばらなファミレスのティータイム。


いくら暇な時間帯とは言え、バイト中でしょ。


暇なら暇なりに、やることがあるはずなのに。




彼女は右手でアイツの腕に触って、楽しそうに笑っている。


アイツは鼻の下を伸ばしてニヤニヤしている。



それは私に見せつけてるつもり?


ハイハイ。


言われなくてもわかってますよ。


私とアイツは、もう終わったの。


たとえアイツが、今までにないくらい好きだった相手でも。


アイツの『他に好きな子が出来た』の一言で終わった恋なんて、今更取り戻したいとは思わない。



いい根性してるじゃない。


同じバイト先で新しい彼女を作るなんて。


別れた女に、新しい彼女とのラブラブぶりを見せつけるなんて。



別れたら元のバイト仲間に戻れるとでも思ってるの?


それとも、私を居心地の悪い気持ちにさせて、追い出すつもり?



私は何事もなかったように笑顔で接客をする。


子供じゃないんだから。


これくらいの事で、うろたえたり騒いだりしない。


終わった恋のひとつやふたつ、誰にだってあるはずだから。




「…終わったら、飯でも食いに行こうよ。」


仲のいいバイト仲間が、私のそばに来て話し掛けた。


彼は、アイツと別れた私と、もっと近付きたいんだ。


そんなの見てたらすぐわかる。



「うん、いいよ。」


アイツの見ている前で、私は彼からの誘いを受ける。


少しだけ、上目遣いで彼の目を見つめた。


「どこ行きたい?」


「どこがいいかな…。」


彼はいつもより少し、私との距離を詰めた。



今、アイツが彼女に気付かれないように、チラリと私を見た。



「ねぇ、聞いてるの?」


彼女がアイツの腕を掴んで体を揺する。


「あっ、うん…。」


アイツは視線を泳がせて、曖昧な返事をした。



気になる?


彼女がいるくせに。


私よりも彼女が好きなんでしょ?




私は絶対に、ここをやめない。


二人の恋が終わるのを、この目で見届けてやるんだから。


そうしたら、私もここで新しい恋人と、アイツの前で楽しそうに笑ってやるんだ。



未練とか、そう言うわけじゃない。


別れを告げられた夜に一人で泣いたことも、他の人と笑っていてもいいからアイツのそばにいたいと思ったことも、もう忘れたんだ。



私は、アイツが後悔する顔を見たいだけ。


『別れるんじゃなかった』って、ため息をついて欲しいだけ。




だから今は、誰かといい感じになってもくっつかず、彼女と笑っているアイツとも離れずに。




それまでは、ここで足踏み。



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ここで、足踏み。 櫻井 音衣 @naynay

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