老婆 ―Old Woman―.02


「――新型アークエネミーの育成失敗。この責任、どう取るつもり?」


 漆黒の闇。その中に浮かび上がる明滅する光。刺さるような女の声。


「失敗? 私にはアレが失敗したようには見えませんが」

「失敗よ。感情か、あるいは記憶が残ってる。だから追ってくるんでしょう?」


 まるで他人事のように答える男の声に、女は苛立ちを隠さない。


「あれはあえて残しました。アークエネミーの本質は感情。ヒトを使うからには、この特性を消してしまうのは実に惜しい」

「あの個体の変異には三年かかってる。それを台無しにしたとなれば――。わかってるわね?」


「まぁ、まずは見てみるとしましょう」


 暗闇の中に響く女の声に、男は飄々と答える。それと同時、闇の中に光るラインが収束、ある光景を浮かび上がらせる――。

 廃墟と化した無数の高層ビルと、その中で待機する数百を越える兵士達。そして、そこへ迫る巨大な、途轍もなく巨大な化物の姿を――。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 ――闇。そして暴れ堕ちる純白の雪。


 猛然と巻き起こる吹雪の中、地上と上空から同時に放たれる無数のサーチライト、浮かび上がる巨大な影。

 ありえない、しかし確実に生物であることを伺わせる有機的な姿。その巨大さは、進行方向に立ち塞がる高層ビルの廃墟にすら匹敵していた。

 

 超弩級エネミー。アンノウン。


 数日前に観測されたこのエネミーは、周囲に極低温の気圧を纏いながら、執拗に空中のオーバー艦艇『ザナドゥ』を追って移動を続けている。

 浮遊しているとはいえ、わずか高度100メートル。アンノウンの攻撃は、十分にザナドゥを捉えることが出来るだろう。


 轟く爆音と閃光。


 人間を思わせる二本の足と、四本の巨大な腕を持つアンノウンめがけ、上空に浮遊するザナドゥと、ザナドゥ直下、アンダーの町に設置された高射砲が一斉に火を噴く。

 放たれた砲弾と熱線が降り注ぐ雪を巻き込み、アンノウンの肉体を穿つ――かと思われた、その時――。


 爆発。それはアンノウン周辺。


 放たれた砲弾が突如軌道を変えて廃ビルへと突き刺さり、あらゆる物質を焦熱切断するレーザーの熱線もまた、猛烈に渦巻く吹雪の中で威力を殺され消滅する。


 攻守が変わる。


 吹きすさぶ雪の中、アンノウンが猛り吠える。

 同時に巨体が激しく発光。鳴動を開始。


 アンノウン周辺の地面が隆起し、ドス黒いヘドロ状の物質が染み出す。

 それは一瞬で小型のエネミーへと成長すると、アンノウン前方の兵士達や武装車両へと一斉に襲いかかる。




 ――戦いが始まる。




 暗闇の中、至る所で銃撃と熱線の閃光が瞬く。

 アンノウンは前進。ビルをなぎ倒し、空中のザナドゥへと迫った――。



 ◆   ◆   ◆


 

『筆頭! あんたの予想通り、軍の攻撃は効果無し!』

「そいつはそうだろうよ。そういう話だからなぁ」


 ザナドゥ直下。民間軍事企業DDSの作戦指令本部。今回の作戦指揮を執る傭兵、ダノ・マロンドが、大きな欠伸をかみ殺しながら通信に答える。


 戦闘の音は、まだ遠い――。


「さぁて、いよいよ俺達の出番だ。わかってるな?」


 席を立ち、背後に控える数十人の傭兵達に声をかけるダノ。ダノは彼らを見回すと、軽薄な笑みを浮かべて頷く。


「原理は不明だが、奴の使う雪は特殊なコーティングで射撃武器を弾く。が、近接武器には効果無し、つまり、近付いて殴れば勝てる」

 

 ダノの口から語られる、作戦とも言えないような無謀な指示。だが、それを聞く傭兵達の表情に恐れや緊張は見られない。


「お前らは全員近接戦闘のスペシャリストと聞いている。今日は思う存分切り刻め」


 ダノは自身も巨大な電磁大剣を掲げると、凶暴な笑みでそう言った――。



 ◆   ◆   ◆ 

 

 

 闇の黒と吹雪の白。そして深紅の爆炎が混ざる。


『第三防衛ライン突破されました! ターゲット、侵攻止まりません!』

『最終防衛ライン、ターゲット接近中!』


 舞い落ちる雪と同様、何度倒しても無限に蘇る小型エネミーの群れが武装した兵士達を追い立て、軍用車両を破壊していく。


 そしてそれらエネミーに護られ、豪雨のように降り注ぐ熱線の嵐を悠々とかいくぐるアンノウン。すでにアンノウンの紫色に輝く眼光は、浮遊するザナドゥをはっきりと捉えていた。


 足下では炎上する町。


 先ほどまでの廃墟ではない。そこはほんの昨日まで、多くの人々が肩を寄せ合い暮らしていた町――。


 アンノウンを包む雪に跳ね返された砲弾が広場を砕き、錆び付いた公園の遊具を破壊。燃えさかる炎に照らし出され『みんな仲良し』と書かれた看板が溶け落ちていく――。


「よぉし。狙いは奴の馬鹿でかい頭だ。まずは足からやるぞ」


 傭兵達が活動を開始する。アンノウンに降り注いでいた砲撃が止む。


 全長100メートル。猛烈な吹雪と夜の闇は、アンノウンの全貌を覆い隠し、吹雪によって降り積もった雪は、アンノウンへと迫る傭兵達の足取りを奪う。そして何より――。


「雑魚共の数が予想以上に多いな。Aはそのまま前進。Bは露払いに回れ」


 傭兵達が散る――。


 建物に隠れ、大通りを進み、ある者は飛行してアンノウンへと迫るDDSの傭兵達。同時に、彼らの眼前に立ち塞がる様々なタイプのエネミーの群れ――。

 

 ――激突。

 

 刹那の交錯。一瞬で切り裂かれ、叩き潰され、粉砕される無数のエネミー。その血飛沫を纏い加速、突撃する傭兵達。


 彼らは皆、DDS所属の傭兵の中でも一流の者達だ。

 並のエネミー相手ならば傷一つ負うことはないだろう。それは、この戦いでも変わらない。


 だが――。


『こちらA3! アンノウンに取り付いた。攻撃を開始する』


 巨大、あまりにも巨大な足。人間の足が崩れ、もう一度再構成したかのような形のソレを前に、一人の傭兵がレーザーブレイドを振りかぶる――その瞬間だった。


『駄目だ、捕まった――』


 閃光。爆発。それはアンノウンの足下。

 命の灯火が消え、焼け焦げたブレイドの柄が雪に沈んだ――。


「A3がやられた? あの位置――解析はどうなってる!?」

『現在確認中!』

『動けない! 雪が生きてる――!』


 次々とアンノウン周辺で発生する小爆発。そして、その度に消滅する傭兵達の命。眼前のエネミーを叩き潰し、状況を確認するダノに焦りの表情が浮かぶ。


「雪だと――!?」


 ダノの通信機に、仲間の傭兵達から悲痛な救援要請が届く。


「持ちこたえろ! 何が起こってやがる!?」


 彼は愛用する大剣で次々と周囲に群がるエネミーを切り裂きつつ、降り積もる雪と仲間の悲鳴の中、それでもアンノウンめがけて加速。アンノウン討伐という目的を達しようとする。


『筆頭、解析結果出ました! アンノウン周辺で発生する降雪現象に僅かな熱源を確認! その降雪内に、アンノウンから剥離した細胞が混ざっている可能性があります!』


「奴の、細胞だと?」 


 足首までを深々と覆う降雪。それを見つめるダノ。




 足が――動かない。持ち上がらない。




「やられた」ダノは呆然と呟いた。


 完全に予想の外を突かれた。DDSから与えられた情報に、そんなデータは無かった。恐らくザナドゥでも把握していなかったはずだ。


 純白の雪――否、アンノウンの細胞片が閃光を放つ。ダノは自身の足首が灼熱に晒されたをのはっきりと感じた。


 ――爆発。


 ダノの視界が白に染まる。彼に最期の思考は許されなかった――。



 ◆   ◆   ◆



『――CEOから連絡「DDSとの臨時交渉は完了。思う存分やっていいよ」とのことです』

「――わかった。ありがとう、アリス」


 黒いパーカージャケットの少年が、耳元に手を当てて口を開く。


 そしてその少年の肩には、両足首から先を失い、大量の血を流すダノ・マロンドが担がれていた。


「お前は、GIGの――」

「――助けに来ました。マロンドさんの治療をお願いします」


 廃ビル内部。


 混乱の中、退避していたDDS所属の傭兵に負傷したダノを任せると、黒髪の少年――ユウトは、彼らに背を向けてショルダーホルスターから拳銃を抜き放つ。


「まさか、やる気……なのか?」


 ユウトの背に、ダノを引き受けた傭兵の声。

「無謀だ」そう続ける傭兵に、ユウトは振り向かず、言った――。


「ここは、俺の故郷なんです――。やってみます」


 ユウトの両手に握られた二丁の拳銃が構造を組み替えて延伸、その形状を変化させる。対アークエネミー、反重力子弾対応の形状へと――。


『目標は巨大エネミー、アンノウンです。公式データではありませんが、降雪に自身の細胞を紛れさせ、敵対者を捕縛、殲滅する戦い方を取っているようです』


 アリスからの伝達に、ユウトは廃ビルの外を見る。

 すでに外の景色は、白一色に染まっていた――。


『ユウト――気をつけて』 

「――了解」




 目を閉じるユウト。彼はイメージする。

 迫り来るアンノウンと戦い、自身が勝利するイメージを――。

 





 だがその時、瞼を閉じるユウトの脳裏に一人の少女の姿がよぎる――。

 それは、この町で共に育ち、共に過ごした、妹の面影――。




「必ず、護る」




 ユウトは誰に言うでもなく呟くと、閉じられた目を見開き、吹きすさぶ純白の世界へと――その身を躍らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る