EXTRA TRACK;四角関係

 敗北を味わって数週間後、私は、例の探偵事務所の秘密を知った。


『誤解すんじゃねぇ。俺達みたいな力の持ち主が、世間に知られちゃ不味い。それを防いだだけだ。お前を助けた訳じゃねぇ。』


 あの人の言葉が引っ掛かった。事務所に忍び込んだ時も『力』と聞いた。


 事件の事は反省している。もう2度と悪い事はしない。ボンソワールはアニメの世界の人…。でも私は、現実世界にいるカメレオン・レディなのだ。

 …そう、悪い事はしないけど、カメレオン・レディの名を返上した訳ではない。あの時仕掛けておいた盗聴器は健在なのだ。


『俺達みたいな力の持ち主』…。あの人達も能力者だった。所長さんは透視能力を操り(だから私が見えないって言ってたのね?)、千尋って人は人を操る。拓司って人はサイコメトリーを扱い、あのアニメオタクはテレパシーが使える。

 驚いたのは、橋本さんはただの人だったって事だ。


(あの怪力は…能力じゃなかったんだ。怖い、怖い…。)


 そしてあの人は、テレキネシスとテレポートを操る。


(………。)


 同時に、私には気がない事を知った。


『随分とまた、佐藤百合に厳しかったな?』

『千尋、馬鹿にするな。俺にだって好みがある。女なら誰でも良いって訳じゃねぇ。』

『だからこそ気になるんだ。若過ぎるとは言え佐藤百合は、お前好みの女じゃないのか?それともやっぱり…ナンシーに惚れてるのか?だけどあいつは…』

『馬鹿言うなってんだ!拓司と言い…好い加減にしろよ!?』

『分かった、分かった。そう怒鳴るな。余計に怪しまれるぞ?』

『!!』


 恋敵がいる。相手はどうやら外国人みたい。


(厳しい勝負だ。私はまだ大人じゃないし…西洋の人相手じゃ話にならないかも…。)


 そして同時に、私に気がある人物も知った。例のアニメオタクのおじさんだ。


『百合ちゃん、元気にしてっかな?』

『?何だい?あの子の事が気になるのかい?』

『そりゃそうだろ!あの子は、ボンソワールのモデルだぞ?作者は、あの子を見てボンソワールを描いたんだ。言わば、元祖ボンソワールだ!』

『…違うと思うけどな…。』

『そんな訳ないだろ?全く同じ能力を持ってるなんて…あり得ねぇよ!あの子が本物のボンソワールなんだ!』


(………。)


 拓司って人の意見が正解だ。それに私は白状したのだ。中学生の頃に彼女に憧れ、いつの間にか同じ力を手に入れたと…。


(…あのおじさん、頭悪過ぎる…。)


 だから私は、幸雄って人を利用する事にした。私はカメレオン・レディ。手に入れたいものは、きっと奪ってみせる。相手が外国人女性であろうと、絶対に負けないのだ!




「元気にしてた?突然連絡受けたもんだから、ビックリしちまったよ。」

「あの時はご免なさい。事務所の人達も、許してくれますかね?」

「ははっ。気にしねぇ事だ。誰にだって間違いはある。百合ちゃんはまだ若いんだから、これから覚えて行けば良いさ。」

「………。」


 ある日、事務所に連絡を入れて幸雄って人を呼び出した。


(意外にも、大人な対応するんだな?)


「でも、力の事は誰にも言っちゃいけねぇぞ?世間にばれたら、大変な事になる。」

「それは充分、分かっ…」

「悪の組織に、誘拐されちまう羽目になる。」

「…はいっ!?」

「悪の組織だよ!世界征服を企む組織だ。エスパイラルが頑張ってくれてるけど、だからって安心は出来ねぇ。」

「………。」


(この人…正真正銘の馬鹿だ。)


「俺達も気を付けてるけど、百合ちゃんは若いから狙われ易い。」

「…幸雄さん…達もですか?」

「勿論!特に千尋の力は危険だ。あいつは、人を操れるからな。」

「…………。」


 ………。正真正銘の馬鹿だ。盗聴器で事務所を探った私も馬鹿みたい。


(でも、だからこそ扱い易い。)


「幸雄さん。」

「?何だ?」

「ひょっとして幸雄さん、私の事好きですか?」

「!?」

「図星みたいですね?」

「なっ、何を言い出すんだ?」

「私の事が好きなら、ほっぺにキスぐらい…構いませんよ?」

「はっ!?」


 キスなんて、頬っぺたにされた事もない。だけど私はカメレオン・レディ。大人の色気を駆使して、望むものを奪う。


「但し!健二さんの目の前で。」

「ばっ、馬鹿言うんじゃねぇよ!そんな事したら、子供が出来ちゃうだろ!?」

「幸雄さんには悪いけど、私、健二さんの事が……って…子供?」


 だけどその色気も、使い道ではなく使う相手を選ばなければならない。


「百合ちゃんは若いから知らねぇんだ!男と女がキスしたら、子供が出来ちまう!」

「…………ちょ、ちょっと…」

「そりゃ…気持ちは嬉しいし、正直に言えば俺も百合ちゃんの事が好きさ。でも物事には順番ってもんがある。先ずは百合ちゃんが結婚出来る歳にならねぇと…。」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「勿論待つさ!百合ちゃんが大人になったら、その時はキスしよう。そして2人で、幸せな家庭を築くんだ。これまで恋愛なんか興味なかったけど…百合ちゃんのプロポーズなら喜んで受け入れる!」

「だから!ちょっと待ってって…」

「良い親父になれるかな?でも、能力者同士が結ばれるんだ。子供はきっと、エスパイラルに入隊出来るだろうな。」

「待ってって!」

「?何だよ?」


 正真正銘の…底なしの馬鹿がいる事を知った。



「どうした、幸雄?こんなところで?」

「おっ!健二じゃねぇか!?」


 そこにあの人が現れた。


「聞いてくれよ!今、百合ちゃんからプロポーズされたんだ!」

「えっ!?ちょっと待って!違います!私、そんな事言ってません!」

「……そりゃ、めでてぇ話じゃねぇか?でも相手はまだ子供だぞ?」

「だから数年後の事になるな!そん時は健二、祝ってくれよ!?」

「…………。」


(あっ…。)


 側に私がいる事を知ったあの人の顔は暗かった。未だ、私の悪さに怒っている。

 でも今、確かに悲しい顔を見せた。


(千尋って人が言ってた。健二さんのタイプは私みたいな容姿だって!つまり…脈はまだある!)


「健二さん!こんなところで会うとは奇遇ね?今日、店に寄らない?」


 そこに、遠い場所から声が聞こえた。あの人はその声に反応し、明るい顔を見せた。


(ひょっとして…!)


「おう!ナンシーじゃねぇか?そうだな…奢りだってんなら、行っても構わねぇぞ?」

「いつも奢ってばかりじゃない。でも歓迎よ。」


 やっぱりそうだ。恋敵が声を掛けてきたのだ。私は焦って声の主の顔を確認し…驚いた。


(西洋人でもないし…美人でもないじゃん!若くもないし!!)


「それじゃ、俺は行くからな。」

「あっ!待って下さい!」


 あの人は私の声に反応せず、ナンシーって名のおばさんの下へと向かった。


「………あの人が、健二さんの恋人ですか?」

「ナンシーか?どうだろ?恋人に…なれんのかな?」

「???」


 嫉妬心が働いて、私はつい幸雄って人に尋ねた。だけど反応が良くない。曖昧だ。


「ナンシーは、男だからなぁ…。キスしたって子供も出来ねぇし…。」

「えっ!?」


 何とナンシーって名の人は、西洋人でもなければ美人でもなく、そして女性でもなかった。


(嘘…。そんな人が恋敵…?)


 …どうやら私は、まだ女の色気を磨かなければならない。オカマ相手に負けるなんてあり得ない!


「それじゃ、百合ちゃん!俺も帰るわ!子供は…5人欲しいな!1人は女の子だ。そうじゃなきゃエスパイラルを組めねぇ。」

「えっ?あっ!ちょ、ちょっと!」


(…………不味い…。何か…変な関係が生まれた。)


 これまた話も聞かず事務所に戻る幸雄って人の背中を見ながら、私は大人の世界の厳しさや難しさを知らされた。

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