BONUS TRACK;絡み合う人間関係

 事件は無事解決した。美術館を襲った泥棒は、まだ高校生になったばかりの…佐藤百合だった。私達が尾行した事も、事務所に潜入して対策を練っていた。まんまと騙されたと思いきや千尋さんの気転と…所長の体質が逮捕劇の幕を下ろした。


(それにしても…やっぱり超能力だったんだ!)


 あの子はアニメのヒロイン、怪盗少女ボンソワールと同じ能力を持っている。全くと言って良いほど同じ能力だ。中学1年生の頃からその能力に憧れ、卒業間近に力を手に入れたと言う。

 信じていれば…夢は必ず叶うのだ。


(………。つまり私には…信じる力が足りないのかな?それともただ…素質がないだけなのかな?)


 彼女が能力者だと分かった時、嬉しくもあり悲しくもあった。



 それは別の話として、力を悪用する事は頂けない。だけどあの子の場合、情状酌量の余地があった。苛められっ子だった過去や、切望していた力を手に入れた事、まだ思春期にある事が誤った道へと導いた。何よりも彼女に、法的な裁きを与える事は難しい。未成年が理由だからではなく、能力者だからだ。


『盗んだ物は、全てお返しします。反省してます。本当にご免なさい。』


 謝る姿に嘘は見当たらず、盗まれた物も全て無事だった。彼女は、悪戯本意で盗みを働いていた。善悪の判断や罪悪感も働かない歳なのだ。


『善人にはなれねえが、悪党にもなれねぇって事か…。そのくらいが丁度良い。』


 事務所で美術品の無事を確認した時、健二さんは落ち込んだ顔でそう呟いた。佐藤百合は泣いていた。だけど呼び出された麻衣さんが、ボディーガードと一緒に事務所に来るや否や姿を消した。


(羨ましいな…。)


 この子はメンバーの人達並に、物凄い力をいとも容易く操る。私は彼女に憧れた。

 そして私の側で、幸雄さんは興奮していた。いや、私と同じく羨望の眼差しを送っていたかも知れない。


(それはそうと…)


 事件は、私達の手で解決したのだ。…報酬が楽しみだ!


「犯人は、弘之君達が捕まえてくれたのね?」

「運が良かっただけだ。警察が捕り逃したお零れを拾った形だ。」

「……本当にそうなのかしら?で、犯人は?」

「それなんだが…」


 事件は無事に解決した。盗まれた物も、傷1つ負う事なく戻って来た。そして犯人は能力者であり、未成年者だ。だから…


「警察に引き渡した。始末はお偉いさん達が決めるが、どんな人物だったのかは話してはいけないそうだ。未成年者保護法…って言うのか?」

「!?相手は、未成年だったの?」

「言える事はそれだけだ。それでも何かを知りたかったら、この人に当たってくれ。俺達からは何も言えない。」

「………なるほどね。」


 麻衣さんにはそう言って…嘘をついた。佐藤百合は今、事務所の何処かで姿を消している。


(麻衣さん…相当驚いてるな…。佐藤百合が、まさか高校の後輩だったなんて言えない…。)




『今回の事は勘弁してやれ。こいつは善人じゃねぇが、悪人でもねぇ。苛められてたストレスを、発散させたかっただけなんだろう。』


 麻衣さんを呼び出す前、盗まれた美術品を確認した健二さんが藤井さんにそう提案した。


『何を言うとる!?罪は罪じゃ!与える罰は与えねばならん!』

『だったらどう与える?裁判官の前で力を披露するのか?』


 藤井さんの言葉は最もだけど、健二さんの言葉にも一理ある。私達(…じゃないか…)メンバーやあの子の力は世間に披露してはならない。

 佐藤百合も深く反省している。でも今、麻衣さんの前から姿を消している。…何となく分かる。罪悪感がない事が理由ではなく、苛められっ子のトラウマが残っているのだ。叱られたり、怒られたりする事に大きな拒絶反応を示している。


『そんなもんは披露せんで良え!盗んだ事実だけを伝えれば良いんじゃ!』

『………。そうやってまた、真実とは違う事をでっち上げるのか?』

『!?鈴木の時とは違うじゃろ?冤罪と違うのは明確じゃ!』

『………。』


 そこで一触即発の空気が生まれた。どうやら健二さんの恩人は、誤認逮捕が理由で死んでしまったようだ。


『………だったら、どうすりゃ良えんじゃ!?』


 それでも藤井さんは、鈴木と言う人の名前に弱かった。


『相手は未成年だ。何とか保護法ってのがあんだろ?依頼主にはそう言って誤魔化す。内部の事は、親父が上手くやってくれ。例えば…盗品が戻って来たから依頼主は処罰を求めていないとか…。』

『親玉は、あの黒田のトップじゃぞ?そんな事を言う訳なかろう!?それにこれは民事ではない。刑事なんじゃ!』


 健二さんも無茶苦茶だ。どうせ、佐藤百合を狙っているからに違いない。


『いや…可能性はある。黒田さんがどんな人物かは知らないが、麻衣の事は良く知ってる。あいつの親父だと言うなら、それも有りかも知れない。』

『………。』


 張り詰めた空気を宥めながら、所長がそう助言した。そこで話は無理から纏まり、麻衣さんを呼び出す事にした。

 そして麻衣さんは…


「まぁ…美術品が無事に戻って来たんだし…お父さんもそれで満足するでしょうね。」


 そう言って笑った。藤井さんは唖然としていた。


「本当に、それで良えんか?」

「お父さんなら、未成年に罰を与える事は求めないはずです。それよりも、あれほど厳重な警備をすり抜けた事を褒めるかも知れません。将来が有望だって、高笑いするかもです。」

「………。」

「出来るなら、今からでも犯人を釈放してあげて下さい。訴訟も望みません。」

「!?」


 その言葉には、藤井さんだけでなく私も唖然とした。麻衣さんのお父さんは女子高を所有していて、そこにはエリートばかりが集まると言うけど…


(どんなエリートを育てるつもりなんだろ…?)


 何の因果か麻衣さんはそこの卒業生で、佐藤百合はそこの学生なのだ。


「しかしこれは…刑事事件なんじゃ。そんな無茶な事…」

「だったら、お父さんが警察の上の人と直接お話しします。」

「!!」


 藤井さんは最後まで粘ったけど、それでも麻衣さんには勝てなかった。



「それじゃ、私達は帰るわ。」

「あっ!麻衣さん!」


 美術品を受け取った麻衣さんが、事務所を出ると言う。そこで私は呼び止めた。


「報酬の事は後日、お父さんから連絡が行くはずよ。私が依頼主じゃ、弘之君はお金を受け取らないもんね?」

「………!」


 麻衣さんから相談を受けて間もなく、依頼主は黒田さんに変わった。躍起になっているからと思っていたけど、依頼主が変わったのは麻衣さんの気転が理由だった。


(こっ…これは期待大だ!)


 さっき所長が言っていた。麻衣さんのお父さんとは、全くと言って良いほど面識がないようだ。これなら流石の所長も報酬を断らないだろう。




「ありがとう御座いました。これで、助けてもらったのは2度目ですね?」


 麻衣さんが事務所を出て行った後、姿を消していた佐藤百合が現れた。


「誤解するんじゃねぇ。俺達みたいな力の持ち主が、世間に知られちゃ不味い。それを防いだだけだ。お前を助けた訳じゃねぇ。」

「………。」


 健二さんに近付き、お礼の言葉を述べている。でも…表情がおかしい。今は落ち込んだ顔をしているけど、お礼を言っている時はまるで健二さんの事を…


(…まさか!?)


 健二さんも表情がおかしい。佐藤百合は美人だ。大抵の場合、こんな美人を相手に健二さんの表情は脆く崩れる。でも厳粛な顔を保ったままだ。


(女好き以上に、悪を許せない心が強いのかな?)


 さっきの空気を思い出し、過去に起こった出来事が気になった。


(あれっ?)


 逆に幸雄さんが、姿を現した佐藤百合を見て表情を崩していた。


(!?嘘でしょ?)


 健二さんとは違って、幸雄さんは女性に関心がない。もっと正確に言うと、アニメの世界の女性にしか関心がない。


(幸雄さん!この子は、ボンソワールじゃないんですよ!??)


 これまた…複雑な人間関係が出来たかも知れない。


(………。まぁ…どうでも良いや!)


 それはそうと、数日後の連絡が楽しみだ。麻衣さんのお父さんは、一体どれくらいの報酬をくれるのだろうか?




 ……と、期待をしていた。数日後、所長が電話越しに報酬を断る姿を見た。私は急いで千尋さんに操って欲しいと頼んだけど、千尋さんは聞いてもくれなかった。


「盗みの手口ですか?勿論、私達は見抜きましたよ。しかし…教えたくありません。」


 次に麻衣さんのお父さんは、犯行手段を尋ねた。多分、今後の警備強化に役立てたいのだ。


(何処まで好戦的で…何処までポジティブな人なんだろう…。)


「あの手口は…悪用も出来ますが良い使い方も出来ます。是非とも我が社だけの技術として取り入れたい。誰にも他言したくはありません。」


 そこで所長は佐藤百合を庇った。…と言うよりは、能力の存在を庇った。


「今後の事は安心して下さい。トリックを見抜いた私達を前に、犯人はもう2度と犯行に及ばないでしょう。」


 所長がそこまでを伝えると、受話器の向こうから大声が聞こえた。怒っている声ではない。高笑いだ。どうやら満足したようだ。


(麻衣さんもそうだけど…黒田さんの底も見えないや…。)


 大物は、思考からして一般人と違っている。



「また、ただ働きですか!?」

「依頼主は親友の親父だったんだ。金を貰う訳にはいかない。」

「そんなところだけヒーロー振って!現実を見て下さい!家賃の滞納、何ヶ月だと思ってるんですか!?」

「………。」


 受話器を置いた所長を怒鳴り散らした。私は安月給だけど、それでも貰うものは貰っている。だけどそれは、家賃や必要経費の滞納から捻出したものだ。貰って当たり前の給料だけど、その度に私は罪の意識を感じるのだ。




「…えっ!?黒田ビル!?」


 所長に怒鳴り散らして、辞表を書こうかどうしようか迷っていた頃だ。出勤した私は、ビルの名前が変わっている事に驚かされた。


「ご免ね。お父さんが、どうしてもお礼がしたいって…。」

「あっ、麻衣さん。」


 そしてビルの前に立っている麻衣さんに気付いた。


「弘之君、また報酬を断ったでしょ?でも、それで折れるお父さんじゃないの。」

「…まさか…。」

「だからお父さん、このビルを買い取ったの。これからは、家賃を払う必要はないわ。滞納していた分もお父さんが引き受けた。…紫苑ちゃんも大変でしょ?」

「……マジっすか?」


 麻衣さんのお父さんが、これまたとんでもない事をやらかした。このビルを丸ごと買い取り、事務所は自由に使えと言うのだ。電気代やガス代の面倒も見ると言う。麻衣さんが、笑いながらそう説明してくれた。


(駄目だ…。一般人には理解出来ない。)


 その代わりとして、必要な時には私達の力を借りると言う。ボディーガードや、情報収集は大企業には付き物なのだ。

 …これでまた、不思議な人間関係が形成されたのだ。

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