SECRET TRACK;我輩は…

「お帰りなさい!今日もお仕事、ご苦労様!」

「話は聞いたよ。また弘之君が解決してくれたんだって?」


 ご主人様が帰って来た。俺は尻尾を振り、玄関まで迎えに行った。


 事件は解決したみたいだ。しかし、俺が伝えたメッセージは役に立たなかっただろう。まぁ…人間は鼻が効かないらしいから…提案自体が良いものではなかったけど…。


(それでも千尋さん!俺、悲しいです!)


 恩人の…役に立てなかった。


 千尋さんは恩人だ。親から引き離され、捨てられた俺を拾ってくれた。そして縁あって、岡本家で世話になるに至った。

 その頃は…ただの犬だった。しかしあの馬鹿っ面に睨まれた時から、表情や声のトーンで人の感情を理解するのではなく、言葉を通して理解出来るようになった。テレパシーと言う力も、少しは扱えるようだ。




「麻衣、雛子にはまだ早いよ。夏目漱石やミゲル・デ・セルバンテス…。どれも難しい話ばかりだ。ジャンルも一定じゃない。浦島太郎や白雪姫…いや、それもまだ先の話だよ。雛子はまだ、言葉も話せないんだよ?」

「昇君は黙ってて!雛子には、私の遺伝子が半分混ざってるの!私も同じ頃から、難しい話を聞かされてたわ。」

「…黒田家って…凄いね?」


 岡本家は暖かい家庭だ。そして俺に優しい。雛子の側に寝床を準備し、眠る前には、雛子と一緒にたくさんの話を聞かせてくれる。ご主人様達のおかげで、馬鹿な人間達よりも知識は豊富だ。


 そして…俺には使命がある。


「雛子、眠ったね?」

「よっぽどお話しが面白かったんだね。」

「…難し過ぎたって事はないのかな?」

「ある訳ないでしょ?私の娘よ?」

「でも、半分は僕の遺伝子だ。僕は…そんなに頭が良くないよ?」

「特許も取得した、有望企業の社長が何を言うの?」

「あれは、偶然の産物だよ。」

「高校だって大学だって、私と同じ学校に通ったじゃない!?」

「!!高校の事は秘密だよ?僕が進学出来たのはお義父さんのおかげだけど…女子高に通う事になるとは思わなかった。でも感謝はしてる。お金が無かった僕を助けてくれた。」

「お金が無かったからじゃなく、賢かったから特例ではいれたの!」

「…それは違うと思うよ?頭が良かったら奨学金を受けて、他の学校にも入る事が出来たはずだよ。お義父さんは、悪い噂を覚悟で僕を受け入れてくれた。隠し子じゃないのかって言われ続けた。」

「とにかく、昇君も頭が良い人!だから雛子は、絶対に天才なの!」

「しーっ!声が大きい。雛子が起きちゃうよ。」

「あっ、ゴメン、ゴメン。それじゃ…ロシンナンテ、後は宜しくね?雛子を守って頂戴ね。」

「………。」


 ご主人様達が部屋を出て行った後、俺は雛子の顔を舐め、その寝顔を見つめた。


 我輩は犬である。名は…ロシナンテ。岡本家と雛子を守る…騎士犬ロシナンテなのだ!

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