TRACK 10;犯行当日

 昨日、弘之達と記録映像を見続けた。現場も検証し、頭も捻ってみたが…結局、トリックは見破れんかった。


『未知の力じゃ。そっちの線で考えた方が良えんじゃないか?』

『………。』


 何度も勧めたが、その度に弘之は顔を歪ませた。不安や緊張にも駆られ、判断力が鈍った。


(どうしてそこまで、未知の力を否定しおる?お前達だって、人とは違う力の持ち主じゃろうに…。)




 そして何の収穫も得られんまま、遂に日曜日を迎えた。こうなってはぶっつけ本番じゃ。


「裏口は俺に任せてくれ。トリックは見破れなくても、俺なら犯人の姿を捕らえられる。」


 美術館の前で、容疑者を待つ弘之が呟いた。


(不安じゃの…。)


 犯人は、力か何らかのトリックで姿を消して犯行に及んだ。先週もそうじゃ。つまりは既に、警察の導引や警備員の増員を知っておる。今回、窓と言う窓にも見張りを付けた理由がそれじゃ。前回のように、裏口から逃げる真似はせんじゃろうて。


(冷静な弘之なら、それぐらいの事は分かっとるはずじゃ。)


 やはりどうも弘之の調子がおかしい。




「来た!佐藤百合じゃ。」


 入館時間終了間際に、容疑者が姿を現した。間違いない。服装は変わっておるが、下手なマニキュアはそのままじゃ。


「ここで尋問出来ないのか?」

「証拠もないんじゃ。出来る訳なかろう?それにここの親玉は、逃げられる事を恐れておる。尋問すれば盗みを防げるじゃろうが、盗まれた物が戻って来んじゃろ?」

「……。そうだったな。」


(弘之…。いつものお前はどうした?)


「それじゃワシは、あの女の後を付ける。連絡は、さっき渡した無線で行なうぞ?」

「ああ、分かってる。」


 弘之が心配じゃが、門を潜った容疑者を見失う訳にもいかん。ワシは急いで後を追い、美術館に入り込んだ。


「容疑者が美術館に入った。皆、気を抜くでないぞ?」


 無線は東の窓を見張る橋本、西の窓を見張る千尋にも渡した。結局、健二は顔を出さなんだ。幸雄はどうやら、今でも戦力外として扱われておる。そして、ワシが見込んだ警官が6人。その全員が清掃係の服装をし、既に内部に潜入しておる。外では探偵、中では警察が、在りとあらゆる脱出口を守っておる事になる。



「………。」


 15分が過ぎた頃、美術品を一通り見渡した容疑者がトイレに入りおった。

 ここの最終入館時間は6時半。7時には閉館となる。…5分後には案内放送が流れ、10分後に閉館となる。


『来館の皆様へご案内申し上げます。この美術館は…』


 そして5分が経ち、館内放送が流れ始めた。しかし容疑者は、まだトイレから出て来ん。


(ええい!ままよ!)


 痺れを切らしたワシはトイレに潜入した。身形は駄目じゃが係員の振りをして声を掛けた。


「そろそろ閉館時間になります。どなたかいませんか?」


 声色も変えてみたが…こんなガラガラ声の女なんておらん。直ぐに男と分かってしまう。


「………。」


 じゃが…それなのに何の反応もない。ワシは忍び足で奥に進み、2つある個室の中を、しゃがんで覗いた。


(!?誰もおらん!)


 目を疑った。何度も擦ってみたが、それでも足が見えん。


「何じゃと!?」


 焦って扉を開き…容疑者が既にここから出て行った事を知った。


(まさか…!いつの間に…?)


 女がトイレに入った時から見張っておった。しかしここから出て行った者は誰もおらん。


「全員に告ぐ!容疑者は既に、姿を消して館内の何処かにおる!気を付けるんじゃ!」


 急いで無線を掴み、声を殺しながら叫んだ。そして目的の展示品がある場所へと向かった。


(!!やられた!)


 しかしそこに王冠の姿はなかった。


「不味い!盗みは既に働かれた!」

「親父!俺に任せろ!」


 ワシの報告に弘之が答える。館内を回り、消えた容疑者の姿を捕らえると言う。


「待てぃ!」


 じゃがあいつは焦っておる。駆け足で館内を回られたら相手に警戒される。


「持ち場を離れるな!弘之!弘之!!」


 しかし無線から聞こえるのは、応答ではなく強く響く足音じゃった。


「弘之!弘之!!」


 何度も怒鳴り散らしたが、既に聞く耳を持っておらんようじゃ。


(好い加減にせい!いつものお前はどうした!?)


 この馬鹿を追い駆け抑えつけたいが…更に警戒される事になる。仕方なくワシは正面玄関に向かい、美術館から出て行く人の爪、1つ1つを確認しながら閉館時間が来るのを待った。


(厚着の服は、何処かに脱ぎ捨てた可能性がある!変装した疑いも否めん。爪だけが頼りじゃ!)


 しかしやはり、その中に容疑者の爪はない。



「…見えない…。」

「?」


 残り5分で閉館時間を迎える頃、無線から弘之の呟き声が聞こえた。


「親父!何も見えない!相手の姿も…手にしてるはずの王冠もだ!」


 叫び声が、無線と美術館から聞こえる。


(馬鹿が!大声を出しおって!)


「焦るな!お前もワシも容疑者の顔を知らん!王冠も何処かに隠したかも知れん!爪を頼りに容疑者を探すんじゃ!」


 弘之にそう伝え、ワシは続けて美術館から出て行く人の群れを凝視した。


 …じゃが、その甲斐も虚しく扉は閉められた。


(しかし…弘之にも見えんとはどう言う事じゃ?)


 トリックじゃとしたら、弘之にはきっとその姿が見えておるはずじゃ。しかしあいつは何も見えんと焦っておる。


「中におる者はゴミ箱を漁れ!中に盗品が入っておるかも知れん!」


 弘之に見えんかった…。それはつまり、容疑者は既に館内におらん事を意味しておるかも知れん。


(着ていた服と一緒に王冠をゴミ箱に捨て、後で回収に来るやも知れん。)


 これまでの盗みも同じ手口じゃったかも知れん。これまでの盗品は、服に包んでゴミ箱に捨て去る事が出来る大きさじゃった。


(しかし…盗まれたのはいつじゃ?何よりも、トイレから抜けたしたのはいつじゃ!?)



「巡査部長!ゴミ箱の中に美術品は見当たりません!」

「………。」


 閉館から10分が経過…。しかし、6人が総出で漁ったゴミ箱の中に王冠は入っておらんかった。と言う事は、犯人は王冠を持ち出して逃げた事になる。


(いや…そうとも限らん。能力者の犯行じゃったとしたら…。)


「親父!」

「どうした、弘之!?」


 未だ館内を走り回っておる弘之から連絡が入った。


「キャップ帽が…突然、目の前に現れた…。」

「!?どう言う事じゃ!?」


 弘之曰く、つま先に何かが当たったと思った瞬間、目の前にキャップ帽が現れたと言う。


「幸雄が言ってた…。ボンソワールの能力は、強い衝撃を受けると解けるそうだ…。」

「……!?」


(やはり、能力者の仕業か!?)


 声を震わせて呟く弘之の言葉に、推理は確信に変わった。こうなったら賭けに出るしかない。ワシは持ち場である正面玄関から大声を張り上げ、犯人に告げた。


「犯人に告ぐ!盗みを働いた事は分かっておる!そしてまだ、お前が美術館の何処かに潜んでおる事も分かっておる!抜け出せるとは思うな!?全ての出口に警官を潜ませておる!さっさと姿を現し、潔く観念するが良え!」


(…………。)


 しかし、自慢の大声が館内に響き渡るだけで何も起こらんかった。


(もう…どうなっても知らん…。)

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