TRACK 09;確信

「間違いない。佐藤百合だ。」


 会議があった次の日、藤井に呼び出され、美術館に向かった。


『お前らとは、関わりたくねぇっつってんだろ!?』

『癇癪を起こすな。弘之から聞いたぞ?お前、容疑者と面識があるそうじゃないか?』

『…弘之の奴…つまらねぇ事を…。』


 見せたいものがあると言う。犯行現場を抑えた例の記録映像だ。


「春が過ぎたってのにかなりの厚着だが…間違いない。背格好にこの指先…。化粧を覚えたか。」


 それともう1つ。親父が目星を付けた容疑者の映像だ。一目見て佐藤百合だと分かった。


(再会を期待してたのに…まさか、こんな形で出会うとはな…。ボディも良い方向に進んでんのに…本当に残念だ。)


「やっぱりそうか?しかしお前には…そんな能力もあったんか?」

「能力じゃねえよ。べっぴんさんの姿は、1度見たら忘れねえ。」

「…自慢か?そりゃ?そうじゃと言うんなら…人に見せびらかさん方が良えぞ?」

「………。五月蝿ぇ。」


 やはり、佐藤百合が犯人で間違いなかった。親父の調査や…昭和グループが言っていた事に間違いはない。佐藤百合は姿や、触れた物を見えなく出来る。


(しかし…どうなってんだ?このトリックは?)


「能力者か?」

「………。」


 手品の種を探る俺に、親父はそう尋ねてきた。


「テレビの見過ぎだ。親父も、幸雄と同じ事を言うのか?」

「お前こそ弘之と同じ事を言うか?ワシらからすりゃ、お前達の力も常識外なんじゃ。未知の力があったとしても不思議ではない。」

「………。」


 親父は新しい力を怪しんでいる。だが俺はそう思わない。


「拓司が見たイメージは、ボンソワールを客観的に見たものだった。つまりは、幸雄が言うように本人じゃねえ。犯人は、ボンソワールに憧れてんだ。」

「?何が言いたいんじゃ?」

「分からねぇのか?犯人は、ボンソワールの力を求めてんだよ。トリックだけじゃ不安なんだ。だから憧れてんだ。ボンソワールと同じ力を持ってるなら、憧れる必要もねぇ。」

「………。」

「何かのトリックに違いねぇ。そして犯人も、この佐藤百合で間違いねぇ。」


(見損なった…。良い女になると思ってたのに…。)




「それじゃ…俺は帰るぞ?」


 映像を何度も繰り返し見て、そこに映る女が佐藤百合だと言う確信は強くなった。しかし…トリックが見破れない。


「何じゃ?もう帰るのか?トリックじゃとして、種明かしはせんのか?」

「疲れた。後は馬鹿な連中に任せる。頑張って知恵を絞れ。」

「………。週末には顔を出すんか?犯人捕りには頭数が必要じゃ。」

「…………。」


 先週末、犯人は裏口を使って美術館を後にした。麻衣の親父が雇った警備員は無能だったにしろ、警察がそこを抑えていなかったと言うのは馬鹿げた話だ。出口ではなく、そこに向かう通路に張っていたと言う。姿が見えなかったと言う言い訳も聞けるが、それでも無能過ぎる。


(何年経っても…お偉いさん連中は馬鹿の集まりだ。)


「この件を任された時、前の連中は殆どお払い箱にした。知っとるじゃろ?ワシも無能な連中は嫌いじゃ。」

「…………。」

「今回は、あらゆる出口に人を立たせる。出口だけじゃない。窓と言う窓にも人を立たせる。お前達にも任せるつもりじゃ。」

「………。鈴木さんを…生き返らせてくれるなら協力してやる。」

「………。」


 俺はそう言い残し、無言の藤井に背を向け、美術館を後にした。




「どうした?こんな時間に?」


 また、例のベンチで寝転がっていた。夕方を過ぎ、空はすっかり暗くなっていた。…昔を思い出し、時間が過ぎるのも忘れていた。

 そこに弘之からの連絡が入った。また事務所に顔を出せと言う。



「佐藤百合は…白だ。」

「……あっ?」


 途中で抜け出した会議の後、佐藤百合の尾行作戦を立てたらしい。そして今日、それが実行された。


「逃げ足も遅く、姿を消す事もなかった。昭和グループの証言に疑いがある。性質の悪い連中だ。悔しさ紛れに、出任せを言ったのかも知れない。」

「……。確かに奴らはハッタリだけの連中だが…この前に限っては、そうは聞こえなかったぞ?」

「寮生活じゃないが親友がそこにいて、よく寝泊りしてるらしい。」

「そうなのか?」

「昭和グループの待ち伏せも、意味がなかったって事だ。」

「…………。俺は…それでも腑に落ちねぇぞ?」

「どうしてだ?」

「今日、藤井に呼び出されて美術館に行った。例の映像を見たが、あれは佐藤百合で間違いない。」

「??あの映像だけで、人物を特定出来たのか?しかもお前、佐藤百合との面識は1度だけなんだろ?」

「……自慢じゃねえが、べっぴんさんの顔は1度見たら忘れ…」

「確かに自慢じゃない。人に見せびらかすのは止めておけ。」

「……………。」


 警察は信じないし嫌いだが…親父の事は信用する。その親父が言っていた。あの映像に映し出された人物だけが、美術館に入りはしたものの閉館時間までに外に出なかったそうだ。


「犯行が決行されるのは日曜日…。明日までに容疑者と証拠を洗い直そうとしたが…」


 弘之が呟く。


「明日は…トリックの種明かしに時間を費やすか?」

「それが賢明かもな。今の時点で証拠もねえ。佐藤百合に詰め寄ったところで、シラを切られるだけだ。それに…例え犯人が佐藤百合じゃねえとしても、トリックを見破れねえなら現行犯逮捕も難しい。」

「分かった。そうしよう。明日は美術館に行って、現場と記録映像を検証する。」

「まぁ、頑張れや。」

「…………。」


 そこで俺は席を立った。弘之も親父と同じ事を言いたかったようだが、口は開かなかった。


(酒でも飲みてえ気分だ。……ナンシーに、一杯奢ってもらうとするか…。)

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