TRACK 11;未知なる力
美術館を、一通り見て回った。獲物の在り処はもう知っている。…歩き回ったのは私を付ける、不審な人がいないかどうかを確認する為だった。
1人のおじさんが、ずっと後を付けていた。例の事務所では姿を見なかったから…多分、警察の人だ。
(警察も間抜けだな…。全然スリルを味わえない。若しくは…)
私に、ボンソワールにはない力が備わっているのかも知れない。探偵も警察も尾行のプロのはずだ。それなのにあの人達の事が分かる。付け纏う人の気配を、感知出来る力があるのかも知れない。
(そんな事より…さっ!今日は早いとこ片付けちゃおっと!)
いつもより清掃員の数が多い。そして、知った顔の人達ばかりだ。先週、盗みに入った時に見た。
(やっぱり、警察が間抜けなだけなのかな…?若しくは…)
ボンソワールにない力が、私にはあるのかも知れない。……って、これは違うか。私は覚えが良い。1度見た顔は忘れない。とにかく今日は急ごう。先週みたいに、閉館時間を過ぎて出て行く必要はない。
(先ずは、ずっと付き纏ってるおじさんを引き離さなきゃ…。)
私はトイレで姿を消し、誰かが入って来るのを待った。いつもなら扉を少しだけ見えなくして、そこから向こうに誰もいない事を確認して開けるのだけど…今日はおじさんが控えているはずだ。誰かが扉を開けてくれるまでは外に出られない。…また待ち惚けだ。
「…………。」
だけどおじさんは勿論の事、他の誰も入って来ない。
(まいったな…。)
『来館の皆様へご案内申し上げます。この美術館は…』
やがて閉館の案内が流れた。そろそろ不味いなと思ったと同時に、トイレの扉が開いた。例のおじさんだ。
「そろそろ閉館時間になります。どなたかいませんか?」
声色を変えて、女の人の振りをしている。だけど無理があり過ぎる。私は、笑いを堪えるのに必死になった。
「どなたかいませんか?」
おじさんが、私みたいな忍び足で奥の個室に向かった。背中を向けている。その隙を突いて、やっと外に出る事が出来た。
そのまま忍び足で獲物まで向かい、王冠に触れた。ここに来た人達の足は、既に出口へと向かっていた。
「不味い!盗みは既に働かれた!」
「!!」
思わず声が漏れるところだった。キャップ帽を脱いだ頭に乗せたばかりの王冠を落とすところだった。さっきのおじさんが、私の真後ろにいたのだ。
(………。)
驚き過ぎたのか、私の体は暫く動かなかった。
(……全く…。驚かせるんじゃないわよ!)
やっと緊張が解けた私は、それでも片手で王冠を支えたまま、忍び足で正面玄関に向かった。
この美術館は、意外にも知られていない。だから入館者は多くないけど、それでもいない訳でもない。玄関はまだ、ここを出て行く人達でいっぱいだ。もう少し様子を見なければならない。魔法は強い衝撃で解ける。人とぶつかったら大変だし、そこで魔法が解けなかったとしても怪しまれる。これまで裏口から出て行った理由もここにある。
また待ち惚けをさせられると思った。でも、それはそれで楽しみに変わった。さっきのおじさんが玄関の側に来て、私を探しているのだ。
(面白い…。)
私は息を殺して側に近寄り、目の前で手を振ったりあっかんべーをしたりしておじさんをからかった。
「親父!何も見えない!相手の姿も…手にしてるはずの王冠もだ!」
からかうのも飽きた頃、誰かが大声でそう叫んだ。振り向くと、探偵事務所の所長さんがいた。さっきから館内を駆け回り、私を探している。
(見える訳ないじゃない…。何言ってるの?)
「焦るな!お前もワシも容疑者の顔を知らん!王冠も何処かに隠したかも知れん!爪を頼りに容疑者を探すんじゃ!」
するとその声に、おじさんが無線で応答した。
(??爪?)
校則で化粧は禁止されている。だけどボンソワールよりも大人な私は、学校や不良グループにばれない程度に薄いマニキュアを塗っている。おじさんも所長も、この爪を頼りに私を探しているみたい。
(…肩透かしだと思ってたけど…凄い観察力!敵ながら天晴れだ!…だけど私は、その一枚上手を行ってる!)
…強い自信が、着いた気がする。
結局、美術館の門は閉まった。だけどこの前の犯行を知っている警察は私が、閉館後にここを抜け出すと考えているはずだ。もう来館者はいない。おじさん達は躍起になり始めるだろう。だから私は、あえてここに残った。勝負を受けてやるのだ。我慢比べの始まりだ。
焦るおじさんの顔を見るのも、目の前でからかうのも楽しかった。だけど事務所の人には近づけない。今でも館内を走り回っている。ぶつかられたら私の負けだ。
「犯人に告ぐ!盗みを働いた事は分かっておる!そしてまだ、お前が美術館の何処かに潜んでおる事も分かっておる!抜け出せるとは思うな!?全ての出口に警官を潜ませておる!さっさと姿を現し、潔く観念するが良え!」
(やっぱり…。)
面白くなってきた。私は気が緩んだ警備の隙を突いて、必ずここから抜け出してみせる。
(って言うか…おじさんの声大きい!)
側にいた私はまた、その声に驚いて体が動かなくなった。
(それにしても…不味いな…。)
側で無線を聞いていた私は、警備員に扮した警察がゴミ箱を漁った事を知った。着ていた服と王冠をそこに隠し、後で回収するつもりと考えたみたい。
推理は外れだ。私が脱ぎ捨てたのはキャップ帽だけだ。だけど、探偵さんがキャップ帽を見つけたと言う。走り回っている内に足に引っ掛けたみたい。勿論、そのキャップ帽が理由で私に辿り着く事はない。指紋も付けていないし、何処にでも売っている品物だ。だけどそのせいで魔法に気付かれた。無線の向こうで探偵さんが、ボンソワールの名前を挙げた。
(幸雄…。あの時のおじさん…。)
あの人も探偵だった。私は顔を知っているけど、向こうは私を見ていない。だから安心していたのに…。
(私が人の事を言えないけど、ボンソワールの魔法を信じてたなんて…マニアじゃなくて信者だったんだ。)
他の人が魔法を信じるかはともかくとして、今日のところはその線で私を捕まえるつもりだ。少しだけ緊張感が走る。でも少しだけだ。
(そろそろ…かな?)
館内を警察や探偵の人達が走り回るかも知れない。だから私はこの場を去り、30分ほど身を潜めていた。
(しつこいな…。)
この30分で何をしたかは知らないけれど、相手は再度、各自の持ち場に付いていた。まだ根競べを諦めていない。正面には例の刑事さん、東西にある1階と2階の窓、そして2つある非常口には清掃員の姿をした警察、裏口には探偵さんが居座っている。
唯一守りが緩いのは裏口だ。あそこの扉はロックが掛かっていない。何よりも、警察は出口と窓の前に立っていると言うのに、探偵さんは裏口に繋がる通路付近をうろちょろとしている。先週と同じだ。
(やっぱり…今回も裏口かな?)
だけど気を付けなければならない。罠かも知れない。事務所で見た探偵さんの数が足りない。ひょっとしたら扉の向こうに控えているかも知れない。
だけどこれは賭けではない。誰かがいるなら、また根競べを始めれば良いだけだ。私は王冠を両腕に抱え、忍び足で裏口に向かった。
「はっくしゅん!」
「!!」
足を止めた探偵さんの側を、忍び足ながらも急いで駆け抜ける。それと同時に、所長さんが大きなくしゃみをした。私の体は緊張で固まったけど、さっきほどではない。刑事さんの大声に比べれば驚くに価しない。
「はっ、はっくしゅん!はっ、はっ…はっくしゅん!」
そのくしゃみが止まらない。ずっと私に背中を向けたまま、くしゃみを連発している。今がチャンスだ。急いで裏口に向かい、指先だけで扉に触れて見えなくなれと念じた。
(………。誰もいない。)
小さな穴が開いたように見えなくなった扉を覗き、私は外の様子を伺った。探偵さんの姿は勿論、警察の姿もない。
『…ガチャ。』
「はっくしゅん!」
音が出ないように、ゆっくりとドアノブを捻ったけど心配は無用だった。探偵さんのくしゃみがまだ止まない。少し漏れてしまった扉の音にも気付かない。
(今回も!カメレオン・レディの大勝利!)
くしゃみに合わせて外に出た。後は、急いで扉を閉めれば…
『ゴンッ!』
そう思った矢先だ。後ろから棍棒か何かで殴られた私は前のめりに倒れた。
「千尋さん!私、やりました!!」
背中から女の人の声が聞こえる。私に盗聴器を付けた人に違いない。
(やばい!)
強い衝撃を受け、魔法が解けた。
(それにしても…何て馬鹿力なの!?)
見られたのは後ろ姿だけだ。顔はばれていない。私は急いで体中と王冠に触れ、もう1度姿を消した。そして少し離れた場所に座り込んだ。まだ頭の後ろに、ジンジンとした痛みが響く。足も動かない。逃げる事も出来ないほどの衝撃を受けた。
体育座りをする私の正面に女の人がいる。驚いた。相手は、武器も鈍器も持っていない。平手だけでこれほどのダメージを与えたのだ。
「………。そこで、何してんの?」
「!?えっ!?」
暫くは様子を見ようとした私に、その怪力探偵が声を掛けてきた。
(嘘っ!?姿が消えてない!?)
頭はまだ、ジンジンとする痛みに襲われていた。
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