TRACK 02;不可解な容疑者達

 麻衣さんの車、運転で問題の美術館に向かった。昇さんは車を乗り換えた。最新の車だ。流石、有望会社の社長さん!


(それに引き換え私達は…)


 事務所の車にはガソリンも入っていない。


(もう、貧乏は嫌!稼がなきゃ!……麻衣さんが相手なら…期待大だ!)



 助手席には私が座り、所長と千尋さん、拓司さんが後部座席に座った。残りの2人は事務所で留守番だ。健二さんは警察と絡みたくないと拒み、幸雄さんは…


『捕まえれる訳ねぇだろ!?相手はボンソワールだぞ!?魔法で姿を消して盗みを働く!触れた物全部が見えなくなるんだ!影もだぞ!?それでも捕まえたいんなら、美術館に行くよりこの顔を指名手配させろって!』


 …事務所を後にするまでフィギュアを離さなかった。所長に、戦力外と判断された。




「ここは立ち入り禁止です。」


 美術館に到着。裏口から入ろうとしたところで、物陰から現れた私服警備員に立ち塞がれた。


「パスカードを持ってる者です。通して下さい。」


 そこで麻衣さんが通行証を取り出し、カードリーダーに通す。警備は厳重かつも、隠密に行なわれている。




「犯人は…次の標的を決めてるわ。先週盗まれた腕輪、昨日盗まれた首飾りは、残った2つの美術品とセットなの。」


 よだれが出そうな展示品の前で、麻衣さんがそう語る。盗まれた美術品は、とある王朝の家宝だった品物らしい。金の腕輪、クンツァイトをあしらった首飾り…。ダイアモンドの王冠と、多彩な宝石が装飾され、占星術に用いられたとされる羅針盤。これまでの品物も凄い値がするけど、最後の2つは飛び抜けて高価だ。

 犯人は、同一犯で間違いない。残り2つの美術品を狙っている。全て盗まれたとしたら、被害総額は天文学的数字になると言う。


「?どうして、盗まれると分かってる物を陳列してる?」


 展示品の前で所長が尋ねた。残った美術品は、誰が見ても欲しがりそうな物だ。他に並ぶ美術品とは格が違う。


「最初は分からなかった。昨日の晩、盗難に遭ってやっと分かったのよ。でもお父さんは、美術品をあえて隠さなかった。ほとぼりが冷めて忘れた頃に、また同じ事件が起こると考えたの。」

「だから警察を導入し、警備の数も増やしたって事か?」

「隠密にね。犯人を中に誘き出し、そこで逮捕…って作戦を立てたんだけど、それも失敗に終わったわ。だけど今回の件も、まだ世間には公表されてない…。」

「つまりお前の親父は、まだ諦めてないって事か?」

「……頑固なの。」


 説明によると、警察は黒田さん…つまり麻衣さんのお父さんの指示で動いているとの事。事件が公表されたり美術館の警備が増えたりすれば、犯人は身を隠してしまう。これ以上の盗みはなくなるけど、同時に盗まれた物は取り返せなくなる。それよりも密かに護衛を増やし、犯行現場を取り押さえようと考えたのだ。


(また随分と…好戦的なお父さんだな…。)


 だけども昨日、その作戦が失敗した。現場を取り押さえるどころか、いつ進入したのか、どうやって盗まれたのかも分からないそうだ。

 だから拓司さんは、裏口からずっとそこら中の壁や床に指先を当てている。そしてその側で、私はニヤニヤと笑っていた。


(まだ、諦めた訳じゃないんだから!)


「そこで弘之君達にお願いしたいの。勿論、犯人を捕まえてなんて言わないわ。探偵として、犯人の素性を暴いて欲しいの。」


 メンバーの人達は警察と組むのが苦手だ。向こうも相手にしないだろうし、皆も相手にしたくない。特に、健二さんが納得しないだろう。あの人は警察を恨んでいる。


(でも…どうして?小さい頃は警官に憧れてたんでしょ?)



「以前のように、探れる資料はあるのか?」

「……ないわ。漫画の世界じゃない。予告状もないし、『お宝は頂いた』みたいな書き置きもなかった。」

「………。お手上げだな…。」


 所長が困った振りをする。拓司さんは未だ、麻衣さんの背中で残留思念を探っている。


「………。1つだけ、不思議な資料があるわ。役に立つかしら…?」

「??」

「…ついて来て。」


 暗い顔(の演技)をする所長に、それでも麻衣さんは顔色1つ変えず、私達を別の場所に案内した。


「拓司さん。何か見えました?」

「…それが…」


 隙を見て、壁を触る拓司さんに尋ねる。首を傾げ、答えをくれない。


(…残念!力を拝めると思ったのに…。)


「話は後だ。」


 そこで千尋さんに急かされた。早々とこの場を去る麻衣さん達の後を追い、サイコメトリーの結果は後で聞く事にした。




「?何だ?トリックか?」


 管理室で見せられたものは、数台の防犯カメラが映した犯行現場の映像だ。麻衣さんの言葉通り、とても不思議なものだった。


「トリックでも冗談でもないわ。」

「………。」


 あり得ない話だけど…麻衣さんが真顔でそう答える。頭の中に幸雄さんの姿が浮かんだ。両手でフィギュアを掲げ、必死に訴えている。


(まさか…。)


 カメラが撮ったものは、閉館時間を過ぎて間もない頃の映像だ。3台ほどのカメラが時間を同じくして、突然と姿を消す首飾りを映していた。そして別のカメラが5分後の、これまた不思議な映像を映し出していた。裏口の扉が、これまた突然と姿を消し、現れたと思ったら閉まったのだ。


「裏口は、外から入る時にはパスカードが必要だけど、中から出る時は、ドアノブを捻るだけで済むのよ。」


 麻衣さんが、映像を巻き戻しながら呟く。


「地下に穴を掘って、床ごと盗んだ訳じゃない。だとしたら裏口から出る必要もないし…。全く分からないの。この瞬間に盗まれたのか、それとも…何処かに隠して、犯人は何も奪わず逃げたのか…。ただの悪戯だったとしたら、美術品が見つからないのはおかしい…。」


(………。)


『体だけじゃなくて、触れた物全てが見えなくなるんだ!』


 事務所で留守番をしている幸雄さんの言葉だ。アニメの世界に登場する怪盗少女ボンソワールは姿を消す事は勿論、手に触れた物も見えなく出来るらしい。驚いた事に、影すらも消せるとの事。


「………。」

「………。」

「………。」


 繰り返し再生される映像を見ながら、私だけでなく、メンバーの人達も同じ光景を思い出しているに違いない。


「ご免なさい。ちょっと席を外すわ。」


 携帯電話を取り出した麻衣さんが、少し離れた場所に向かった。


「もしもし?昇君?」

「拓司、何か見えたか?」


 昇さんから連絡が入ったみたい。その隙を突いて、所長が拓司さんに言い寄る。

 そこで拓司さんは、信じられない言葉を2つ口にした。


「…信じてもらえるかい?壁や床で読み取った思念に、ボンソワールの姿が映し出された。幸雄に見せられたアニメーションと同じものだよ。」

「!!?」


 事務所に取り残された、幸雄さんの言葉が真実味を帯びてきたのだ。


(……本当に、ボンソワールが実在するって言うの!?)


「後…何故か健二の姿も映し出された。」

「何っ!?」


 そして2つ目の言葉に驚かされた。この件に、健二さんが絡んでいる可能性が浮上したのだ。


(まさか…瞬間移動を悪用した!?)


 あり得ない。スケベで酒に溺れて適当な性格で本当に最低な人だけど…あの人は悪さだけはしない。だけどボンソワールの話より現実味がある。お金に困って…犯罪に手を染めたのかも知れない。依頼を拒否しているのも警察と絡みたくないからではなく、犯人だからかも知れない。


(健二さん…マジっすか!?)

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