TRACK 01;怪盗、現る。

「ふ~!間に合った!」


 とある週末、ヒーローショーの帰り道…。電車で家に帰る。まだ夕方の5時だけど、俺にはこれが終電だ。今日はかなり遠くまで来た。

 金がないからガスもない。特急に乗りたいけど、これまた金がないから鈍行を使うしかない。最近は客足も少なく、腹を空かす毎日が続いている。


「ここから…歩いて2時間か…。」


 その鈍行だって、家の近所まで乗せてはくれない。しつこいようだが、金が足りないのだ。

 知らない駅で降りた俺は、線路を辿って家に向かった。




「オーホホホホホッ!」

「?」


 仕送りで買った大量のフィギュアを両手に抱えて歩いていると、遠くの方から変な笑い声が聞こえ始めた。


「オホッ!オホッ!オーホホホホホッ!」


 聞き覚えがあるその笑い方は次第に近くなり、やがて…


『ドンッ!』


 俺と鉢合わせた。


「痛っ!あんた、何処見て歩いてんのよ!?…しまった!」


 狭いT字路で何かにぶつかられ、フィギュアが散乱した。中身は無事だろうけど紙袋が破れた。もう家の近くだけど、持ち帰るのが不便になった。


「!!てめえこそ!何処見て歩いてんだ!…って…あれっ!?」


 頭に来て相手に怒鳴った。…でも、辺りには誰もいない。


(何だ、ありゃ?)


 あるのは、フィギュアに紛れて転がる首飾りだけだ。俺のものではない。


『カンカンカンカン!』

「えっ!?……消えた?」


 遠くの方から踏み切り音が聞こえる。それと同時に首飾りが消えた。


「タタタタタッ!」


 そして誰かが走る足音が聞こえて…


『ガタンゴトンッ!ガタンゴトンッ!』


 電車が通り過ぎた。


「!!」


 すると車両から漏れる光に照らされて…地面に影が浮かび上がった。


(透明人間!?いや…そうじゃねえ!!)


 次の瞬間、俺の推測は確信に変わった。屈んだように見えた影すらも、その姿を消したのだ。




「大変だ!!俺、凄えもん見ちまった!!」


 次の日は早くに出勤した。皆に自慢がしたかった。


「珍しいな?お前が昼前に来るなんて。」

「あれっ?麻衣ちゃん?」


 事務所にはメンバー全員の他に、3号の嫁の麻衣ちゃんがいた。何か、深刻な顔をしている。


「!まさか根岸組?」


(3号がいねぇ。また誘拐でもされたのか?)


「安心しろ。根岸組じゃない。ただ…悪党が相手なのは確かだ。」

「?」


 だけど弘之は違うと言う。でも、悪党が相手だとも言う。


「昨日の晩、麻衣の親父が所有する美術館で、とんでもない物が盗まれた。」

「?」

「昨日だけじゃない。先週も同じような盗人が入り、既に警察が動いてる。」


 弘之の説明によると同じ美術館に、2度も盗人が入ったとの事。2回とも有名な美術品が盗まれて、損害は合わせて億を超えると言う。


(…まさか…。)


「特に昨日は警察の監視があったにも関わらず、知らずの内に盗みを働かれた。10を越す警備員もいた。それなのに何処から入って、どうやって盗んだのか、どうやって逃げられたのかも分からないらしい。」


(…やっぱり…。)


「だから麻衣は、俺達の下へ相談にやって来た。」


 そこで健二が、口を尖らせて呟いた。


(…こいつの警察嫌いも相変わらずだ。)


「ところで幸雄。お前さっき、凄いものを見たと言ってたようだが…?」

「………。」


 心臓が爆発寸前な俺に千尋が尋ねる。


「…首飾りって、紫の宝石がいっぱいのやつだろ?」

「!?塩谷さん、どうしてそれを?」

「見たんだ、俺…。昨日、その犯人と出くわした…。」

「!?何っ?」

「それじゃ、顔は確認したか?」


 俺の言葉に皆が詰め寄る。


「いや…」


 だけど顔は見ていない。拝める訳がない。何故なら相手は…


「顔どころか、姿も見えないさ。魔法が掛かってる内はな…。」

「?魔法?」


 皆の顔を見回しながら、持参した紙袋から箱を取り出す。昨日買ったばかりのフィギュアが入っていて、俺が自慢したいものだ。


(まさか…本物に出くわすとは思わなかった。)


「その犯人とは…怪盗少女ボンソワール!」

「……はっ?」


(あの笑い方…。影から窺えた背丈や体格…。間違いねぇ!)


「アニメの世界じゃなかったんだ!ボンソワールは、実際に存在すんだよ!!」


 改めて確信した。美術館を襲ったのは、紛れもなく怪盗少女ボンソワールだ。彼女は実在したのだ。


「………。」

「………。」

「………。」

「………。」


 だけど皆の反応が薄い。それどころか悪い。


(どうして信じねえんだ?あっ、そう言う事か!)


「これだよ、これっ!ほらっ!お前ら、知らねえだけだろ?」


 拓司を除いて、皆は彼女を知らないのだ。俺は箱からフィギュアを取り出して両手で高々と持ち上げ、皆に見せつけた。


「これが!怪盗少女ボンソワールの正体だ!この顔と同じ女の子を捜せば良いんだ!」

「………。」


 フィギュアでなくても良い。テレビに映る彼女の姿を指名手配すれば良い。…それなのに…


「麻衣、いくらお前の頼みとは言え…俺は警察と絡みたくねえぞ?」

「健二、俺達は俺達で盗人を追う。安心しろ。」

「拓司さん、美術館には行きますよね?私、同行します。」

「橋本さんの関心は、他にあるみたいだけど…?」

「あっ……あの……皆…」

「幸雄、何を言うかと思えば…。いつまでそうしてるつもりだ?それ、さっさと箱にしまえ。」

「………。」


(誰も…相手にしちゃくれねえ…。)

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