TRACK 03;鼻詰まり
「さぁ!入って、入って!」
美術館を訪れた後、岡本の計らいで家に招かれた。嫁は令嬢・・・そして岡本は、今や有名企業の社長だ。
「………。」
しかし家は豪華ではない。普通のサラリーマンでも手を出せるマンションの一室だ。……岡本の人柄が伺える。
「ワンワンッ!ワンワンッ!」
「久し振りだね!傷はもう、治ったのかな?」
応接間に入ると、奥の部屋からロシナンテと岡本が現れた。
「久し振りだな?元気だったか?」
激しく尻尾を振るロシナンテを抱き抱え、1匹と1人に挨拶を交わす。
「おぎゃあ~!おぎゃあ~!」
すると部屋から、子供の泣き声が聞こえ出した。1人にされたのが怖いのだろう。
(家族か…。良いもんだ。………だが俺には似合わない…。)
「遠慮せずに食べて!」
「うわ~!美味しそう!それじゃ…遠慮せずに頂きます!」
夕食が始まり、橋本が、さっきとは違う意味で目を輝かせる。全く…欲の塊だ。
「どう?美味しい?」
「最高です!特にこのお肉!」
橋本が橋本なら嫁も嫁だ。父親が多額の被害に遭ったと言うのに、暗い素振りを見せない。
「相変わらず、麻衣の作った料理は美味いな。」
「麻衣さん、本当に美味しいです。」
弘之も料理を楽しみ、隣で拓司も舌鼓を打つ。…緊張感がなさ過ぎる。
「はぁ…。」
溜め息をつきながら、俺も料理を口にした。
「………。美味い!」
そして思わず声を上げた。
「皆が褒めてくれるから、とっても嬉しい!」
嫁が飛び跳ねて喜び、そこから宴会が始まった。
「ところで、健二君の姿が見えないね?」
「あいつは留守番だ。もう、家に帰った頃だろ。」
「呼べば良かったのに。」
「良いのか?またベロベロになって、麻衣に絡むぞ?」
「!!呼ばなくて正解だよ!」
次々と自慢の料理が食卓に並ぶ最中、岡本が健二の事を尋ねる。
(こいつは…健二の警察嫌いを知ってるのか?)
聞くところによると、3人の仲が良かった時期は小学生の頃だ。あの頃はまだ、健二は警察に憧れていた。
…知らないのなら、話すべきではない過去だ。健二は、藤井以外の警察に心を開かない。
(あいつにも暗い過去がある。
「麻衣~。忙しいとこゴメン!雛子が泣き止まないよ。」
「もう~!それじゃ、昇君はお鍋見てて!焦がしたら許さないからね!!?」
岡本の娘が泣き出した。オムツでも変えて欲しいのだろう。
(しかし…名前が雛子とは…。)
今でもそうみたいだが、生まれた頃、鳥の雛のようにピーピーと五月蝿く泣き、手足をじたばたさせる姿にその名を付けたらしい。
(そんな名前で良いのか?大人になっても雛子なんだぞ?)
その雛子にずっと付いて回るロシナンテと言い…令嬢は、一般人とは違うセンスを持っているようだ。
「…健二さん、何か仕出かしたんですかね?」
台所であたふたする2人を羨ましそうに見ていた橋本が、殺した声でそう切り出した。
「以前、一緒にと邪魔した時、酔っ払った勢いで麻衣に迫ったんだ。昇が誰かを殴る姿は初めて見た。…あいつも夫になり親になり、頼もしくなったもんだ。」
「?何の話ですか?」
「?質問の答えだ。健二が、何を仕出かしたのかと聞いただろ?」
「違いますよ!拓司さんが見た残留思念に、健二さんが映ってた話ですよ!健二さん…もしかして…。」
2人がいない隙を突いて何を話すかと思えば…橋本は何も分かっていない。健二は、スケベで酒好きで適当な性格で本当に最低な男で警察が嫌いだが…正義の心だけは捨てていない。
(あいつもまだ、ヒーローになりたがってるんだ。)
「馬鹿な話は止せ。健二がそんな事する訳ないだろ?」
「でも!拓司さんが見たんですよ?そうですよね?拓司さん?」
「…見たは見たけど…僕も弘之の意見に賛成だ。健二は悪さをしないし、そこまで頭が回る男でもないよ。」
(拓司…。それは褒めてるのか?貶してるのか?)
「だけど…!」
「ゴメン、ゴメン。雛子が泣き止まなくて…。」
納得が行かない橋本だったが、岡本が戻って来たところで口を閉じた。
(そして橋本…。お前は、拓司の力を信じ過ぎてるのか?それとも、健二を見下してるのか?)
「いや~。やっぱり雛子は、相も変わらず雛子だな~。」
席に座りながら、娘を抱いた岡本が緩んだ笑顔を見せる。
(そして岡本…。雛だって、いつかは巣立ちするんだ。なのにどうしてそんな名前を?)
相変わらず、俺の周りは変な連中だらけだ。
(…………。)
しかしそれが、俺を救ってくれる。
「麻衣、今日は世話になった。ご馳走さん。」
「またいつでも顔出して。後、お父さんの件……宜しくお願いします。」
「出来る限りの事はする。週末までに、もう1度現場に行っても良いか?」
「連絡くれたら、私が案内するわ。」
久し振りに美味い飯を食い、腹がいっぱいになった俺達は帰路に着いた。雛子と嫁は家に残り、岡本がロシナンテを連れて、家まで送ってくれると言う。
「どうだい?お義父さんの件、解決しそうかい?」
車を出発させて早速、岡本が、助手席に座る弘之に尋ねる。俺はロシナンテを抱き抱え、後部座席に座っていた。
「今のところ打つ手なしだ。もう1度現場に向かって、細かいところまでを調べたい。」
「宜しくお願いするよ。」
弘之は拓司の力に頼るつもりだ。相手の正体はまだ掴めていない。ボンソワールか何だか知らないが、アニメの世界の登場人物が犯人だと言うのは余りにも現実離れし過ぎている。恐らく…幸雄のようにマニアックな誰かが、何らかのトリックを使ってボンソワールを演じているのだ。
「それにしても…姿が見えない泥棒か…。一体、どんなトリックで盗みを働いたんだろう?」
「………。それを突き止める為に、俺達を雇ったんだろ?」
「?何か、自信有り気だね?」
「自信なんてない。ただ、俺達が解決出来なかった依頼もない。」
「…頼もしいよ。弘之君は、昔から何も変わらないね?相変わらず1号のまま…僕らのリーダーだ。」
(…………。)
前の2人が昔を懐かしむ中、俺は例の記録映像を思い出していた。トリックにしたって、姿が見えない犯人をどう特定すれば良い?
『千尋さん!…ですよ!』
(……?)
「何だ?橋本。何か言ったか?」
「?私ですか?何も言ってませんよ?」
「……?」
『匂…です!姿が……たって、匂…で犯人が……ます。人間は鼻が詰った……利かな……が、僕らには……が…ます!僕を現場に…』
(?鼻詰まり…?そうか!)
何処からか聞こえるその声に、俺は犯人逮捕のヒントを得た。
(それにしても、この声の主は誰だ?橋本でもないし拓司でもない。…天の声?まさか…。)
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