TRACK 06;状況整理

 研究所から、命辛々逃げて来た。ここは森の中にある洞窟だ。

 相棒が心配だが、相手は血にしか関心がないようだ。


「それにしても…あの化け物がお前の友達か?何者だ?突然襲い掛かって来やがった。」

「うぎゃっ!…痛え…。」


 背中に背負った幸雄を放り投げ、橋本に尋ねる。


(念力が通じない…どころの話じゃねえ。相手は人間じゃなかった。)


 昼間の内に、研究所を隈なく探った。橋本の姿もなければ、化け物の姿もなかった。

 晩になると現れた。…夜行性の化け物らしい。



「…………。」


 橋本が、当惑した顔を止めない。本人にも訳が分からない様子だ。



「君達こそ、一体何者なんだ?」

「!?付いて来たのか?」


 声に驚き後ろを振り向くと、さっきの男がいた。付いて来たようだ。


「君達は、超能力を扱うのか?」

「………。」


 非常事態だった。力を解放している時にこいつが現れた。隠しようがない。


「そうだ。俺達は…」

「お前こそ…何者だ…?俺みてえな力が…使えんのか…?」


 見られた事を隠さず話そうとした俺より先に、死に損なった幸雄が尋ねる。

 幸雄が力尽き、危うく殺される直前にこいつが現れた。数十メートル離れた場所から、一瞬で白江と言う男に迫った。物凄い速さだった。


 しかし、白江はもっと素早い動きで攻撃を避け…悪魔みたいな姿になった。全く、何が何だか分からない。俺達もそうだが、橋本の旧友と言い突然現れたこの男と言い…普通でない人間ばかりだ。


「私を助けてくれたんです。悪い人じゃありません。名前は…」

「僕の名は力丸。ヴァンパイアハンターだ。」

「!?ヴァンパイアハンター?」

「!?力丸?怪童じゃなかったんですか?」

「あっ?いや、その…。」


 男を怪しむ俺に、橋本がそう説明した。


「どうやら…素性は見せられねえようだな?」


 どうして橋本を助けたのか……。この男も油断出来ない。幸雄のように素早く動き…その時の目は赤かった。


「怪しまないで欲しい。これは癖なんだ。ヴァンパイアは常に名前を変え続ける。人目を忍んで生きるから、初対面の人間には偽名ではなく、新しい名前を名乗る。」

「お前の目も……赤く光ってたな?」

「ヴァンパイアの血が騒いだ時、目は赤く光る。」


 つまりこの男は、自らをヴァンパイアだと言っている。更には白江の事もヴァンパイアだと言っている。…ますます怪しい。名前も立場もコロコロと変える男は信用出来ない。


「?ひょっとして白江と言う男と、グルなんじゃねえのか?」

「それは違うと思います。怪童さん…いや、力丸さんは私を助けてくれました。現場に向かったのも、白江君を殺す為でした。」

「………。」


 そもそも、ヴァンパイアの存在からして信じるに価しない。非現実的な話だ。


「まぁ、幸雄が危ないところも助けてくれたんだ。彼を信じよう。」

「………。」


 警戒を止めない俺に、弘之がそう言って間に入る。

 弘之は、人を見抜く目がある。幸雄みたいな能力はないが、直感で人の素性を把握する。


「お前が言うなら…。」


 間に割って入った弘之のせいで、力丸の姿が見えなくなった。それと同時に俺は警戒を解き、近くの岩に腰を下ろした。


「疑いが晴れたのなら、今度は僕の疑問に答えて欲しい。さっきも尋ねた。君達は、一体何者だ?ただの探偵ではないはずだ。」

「…探偵は探偵だ。ただ、特別な力を持っている。」

「………。場所を変えて話そう。ここは研究所から近い。僕が宿泊するホテルに案内する。君達の部屋も準備しよう。」

「………。」




 力丸が言っている事も正しい。ここは避難所に過ぎない。

 俺達はホテルへと場所を移し、今度は弘之が話し相手になって、ここにいない拓司を含めた俺達の素性を教えた。


「…そして千尋は、人を操る事が出来る。タロットで未来も占うが…最近は余り的中しない。」

「……。余計な説明だ。」

「橋本さん。君にもその力があるのかい?しかも、千尋君よりも強力な…。」


 最後に千尋の紹介をすると、力丸が橋本に尋ねた。


「???私は…普通の人間です。超能力は身に着けたいですけど、今は何も出来ません。」

「それはおかしい。君はさっき、友人の動きを止めた。操ったんじゃなかったのかい?」

「………。」


 確かに、俺達がこうして生きているのは橋本のおかげだ。こいつの叫び声と共に、白江の動きは完全に止まった。まるで、命令に従ったかのように…。


「俺も……それが不思議だった。紫苑ちゃん、遂に…夢が叶ったんじゃねえのか?」

「えっ!?本当ですか!?つまり私、千尋さんと同じ能力に目覚めたんですか?」


 死体のようにベッドに横たわる幸雄が呟く。


(………。)


 橋本は1度、千尋に操られた事がある。その時、力の使い方やコツを体で覚えたのかも知れない。事務所を辞めないのも、いつか誰かの干渉を受けて力を身に着けられると考えているからだ。……信じ難い話だが、可能性としてはあり得る。


「……。怖いな。千尋なら安心だが…お前が相手では、何をされるか分かない。」

「所長!!私は、力を間違った方向に使いません!」

「分かった、分かった。だったら、1度験してみろ。俺を操れ。」

「!!良いんですか!?それじゃ、行きますよ~!!」


 ……。場所を変えた事も手伝ってか、緊迫すべき状況で橋本のテンションが、変な方向に上がった。未だ危機的状況にある事を、完全に忘れ去っている。仕方ない。幼い頃から夢見ていた、超能力に目覚めたのだ。



「…………。」

「………。」


 しかし、どれだけ2人が目を見合わせても弘之の体には何の変化も起こらない。


「………?何も起こらないぞ?橋本、何を命じた?」

「猿踊りを踊れって…命じました。」

「はっ!?悪用しないって言っただろ!?何させようとしてるんだ!」


 橋本は、完全に自分の世界に入り込んでいた。仮にも上司である弘之に、猿踊りをさせようとした。本人は気付いていないが、橋本はかなりなSだ。

 それにしても…


(成功させろよ。俺も、1度は拝んでみたい姿だ。)


「まだ、力の扱い方が分かってないようだ。橋本、コツを教えてやる。」


 そこで千尋が参加し、橋本に訓練をさせると言う。

 だが千尋は、橋本のように舞い上がっている訳ではない。顔は真剣そのものだ。


(自分が犯した過ちを…橋本にさせたくねえんだな…。)


 やはり千尋は、過去を捨て去っていないのかも知れない。


「取り込んでいる最中に申し訳ないが、今はそれどころじゃない。」


 最後に力丸が会話に割り込み、忘れていた緊張感を取り戻させた。




「それ、便利な力だな?俺、ヴァンパイアになって良いぞ?俺の血を吸え!」


 今度は力丸の、ヴァンパイアに関する説明が始まった。白江を退治する為だ。


 ヴァンパイアの存在は6000年前に、『シエラ』と言う祖の誕生から始まった。今で言うペルー。南米で生まれた男らしい。話はそこから始まり、『狂気に駆られし者』と言う狂乱者の存在、異性との経験がない人間に掛かる呪縛など、色んな話を聞かされた。どうやら白江と言う男は、『狂気に駆られし者』に噛まれたと言う。


 しかし、俺の関心は唯1つ。…異性経験がない女は血を吸われると、吸った男を愛してしまうとの事。


「なかなか…便利な力じゃねえか?」

「馬鹿な事は言わないで欲しい。この呪縛は、2000年の寿命が尽きるまで果てない。…禁断の力だ。吸われた者は、精神的な自由を奪われる。男の愛を失いたくないと盲目になり、簡単に命を投げ捨てるまでに至る。」

「……。そりゃ…こっちにも荷が重い話だな?…つまり、白江は経験がない女を噛み…奴隷を作った。そしてその女が、これまた経験がない男性を噛んだ…って事か?」

「………。」

「?どうした?」

「いや、今のは無駄話だった。『狂気に駆られし者』に噛まれた者は、呪縛を受けるのではなく『狂気』を引き継ぐ。しかし、この話だって意味がないのかも知れない。」

「?どう言う事だ?」

「白江と言う男……。あれはヴァンパイアじゃない。僕らには羽もなければ、角も生えない。手の爪と牙が長くなる程度だ。彼の姿は…まるで悪魔だった。」


 力丸が、自ら進めた推理を止めた。映画や漫画ではヴァンパイアは巨大な蝙蝠になったりもするが、現実はそうでもないらしい。

 結局、力丸は白江を未知の存在…若しくは悪魔だと決めつけた。


(ヴァンパイアの次は…悪魔ってか?全く…話がどんどん現実離れしやがる。)


「!??あのっ!」

「どうした?橋本。」


 力丸の結論を聞き、橋本が思い出したように声を上げる。


「白江君が正気だった時、こんな事言ってました。『実験に成功した。俺は、物凄い存在になった』って…。彼は学生の頃から黒魔術とか悪魔とかに関心を持ってたんです。」

「???お前もお前だが…変わった友達を持っていたんだな?」

「真面目に聞いて下さい!…つまり彼は何らかの実験をしてる最中、悪魔を呼び出しちゃったんです。憑りつかれてるんです!」

「……どうしてこうも…訳が分からん話が続く!?ヴァンパイアの次は、悪魔か!?」


 力丸に続き、橋本も現実離れした話をする。


「超能力だって、普通じゃないと思うけど?」

「………。」


 だが力丸の言葉に、何も言えなくなった。


「とりあえず、退治する方法は分かっている。あの男の血を与えられた者を、僕は灰にした。幸いな事に退治方法は、ヴァンパイアと同じだ。」

「どうやるんだ?」

「……。首を切断するんだ。すると彼らは、灰になって消え去る。」

「………。これまた…。」

「割り切るしかない。彼らは既に、人としては死を迎えた。同族が増えて混乱が起こる前に、白江と言う男と仲間連中を殲滅しなければならない。」

「…………。」


 流石はヴァンパイアハンター…と言ったところか?かなり惨い対処法を言うものだ。俺達に、人を殺せと言っている。


「…僕は行くよ。」

「?何処に?」

「狩りだ。急がないと被害が拡大する。流石に白江は相手に出来ないけど、彼に血を吸われた人間は、見つけ次第灰にする。彼らの生態も気になる。朝までには戻って来る。君達はここでゆっくり休むなり、白江と戦う作戦を立てるなりしてくれ。食事を取るのも構わない。自由に振る舞ってくれ。」

「おいっ!ちょっと待て!何処から出て行くつもりだ!?」


 そう言って力丸は、6階のテラスから狩りに向かった。


「……何者だ?あいつ…。」

「聞いただろ?ヴァンパイアで、ハンターとの事だ。」

「!!!痛え!触るんじゃねえよ!馬鹿!」


 外に出てテラスから顔を出し、無事に着地した力丸を確認すると、幸雄の肩を力強く握ってソファーに腰を下ろし、部屋にある酒の瓶を開けた。


(ハンターってのは、儲かる家業なのか…?)


 力丸が泊まっている場所は、かなりな高級ホテルだった。あいつは俺達5人にも個室を準備した。

 俺は皆からキーを借りて、部屋にある酒、全てを飲み干すつもりだ。


(女を自由に扱えるわ、金持ちになれるわ…。ヴァンパイアが羨ましい。)

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