TRACK 05;進化した者達

 橋本と言う名の不思議な女性を連れて、車通りが多い場所を目指した。


(…この人の目は…。)


 いや、それよりも不思議なのが、血を吸われたのにヴァンパイアにならなかった事だ。匂いで分かる。この人は僅かな血を吸われただけで、間違いなく血を受け継ぐ。

 しかし、その現象が起らない。




「タクシーが見える。さぁ、急いで家に戻るんだ。」

「………。」


 覚醒した『狂気に駆られし者』を相手に、人目を忍んで行動しても意味がない。彼らは無差別、無謀に血を求める。

 しかし幸運な事に、彼らと遭遇する前にタクシーを捕まえる事が出来た。


「??どうしたんだい?早く乗るんだ。」

「………。」


 危機から抜け出せると言うのに、橋本さんは乗る事を拒んだ。


「諦めるんだ。そして、彼を灰にする僕を恨まないで欲しい。」

「………。」


 気が動転している。友人の不幸を受け入れられないのか、若しくは、事態がまだ飲み込めていないのか…。


「悪い事は言わない。早く家に…」

「怪童さん、携帯をお借りしても良いですか?」

「???」


 急かす僕に橋本さんは、携帯電話を貸して欲しいと言う。


「………。」


 ここで時間を潰している暇はない。被害は、更に拡大しているかも知れない。

 だけど頼みを聞いた。何をしたいのか分からないけれど、それで気持ちが落ち着くなら説得も早くなる。


「もしもし?」

「あっ、所長ですか!?」

「橋本か!?今、何処にいる?心配したぞ!」


(所長?この人は、研究所に勤務する人なのか?)



「怪童さん。私、もう1度あの現場に戻ります。」

「!?何を言い出すんだ。あそこは今、一番危険な場所だ。」


 通話を終えた彼女が、研究所に戻ると言い出した。危険だ。恐らく、狂気の血を授かった友人の寝床になっている。


「そこで、私を待ってくれてる人達がいるんです。」

「??」



 話を聞くと彼女は研究所の職員ではなく、とある探偵事務所に勤務しているそうだ。所長とは、そこを仕切る人間を指していた。

 事務所のメンバーが彼女を心配し、ここまで来たらしい。昼に到着し、この時間までずっと、行方を追っていたと言う。


(…良い仲間に恵まれたものだ。)


 などと言っている場合ではない。彼女を追って来た人達が危険だ。


「だったら、急いで研究所に向かおう!彼らが危険だ。君の友人は、あそこを寝床にしているはずだ。」

「!!」


 僕らは急いでタクシーに乗り込み、研究所の近くまで向かう事にした。




「くそっ!全く操れない!」

「念力も利かねえ!一体、こいつは何者なんだ!!?」


 数百メートル手前でタクシーを下り、走って研究所に向かった。運転手を、危険な目に遭わせる訳にはいかない。


 研究所に到着すると、悪い予感が的中していた。『狂気に駆られし者』が、橋本さんの仲間を襲っていた。

 だが…


(…???これは一体、どう言う事だ??)


 最悪の結果は免れていた。あり得ない話だけど、普通の人間がヴァンパイアと、互角の戦いを繰り広げているのだ。


「駄目だ。俺、もう限界!」

「踏ん張れ、幸雄!」


 1人の男が『狂気に駆られし者』と同じ速さで動き、見事に攻撃を避けていた。


「所長!白江君!」

「!!駄目だ!声を出すんじゃない!」


 僕らは、その争いを遠めに見ていた。そこで橋本さんが大声を出した。


「!!橋本か!?」


(不味い!こっちに気付いた。)


「!!怪童さん!目が…!」


 叱咤された橋本が、僕を見て驚く。僕の目は…既に赤く光っていた。


「!!?お前は何者だ!」

「…同族だ。済まないが、灰になってもらう!」


 橋本さんの仲間がやられる前に『狂気に駆られし者』に近付き、鋭い爪で首筋を狙った。


『ビュン!』


(!!?速い!?)


 しかし爪は空を切り裂き、『狂気に駆られし者』は遠ざかった。


(まさか…僕の速さを上回るだなんて…。)


 相手は、かなり濃い血を持っている。



「どいつもこいつも…俺の邪魔ばかりしやがって!!許さん!本気を出してやる!!」

「!!?」


 休む暇なく追撃しようとしたところで、引き下がった男が叫んだ。


(…!?何だ?この男…。ヴァンパイアではないのか!?)


 すると男の容姿が、大きく変化した。背中からは蝙蝠のような羽が生え、両方のこめかみからは角が生えた。皮膚もどす黒く変わり、固さが増したようにも見える。背丈も、2メートルを優に越えた。


(まるで…悪魔のような姿だ。)


「!!?」


 その姿を確認した瞬間、激しい痛みと共に地面に顔を付けた。姿を変えた男が僕以上の速さで接近し、殴り倒したのだ。

 そして、大木のように太くなった足で顔を踏みつけようとした。


「!!?動かない!またお前の仕業か!!?」


 しかしその足が突然、動きを止めた。


「そんな簡単に暴れさせるかよ!」


 その隙に立ち上がり、悪魔のような男との距離を取った。


「健二…頑張れ……。」


 さっきまで戦っていた男が、全ての力を使い果たしたかのように倒れている。

 その男が叫んだ先を見ると、悪魔のような男を睨みつける男がいた。


(この男が…悪魔の動きを止めている?…念力を扱えるのか!!?)


 僕は、不思議な光景を目にしていた。


(やはり進化しているのはヴァンパイアではなく…人間なのだ。)



「不味い!」


 しかし男の念力は、そう長くは続かなかった。自由を取り戻した悪魔のような男が、瞬時にして橋本さんの下へ向かう。


「白江君!もう止めて~~~!!!」

「くっ…!まただ!」


 橋本さんが叫んだ。不思議な事に彼女も男の速度を捕らえ、血を吸われるよりも早く叫んだのだ。

 すると男は動きを止め、全く動かなくなった。


(彼女も…念力を扱うのか?)


「今の内だ!逃げるぞ!!」


 把握出来ない展開の中、所長と呼ばれる男が素早い判断を下し、ここからの撤退を命じた。


 友人を灰にすると言い切ったものの、どうやら今回は相手が悪い。僕も彼らの後を追い、ここから立ち去る事にした。

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