TRACK 12;駄目な占い師

「小泉さん!今度無茶をしたら、許しませんからね!」

「……済みません……。」


 千尋が病院に戻った。開いた傷口を縫い直してもらう前に、看護婦さんに相当叱られた。


 現場に駆けつけた藤井さんに通り魔を任せた後、僕らは病院に戻った。運転は健二が、動けなくなった幸雄は、トランクに乗せて帰って来た。


「幸雄、動けるか?千尋が戻って来た。」


 千尋が手当を受けている間、幸雄は病室のベッドで横になった。


「………無理……。ここにいたい。」

「俺なら構わない。座ってても大丈夫だ。」


 千尋が帰って来たと言うのに、幸雄はベッドから動こうとはしなかった。いや、動きたくても動けなかった。幸雄が力を使った直後に駄目になるのは久し振りだ。今日は、それほど力を解放したのだ。


(幸雄……お疲れ様。そしてありがとう。)


 幸雄は、仲間の危機を許さない。誰かが危ない時、いつでも側にいてくれる。

 この前は……珍しく助けられたけど……。



(でも千尋……これで分かっただろ?)


 僕は、見たくない予知夢も見る。知らない場所の知らない誰かの不幸を見てしまう。助けてあげたいけど、僕1人ではどうしようもない。目も見えない僕は夢から覚めると、その誰かの顔も分からない。

 でも、仲間がいるから出来るだけ多くの人を助けてあげられる。皆が、僕が抱える苦しみを楽にしてくれる。


(千尋…君も同じなんだ。)


 君は占いで不幸を予言してしまうけど、それから逃げる事は簡単だ。でもそうじゃない。仲間の力を借りてでも立ち向かって、誰かを助けてあげなければならない。藤井さんが言ったように、君に与えられた力ならそれが出来る。



「今回は……本当に済まなかった。迷惑を掛けた。」


 ベッド脇の椅子に座った千尋が、改まった声で謝る。

 表情は分からないけど、でも多分、落ち込んだ顔はしていない。声が、以前の千尋とは明らかに違っていた。まるで誰かの食べ物を盗み食いした時のように、振り向き様に誰かとぶつかってしまった時のように、謝るその声は軽いものだった。


「気にするな。それよりも、早く良くなれ。」

「幸雄の体が元に戻ったら、横になって休む。」

「もうちょっとだけ、ここにいさせてくれ。」


 声の軽さを理解した僕らは、それ以上千尋を責める事はしなかった。説教もしたくない。千尋は、全てを理解してくれたんだ。だったら僕らも、これ以上臭い台詞は言いたくない。

 橋本さんも理解してくれたのか、側で何も語らなかった。


(千尋……お帰り。もう、僕らから離れる事は許さないよ?)


 僕は心の中で、千尋にそう言い聞かせた。




 数日後、週末を迎えた僕らは病院に足を運んだ。千尋の傷も安定したので庭に出て、日向ぼっこをしていた。


 千尋を刺した通り魔は、警察の手に因って捕まった。彼らは凶悪犯だった。これまでに、数件もの事件を起こしていた。

 それを知った僕らは……特に千尋は安堵の溜め息をついた。千尋が襲われなかったら、僕が予知夢を見ていなかったら、同じような悲劇が繰り返されていたかも知れない。いや、きっとそうだ。

 僕らが……不幸の連鎖を止めた。やっぱり千尋は、不幸を呼ぶ人ではない。藤井さんには、感謝をしてもし切れない。



『ワンワン!ワンワン!』

「お!?元気にしてたか?」

「こんにちは!小泉さん、傷の具合はどうですか?」


 温かい日差しにまったりとしていたところに、麻衣さんと昇君が見舞いに現れた。今日は2人で来たそうだ。小さなお子さんは、麻衣さんの両親に捕まっていると言う。


「だいぶ良くなった。わざわざ見舞いに来てくれて済まない。昇には感謝している。」

「昇君も心配していたの。無事に回復して何よりですね。それにしても例の通り魔、逮捕された場所が家の近所だったなんて……怖かったわ。そう言えばあの時、弘之君も近所にいたわよね?通り魔には会わなかったの?」

「?俺か?事件の事も知らなかったさ。」

「はははっ。相変わらずね。」

「…………そうだな。」


 昇君が千尋を助けてくれた。でも麻衣さんは、僕らが救ってあげた事を知らない。

 それで良い。僕らの力は、誰かに知られてはマズい。それに僕らは、誰かに褒められたい訳ではない。

 特に今回は、麻衣さんが危なかった。仲間の危険を助けない訳がない。



「ところで、名前は決まったのか?」

「どうしようか迷ってるんだ。何か、良い名前はないかな?」


 1つ、小さなニュースがある。千尋が餌を与えた子犬は、昇君一家が飼う事になった。千尋達が病院に戻ってから、子犬はずっと病院の外で待たされていた。幸雄がそう言い聞かせた。そして彼は僕らに、その事を教えなかった。

 子犬は僕らが病院を出た後も、その場でじっと待っていた。そこに、見舞いに来てくれた昇君が現れた。見覚えがあった彼は子犬を家に連れて帰り、子犬を一目見て気に入った麻衣さんが飼うと決めた。

 仕事が波に乗り出した昇君は、近々引越しをすると言う。近所にある、ペットを飼えるマンションに移り住むそうだ。


「ちょっと待ってろ。俺が決めてやる。」


 僕の側にいる幸雄が立ち上がり、麻衣さんに近寄る。


「…………。何で、そんな名前なんだ?」

「???」


 幸雄の言葉を、昇君と麻衣さんは不思議がったはずだ。

 僕らには分かった。幸雄は、子犬の頭の中を覗いたのだ。


 子犬は、僕らも首を傾げる名前を望んでいた。


「……ロシナンテ……。」

「えっ!?どうしてそんな名前??」

『ワンワン!ワンワン!』

「でも……子犬がその名前を聞いて喜んでるよ。」


(………珍しい子犬だな……。)


 幸雄が名前を呟いた。麻衣さんは驚いたけど、子犬は喜んだように高い鳴き声を上げ、激しく尻尾を振った。


(でも……どうしてそんな名前を知ってるんだ?)


 生まれたばかりの子犬が、珍しい名前を知っていた。


「それじゃ、それに決めましょ!?貴方の名前はロシナンテ!これからも宜しくね!?」

『ワンワン!ワンワン!』

「…………………。」


 昇君が喜ぶ子犬を確認すると、麻衣さんが決定を下した。

 僕らは麻衣さんの決断に、ただただ口を閉ざした。麻衣さんも変わった人だ。



「……。おかしいなぁ……。」

「?どうしたんだい、幸雄?」

「うん……あの子犬…………」


 名前を聞きだした後、僕の側に座った幸雄がぶつぶつと呟いた。気になったので尋ねてみると、僕の耳元でおかしな話をし始めた。


「あの子犬……前もそうだったんだけど、自分から語りかけてるような気がする。頭の中を覗くよりも前に、あいつが俺に何かを伝えた感が否めねえんだ。」

「???」

「不思議なんだ、あいつ……。そもそも、俺が動物を操れたってのも信じられねえ。」

「………。」


 幸雄は基本、賢い動物を操れない。彼よりも頭が良い動物は少なくない。だから今回に限り、操れた子犬を不思議がっていた。


「相手がまだ子犬だからだよ。それとも、君の力が成長したか……だね。君が賢くなったとは思えないから…そのどっちかだよ。」

「なるほど……。って、拓司!!」

「しっーー!!大きな声を出さないで!側に昇君達がいるんだよ?」

「…………………。」


 幸雄の体も元に戻り、僕らも、いつもの僕らに戻っていた。




「ところで健二君は?」


 そしてもう1つ、取って置きのニュースがある。僕らにとっては大ニュースだ。


「ああ、健二か?あいつなら今、南の方角に向かって歩いてる。」

「??どう言う事?」


 質問に答えた千尋は、東の方向を向いて座っていた。でもそれは決して、日の光を真正面から受けようとしている訳ではない。

 千尋の占い癖は、相変わらず治っていない。彼は今日、西の方角には歩かない。


 だからと言って、誰かを助ける事を止めた訳でもない。心に余裕が出来たのだ。自分は決して、誰かを不幸にする人間ではない。そう考えられるようになった千尋は、占いの結果を気にしなくなった。


 そして1つの変化があった。それが、僕らにとっての大ニュースだ。


「あいつは今日、南の方角に良い予兆がある。新しい異性との出会いが待ってるとの事だ。」

「?小泉さん、占いが出来るんですか?」

「……まあな。」

「おらっ~~!千尋~~!!」

「おっ!?健二、どうだった?良い女に会えたか?」


 千尋が、これまでとは違う占いを始めた。毎日のように自分の不幸を占っていただけの彼が、他の誰かを占い始めたのだ。今日の相手は健二だ。


 でも……その健二が走って来た。声も荒々しい。


「千尋!言われた通りにしたら……」

「小泉さん!今度、私の事も占って下さいよ!」

「麻衣か?止めとけ。こいつの占いは当てにならねえ!千尋!言う通りに南に歩いてたら、不審者扱いされたぞ!?危ない目つきの男がいるって、知らねえ誰かに通報された!!」

「………それは……俺の責任じゃないだろ?お前の人相が悪いんだ。また、下心丸出しの顔で迫ったんだろ?」

「!!何だと!!?」


(………………。)


 千尋が他の誰かを占う…。だけどその的中率は、未だ未知数だ。ここ数日、その信憑性を試しているけど………どうやら健二が相手では、今日の結果は判断出来ない。健二の下心は、占いの結果を覆す可能性がある。


「はははははっ!」

「昇!お前までもが笑うんじゃねえ!!」


 千尋の言葉に、僕ら全員が大笑いした。

 昇君も笑っている。どうやら健二の性格は、小学生の頃から形成されていたみたいだ。



 千尋も笑っている。その声を聞いて、僕は今回のミッションが無事に終了した事を確信した。

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