TRACK 11;立ち向かう勇気
「?マズい………!」
体中の力が一気に抜け、電柱から落ちた。筋肉痛は明日に起こるだろうけど、今日は筋肉自体が限界だ。
地面に叩きつけられる直前に力を使って、そこで筋肉は動かなくなった。
(明日が怖え……。)
「!!幸雄さん、大丈夫ですか!?」
通り魔を投げ飛ばした紫苑ちゃんが、地面に倒れた俺を心配してくれる。
「………紫苑ちゃん……。早く、俺の後ろに隠れて……。」
後は2人に任せれば良い。紫苑ちゃんを呼んで、背中に隠れさせた。
「!!幸雄さん!しっかりして下さい!!」
…そのつもりだったけど、本当に筋肉が限界だ。背中も持ち上げられず、俺は仰向けになったまま動けない。
「息子よ!」
千尋に操られた紫苑ちゃんが、見事に息子を投げ飛ばした。ダメージが大きいみたいで、その場で蹲っている。一方で、俺から解放された父親は立ち上がって、息子に近寄った。
俺はその姿を、紫苑ちゃんに背中を支えてもらいながら見ていた。
「幸雄さん!もう1回テレパシー!どっちかに、変なイメージ送り込んじゃって下さい!」
上半身を支えてくれる紫苑ちゃんも、俺の背中を盾にしながら様子を見守っていた。
息子も立ち上がろうとしている。だから紫苑ちゃんはテレパシーを求めた。
だけど…………
「ご免、紫苑ちゃん。俺……もう限界。体に力が全く入らねえ……。テレパシーも使えねえ…。」
「!!全く!何やってるんですか!?この状況も……私を守ってくれてるんですか?それとも私に、守られているんですか?」
「…………ご免なさい。動けない俺を、守って下さい。」
「!!幸雄さんの役立たず!」
紫苑ちゃんは駄目な俺を責めるけど、本当に休ませて欲しい。
2人なら問題ない。俺の助けがなくても通り魔に負けない。
「?幸雄さん!目を覚まして下さい!」
眠気も襲う。本当に、体の限界を感じていた。
でも眠りたくない。久し振りに、弘之と千尋のペアが見られるんだ。寝てしまうなんて……勿体なくて目が離せない。
千尋の力は、複数の相手との喧嘩には向いていない。目が合った相手を自在に操れるけど、その間は千尋も他に気を配れなくなる。力を解放している間、千尋は無防備になるのだ。
1対1の喧嘩なら健二の方が強いけど、それでも弘之と一緒の喧嘩なら、千尋はいつも以上に強くなる。力を使わなくても負ける事がない。2人のコンビネーションに、力は必要ないのだ。
「危ない!」
俺の背中で、紫苑ちゃんが叫んだ。喧嘩が始まった。相手はまだ、手に刃物を持っていた。
「千尋!」
最初に仕掛けたのは千尋だった。まだ地面で倒れている息子を飛び越して、父親にタックルをかました。
父親は仰向けに倒され、千尋はそこで馬乗りになった。持っていた刃物は、タックルをかます前の千尋が力を使って手放させた。
でも、そこから息子の動きは早かった。千尋が飛び越すと同時に立ち上がり、父親にタックルした千尋の背中を刃物で狙った。
それを見ていた弘之が、頭を下げろと叫んだ。千尋は従って頭を下げ、馬跳びの馬みたいに背中を丸めた。
それを踏み台にした弘之は大きくジャンプし、息子の顔面にキツい飛び蹴りをかました。
(喧嘩の最中に、飛び蹴りなんて……。)
息子はもう1度地面に倒れた。弘之の蹴りを喰らったんだ。カウントを数える必要はない。
しかし…大勢との喧嘩に飛び蹴りは危険だ。1人を倒せたとしても、防御が執れない体勢になってしまう。
それでも弘之は飛び蹴りをかました。背中には、千尋がいると知っているからだ。
「…………。もう終わりかよ……。」
勝負は着いた。父親も気絶していた。弘之の指示で頭を下げた千尋は、同時に強い頭突きを父親に食らわしていた。
(もうちょっと……2人の喧嘩を見ていたかった。)
弘之と千尋のペアを相手に、相手の数が少な過ぎた。
「あれ?弘之君、ここで何してるの?」
「ああ、麻衣か?奇遇だな?お前は何してるんだ?」
「そこで拓司さんとも会ったわよ?財布を落としたって言ってたけど、結局、反対側のポケットに入ってたわ。私はパート帰り。この前健二君が飲んじゃったワインを、買って帰るところよ。」
「ああ、そうか。この前は済まん。健二が無茶をした。」
「全然。楽しかったし、懐かしかったわ。また遊びに来てよ。昇君があんなに笑った姿、久し振りに見たわ。」
「俺達もおかげで、昔話を楽しんだ。そうだな。また遊びに行く。」
「うん!それじゃあね!」
「………………。」
通り魔を捕まえた後、拓司と別れた麻衣ちゃんが現場を通り過ぎた。弘之は偶然を装って無事を確認し、帰宅する麻衣ちゃんに手を振った。
俺達は、曲がり角に隠れて様子を見ていた。俺は壁にもたれて座ったまま、千尋は気絶した通り魔の手を、ロープで結んでいる最中だ。
ロープは、相棒のトランクに入っていた。これから俺が、いつ井戸に落ちても助けられるようにと弘之が準備していた。からかっての事だったけど、そのロープが活躍した。
「橋本、ご苦労さん。おかげで麻衣は無事だったし、通り魔を捕まえる事が出来た。」
「能力要りました?私が囮になる必要って、本当にあったんですか?」
「どうやら皆、無事なようだね?通り魔は捕まったの?」
「拓司もご苦労さん。お前が見た予知夢のおかげで、ミッションは完了した。」
「僕も、あの夢を見る事が出来て良かったよ。」
「………………。」
麻衣ちゃんが見えなくなった頃、拓司も無事に俺達の下に戻って来た。
拓司の言葉に、千尋の表情は変わった。
紫苑ちゃんは弘之が立てた作戦に、ほっぺたを膨らませた。
「さっき健二から電話があったよ。藤井さんと2人で、こちらに向かっているみたい。健二は、昔を懐かしがってるだろうね。パトカーに乗って来るそうだよ。」
「親父に酒でも奢ってもらうとするか?犯人逮捕の手柄を得るんだ。」
事件に、俺達がしゃしゃり出るのはマズい。
「…………。いや……親父には、俺が酒を奢るべきだ。」
冗談を言った弘之に、千尋は真面目な顔で返した。
いつもは藤井と呼ぶ千尋が、親父と言った。
「うっ……うぅ………。」
「気付いたか?もう、悪さは出来ない。」
「…………??」
健二達が到着する前に、通り魔が目を覚ました。両手に括られたロープを見て、観念した表情を浮かべた。
「!!?お前は!?」
息子の通り魔が、千尋の顔を見て驚いた。
「借りは返させてもらった。お前達にはもう2度と、悪い事はさせない。」
「!!何故だ!?何故お前が??」
「……………………。」
千尋の言葉に、息子が反発する。
「お前は同じ目をしてる!俺には分かる。お前も、俺達と同じだろ?」
「………………。」
「!!てめえ!!」
千尋が言った通りだった。通り魔が、千尋も自分達と同じく悪い心を持っていると言いやがった。
千尋が黙り込んでしまった。だから俺は、息子の顔を殴ってやろうとした。
でも、それを千尋に止められた。とは言っても、止められなくても殴れない。今も、疲労のせいで体が全く動かない。
「俺には分かる!お前に潜む狂気を!お前は間違いなく、俺達側の人間だ!」
「………………。」
「お前は、人を殺す事に躊躇しない!いとも容易く人を殺せるはずだ!」
息子は、それでも強く千尋に語り続けた。
俺達は待った。千尋が何を話し出すのかと、その言葉を待った。
「……確かにお前が言う通り、俺は人を容易く殺してしまうかも知れない。俺自身も、俺の中に何が潜んでいるのかを知らない。ひょっとしたら、死神でも潜んでいるかも知れない。」
「……………。」
「だが……俺はそいつに悪さをさせない。俺の中で、ずっと封印し続けてやる。」
「無理だ!お前はいつか、その身の内に潜む死神に気付く!人を殺す事に、快楽を感じるようになるはずだ!」
「!好い加減にしろ!!」
口煩く千尋を責める通り魔を殴ってやりたかった。もうこれ以上、何も言わせたくなかった。
それでも俺は手を出せない。体が動かない。弘之が代わりに殴ってくれると思ったけど、弘之の口は閉じたまま…目は、千尋を見つめていた。
「俺に潜む死神……。現れたかったら現れれば良いさ。だがその時は、仲間が俺を止めてくれる。俺は、誰も傷付けなくて済む。だからもう迷わない。その日が来るまで、やりたいようにやって行くさ。」
「…………………。」
通り魔に言いたい事を言わせた後、千尋も言いたい事を吐いた。
(…………………。)
でも千尋は……まだ自信を持てていない。自分の中に潜むと考える死神を、完全には否定出来なかった。いつか死神が表に現れた時、俺達が殺してくれると考え、そこに安心をしていた。
(千尋が心の底から楽になるのは……まだ時間が掛かりそうだ。)
「とりあえず…この前の借りを返す。これで、返済は完了だ。」
「!!」
言いたい事を言った後、千尋が強い一発を息子にお見舞いした。
「!!痛てぇ……。」
すると千尋は、脇腹を抱えて苦しみ出した。どうやら傷口が開いたようだ。
「!!千尋!無茶はするなよ!」
「今日の占い結果は……『西の方向に気を付けろ』と、『争いは避けるべし』だった。やっぱり、これだけは避けられねえな……。」
「??」
「それでも……誰かの不幸を吹き飛ばしてやれるなら、この結果も悪くない。」
「…………千尋……。」
千尋はまだ、死神を否定出来ない。でも少しの進歩があった。
千尋は……占いの結果から避けるのではなく、立ち向かう勇気を手に入れたんだ。
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