TRACK 10;囮作戦、再び

「飛ばすっから、ちゃんと捕まってろよ!!」

「!!!」


 車に乗り込むや否や、幸雄さんはアクセルをいっぱいに踏み込んだ。

 私の顔は引き攣っている。車が勢い良く発進するよりももっと前に、既に引き攣っていた。


(また……囮にされるんだ…………。)


 以前は美緒さんの代わりに。そして今回は、麻衣さんの代わりに……。

 麻衣さんには、とてもお世話になっている。必ず助けてあげなければならない。

 でも………


(どうして私が!!?)


 前回は、勝手を知らない異国で誘拐された。宿泊していたホテルで叩き起こされ、銃を構えた人達に連行された。

 今回は知らされている分、以前のようには驚かない。でも覚悟が決まらない私は、いつまでも震えていた。


「相手は通り魔だ。麻衣に恨みがあって狙う訳じゃない。その時、その場を歩いている誰かを殺すのが目的だ。」

「………………。」


 所長が後部座席から、恐ろしい言葉を口にする。


(『殺す』って言葉……。そんな簡単に使っちゃ駄目でしょ?)


 私に対する配慮が全くない。肩が、もう少しだけ固く縮んだ。もう限界だ。これ以上は縮まない。私はそれほど、緊張と恐怖でガチガチになっていた。


「紫苑ちゃんが囮になる事で、拓司が見た未来が変わってしまう事はねえのか?」

「言ったように、通り魔は相手を選ばない。現場を誰かが歩く限り、未来が変わる事はないはずだ。」

「だったら……逃げられたり見失ったりする事もねえって事だな!?」


 幸雄さんが、見事なハンドル捌きを見せながら所長に尋ねる。

 幸雄さんにも配慮がない。助手席に座っている私が震えているのを、全然見てくれてない。それどころか、荒々しく運転する自分に酔っている。そして千尋さんを刺した犯人を捕まえようと、物凄く興奮していた。


(誰も……私の事なんて気に掛けてくれない………。)


 やっぱり辞めよう。この事務所には、やっぱり長くいられない。超能力を身に着ける前に死んでしまう。いえ、殺されてしまう!


『ポンッ!』

「!!ひぃぃぃ!!」

「安心しろ。お前の事は、必ず守る。」

「…………所長………。」


 後ろから肩を叩かれた。限界を通り越して、私の肩は更に縮んだ。

 でも次に聞こえた言葉に、少しだけ緊張が緩んだ。


「済まないが、麻衣の前で力を使う事は避けたい。昇にも知られていない事だ。だからお前を囮として使わせてもらう。むしろそちらの方が、被害が出ずに済むんだ。」

「……………。」


 所長は、私が囮にならなければならない説明をしてくれた。確かに、麻衣さんの前では超能力は使えない。千尋さんを探し出す事に夢中になって、今回は色んな人の前で超能力の話をしてしまった。でも、本当は秘密にしていなければならない事だ。


「通り魔は、辺りに誰もいないから麻衣を刺そうとするんだ。麻衣の代わりにお前がいる事で、俺達は誰を気にする事なく力が使える。」

「……安心しても……信じても良いんですよね?」


 そして、もう少し安心出来る理由をくれた。それでもまだ肩が楽にならないから念押しをした。


「勿論だ。俺達を信じろ。仲間は、絶対に傷付けない。」

「…………………。」


 すると所長から、思っていた以上に肩の緊張が取れる言葉を聞かされた。


(私が……仲間………。)


「前の時だってそうだろ?ずっと透視で、お前の安全を確保していた。」

「…………。」


 そして所長から、苛立つ言葉を聞かされた。


(やっぱり私は、言葉巧みに利用されてるだけだわ…。)




「良し!皆、スタンバイOKだな!?」


 幸雄さんのおかげで、どうにか事件前の現場に到着した。

 早速所長が、メンバーの人を配置に付ける。

 私は大きく深呼吸して、麻衣さんが現れるはずの道で待機した。側には所長がいた。


「所長……本当に作戦、成功するんですよね?信じて良いんですよね?」


 私は、最後の最後の確認を促した。肩と気持ちは、さっきよりも楽になっていた。

 車の中で、予知夢を頼りに所長が作戦を立てた。相変わらず所長が練る作戦は完璧だ。状況把握と、メンバーの能力の使い方が充分に出来ている。


 そして私は……仲間だと認められた。……まだ半信半疑だけど…。

 幸雄さんが行方不明になった時も私は一緒にいた。今回の件でも、メンバーの人は千尋さんを見捨てなかった。


(この人達は、何よりも仲間を大切にする。それが……確信として私の中にある。……後は……私が仲間として認められているかどうかだ。)




「済みません。そこに誰かいますか?」

「あれ?貴方はひょっとして……?」


 作戦が始まった。向こうの方から姿を見せた麻衣さんに、そこで待機している拓司さんが声を掛けた。


「あれっ?その声は……麻衣さん?奇遇ですね?あの……僕、この近くで財布を落としてしまって……。目が見えないものだから何処に落としたのか分からなくて……。」

「!!それは大変!私も一緒に探します!」


 拓司さんが財布を落とした振りをして、麻衣さんに助けを求めた。


「良し、今だ!」


 麻衣さんが足を止めたのを電柱の影で確認した私は少し待った後、所長の合図で、麻衣さんが進むはずだった道を歩き始めた。

 私と麻衣さんの背格好は似ている。歩く速度や歩幅も、そう変わりはしないはずだ。



(やばい……。やっぱり少し、緊張してきた。)


 1分ほどの道程の間に、私の心臓はもう1度五月蝿く鳴り始めた。

 曲がり角が近付く。ここを右に曲がって真っ直ぐ歩けば、誰もいないはずの場所に出る。拓司さんが予知夢で見た、事件現場がそこに待っている。


 恐る恐る曲がり角を曲がると、物凄く遠い場所に人影が見えた。私はそれを見つめながら、事件現場へと近付いた。


(………そろそろだ。)


 道の途中がT字路になっていて、真っ直ぐに続く道と、左に曲がる角がある。

 角を曲がらずに真っ直ぐに進むと、私の背後、つまり曲がらなかった角から…通り魔が襲って来る事になっている。


(………千尋さん……お願いしますよ!)


 背中の方には、さっき私が曲がって来た角から顔を覗かせる所長がいるはずだ。



「!!?」


 曲がり角を通り過ぎて、数歩だけ歩いた。すると私の膝は突然地面に着き、体は前向きに倒れた。でも両手はキチンと地面を支えて、私は四つん這いの格好をさせられた。


(これが……千尋さんの力……。)


 側で見た事は何度もあるけど、掛けられたのは初めてだった。


 遠くにあった人影は千尋さんのものだった。私の目が確認出来るギリギリの場所で待機していた。

 私は、千尋さんに操られたのだ。

 正直怖かった。千尋さんが怯える理由が分かった。

 

(私は、念じた通りの動きをした…。)


 何の抵抗も出来なかった……。死ねと念じられれば、いとも簡単に死んでしまいそうだ……。

 でも……


(千尋さんはこの力を、間違った使い方はしない……。絶対に!)


『ビュン!』

「!!?」


 四つん這いになった頭の後ろで、風を切る音が聞こえた。通り魔が私を刺そうとして、空振りをしたのだ。


「くそっ!失敗した!………どうした、親父??」

「……頭が痛い。割れるように痛い……!」


 どうやら、私を刺そうとしたのは息子の方だ。通り魔が、親子だったのは本当だった。

 世の中、どんどん変な人が増えて行く。


(だから……所長達の力が必要なんだ。)


「頭が痛い!!そして……誰だ、この男は!?頭の中で、素っ裸で踊り続けやがる!」

「……………。」


(幸雄さん……。こんな状況で、そんなイメージ送ってるんですか?)


 もう1つの力を使って、近くの電柱に跳び登って身を潜めていた幸雄さんが、親の方にテレパシーを送った。親はテレパシーに耐える事が出来ずに、地面に倒れて頭を抱え出した。

 幸雄さんは明日、出勤出来そうにない。今日は何度も力を解放している。筋肉痛に悩まされるはずだ。


「今だ!!」

「!!!」


 幸雄さんの合図で、前方を見た。そこには、走ってこちらに近付く千尋さんがいた。背中からは、もう1つの足音が聞こえていた。

 私は嬉しさと安心の余り、泣きそうになった。


(でも、泣いちゃ駄目だ!)


 流れそうになる涙を我慢して、ずっと千尋さんを見ていた。

 私の体は操られ、刃物を持っている息子の手首を捕まえた。そして柔道や合気道で相手を投げ飛ばすみたいに、通り魔を地面に倒した。


(千尋さんは、力の使い道を誤らない……!)


 私は千尋さんに助けられた。囮にされた事は嫌だったけど、でも、だからこそ藤井さんが言ってた事を、身を以って証明する事が出来た。

 藤井さんが言った通りだ。千尋さんの力は、人を不幸にする為に与えられたものではない。不幸な誰かを、救う為にあるのだ。



 千尋さんも間違いなく……ヒーローなのだ。

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