TRACK 03;消えた理由
昨日の晩は、少し調子に乗り過ぎた。昇の家に招かれ、たらふく食ってたらふく飲んだ。
酔った勢いで麻衣に近付いたら、酔った勢いの昇に殴られた。飲めないあいつに、無理に酒を勧めた罰が当たった。
嬉しかった。昇が、依然として麻衣を大切に思っている事と、昔よりは強くなった事が嬉しかった。
「健二さん、その顔どうしたんですか!?……!ひょっとして健二さんも……!?」
次の日の昼、事務所で橋本に心配された。昇のパンチは、クリーンヒットだった。
「お前が気にする事じゃない。昨日、昇から良いのを一発貰ったんだ。」
「……………??」
先に事務所に来ていた弘之が、橋本に経緯を教える。橋本は心配していた顔を崩し、蔑む視線を送ってきた。
「はい、金森探偵事務所です……。えっ!?千尋さんが!?」
「??」
俺が出勤した事で、千尋以外のメンバーが揃った。そこで弘之が、朝礼にもならない朝礼を始めた。時間だって夕方に近い。
そこに、一本の電話が鳴り響いた。
「所長!大変です!千尋さんが病院から………」
「!?何っ!?」
病院から連絡があった。千尋が、昼の検診を終わらせた後に姿を暗ましたと言う。
「まさか、千尋さん!?」
橋本が心配をする。千尋が復讐の為に通り魔を探し出し、下手すると殺してしまうのではないかと考えた。
………見当違いな心配だ。千尋はそんな奴じゃない。
(メンバーは皆、同じ気持ちだ。千尋は……決して能力を間違ったようには使わない。)
「拓司!最近の夢で、今の連絡と関係するような内容はあったか?」
「いや、心当たりはない。」
昨日の晩から、弘之の表情は怪しかった。多分、俺と同じ事を考えていたはずだ。
「幸雄、健二、急いで千尋を探すぞ!?」
焦った表情の弘之が、俺と幸雄を誘って外に出た。
橋本は拓司を連れ、タクシーで病院に向う事にした。拓司なら、千尋の足取りを追えるかも知れない。
『ワンワン!ワンワン!』
「??この子犬は……?」
事務所を出て相棒に乗り、ほんの少し走ったところで犬の鳴き声が聞こえた。
俺達は相棒から降り、鳴き止まない子犬に近付いた。
「幸雄……。この子犬の心を読めるか?」
弘之が早速、幸雄に仕向けた。恐らくこの子犬は、千尋が餌を与えた犬で間違いない。
「…………苦手だな。犬ってのは頭が良いんだ。俺に操れるかどうか……。」
(お前よりも、頭が良い動物ならいくらでもいる。)
いつものように幸雄をからかいたかったが、今はそんな余裕がない。
「お前だけが頼りだ。この子犬が助けた子犬で合ってるなら、千尋を探せるかも知れない。」
弘之がさせたい事は分かっている。
今回は、頭が悪い幸雄も分かっているようだ。
「う~~ん。この子犬から千尋のイメージは伝わって来た。だけど、こいつに千尋の匂いを追いかけろと命じても、こいつは黙って尻尾を振るだけだ……。」
「井戸に落ちたお前を救ってやったのは誰だ?必ず操れ!」
「あの時、千尋はいなかったろ!?」
子犬を操れない幸雄に苛立ち、弘之が大きな声を出した。
弘之は、いつも千尋の事を気にしている。
「だから俺は、恩返しで千尋を探しはしねえ!探したいから探すんだ!」
「…………頼んだ。」
薄情にも聞こえる言葉だが、幸雄が仲間思いな男だと知っている。
幸雄の言葉に、嫌な気分になる俺や弘之ではない。
『ワンワン!』
幸雄がもう1度精神を統一し、子犬に話し掛ける。
すると子犬は返事をするかのように吠え、地面に残る千尋の匂いを嗅ぎ始めた。
「でかした!だが、先ずは病院だ!」
その姿を確認した弘之は子犬を抱き上げて相棒に乗り込み、病院へ向かえと指示した。
「お前のテレパシーも、少しは上達したんだな?お前よりも頭が良い子犬を操れるなんて。」
少しの余裕が出来た俺は、隣で相棒を運転する幸雄をからかった。
「操ったんじゃない。子犬の方から、千尋を探したいって言い出したんだ。俺は頭を下げただけだ。…………って、何で子犬の方が俺より頭が良いんだよ!!」
「……なるほどな。」
子犬に、犯人の匂いを追えと言う事も出来た。だが、俺達の目的はそれではない。
先ずは千尋だ。それが優先だ。
(千尋……。お前は優しい男だ。)
俺は知っている。千尋は復讐がしたくて、病室を抜け出した訳ではない。
あいつは……能力に目覚めたと同時に人を殺してしまった。当時の担任に、飛び降り自殺させてしまった。
それからと言うもの、あいつの周りでは不運な事が起こり続けた。それ以上の死人は出なかったそうだが、誰かが事故に遭ったり、不幸に見舞われたりした。
タロットで占いを初めてからと言うもの、その不幸が消えたと言う。あいつの占いは絶対的だ。それは俺達がよく知っている。
だが、それが悪循環を起こした。千尋は占いの結果に依存し、出来るだけ周りにいる人間を遠ざけた。
(しかしそのおかげで、千尋は今も生きている。)
あいつは……誰かを傷付けてしまう事を恐れている。自分の能力や纏わり着いた不運のせいで、誰かが不幸になる事を望んでいない。
タロット依存症は良くない事だが、それがあいつの頼みの綱だった。だが占いが出来なかった状態で、千尋は誰かに刺された。
それがショックで…昔のあいつに戻ってしまった。
(だが千尋、もう逃げるな。俺達は決して、お前を拒まない。お前は誰かを不幸にする人間なんかじゃねえ。誰に対しても、動物に対してすら、お前は優しい男なんだ。お前自身の存在を、絶対に否定するな……。)
「ちょっと、乱暴な運転するからな?」
幸雄も全て知っている。相棒のアクセルを強く踏み込み、急いで病院へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます