TRACK 04;子犬
「急いで下さい!」
私は拓司さんとタクシーに乗り込み、所長達よりも先に事務所を後にした。
「千尋さん……無茶しないですよね?」
「………ひょっとして、彼が犯人を探し出そうとしているとでも思っているのかい?」
「?違うんですか?」
「……………。」
拓司さんが、千尋さんが消えた理由を教えてくれた。
「…………そんな……。」
理由を聞いて、やっと千尋さんの態度が理解出来た。
あの人は、入社した時から愛想が良くなかった。最近はメンバーとして認められた感じがあるけど、それでも千尋さんは他の人達みたいには、私に歩み寄ってくれない。
「千尋は、僕らには免疫があると思っている。同じような力を持った人同士だから、能力が余り通用しないと考えているんだ。でも橋本さんには力がないから、ちょっとでも腹を立ててしまうと不幸にしちゃうんじゃないか?って考えている。」
「………………。」
拓司さんの説明に、私は少し怖くなった。
千尋さんの過去は、幸雄さんから聞いた事がある。これまでずっと本当かな?って思っていたけど、拓司さんが言うなら本当の話だ。
(千尋さんは昔、超能力で……人を殺してしまった事がある。………でも……)
「2日前の晩、私は千尋さんが怒るような事をしました。居残りさせて、事務所の掃除を押し付けました。でも……私は無事です。」
千尋さんの過去に対しては何も言えない。人を殺したのは駄目な事だけど、それは不可抗力だった。
少なくとも千尋さんは、自分の能力を自覚して以来、2度と同じ過ちを犯していない。
「僕らには充分分かっている。千尋は優しい性格なんだ。だからこそ彼の能力が、彼を苦しめる。僕らがどれだけ説得しても、彼の心が彼自身を許さない。」
「……………。」
所長達が高校生の時にも、同じ事が起こったらしい。もう、誰も傷付けたくないと願った千尋さんは所長達から遠ざかって、何処かに逃げようとした。
でも、何処に逃げたって人はいる。千尋さんが誰かと会わずに済む場所なんて何処にもない。
だから千尋さんは、自殺を図ったそうだ。
「もっと急いで下さい!!」
そして今、その時の過ちをもう1度繰り返そうとしている。
私はタクシーを急がせ、千尋さんの無事を願った。
病院に到着し、私達は病室に向かった。事務所にはお金がないから、千尋さんは大部屋に入院している。
部屋に入ると、千尋さんがいた場所だけ誰もいなかった。
「カーテンを、閉めてくれないかい?」
ベッドに辿り着くと、拓司さんがそう言った。タクシーの中では喋ってしまったけど、それでも能力を使っている現場は見られたくない。そう考えた拓司さんはカーテンを閉めさせた後、サイコメトリーを始めた。
「どんな感じですか?」
「……………分からない。千尋が色々悩んでいる事は読み取れる。でも、彼が自殺しようとか、何処かに向かったって言う情報が見当たらない。」
「……………。」
拓司さんは色んな物に触れて残留思念を読み取った。
だけど結局、千尋さんの足取りを追えそうな情報は手に入らなかった。
「所長ですか?そっちの状況は、どんな感じですか?」
拓司さんが諦めた頃、所長に連絡を入れてみた。
「良いタイミングだ。橋本、正面玄関まで来てくれないか?相棒の鍵を預けたい。」
「?正面玄関って、病院のですか?」
所長が、正面玄関に来いと言う。どうやら、残りの3人も病院に来たようだ。
私は拓司さんを病室に残して、急いで玄関へ向かった。
「?この子犬は?」
「…………事故の張本人だ。責任を取らせて、千尋の後を追わせるつもりだ。」
玄関に出てみると、所長達と一緒に可愛い子犬の姿が見えた。首元がモフモフとしていて短足な、コーギー犬の子犬だ。
千尋さんは事件当日、迷子か捨て子か分からない子犬に餌をあげている最中に通り魔に遭った。この子犬はその時、餌を貰った子犬だと言う。
『ワンワン!』
所長の手から下ろされた子犬は1度大きな声で吠えた後、正面玄関から続く千尋さんの匂いを追い始めた。
「私も行きます!」
幸雄さんから車の鍵を預かったけど病室には戻らずに、私も子犬の後を追う事にした。
子犬はずっと地面に鼻を近付けたまま、確実に千尋さんの後を追っている感じだった。
子犬を追って分かった事は、千尋さんは東の方角に歩いて行ったみたい。多分、占いで西の方角に不吉な予兆が出たんだ。
(もしも今日、外出禁止の結果が出ていたなら、千尋さんは黙って病室で横になってたのかな?)
何せ、学生の頃からの習慣だ。この歳になってもこんな状況でも、千尋さんはタロットを止めない。
病室にもタロットカードは見当たらなかった。出て行く際に持って行ったんだ。千尋さんのタロット依存症は徹底している。
『クゥ~~ン、クゥ~~ン……。』
人通りが多い交差点に出たところで、子犬が鼻を鳴らした。千尋さんの匂いを失ったようだ。
よく見れば子犬は、本当に幼い姿をしている。匂いを嗅ぐ事に慣れていないのだ。
「仕方ない。聞き込みをするか……。」
様子を確認した所長は皆にそう伝え、子犬を抱き抱えて辺りの人に声を掛け始めた。
健二さんも所長と同じく周りの人に声を掛け、幸雄さんは近くで工事をしている人達の頭を覗き始めた。
健二さんは、誰彼構わず声を掛けて千尋さんを見た人がいないかを確認していた。その中には、若い女性や綺麗な人も多くいた。それでも健二さんは返事を聞くと直ぐに、違う誰かに声を掛けた。
「!?大丈夫か?どうした急に?…………?何だ?頭が痛いぞ?」
幸雄さんは、工事現場の人が倒れ込むまで頭の中を隅々まで覗いていた。
誰も千尋さんの姿を見なかったのか、遂には働く人達全員が頭痛を訴えて作業を止めてしまった。
皆、千尋さんを探そうと必死になっていた。
(……千尋さん、どうか無事でいて下さい。)
さっき拓司さんから、千尋さんの過去を聞いた。確かに千尋さんは、誰よりも危険な能力を持っているのかも知れない。望みもしていないのに、人を殺してしまった過去もある。
(でも……だからと言って……)
死のうなんて考え、絶対にしてはいけない。誰にだって間違いはある。千尋さんは確かに大きな過ちを犯したけど…それでも、自殺を考えるのは間違っている。
「皆、こっちの方角だ!」
10分近い聞き込みの後、所長がある方向に指を差した。
千尋さんは、人に会う事を恐れている。所長が指差す方角は路地裏になっていて、人通りが極端に少ない場所だった。方向も西ではない。
「背が高い、顔色が悪い男が路地裏に入って行ったと情報を得た。千尋で間違いない。」
所長曰く、千尋さんは1人で死のうとしている。こんなに人通りと交通量が多い交差点なら、いつでも車に引かれて死ぬ事が出来るのに裏路地へと向かった。
「千尋なら、死ぬ時だって誰かに迷惑を掛けたくないと思うはずだ。自分を殺してしまった運転手に申し訳ないと思い、事故現場を見た人々に、気分の悪い思いをさせたくないと思うのが千尋だ。」
「………………。」
知らなかった。いつもクールで愛想が悪い人だったから、そこまで周りを気にする人だとは思わなかった。
千尋さんは、本当に優しい人なのだ。
健二さんが、透視能力を使えなくて正解だ。神様がいるとしたなら、神様がメンバーの人達に超能力を与えたんだとしたら、健二さんには与えではいけない能力がある。
でも神様は、千尋さんにはその気配りをしてくれなかった。優しい千尋さんに、あの能力は重過ぎるのだ………。
「マズい……。この先には………」
幸雄さんが、所長の指示を聞いて顔色を悪くした。
千尋さんが向かったと思われる方向は、病院へ向かう前に通った道だった。
その先には、人が死ぬには充分な深さがある川が流れている。
「急ぐぞ!!」
状況を把握した所長は、焦った表情で走り出した。
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