TRACK 02;タロット占い
「……………??ここは?」
「あっ!皆!千尋が目を覚ましたぞ!」
「千尋さん!………良かった~~。」
昨日の晩、千尋が誰かに襲われた。俺達は昇から連絡を受け、一晩中病室で回復を待った。
橋本が泣き崩れてしまった。昨日の晩、遅くまで千尋を事務所に残したのは橋本だ。
「………済まん。」
全員の顔を見回し、自分が助かった事を知った千尋が頭を下げる。
「弘之……。俺は、何時間眠っていた?今日は何日だ?」
「??」
質問の意味が、最初は分からなかった。
眠っていたのは半日だと教えてやった。外はまだ明るく、日が落ちる前だ。
すると千尋が、急いでベッドから立ち上がろうとした。
「!?まだ無茶をするな。傷は縫合したが、深い傷だ。下手に動くと傷が開く。」
千尋は俺の言葉も聞かず、自分の上着を探し始めた。
そして俺は、いや、俺達は千尋が何を探しているのかが分かった。
「………ここにある。」
「……済まない。」
「……………………。」
昨日着ていた服は、病院に預けられた。血まみれにもなった服は、証拠品として警察に押収されるだろう。
それが分かっていた健二が自分の懐から、ある物を取り出して差し出した。新しく購入したタロットカードだ。
それを受け取ると、千尋は早速占いを始めた。
「…………………。」
そして大きく溜め息をつき、やっと体を休ませた。
「……結果は?」
「……………珍しく、何もない安全日だ。」
「……………。」
千尋は占いで、何を調べたかったのか……?事件の原因を知りたかったのか……?今、ここが安全な場所なのかを知りたかったのか……?
(千尋………。)
悪い癖だと叱りたかったが、正確なまでの的中率を知る俺達は何も言えなかった。
「千尋!大丈夫か!?」
「…………占いでは、何もない日と出ていたんだがな……。」
夜になる前に、藤井の親父が駆けつけた。事件の事は、既に警察が把握している。
千尋は素直ではない。藤井の親父の顔を見て、少し不貞腐れた顔を作った。
「犯人の顔は見たのか?」
「……………。2人組の顔は、後ろから照らされた街灯でよく見えなかった。」
「…………そうか………。先ずは養生をせい。犯人逮捕は、ワシら警察に任せておれば良い。」
「…………………。」
親父は犯人像について色々聞きたい様子だったが、千尋は犯人の顔を見ていないと言う。分かっている事は、犯人は2人組の男だったと言う事と、それが親子だったと言う事だけだ。
千尋の脇腹に刺さったままだったナイフが、犯人の正体を知る唯一の証拠品になりそうだ。
「………………。」
千尋は、タロットで無難な結果が出たにも関わらず浮かない顔をしていた。……昔、見た事がある表情だ。
「それじゃ……俺達は帰るわ。しっかり養生しておけ。犯人は、必ず捕まるはずだ。」
「…………あぁ……。そうさせてもらうとするか……。」
夜も遅かったので、俺達は帰宅する事にした。昇が心配して、仕事帰りに病院に立ち寄ってくれた。拓司と幸雄は昼過ぎには事務所に戻っていた。
いつまでも暗い顔をしている橋本と昇を連れて、俺と健二は病院を後にした。
「所長………済みません。私が要らない事させたばかりに……。」
昇の車に乗り込もうとすると、橋本が心境を打ち明けた。
「お前が気にする事じゃない。千尋だって言ってたじゃないか?あいつは帰り道の途中で捨て犬を見つけたんだ。それが気になって時間を食ってしまった。お前の言い付けだけなら、千尋は無事に帰宅していたはずだ。」
「……………。」
千尋は昨日の晩、日付が変わる前に家に戻ろうとしていた。しかしその途中で子犬の世話をしてしまい、愉快犯に刺された。その時、既に日付は変わっていたらしい。
「………それにしても………あいつの不運だけは離れねえな?占いじゃ、悪い予兆は出てなかったろ?」
車が動き出した頃、健二がそう呟いた。
「………………。」
俺はその言葉を聞き、昼間の事を思い出した。
千尋のタロット占いは、俺達が出会う前から始まっていた。高校で出会ったが少なくともその日以来、千尋の占いが外れた事は記憶にない。
そして、千尋の不運はタロットを始める前から起こっていた。
「ところで昇、お前の会社、最近どうなんだ?上手く行っているのか?」
暗い空気を変えようと、健二が昇に近況を尋ねた。
「おかげ様で、どうにか上手く回ってるよ。その事で、近々話がしたかったんだけど……。」
「??」
昇の言葉に、橋本の表情が少し明るくなった。俺の気も、少しは楽になった。
会社の経営が上手く行き、支出よりも収支が増え始めたらしい。そこで昇は、以前の報酬を払いたいと言い出したのだ。
実は、昇から報酬を貰う気はなかった。親友が困っているのを助けたのだ。仕事として助けた訳じゃない。
だが、橋本の気分を変えさせる必要もある。不本意だったが昇の提案を受け入れ、最小限の金額を貰う事にした。
「それじゃ私、先に降ります。本当に済みませんでした。」
「気にするなって言ってるだろ?千尋も仕事をサボり過ぎたんだ。お前が居残りをさせた事は、あいつにとって良い薬だったんだ。」
「……………済みません。」
「謝るなって。それじゃ、今日はお疲れさん。明日は病院に来る必要はない。事務所に出勤してくれ。」
「はい。……お疲れ様でした。」
帰宅道、先に橋本を降ろした。現金な性格なのに、それでもまだ浮かない顔をしていた。
俺は元気を出すように伝え、昇が誘うので久し振りに麻衣の顔を見に、昇の家に邪魔する事にした。
(………………。)
家に向かう途中、俺は昼間に見た千尋の顔をもう1度思い出していた。
千尋はこれまで、事故に遭わないようにとタロット占いをしている。だが昨日の晩、通り魔に出くわした。
恐らく、占いをせずに災難に遭ったのは10年以上も前だろう。だから意識を取り戻した途端に、無我夢中で占いを始めた。
(………死神……。)
占いで不幸を避ける前に、千尋に付いていた仇名だ。
俺は、いつもとは違ったあいつの表情に、何か嫌な予感を感じざるを得なかった。
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