TRACK 01;2人の殺人鬼

 その日俺は、遅い時間に事務所を出た。それでもまだ、日が変わる前だ。


『占いの結果で方角に問題がなかったんなら、少しは営業に出たらどうですか!?』


 昼間の内、事務所で横になっていた。具合が悪かった訳ではない。今日の占いの結果は、『子供に注意』だ。だから外に出る事は避けたかった。

 事務所に来るにしたって、登校時間を避けて出勤した。家に帰る時も、下校時間を過ぎた頃に帰るつもりだ。


 俺は基本、事務所に来る事が多くない。占いの結果が『女性に注意』だったら橋本を避けて出勤しないし、『方角に注意』だったら、その方角が事務所だったり帰宅道だったりしても事務所に行かない。どうしても必要な時は後ろ向きに歩いて出勤したり退勤したりもするが、あくまでどうしても必要な時の場合だ。

 占いの結果に背くと痛い目に遭う。前回は、ナンシーの店で苦労した。


『営業に出ないんだったら、代わりに私が営業に出て来ます。千尋さんはその間、事務所の掃除でもしてて下さい!』

『……………。』


 いつもは留守番をしている橋本が今日は珍しく、いや、初めて営業に出向くと言う。


 事務所は、いつも綺麗に掃除されている。橋本はかなりな綺麗好きだ。潔癖症なのだ。

 それを確認した俺は、もう1度事務所のソファーで横になった。



『!!千尋さん!掃除サボりましたね!?』

『……する必要あったか?』

『全然汚れてるじゃないですか!?』

『………………。』


 営業から戻って来た橋本が事務所の至る所を指差し、あっちが汚いこっちが汚れていると叫んだ。

 だが俺には、一体何処がどう汚れているのか分からなかった。


『明日の朝、出勤しても汚いままだったら私、本当に許しませんからね!?』


 サボった罰として、1人で事務所に残って掃除をした。他のメンバーが手伝うと言ってくれたが、橋本が許さなかった。


 掃除には取り組んでみたものの、雑巾で壁を拭いても掃除機で床を掃除しても、何がどう綺麗になったのか分からない。橋本は綺麗好き過ぎた。




(橋本は……無事だった。)


 怒鳴られた時、何処がどう汚れているのか分からなかった俺は少し腹を立てた。

 だが……俺の能力であいつが傷付く事はなかった。いつも口煩くて面倒臭い女だが、給料が少なくても事務所を辞めない、客が来ない事務所をいつも綺麗に保ってくれている……。

 俺はあいつを、メンバーとして認めているのだ。




(………綺麗に……なったのか?)


 橋本に指差された場所の掃除を終えて、それでも何の達成感も得られなかった俺は、仕方なく事務所を閉めた。


 時計を見る。時間はまだ12時前だ。今日の占いが、まだ有効な時間だ。だが、こんな時間に外をうろついている子供はいないだろう。

 俺は安堵の溜め息をつき、それでも急いで家に向う事にした。



「?何だ?」


 途中、道端で鳴いている子犬を見つけた。


(子供って……人間の…って事だよな?)


 占いが気になるが、寂しそうに鳴く子犬を放っておく事も出来ない。


 占いの結果でいつも気になるのは、俺が不幸になる事ではない。俺が、誰かを不幸にしてしまわないか…?それが気になっていた。


「どうした?親と逸れたか?」


 子犬は箱に入っていない。どうやら捨て犬ではないようだ。

 俺は辺りを見回し、ゴミ捨て場から適当な大きさの箱と毛布を拾って来た。


「捨て犬じゃないなら泣き喚かないで、ここで親が戻って来るのを待て。」

『クゥウン、クゥゥゥン……。』

「?捨て犬なのか?それとも、腹が減ってるのか?」


 毛布を敷いた箱に子犬を入れ、力を使って子犬を黙らせようとしたが、それでもこいつは泣き止まない。

 俺はポケットの中を探り、小銭がある事を確認した。


「ちょっと待ってろ。」


 貴重な小銭だが、近所のコンビニで子犬の食事を買う事にした。



「やっぱり腹が減ってたのか?遠慮せずに食え。」


 コンビニから戻り、子犬に餌を与えた。ドッグフードは高い。下手すると、人間様の食事よりも高価だ。俺は、牛乳とビスケットを買って子犬に食わせた。


「明日の朝まで、ここで待ってられるか?」

『ワン!』

「………。」


 俺には、人や動物を操る能力がある。子犬にここで1日待てと言い聞かせる事は簡単だが、本当に捨て犬でないのかが気になった。幸雄なら、そうかどうかの確認が出来る。


「しかし……朝になってもお前がここにいたら、俺は一体どうしたら良い?お前を飼う余裕なんて、俺にはないぞ?」

『ワン?』

「………その時は、誰かに拾ってもらうんだぞ?それじゃ俺、行くからな。」

『ワン!』

「!!…………?」


(………痛い。)


 子犬の世話を終えて立ち上がった瞬間、右の脇腹に鋭く鈍い痛みが走った。

 手を当ててみると、生温い温度を感じた。


 後ろを振り向くと、目の前に2人組の男がいた。その姿を確認した瞬間、1人が刃物で俺の喉元を狙った。もう1人の手には何もなかった。持っていたはずの刃物は、俺の右脇腹に刺さったままなのだ。


「危ないっ!」

「!!?すまん!手元が狂った。息子よ!」


 俺はとっさに能力を使い、喉元を狙う男の手元を、もう1人の男の方へと向けさせた。


(息子?こいつら……親子なのか?)


 脇腹の痛みが酷過ぎて、上手く操れなかった。


『ワンワン!ワンワン!』

「?誰です!?そこで何してます!?」

「親父、マズい。人が来る。」


 俺がやられたのが分かったのか、子犬が2人組に吼え始めた。

 それを、近くを通り掛った人間が耳にした。

 2人組は事態に慌てながら、ゆっくりと遠ざかって行った。


 脇腹の傷は、どうやら急所を刺したようだ。意識が遠くなり、俺は膝を地面に着けた。


 だが、最後に息子の方が言った言葉は、しっかりと俺の耳に残った。


『あの男は危険だ。俺達と、同じ目をしている。』


(………………。)


 息子の言葉を聞いた父親が、俺の顔を覗いた。

 納得したのか、2人は走ってこの場から去って行った。



 俺は傷口を見るよりも、先に腕時計を確認した。


「12時10分………。日が、変わっていたか………。」


 今日の占いの結果はまだ見ていない。方向に不吉な予兆があったのか、それとも………。


『ワンワン!ワンワン!』


 遂には倒れこんでしまった俺の顔に、箱から飛び出した子犬が近付いて来た。


「……安心しろ。お前のせいじゃない。日付が変わったんだ。『子供に注意』は、昨日までの話だ。」

『ワンワン!ワンワン!』

「だっ!大丈夫ですか!?」


 子犬に、箱に戻れと命じたが叶わなかった。意識が薄れ、集中力が欠けている。

 ヤバいと思ったが、俺達に気付いた人間が声を掛けて来た。知った声だった。


「君は、元4号の千尋君じゃないか!?」

「………昇か?」


 男はかつて、ヤクザから助けてやった昇だった。


「………お前か……。だったら安心だ。後は……任せる。」


 昇なら、安心して気を失える。


 病院に連れて行かれる前に、占いがしたかった。病院の方角が気になった。

 だがそんな余裕もなく、俺は意識を失った。



 気を失うまでの間、占いよりも気になる事が頭の中に浮かんでいた。


『あの男は危険だ。俺達と、同じ目をしている。』


 2人組は恐らく、愉快殺人犯だ。意味もなく人を殺し、それを楽しむ。

 そんな男の1人が、俺を見て自分達と一緒だと言った……。



 …………………。

 俺は幼い頃、担任の教師を殺した。力を使って、投身自殺をさせてしまった。

 その後も周りを不幸にし続けた俺についた仇名は………『死神』だった。

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