BONUS TRACK;新装開店

 占いの結果に逆らってから2ヵ月後…。アンブラッセが、新装開店したとの連絡を受けた。この前の礼だと、店が奢ってくれるらしい。


 今日はあの時と違い、不幸に干渉されない日だ。退勤時間を待った後、弘之と健二、そして橋本までを誘って店に向かう事にした。

 幸雄は誘いを断った。未だオカマに拒否感を覚えているのではなく、あいつは酒が苦手なのだ。



「俺、ちょっと寄るとこあるから…。」


 拓司と幸雄が退勤した後、4人で店に向かおうとしたところで健二が用があると言い、古い商店街に向かった。


「それじゃ、先に行ってるからな?」

「ああ、直ぐに追いつく。」




「いらっしゃいませ…。どうぞ、奥の方に…。」

「!?お前、ナンシーか!?」


 店の外装は変わっていないものの、内装がシックなものに変わっていた。小田川組が派手にやりやがった。店には、内装を新調させる余裕がない。

 だが、それが理由で雰囲気が落ち着いた訳ではないようだ。


「随分と…大人しくなったじゃないか?」


 ナンシーの姿を見て理解した。アンブラッセは、以前のような派手やかな経営を止めた。奥にある舞台にも、スタンドマイクが1本セットされているだけだ。



「いらっしゃいませ。新しいママの、キャロルです。」

「???キャロルがママだって?それじゃ…マリアは?」


 ナンシーの案内で席に着くとキャロルが現れ、新しい名刺と共にそう挨拶された。


「ママは…今のところ奮闘中。」


 ナンシーの説明に因ると、マリアは実家に戻ったと言う。男にも戻り、家業を継ぐと言って両親との縁を取り戻した。

 家業は、岡本の嫁の親父ほどではないが、かなり大手な企業だと言う。


「暫くしたら戻って来ます。その時は、キャロルさんはチーママになる予定です。」


 しかしマリアは、嘘をついて戻ったらしい。抱えた借金を返すまでの演技だと言う。


(親を騙して…酷いもんだ…。)



「?キャロルがチーママに?それじゃ、お前はどうなるんだ?」

「これ…私の新しい名刺です。」

「??」


 俺の疑問に、ナンシーは黙って名刺を取り出した。そこには、ママともチーママとも書かれていなかった。


「私は、女としてまだまだ足りないですから…。一からやり直しです。」

「…………。」


 すっかり言葉使いも変わったナンシーが、そう語る。


(………。まだまだ醜いおっさんにしか見えないが……どうしてだ?女らしさを感じる…。)


 肩に力が入ってしまった。行った事はないが、本当にキャバクラに来たみたいだ。




「先日は、本当にお世話になりました。」

「お店の方は順調ですか?」


 キャロルはママになり、以前にも増して引っ張りだこだ。俺達の席にはナンシーが座った。


「まだまだです。経営のやり方が落ち着いた分、経費は掛からなくなりましたけど、お客さんは以前より減りました。」

「………。」

「でも、それでもやり甲斐を感じています。ここに来てくれるお客さんは、馴染みの方達を除いては私達を、本当の女性として見てくれるんです。」

「……そうですか。」

「それでも、たまには冷やかしも来ます。本気で女になろうとする、私達が滑稽に見えるんでしょうね…。」

「………。」

「でも、負けずにこれからも頑張りますよ!?ママが戻って来てお金に余裕が出来たら…」

「金は、お伝えした住所の孤児院に寄付して下さい。」

「本当に、それで構わないんですか?」

「構いません。元々そうしようとしていた金です。だから当然、利子も付けません。」

「……。ありがとうございます。」

「ただ…お願いがあります。借金の返済が終わってお店に余裕が出来たら…小額なりとも、孤児院への寄付を続けてもらえますか?」

「私達からの寄付なんて…受け入れてくれますかね?」


 席に座るや否や、ナンシーが弘之と話し始めた。


 …しかし全く、弘之には頭が下る。


(………。常に、ヒーローになろうと努力してる。それに引き換え俺は……。)


「全うに働いて稼いだお金です。受け入れられない訳がないじゃないですか?」

「………。」

「まだ迷っているんですか?今日のあなたは以前と違う。その自信と勇気を、失わないで下さい。」

「女が女でいるには必要ないのに、男が女になろうとすると、勇気が必要なんですね…。」

「………。」

「頑張ります。ありがとうございます。」


 少し暗い顔を見せた後、ナンシーは前向きな溜め息をついて水割りを作り始めた。


「………。」

「?どうした?橋本。」

「あっ…。いえ…。今日のナンシーさん、本当に素敵だなと思って…。」

「……。お前もそう感じたか?」


 橋本の言葉を聞いて安心した。どうやら、俺だけが変な気持ちになった訳ではないようだ。


「でも…正直、やっぱりまだ男性にしか見えません。」

「………。」


 そう思った矢先、橋本が耳元で囁いた。


(男と女じゃ…見方が違うだけだよな?それとも…やっぱり俺が変なのか?)




「ところで…あの人は…?」

「?健二の事ですか?」

「…………。」


 質問に弘之が答えると、ナンシーは水割りを作る手を止めて下を向いた。


(???まさかナンシー…。)


 健二が、見た目が女なら中身が男でもお構いなしなのはキャロルで確認している。


(嘘も方便…。バーでの賭けが、現実になるのか?)


 可能性は否定出来ない。今はまだ程遠いが、いつかナンシーを女として見られるようになる気がする。

 健二に惚れた女…いや、男……いや、女は初めてだ。


(だが健二の事だ。ナンシーには申し訳ないが、あいつは綺麗どころを選ぶ。)


 残念ながら、ナンシーの想いは実らないだろう。




「ナンシーさん、ご新規様です。」

「あっ、はい。」

「待たせたな?」

「!!」


 全員の水割りを作り終えたところで、ようやく健二が顔を出した。

 そしてその手には、赤い薔薇の花束が握られていた。


(!?何っ!?まさか健二…。)




「お待ちしてましたわ…。ところで…それが土産なの?新装開店なのよ?店の入り口にあった鉢植えを見たでしょ?」

「………。物欲に駆られてんな?」

「それが…女ってもんでしょ!?」


 迷わず隣に座った健二に向かって、ナンシーは花束の侘しさに愚痴をこぼした。


「10本もあれば充分だろ?誰かさん達のせいで金がねえんだ。我慢しろ。」

「そんな言い方されたら、何も言えなくなるじゃない!」


 俺は…いや、俺だけでなくメンバーの全員が2人の会話に息を止めた。


「気持ちに気付けよ?見た目が全てか?華やかなのが全てか?」

「…そうよね。違うわよね?ありがとう。誰よりも、素敵な花束を貰った気がする。」

「気がするんじゃなくて、貰ったんだ。それに、これは店に渡した花じゃねえ。お前の為に買ってやった花だ。他にいるか?客から花束貰った奴が?」

「キャロルちゃんなんかは、物凄い数貰ってるわよ!私なんか、これっぽっちも相手にされないんだから!」

「………。」

「でも…それが嬉しい。色んな人から貰っちゃったら、多分、くれた人達の顔を覚えていられない。最初で最後のはずだから、花の種類も本数も、きっと忘れない。でも…もうちょっと豪華な花が良かったな?」

「言っただろ?金がねえんだ。元々安月給だし…。給料がない月だってある。その中で捻出した花束なんだぞ?」

「そっちの家業も大変そうね?ご免なさい。馬鹿言っちゃって。そして…ありがと。」

「頑張って、良い女になるんだぞ?」

「………。何よ?まだ足りないみたいな言い方?」

「当たり前だ!お前みたいな男が、そう簡単に良い女になれる訳ねえだろ!?」

「!!酷い!」

「だから言ってんだ!頑張れって!」

「…………。」


 『女になれ』と言った訳ではない。『良い女になれ』と言ったのだ。どうやら、バーでは否定していたナンシーの存在を、健二は認めたようだ。


(しかし健二、今日のお前…どうした?お前は美人が好みじゃないのか?バーでの賭けは…現実になるのか!?)




「…ねえ?」

「?何だ?」

「私が本当に良い女になれたら…その時は、デートしてくれる?」


 舞台にキャロルが立ち、男とは思えない美声で歌を歌い始めた。

 客全てがその歌声に気を奪われている最中、ナンシーが健二に声を掛けた。


「………。」

「………。」

「………。」


 雰囲気で分かった。俺だけでなく、弘之も橋本も、傾ける耳の方向を変えた。


「…いつの日になる事か…。」

「何よ!?見た目が全てじゃないって言ったじゃない!?」

「………。いつの日になるか分からねえが、惚れるほどの女になったなら、その時は俺から誘うさ。自分から男を誘うような、ケツの軽い女は嫌いだ。」


「!!」

「!!」

「!!」


 そして確信した。俺だけでなく、弘之も橋本も、確実に傾ける耳の方向を変えている。


「分かった…。それじゃ、努力して待ってる。」


 しかしまだ、確信を持てないものがある。


(…健二は本気なのか?それとも前向きになったナンシーを、傷付けまいと演技してるだけなのか…?)


 健二の女好きは、既に知っている事だ。だが、その許容範囲が今更になって分からなくなってきた…。

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