TRACK 09;心の変化

 弘之に呼び出され、アクセルの踏み方を変えた。

 今日は、おもちゃメインのフリーマーケットが開催される会場に足を運んでいた。帰宅途中だったけど、事務所まではまだ時間が掛かる。


(千尋…。ゴメンな…。)


『どうした?また何かあったのか?』


 弘之から、2度目の電話を受けた。


『今、何処にいる?』

『そろそろ家に到着する頃だ。結局、フィギュアは見つからなかった。』

『…フィギュア?』

『…あっ…。』

『……。とりあえず、急いで事務所に来てくれ。アンブラッセが危険だ。』

『えっ?』


 ボディガードだけなら問題ないと思っていたけど…まさか、こんな事態になるとは思わなかった。2度目の電話を受けた時は既に、千尋が占いの悲劇を被っていた。



 事務所に到着するや否や、カバンを抱えて待っていた弘之と相棒に乗り換え、アンブラッセを目指した。

 弘之が、相棒を飛ばせと急かす。


『小田川組が、襲撃に来るかも知れない。』

『……マジか?』


 だけどその甲斐も虚しく、店に入ると中は無茶苦茶になっていた。


「何やってんだ!」

「!!お前達はあの時の!?」

「てめえら、許さねえぞ!」


 俺は一番近くにいる、ソファーの隙間から木刀を引っこ抜こうとしているヤクザに迫った。


「!!許して下さい!」


 ヤクザが両手を上げ、降伏の態度を執る。


「…………。」


 だけど騒いだ正義の血は、そう簡単には冷めない。


「うぎゃっ!!」

「幸雄!そこまでだ。」


 とりあえず一発お見舞いして、それからは弘之の号令に従った。




「まさか、こんな直ぐに襲って来るとは…。」

「おかげで店は滅茶苦茶だ。」

「!?千尋は!?」

「奥で隠れてる。…全く…。今日は、とことん厄日なようだ。あいつの運の悪さも…相当なもんだ…。」

「………。」


 千尋は占いの結果に怯えて、奥の控え室に身を潜めているらしい。


 何回も否定して、その度に千尋を元気付けてきた。だけどやっぱり、千尋の占いは外れない。


(千尋…。また、殻に閉じ篭るような真似だけはするんじゃねえぞ?)


 本当に居心地が悪い。フィギュアを優先した自分を反省した。


(……………。)


 だけど…やっぱりボンソワールとエスパイラルピンクは諦められない。




「さて…。こっちに来てもらおうか?今日は、喧嘩をしたい訳じゃない。」

「………。」


 すっかり肩が縮こまった、4人のヤクザを弘之が呼び集めた。


「借金を抱えてるのはこっちだ。そして、返せていない事に言い訳は立てられない。だが…利子は法律に従ったものにして欲しい。そして、こんな野蛮な真似は2度とするな。」

「………。」


 弘之の言葉に、ヤクザ達は黙った。


「弘之。こいつら、上からの命令で動いてるもんだから『はい』とは言えねえ。」


 返事が返って来ないものだから、俺はヤクザの頭の中を覗いて弘之に伝えた。



 しかし、小田川組は物足りない。根岸組とは違って、迫力も実力も足りない。高利貸しばっかりやっているせいか、喧嘩には慣れていないようだ。


(親分もそうなのか?)


「ここに、これだけの金がある。足りないだろうが、今日のところはこれで引き下がって欲しい。そしてさっきの事は守れ。利子は普通に取り、野蛮な事は止めろ。」


 弘之が、持ち込んだカバンを開く。軽自動車1台…レアなフィギュアなら、十数体は買える金だった。


「弘之!こいつらと話しても意味がねえ。事務所に乗り込もう。ここの親分と、直接話した方が良い。」

「………。そうするか?確かに…そっちの方が話は早いか…。」


(やった!)


 ヤクザの事務所には乗り込んだ事がない。根岸組の時もそうだった。


(親分の部屋には、カッコ良い日本刀が飾られてるのかな?相手が弱腰なら…ちょっと触らせてもらって、もっと弱腰なら…2、3振りさせてもらおう!)




「弘之…済まない。お前の分まで拝借する事になった。」

「??」


 どうやら準備された金には、健二の分も混ざっているようだ。


「構わない。孤児院には、いつもの調子で寄付していくさ。向こうだってこんな大金、急に出されても驚くだけだろう。」

「???」


 弘之の言葉が気になって、頭の中を覗いてみた。


(こいつら!虎の人みたいな事やってんのか!?)


「だったら俺も…!」


 俺に黙ってヒーローを気取る2人に対抗しようと、声を上げた。


(………。)


「……?」

「どうした、幸雄?」

「……。いや、何でもねえ。」


 でも思い留まった。やっぱり、レアなフィギュアは諦められない。




「どうして…?どうしてそこまでするの?あんた達、オカマが嫌いなんでしょ?私達の事が嫌いなんでしょ?なのにどうして、ここまでしてくれるの?」

「!!?」


 後ろを振り向くと、例のオカマがいた。今日は男の姿ではなく、本当にオカマの姿をしている。

 だけど…


(どうしてだ?気持ち悪いはずの内藤が、ちょっと女っぽくも見える…。)


「困ってる人を助けて、何が悪い?それに…勘違いするな。オカマは嫌いだが、存在を否定してる訳じゃねえんだ。お前達のやり方が気に食わねえだけだ。」

「…………。」

「今日のパレードだってそうだ。バーでの態度だってそうだ。女が、簡単に肩や内股を見せるか?奇抜な格好で街を滑降するか?客が欲しいからって、年取ったハゲ親父の頭にキスをするのか?」

「………。」

「それが…オカマだと思ってた。でも…」

「だからお前は、そう言うオカマになりてえのか?世間で言われるオカマになりてえのか!?」

「………。」

「お前がなりてえのは、女なんだろ?オカマじゃねえはずだ!お前がやってる事は、女になろうとする事じゃねえ。男とは違う存在になろうとしてるだけだ!」

「…………。」

「……?どうした?何か言ってこねえのか?」


 健二には悪いけど、ナンシーの態度が気になった俺は頭の中を覗いてみた。女である紫苑ちゃんが、既に言いたい事を言ったみたいだ。

 なろうとしている存在から説教されたからか、内藤はこれまでの自分を後悔していた。


「……。さっき、紫苑ちゃんにも同じ事言われたわ…。どうやら、私が間違っていたみたいね…。」

「???お前らしくねえな?橋本から、何を言われた?」

「………。プライベートに干渉するのは…男として、女性への配慮が足りないんじゃないの?」

「……。お前が言うか?」

「………。私だって…女よ?」

「…………。調子が狂う。弘之!俺も事務所について行く!ここにいると、何かむず痒い。」

「………。」


 顔を赤らめるナンシーを背中にして、健二も小田川組の事務所に行くと言う。


「どうしてお前がついて来るんだよ!日本刀は触らせねえぞ!?」

「……日本刀?」

「親分の部屋に置いてるやつだ。鹿の角に、2、3本置いてるやつだよ!」

「………。あれは鹿の角じゃねえ。そもそも、高利貸しやってる事務所にそんな野蛮なもん、置いてる訳ねえだろ?」

「えっ!??マジか!?………。いや!嘘ついてるだろ!お前が触りたいからって、俺に嘘ついてるだろ!?それで俺が、事務所に行かないとでも思ったのかよ!?」

「………。だったら、自分の目で直接確認しろ。ほらっ!さっさと行くぞ!?」

「ああ!そうするさ!お前には触らせねえ!ほらっ、立て!さっさと事務所に案内しろ!」


 健二に日本刀は譲れないと、俺は正座しているヤクザの首を掴み、急いで相棒に向かった。

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