SECRET TRACK ;セール品

 昨日は不思議な夜を過ごした。あれ程オカマを嫌っていた健二さんが、ナンシーさんと仲良くお酒を楽しんだ。仲睦まじくなっていた。


(新装開店前に、何度か会ってたのかな…?)


 それにしても、ナンシーさんの変貌振りには驚かされた。そして、2つの理由で嬉しくなった。

 1つ目は…ナンシーさんも、間違いなく『信じる人』だって事。

 そして2つ目は、『信じれば、必ず何かが変わって夢は叶う』って事…。


(井上君…今頃どうしてるかな?白江君は……。うん…どうでも良いや。)


 私の周りに、また『信じる人』が増えた。とても幸せな気分だ。




 後、所長と健二さんにも驚かされた。浅川君から貰ったお金を、孤児院に寄付しようと考えていたのだ。


(ところで、どうして孤児院を選んだんだろう?)



「いらっしゃい!あっ!紫苑ちゃんじゃないか?」

「おじさん、お久し振りです!」


 昼の休みを利用して、古い商店街に足を運んだ。

 事務所は余りにも殺風景だ。浅川君のおかげで備品は増えたけど、清潔感が全くない。そこで私は定期的に、事務所に飾る花を買う事にした。所長達みたいな真似は出来ないけど、少しは自分以外の為にお金を使ってみようと思う。

 だけど期間限定だ。今回は特別として、報酬が貰えない仕事を請けた時点で、花は花瓶ごと消えてなくなる。


「紫苑ちゃん、惜しいね~!」

「惜しいって…何がですか?」


 事務所に合いそうな花瓶と花を選んでいると、花屋のおじさんがそう嘆いた。


「レディースデーは、昨日だったんだよ。」

「……。あっ!」


 この花屋では月に1度、レディースデーを設けている。女性が購入する花、女性にプレゼントする花が、20%オフになるのだ。

 つまりは、レディースデーと言っても形だけだ。男の人が自分の為に購入する花でも、嘘をつけば割引になる。


「そうでした…。タイミング悪かったな~。レディースデーの延長って、利きません?」

「駄目駄目。ただですら損する日なんだから。女も男も、挙ってこの日に買いに来るんだから!」

「………。」


 どうやらおじさんは嘘だと分かっていても、受け入れているみたい。

 仕方ない。次からは逃さないように心掛けよう。


「そう言えば…昨日、健二が花を買いに来たよ。」

「?健二さんがですか?」



『おっさん!今日ってレディースデーだろ!?』


 健二さんが訪れたのは、夕方頃らしい。…となると、相手はナンシーさんだ。


「全く…。あいつも嘘をついて花を買うとはね…。女にプレゼントする花って言ってたけど…あいつが女にもてた事なんて、1回もないじゃないか?ワカちゃんにも振られて…。それとも最近、狙ってる人でも出来たかね?」

「………。」


 健二さんがワカちゃんに振られた事は、どうやら商店街全ての人が知る事みたいだ。



『20%なんかケチ臭い事しねえで、半額にしろよ!?』

『駄目だ!そんな事したら、こっちは大損だ!』

『頼むって!相手は、滅茶苦茶良い女なんだ。だったらそれに似合う割引してやらなきゃならねえだろ!?』


「あんまりせがむもんだから、30%オフで売ってやったよ。全く…金がないなら無理するなってんだ。どうせ相手にもされないくせに…。」

「………。」

「ところで、紫苑ちゃんは知ってんのかい?健二が最近惚れた女の事?」

「……。赤い薔薇を、10本でしょ?」

「おっ!?知ってんのかい?だったら教えてくれよ。健二の奴、今度は誰に惚れたんだい?」

「惚れたんじゃなくて、どうやら好かれてるみたいですよ?」

「えっ!?あの健二がかい?そんな馬鹿な!だったら、尚更の事知りたいねえ。健二に惚れた女は、一体どんな女なんだい?」

「教えても…おじさんには分からないと思います。」

「?何だい?この界隈の女じゃないのかい?」

「結構、近所にいる人です。」

「だったら教えてくれよ!教えてくれたら割り引くからさ!」

「本当ですか!?……でも…。」

「でも…何だい?」

「その人は、日ごと日ごとに変わっていくので…教えられても、誰だか分からないと思います。」

「??何だ?そりゃ?」

「………。」




 ナンシーさんが、本当に女性になれるかどうかは…まだ分からない。でも、きっと素敵な女性になれると私は信じているから、おじさんには教えなかった。


(それはそれとして…)


 健二さんが割引をせがんだのは…ただ単にお金がなかったからなのか…。それとも、ナンシーさんの努力をおじさんにも認めさせたかったのか…?

 昨日の様子を見ていた私だから後者だと思いたいけど…いつもの健二さんを知っている私だからこそ、どうしても前者の可能性を否定出来ない。


 私は結局、淡い緑色をした花瓶と、名前にちなんで紫色の花を購入し、惜しがるおじさんに手を振って店を後にした。

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