TRACK 07;新たな取り立て屋

「このサーカスにおる、江川と言う名のピエロに迫れば良いんじゃな?」

「ああ。今日、依頼主は欠勤させている。宜しく頼む。」

「しかし…どうしてワシがこんな仕事を…?」

「親父の他にいないんだ。メンバーは全員、顔が割れてしまった。」

「……。」


 ワシは弘之の要請に、渋々応える事にした。


(久し振りに連絡を寄越すもんじゃから、てっきり暴れられると思ったら…。まさか、借金の取り立て屋を演じさせられるとはの…。)


「俺達よりも適任だ。顔つきからして、親父は悪人だからな。」

「健二…憎まれ口は叩くな…。」

「はっはっはっ!」


 全く…。いくら弘之の頼みと言うても、自信がないわい。




「ショーは終わったみたいだ。頼んだぞ?親父。」

「……仕方ないのう。ボロが出ても知らんからな!?」


 ワシは、人の流れに逆らって体育館に入った。


「紀本菜月はおるか!?」

「どなたですか?」

「紀本に用があって来た。借金取りじゃ!隠すと、ためにならんぞ?」

「……。昨日は江川…。今日は紀本さんまで…。どうなってるんだ?」

「紀本を知っとるのか?ここに連れて来んかい!」

「紀本さんは、無断欠勤してます。何処にいるか知りませんし、困っているのは、こっちも同じです。」

「………。お主、さっき江川がどうたら言ったの?紀本と関係がある人間なんか?」

「うちの団員です。今日は出勤しましたけど、昨日は無断欠勤したんです。…紀本さんの休みと、何か関係あるのかな?」


(江川が借金を抱えとる話は…団員には伝わっておらんのか?)


「何か…関係がありそうじゃの?江川と言う男は何処におる?」

「……。」

「何じゃ?お主が江川か?」

「あう。」


 江川を探そうとしたら背中を叩かれた。

 振り向くと男がおって、言葉が話せん様子じゃ。江川に間違いない。


「お主、紀本の知り合いか?」


 尋ねると、男はメモ用紙を取り出した。


『同じ劇団の人です。…何かありましたか?』

「昨日、あの女がワシから金を借りた。一千万もの大金じゃ!土地の権利書を担保に貸してやったんじゃが…あの女!偽の権利書を寄越しおった!ワシを騙したんじゃ!隠しても無駄じゃ!紀本を出せ!」

「!紀本さんが!?」

「ここにおる事は分かっておる!ワシらヤクザを、舐めんじゃねえぞ!?」

「…ヤクザ…。ここにはいません!電話も取らないんです!」

「あ…あ…。」


 自信はなかったんじゃが…ワシの演技も捨てたもんではないようじゃ。江川と言う男は当惑し、周りにおる劇団員もざわつき始めおった。


「!?何をするんじゃ!?」


 突然、江川と言う男はワシの袖を引っ張り、他の人間から遠ざけた。


「あっ!ああっ!あ~!」

「お主、紀本の居場所を知っとるんか!?じゃったら案内せい!」

「あ!あー!あ~!」

「まっ、待て!落ち着かんか!」

「あー!あー!あー!」


 男は袖を引っ張り続け、廊下の外までワシを引き摺り出した。

 そして団員の目が届かないところまで来ると、ワシに向かって土下座を始めおった。


(勘は働くようじゃの…。)


「どうしたんじゃ?突然、土下座なぞしおって?」

『あの人に罪はありません。お金は、必ずお返しします。私に任せて下さい。』

「…?どう言う事じゃ?」

「………。」

『ピピピピピッ!ピピピピピッ!』

「!!」

「驚かんでもええ。携帯が鳴ったんじゃ。ちょっと待っとれ。…誰じゃ?」

「親父か?少し…早過ぎたか?」


 弘之から、ちょうど良いタイミングで電話が掛かってきた。


「今、紀本を知る男と話しとる。江川と言う名じゃ。どうやら、居場所を知っとるようじゃ。」

「分かった。それじゃ、演技を続けてくれ。」

「…コホン。」


 ワシが咳払いで返事すると、弘之は電話を切った。


(さて…正念場じゃ。)


「何!?紀本を捕まえたじゃと!?分かった!いま直ぐそっちに戻る。逃がすなよ!?知り合いの店に、高く売りつけてやる!」

「!!?あっ!あ!あ~~!!!」


 大声でそう怒鳴ると江川はワシの足を掴み、膝を着いたまま頭を下げ続けた。

 身振り手振りで、借金は自分が払うと訴えおった。


「何故じゃ?どうしてそこまで、あの女を庇う?紀本は、自業自得の事をしたんじゃ。」


 弘之からは、江川の気持ちの底を確認しろとも言われとる。

 ワシは演技を続けた。


「…あの女に、貸しでもあるんか?紀本を庇う理由は何じゃ?」

「………。」


 じゃが次の質問に、江川は暫く黙り込んだ。


 やがてメモ用紙を取り出し、『原因は自分にある』と書きおった。


「どう言う事じゃ?」


 そこから江川の説明は続いた。

 事情は既に知っておる。江川がメモを書く間、演技を続けるのが苦労じゃった。




「どうして、そんな回りくどいやり方をしおった?面と向かって、迷惑じゃと言えば良いじゃろ?」

「………。」

『傷付けたくないんです。私を好きでいてくれる事は嬉しいのです。でも、私と結ばれたところで、あの人が不幸になるだけです。私は、あの人に幸せになって欲しいのです。』

「?幸せになって欲しい?だったら、お主が幸せにしてやれば良いじゃろうが?」

「………。」

「お主も、あの女の事を好いとるんじゃろ?」

「!!」


 全ての事情を聞き出した後、ワシは江川の気持ちを尋ねた。

 江川は驚いた表情を見せた後、また黙り込んでしまいおった。


 そして暫く考えた後、ゆっくりとメモ用紙に何かを書き始めた。


『私は、ろう唖の人間です。あの人に苦労を掛けたくもないし、惨めな思いをさせたくもありません。』


 それは、全く情けない言葉じゃった。


「惨め?お主の、何処が惨めと言うんじゃ?」

「………。」

「お主は…見たところ読唇術も心得ておる。だったら口が利けんだけじゃろ?それの何処が惨めなんじゃ?しっかり職に就いて、仕事もしておる。食って行けるくらいの能力はあるんじゃろ?惚れた女を養うくらいの、甲斐性は持っておるじゃろ?」

「………。」


 ワシは、打ち合わせになかった言葉を掛けた。

 じゃが、江川からはそれ以上の事は聞けんかった。



「…話は分かった。お主に免じて、店に売り払うのは止めてやろう。じゃが、奪われた金は返して貰わねばならん。お主が説得して、盗んだ金を取り返せるか?」

「………。」

「……。出来んようなら、女は返さん。」


 そこで江川がやっと首を縦に振ったので、ワシは体育館から出て行く事にした。




「…と言う事じゃ。弘之。」

「ご苦労さん。恩に着る。」


 外で待っておった弘之達と落ち合い、事の成り行きを説明した。


「全く…。情けない男じゃった。」

「自信がないだけなんだ。そして何よりも…健気なんだよ。」

「………。」


 事務所には、拓司や千尋がおる。拓司は幸雄のお陰で問題ないが、千尋は今でも過去を引き摺っておる。

 弘之は江川を助ける事で、千尋に自信でも着けさせたいのじゃろう。


 千尋も弱い部分がある。じゃが、それ以上に健気な男じゃ。ひょっとしたら江川も、千尋と同じなのかも知れん。


「健気な男…か…。じゃが…」

「??」

「健気なのは、女子おなごだけで構わん。男はもっと、ガッシリとせんといかんわい。」

「俺もそう思う。だから俺達が、背中を押してやる事にした。」

「…?また、何か悪さを企てとるんか?」

「新しい依頼主からの頼みだ。江川からの依頼は、受けない事にした。」

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