BONUS TRACK;正午のシンデレラ

「弘之!健二!早く来いよ!始まっちゃうだろ!?」

「…幸雄…。元気だな?」

「禁止令を出してたからな。どうやら、本当に足を運ばなかったようだ。」



 悪い連中は捕まった。これで親父の株もまた上がった。1度、酒でも奢ってもらわなければ…。

 取り立て屋はヤクザだった。それも、根岸組の残党が組んだ組織だ。


 悪い奴らを根絶やしにするのは、いつの時代でも難しい。



 事件が解決して数週間後、俺は健二と幸雄を連れて、依頼主の父親が出ると言うヒーローショーを見に向かった。

 興味がある訳じゃない。父親が全うに生きているかを確認しに来た。後、依頼主から受けた遣いもある。




「危ない!後ろ!負けるな怪人!!」

「おっちゃん!どうして悪者の応援するのさ!?」


 ショーが始まり、幸雄が早速興奮し始めた。…辺りはガキだらけだ。


「あの怪人は特別なんだ!中身は、頑張ってる人なんだ!」


 父親は昔、アクションスターを目指していた。確かに演技が上手い。

 希望満ち溢れる頃に詐欺を働く会社に騙され、金を出せばスターにしてやるとほのめかされた。

 そこから借金地獄が始まった。家族を苦しめた事に変わりはないが、金を借りた理由がまだ救える。


 過去の言い訳をしないのも立派だ。この事実は、拓司がサイコメトリーで入手した。




「おっちゃん!お疲れ様!今日もカッコ良かったぜ!?」

「ああ、塩谷さん。今日も見に来てくれたんですね?」

「あっ!…いや…。」


(今日も…?)


 やっぱり俺が甘かった。もう1度、幸雄に言って聞かせよう。営業をサボるのは構わないが、相棒のガソリン代がかさむのは放っておけない。

 幸雄はまだ知らない。俺と千尋だけが知っている。


(…橋本を怒らせると…どんな目に遭うか分からない。)



「おっさん。毎日、頑張ってるみたいじゃねえか?」

「あ、安本さん。?金森さんも…?今日は、どう言ったご用件で?」

「娘さんから頼まれた。あんたがちゃんと仕事してるかと…後これ、娘さんからの差し入れだ。」

「??」


 俺は父親の様子を見に、健二は、依頼主から遣いを頼まれていた。

 預かった物は、依頼主が作った弁当だ。



「……お袋の…味がします。」

「………。」


 父親は、初めて愛娘の手料理を口にした。




 結局、父親は家に戻らなかった。

 勿論、親子の縁は戻った。ただ、家は新居に使えと、自分は自分の力で生きて行くと、これまでの生活を続ける事にした。

 蓄えもないくせに、『何かあったら連絡を寄越せ』と親父振りもした。




「それじゃ、俺達は帰るから。今度はおっちゃんの、ヒーロー役が見たいよ。」

「…いや…私にはまだ…。」

「どうしてだよ?おっちゃんなら充分、ヒーロー役張れるぞ?」

「……。もう少し、もう少しだけ自信を着けたいんです。」

「??」


(そう言う事か…。)


 父親に、これまでチャンスがなかった訳じゃない。蒸発してからずっと、あえて悪役に徹していたんだ。


「誰も、自信や資格があってヒーローになる訳じゃありません。」

「…?金森さん…。」

「自信や資格は、なった後に着いてくるものです。どんなに強いヒーローだって、最初は何も持ってません。」

「……。はい。」




「それじゃ…俺達行くから!明日もまた見に来るからね!」


 別れ際に、幸雄が卑怯なマネをした。父親と、俺の前で約束を交わしやがった。

 父親が楽しみにしているなら、幸雄を止める事は出来ない。


「行くぞ。幸雄。」


 せめてもの腹いせに幸雄の耳を引っ張り、相棒が待つ場所へ向かった。




「俺達も、そろそろ昼飯にしようぜ?腹が減った。」

「そんなに待ちきれないか?」

「…違う。腹が減った。それだけだ。」

「……。」


 相棒を飛ばして間もない内に、健二が昼飯を食おうと五月蝿くなった。

 誘いに笑って応えると、健二は黙って風呂敷を広げた。


「あっ!今日はハンバーグ!美味そうだな!?」

「シンデレラの手料理だ。不味いはずがない。」

「……。食堂のおばちゃんに、怒られそうだな…?」


 依頼主は、俺達の昼飯まで準備してくれた。

 今日だけじゃない。事件が解決して、毎日のように弁当を配達してくれる。


『お礼になるか分かりませんが、当分はお昼を任せて下さい。』


 断ろうとした俺を遮って、健二が即答を返した。麻衣のパンケーキを断ったばかりだから、ありがたい事ではあるのだが…。



「美味い!くそっ~!俺はこんな美味い飯を逃してたのか!?」

「ヒーローショーを取るか、美味い昼飯を取るか…。よく考えろ。」

「う~~ん…。どっちだ!?」

「悩むところか!?弁当だろ!?シンデレラが作った手料理なんだぞ!?」


 俺達は相棒を止め、川辺で昼飯を楽しんでいた。



「ところで健二…。どうしてシンデレラなんだ?依頼主は、『商店街のマドンナ』って言われてるんだろ?どうしてお前だけが、シンデレラと呼ぶ?」

「あっ?」


 接近禁止命令は解かれた。だが健二はもう、嫌らしい目で依頼主には近付いていない。

 まぁ、側に生涯の伴侶がいるんだから…諦めるしかないのだが…。


「マドンナってのはな、麻衣みたいな金持ちでお嬢様で、べっぴんさんに使う言葉だ。…あの子は、シンデレラで良いんだよ。」

「??」

「シンデレラは、家族に苛められて貧乏だったけど、魔法を掛けられて、ほんの数時間だけ綺麗になる事を許された。」

「それが依頼主か?」

「……昼のクソ忙しい時に、嫌な顔せず弁当を売ってる姿は…正しくシンデレラだった。満面の笑みで接客してんだよ。」

「………。なるほどな。」


 健二は女好きだが、誰にでも恋心を抱く訳ではない。

 健二が、昼時にだけ会いに行っていた理由が分かった。


「惜しい相手を…見逃したな?」

「…全くだ。」


 俺の慰めに、最後の一口を食い終わった健二が、その口を尖らせて応えた。


(まぁ…身を引くと言ったって、最初から相手にならなかったが…。それでも、たまには慰めてやらないとな…。)


「まぁ、次の機…」

「早く、子供の顔が拝みたいな?」

「??」

「来年、早速子供が生まれたとしてだ…。女だとして、その子が二十歳になったとしたら…その時、俺はまだ還暦前だ。」

「………。」

「間に合うよな?」

「………………………………………。」


 口を滑らす前に、こいつの本心を聞けて良かった。


「さっ、事務所に帰るぞ。」


 俺は立ち上がり、さっさと相棒の助手席に腰を下ろした。



(やっぱり健二は…ただの変態だ。)

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