TRACK 12;手に手を取って
黒幕が、依頼主に銃口を向けた。
しかし次の瞬間、その銃口は天井を向いた。いや……向けさせられた。
「ぐはっ!」
「………。このくらいなら、構わないだろ?」
健二だった。テレキネシスを使った。
銃口を上に向けると同時に走って近寄り、その勢いで黒幕の左頬に強い一発をお見舞いした。
健二が俺に確認する。仕方なく首を縦に振った。
黒幕はかなりの歳で、健二の一発は強い。だが、気を失う事はなかった。奴なりに、力を抑えた一発だったようだ。
「健二!その銃を俺に寄越せ!早く!!」
「???」
隣で幸雄が、焦ったように銃を渡せと言う。
健二は黙って、幸雄に銃を放り投げた。
「すげぇ~!これは最新型だ!やっぱ黒幕ともなると、持ってる銃も一味違うな!?」
「………。」
「………。」
「………。」
俺と健二、そして依頼主までもが呆れた顔で幸雄を見た。
「!後ろ!」
橋本を奥へと連れ去った男の1人が戻って来た。それに気付いた俺は、健二に向かって叫んだ。
すると、健二よりも遠い場所にいる幸雄が、次の瞬間には男の両手を掴んでいた。
相変わらず、あいつが力を解放した時の動きは見えない。
銃に夢中になっていても、幸雄には状況把握が出来ている。そうでもなければ、俺達の仲間は務まらない。
「所長~!」
「橋本、無事だったか?」
橋本も無事、連れ去られた場所から脱出出来たようだ。
「お前も、一人前の探偵だな?」
俺は橋本を褒めた後、依頼主の顔色を伺った。
依頼主は、ホッとした顔で橋本を見ていた。
「さて……この男をどうします?」
「……。私に任せて下さい。」
後始末を尋ねると依頼主は黒幕を座らせて、何か話し出した。
会話の内容は、全く分からない。だから俺は幸雄から銃を取り上げ、2人の会話を読み取れと指示した。
「返せよ!?それは俺のだ!」
「2人の会話を読み終わったら、銃は返してやる。」
「………分かったよ。」
会話の内容は衝撃だった。依頼主は、黒幕を許すと話したのだ。
「熊田さん……。貴方は、統一を望まないのですか?」
「望まない!国交の回復も望まない!それが通れば、莫大な利益を失う事になる。西も東も、飼い殺しが一番なんだ。自由を与えれば、損をするのは俺達だ!お前の会社だって同じだろ!?」
「………。私は数日前、会社を退社しました。歳も歳ですし……。それに私は、個人の利益よりも平和な国造りを望んでいます。」
「平和!?はっ!馬鹿な事を言うな。お前達東側の人間が、そんなものを求めてない事は知っている!経済政策で西側を苦しめ、戦争にまで追いやったのはお前達じゃないか!?俺は、国など信じない。信じるのは金だけだ!それがあれば、安全で平和な暮らしが約束される。」
「………それは昔の話です。あの時はまだ、私達は平和の意味も知らなかった。その為に国は崩壊し、2つに分かれました。でも今はその過ちを悟り、こうして統一に向かって努力しているのです。真の平和とは…決して金銭で勝ち取れるものではありません。」
「…………。」
「お金が無いなら無いで、一緒に苦労する事。お金があるならあるで、一緒に美味しい食事をする事。平和でない事と、困難や貧困に苦しむ事は違います。むしろ困難や貧困の中に、真の平和があるのかも知れません。手に手を取って困難に立ち向かえば、勝利を手にする事は出来ずとも、そこには調和が訪れます。」
「………………。」
「平和とは、お互いがお互いの立場を理解し、調和を保とうとする事なのです。争いがない事が、平和であるとは言えないのです。」
「……………。」
「だから私は、貴方を許します。」
「!??」
「…貴方が、神谷さんと手を組んで私を妨害しようとした事……。それも、調和の1つなのでしょう。」
「……………。」
「忘れないで下さい。貴方は東側にいる神谷さんと、1つの事を成し遂げようとしました。結果は失敗に終わったようですが、その時貴方は間違いなく、東側と手を取り合ったのです。それを…忘れないで下さい。」
「……………。」
「統一を望まない貴方達の意見も、大切な国民の声です。私に、何処までやれるか分かりませんが、出来るだけ多くの人が平和になれるように、出来るだけ多くの人が手に手を取れるように、私は努力します。」
(………………。)
どうやら依頼主は、忠告に耳を貸すつもりはないらしい。統一の為に除外しなければならない存在も、彼女は、自らが背負うつもりでいる。
(………。まぁ……それも1つのやり方だ。彼女になら…それが出来るのかも知れない。)
それでも依頼主は既に、大儀を掲げる器がどう言うものなのか……それには気付いてくれた。
結局依頼主は、黒幕と男2人を解放した。
男の内の1人は気絶していた。橋本がやった。殺しはしなかったが、容赦もなかったようだ。
(………言えない…。橋本に、今回の誘拐がおとり作戦だったとは、口が裂けても言えない…。)
俺はどうやら、橋本の性格を見抜けなかったようだ。健二が女の敵であるように、橋本は男の敵だ。
どんな事があったとしても、あの場所を攻撃するのはマナー違反だ。
銃は取り上げた。幸雄が持って帰ろうとしたが奪い取り、目の前に見える海へと投げ込んだ。
「!!何するんだよ!?あれは、俺の銃だろ!?」
「幸雄……。本当のヒーローは武器なんて使わない。キックやパンチで悪を征す。知ってるだろ?」
「………なるほど!」
「お前の能力は、その為にある。そうだろ!?」
「!!!確かに!そうか!そうだったのか!俺のもう1つの能力は、その為にあったんだ!」
「しかも、ウルトラマンよりも活動時間が長い。あっちは3分で、お前は10分だ。」
「………!なんてこった!俺は今まで、何故それに気付かなかった!!?」
………幸雄は、単純で扱い易い。
「紫苑さん、本当に済みませんでした。私の代わりに…」
「美緒さん!次の角を左でしたよね!?」
帰りの車の中で依頼主は橋本に、作戦の懺悔をしようとした。
俺は焦って、その口を封じようとした。
「あっ、はい。左で正しいです。……あの…紫苑さん……」
「つっ、次は右ですか!?」
「いえ……。当分、真っ直ぐ走って下さい。」
「………………真っ直ぐ……。」
「紫苑さん………。」
俺は諦めた。当分車は直進するそうだ。これ以上、右か左かを訪ねる事が出来なかった。
「えっ~~~~!!!おとり作戦だったんですか!?」
(…………遂にばれた……。)
「所長!これは一体、どう言う事ですか!?」
「落ち着け、橋本!これには訳がある!美緒さんは、国を導く指導者になる人だ。高齢でもある。そんな人に、無茶をさせられないだろう!?」
「私だって、か弱い女性です!」
「男を1人、見事にのめしたじゃないか?立派だったぞ!」
「あれは偶然です!相手は銃も持ってなかった。……って、所長!私はホテルで誘拐された時、銃を向けられたんですよ!?」
「知ってるさ!安心しろ。お前の事は、隣の部屋でずっと見てた。銃を向けられた時も、健二に弾を抜かせた。お前の身の安全は、常に見守っていた!」
「?…………!!透視能力を使ったんですか!?」
「???」
俺は橋本に言い訳をした。
安全は確保していた事を伝えたつもりだったが、橋本はその事に逆上した。
「私がお風呂に入っている時も、ずっと見ていたって事ですよね!??」
「…………………………………………………。いや、それはない。お前が寝てから能力を使った。」
「今の長い沈黙は何ですか!!?一瞬止まったじゃないですか!!?大体私が寝た頃が、どうやって所長に分かるんですか!?ずっとずっと、透視能力を使ってたって事じゃないですか!!」
「……………………………………………………………。」
「!!否定して下さい!!!!」
俺は助手席に座っていた。後部座席に橋本と依頼主がいた。だから急所は無事だった。
しかしホテルに帰るまでの間、俺の首はずっと、橋本に締め付けられていた。
「ばじもど~~!じゅるじでぐで~~~!」
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