BONUS TRACK;バカンス休暇

 蒼い海、白い砂浜、そして……燦々と輝く太陽~!!


 依頼を終えた後、私はバカンス休暇を取って、とある国のビーチに来ていた。


『だから、服を脱いだ瞬間だけだって言ってるだろ!?直ぐに透視は止めた。もう1度部屋を覗いた時には、お前は髪を乾かしていた。』

『信じられません!本当の事を言って下さい!』

『本当の事を話した!俺だって、見たくないもの見せられたんだぞ!?』

『!!見たくないものって、それどう言う意味ですか!!?』


 所長が私の私生活を覗き見した。いくら警護する為だったとは言え、許せなかった。



「どう?少しは、ストレス発散になってるかしら?」

「はい!お陰様で!」


 隣には美緒さんがいた。今回の休暇は、美緒さんの計らいで取る事が出来た。いつまでも口喧嘩を止めない私を見て、旅行に誘ってくれたのだ。

 費用も美緒さん持ちだ。貧乏事務所の所長が、旅費を準備出来るはずもない。所長は私に、休暇だけを与えてくれた。




「そろそろ、食事にしましょうか?」


 日も暮れ始めた頃、美緒さんが食事に誘ってくれた。


「どう?この国の食事は、お口に合うかしら?」

「とっても美味しいです!こんなに美味しい料理、食べた事ないです!」


 異国の豪華料理を前にして、私は遠慮もしなかったし、美緒さんもそんな私を見て満足してくれた。


「明後日は最終日だから、明日の内に空港近所の都市へと移動しましょう。」

「あ~あ…。もうそんなに経ちましたか?残念ですけど…そうしましょうか。」


 旅行は4泊5日の日程だった。既に、3日目の晩だ。





 事件は……解決したと言って良いのか分からない。とりあえず美緒さんを、政府の人間と会わせる事には成功した。

 美緒さんはそのまま西に留まり、東に帰るどころか、他の国に出る気もなかった。彼女は密入国した人なのだ。

 それが…


「もう、隠れて行動する事はしません。弘之さんが教えてくれました。私は全ての行動に、胸を張る事にしました。」

「…………。」


 美緒さんは、少しの波風も立てたくないと願っていた。時期が来るまでは西側にも東側にも、賛成派にも反対派にも騒いで欲しくなかったのだ。

 けど美緒さんは、自分のパスポートでこの国に来た。パスポートは、勤めていた会社を通して受け取った。

 東側の人間である美緒さんは、特別な方法で西からここに来て、帰る時にも、特別な方法で西側へ戻る。


 方法は特別だけど、この事は公表されるそうだ。

 私は、空港で美緒さんと別れる。美緒さんは、西側が手配したSPと一緒に帰国するのだ。

 ちなみに所長達は、もう1度密入国して東に戻るらしい。私が帰国する頃には、事務所に帰るって言ってた。


(全く……何処まで子供みたいな人達なんだろ?)




「ところで、報酬の件なんですけど……。」


 食事が終わったところで、私は現実的な話を持ち出した。ここに所長はいない。報酬も、西か東の政府から貰える。

 稼ぎ時だ!


「この旅行が終わって、西側で落ち着いたらお支払いします。但し海外送金になってしまうので、少し待って貰うと思いますが……。」

「ありがとう御座います。ちなみに支払いは、西からですか?東からですか?」

「東からですから問題ありません。報酬金額は……」

「!!!!そんなに貰えるんですか!?」


 私は、提示された金額に驚いた。想像以上の金額だ。

 けれども1つ、気になる事が頭に浮かんだ。


「報酬は……東側からなんですか?」

「……………。」


 美緒さんは、西側の政府の人間と出会う為に私達を雇った。美緒さんが東側の政府と話してるところを見てないし、話に出て来た事もない。


「今回の依頼は、私個人がお願いしたものです。支払いは、私がさせて頂きます。」

「えっ!?」


 麻衣さんは勘違いしていた。支払い元は、政府側ではなかった。

 西側からの依頼で美緒さんは動いたけれども、西側は今回の帰国みたいに、国境を渡る車両とSPを準備する予定だった。けれども、波風を立てたくない美緒さんはそれを断り、私達に頼んで密入国をしたのだ。

 西側の政府はこのやり方を、最後まで反対したそうだ。



 美緒さんの話を聞いて、私は3度驚いた。

 2つ目は、一流企業に勤めて退職金までを貰うと、それだけ財産を蓄えられると言う事だ。私は再度、転職を考えてしまった。

 3つ目は、報酬が…美緒さんの全財産だと言う事だ。


「私は、西側に骨を埋める覚悟で居ました。西と東は、未だに国交がありません。東側で蓄えたお金は、西では使えないのです。それに、結婚もしていない私には、財産を残してあげられる家族もいません。妹がいますけど彼女は彼女で、大きな会社を運営しています。」

「…………。」


 他の国に口座を持つ美緒さんなら、それを介して西側にお金を送れるはずだ。

 美緒さんは多分、ゼロからの出発がしたいんだ。




 次の日の夕方、空港近所の都市に到着した私は美緒さんに誘われて、とある食堂に足を運んだ。


「!?何ですか?この匂い!?」


 食堂は古びた建物で、そこで出された食事は、匂いが酷い鍋料理だった。


「難しいかしら?でも、とっても美味しいのよ。騙されたと思って食べて見て!」

「………………。」


 昨日までの贅沢が嘘のようだ。バカンス最後の晩餐は古臭い食堂で、匂いがする食事だった。


 美緒さんは、私が一口食べるまで箸を持たなかった。ずっとこっちを見て、ニコニコと微笑んでいた。


「……………頂きます!」


 勇気を出して料理を口に運ぶ。


「…………………。」

「どう?」

「!!とっても美味しいです!」

「良かった~!でしょ!?この国で、私が一番好きな料理なの!」


 とても人間が食べる物ではないと思った食事は、私にとっても一番の料理になった。



「ところで美緒さんは、この国に足を運ばれた事があるんですか?」

「??」

「いえ、この料理が一番好きだっておっしゃったって事は……。」

「5回ぐらいは足を運んだかな?若い頃にね。仕事が忙しくなると、海外に行く事はあっても、遊ぶ時間がなかったわ。」

「………………。」

「私が足を運んでいた頃はね……この国も、内戦の危機に曝されていたの。」

「この国がですか?」

「……今は経済も発展して、とても住み易い国に変わったみたい。嬉しい限りよね。」

「………………。」


 そして美緒さんは、満面の笑みを浮かべた。きっとこの国の今に、祖国の未来を見たのだ。




 そして遂に、バカンスは最終日を迎えた。


「どう?満足した旅行になったかしら?一緒に付いて来た人が、お婆ちゃんで残念だったかも知れないけど……。」

「いえいえ、そんな!とても楽しい旅行でした。ありがとうございました。」


 美緒さんは、私より先に飛行機に乗る。後ろには、既に数人のSPが立ち並んでいた。


(美緒さんはこれから……とても偉い人になるんだ。)


 2度と、美緒さんに会えないかも知れない。



「所長の事は、許す事が出来そう?」

「………まだです!帰ってたら、もっと強請ります!」

「あらあら……。」

「…って、嘘です!」


 旅の最後に、美緒さんは所長の懺悔を許せたかを尋ねてきた。美緒さんのお陰もあって、私は既に所長を許していた。

 それに……


「あの人達は不器用ですけど、やっぱり嫌いにはなれません。何だかんだで、私の事を大切にしてくれています。」

「………そう。」

「それに、あの人達はヒーローなんです!正義の味方です。今回で私にも、少し自信が着きました。だから、もうちょっと事務所で働くつもりです。」

「そっか……。ヒーローか……。私にも居たな。そんな人…。」

「??」


 私は、美緒さんの言葉が気になった。

 美緒さんは、未婚のまま今の歳を迎えた。でも、今でも充分綺麗な人で、結婚相手がいなかったとは思えない。


「美緒さんは、その人の事が好きじゃなかったんですか?」

「?私?……好きだったのかな?どうだろ?」

「え~~!どうしてそんな曖昧なんですか?美緒さん綺麗なのに、結婚しなかった事が理解出来ません。」

「………嬉しいわ。ありがと。」

「………………。」

「好きだったかも知れないけど、その人はもう、他の誰かと結婚を約束しているの。」

「??約束……って事は、まだしていないんですか?美緒さんひょっとして、若い男性に恋しちゃったんですか?」

「馬鹿言わないでよ!もう、そんな歳でもないでしょ?………私が好きな人は……私のヒーローは、10歳以上も年上の人よ。」

「????」


 話が読めなかった。美緒さんよりも10歳以上年上ならば、その人は既に還暦を迎えた人だ。そんな人が、まだ婚約しかしていないなんて……。


「……壁が邪魔しているの。だから私はその人の為にも…壁を壊さなきゃならないの。」

「…………!」


 やっと話が見えた。


「それじゃ私、そろそろ出発する時間だから……。ありがとう御座いました。教えてもらった口座番号、キチンと報酬を振り込んでおくわ。」


 美緒さんが、西側へ戻る時間が来た。


「あっ!美緒さん、これっ!必ず、飛行機の中で読んで下さい。私こそ、ありがとう御座いました!いつか必ず!お会い出来る事を信じています!美緒さんの国が、1つになる事も信じてます!信じていれば…夢は必ず叶いますから!」

「………ありがと。それじゃ…また今度ね!?」

「………はいっ!」


 私達は、友達のように手を振って別れた。

 搭乗口へと向かう美緒さんの背中が、とても逞しく見えた。


 私達は、もう1度何処かで会える。私はそう信じた。




 美緒さんに渡した物は手紙だった。

 その中身は……



『美緒さんへ。


 今回、弊社にご依頼頂き、誠にありがとう御座いました。我が社の働きには、満足して頂けましたでしょうか?危険な目にも遭わせましたけど、我が社は必ず、クライアントの依頼に応えます。

 その秘訣は……秘密にしていて下さいね。


 美緒さんの祖国が統一する事を、心から願っています。

 実は私には、拓司さんよりも凄い予知能力があります。美緒さんの祖国は、5年後には統一を迎えます。


 ………って嘘です。ご免なさい。残念ながら私には、何の能力もありません。

  でも、私はそう信じています。

  信じる事は大切です。それだけで、何かが大きく変ります。美緒さん、自分と祖国の人達を信じてあげて下さい。


 最後に…嘘をついたついでに、もう1つの嘘を告白します。

 昨日お伝えした口座番号は、デタラメな数字です。送金して頂いても、受取人がいません。だから送金しないで下さい。これは、所長からの命令でした。

 お金は5年後、祖国が統一した頃に美緒さんが使って下さい。


 それでは…もう1度お会い出来る事を楽しみにしています。必ず、また会いましょうね。』



 美緒さんと別れて搭乗口に向かいながら、今回の事を振り返った。だけど思い出される事は、美緒さんと楽しんだ休暇ではなく、危険な目に遭った現場の事ばかりだ。


(超能力がない私でも……所長達のメンバーになれたのかな?)


 何故か、そう思える事が嬉しかった。




 美緒さんに隠している嘘が、実はもう1つ……。偽の口座番号は、所長の命令じゃない。私が勝手にそうした。

 美緒さんからはお金を受け取れない。贅沢もさせてもらった。



「所長……怒らないかな?……怒らないよね?」


 所長もきっと、同じ事をするはずだ。

 もし怒ろうものなら、急所を攻撃してやる!




 帰りの飛行機は、とある国の上空を飛んでいた。


(…………………。)


 壁なんて……何処にも見えないよ……。


 美緒さんは、壁を壊す為に西側へと向かった。

 でも、そんなもの何処にも存在しない。窓から外を見下ろしても、そんな壁は…何処にも見当たらないんだ。


 それを確認した私は居心地が良いファーストクラスの席で横になり、5年後の未来を予想してみようと眠りに就いた。

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