TRACK 11;一人前

 私はまだ、口と手足の自由を奪われたままだった。


 それにしても、幸雄さんは酷い!本当に酷い!!銃を奪い取る余裕があったんなら、私を助けてくれても良かったのに……!!


「ここで大人しくしていろ!」


 私を奥の部屋に連れて来た男達は、そこにある大きなロッカーの中へ私を押し込んだ。

 扉を閉めた後、その前に何かを持って来て出られないようにした。


(また、閉じ込められた……。)


 でも、もう取り乱さない。括られたままの私の手には、小型の折り畳みナイフが握られていた。


(健二さん!ナイスです!)


 入社して、初めて健二さんを褒めた気がする。基本、あの人は女性の敵だ。


 暗闇の中でナイフを取り出し、先ずは手の自由を取り戻した。そして口を塞ぐ布を剥ぎ取り、大きく深呼吸した。薄汚い倉庫にあるロッカーの中だったけど、空気が美味しかった。

 そして足も自由にして力一杯ロッカーの扉を蹴ると、私は外に出た。


「!?どうやって脱出した!?」

「!!!マジっすか!?」


 外に出ると、男の1人と目が合った。誰もいないと思っていたのに……。

 幸いにも、もう1人の男はいない。美緒さん達の下に向かったんだろう。


(大の男が1人……。……やっぱり無理だ。)


 私は持っていたナイフを構えて、その先を男に向けた。

 でも、ナイフが短過ぎる。これで人を傷付ける事は出来ない。何よりも私には、そんな根性がない。


 男は全く怯む事なく、真っ直ぐ私に向って来た。


「いや~~!来ないで~~~!!」


 願いは虚しく、男は私の両手を掴んでナイフを取り上げようとした。

 男の力は強く、持ち上げられた私は背伸びをするかのように宙に浮いた。握っていた両手は解かれ、ナイフは床に落ちた。

 そしてそのまま、ロッカーに背中をぶつけられた。


「静かにしていろ!これ以上騒ぐと、本当に殺すぞ!?」

「………………。」


 私の両手は高いところで掴れたまま、体も宙に浮いている。

 男の足下に、ナイフが落ちているのを見た。すると男は片足でナイフを蹴り、ナイフは遠い所に飛ばされた。


(…万事…休す……?)


 ナイフを手にしたところで、どうせ私には人を刺す勇気がない。ナイフを両手に、誰かを脅す度胸すらもない。超能力もなければ、喧嘩をした事もない。


(…でも)


 私だって、探偵事務所の一員だ!現場だって(1度だけ)経験している!


 両手はまだ掴まれたまま、私は宙に浮いていた。冷静になって考えれば、この状態はチャンスだ。

 私は、やっと痺れが取れた片膝を上げ、その足を一気に伸ばした。


「………!!」


 男が呼吸を止めた。

 寝間着のまま連れ出された私の足は、靴も履いていない。だから感触で分かった。

 恥かしいけど私のつま先は……確実に男の急所に命中した。


 男はのた打ち回り、私の体は自由になった。それでもやっぱり、ナイフを握る勇気はない。

 だから私は、側にあったホウキを持って男を攻撃した。振り回しはしない。槍のように扱って、男の……男の急所を突いた。

 最初の一撃に驚いて急所を庇った男の手を突き、ガードが緩んだところを、もう1度力強く突いた。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

「ご免なさい!ご免なさい!本当にご免なさい!!」


 私は、何度も何度も大声を出して謝った。

 そして謝った回数だけ、急所を攻撃した。




「………………。」


(人って、本当に口から泡を噴くんだ………。)


 初めて知った。

 男は抵抗を止め、体全身を震わせて気絶した。


 それを確認すると、腰から力が抜けた。

 白目を剥いた男の目がこっちを向いている。私は目線を反らして、数回だけ深呼吸した。


 深呼吸を終えると立ち上がり、急いで所長達がいる場所へと向かった。


 現場はやっぱりお断り!こんな怖い目に、2度と遭いたくない!


(でも……何か根性が着いた……。)




 さっきいた場所に戻ると、騒動は既に解決していた。私を誘拐した男は幸雄さんに抑えられ、黒幕は床に転がっていた。側には健二さんがいた。何故か清々しい顔をしている。



「橋本、無事だったか?」

「所長~!ありがとうございました~!健二さんも!渡してくれたナイフのお陰で無事でした!」

「??もう1人の男は?まさかお前、人を刺したのか!?」

「!!まさか!ナイフは、縄を解く為だけに使いました。男は……」

「??」


 所長に、経緯を説明する事が出来ない。今更のように恥かしくなってきた。

 でも、あの男への同情はない。あいつは私に、それ以上の怖い思いをさせたんだ!


「お前もそろそろ、一人前の探偵だな?」

「……………。」


 所長が褒めてくれた。少し嬉しい。

 けど……所長はやっぱり勘違いしてる。私達は探偵だ。SPやボディーガードじゃない。




「さて…。この男をどうします?」


 所長は床に倒れる黒幕の側に行き、美緒さんに尋ねた。

 黒幕の左頬は、大きく腫れていた。


(だから健二さん、清々しい顔してたんだ…。)


 美緒さんは黒幕に近付き、男を座らせた。

 そして会話を始めた。


 話している内容は分からない。

 けど……美緒さんの表情が、以前とは違って逞しく見えた。

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