TRACK 10;黒幕

(紫苑さん、本当にご免なさい!)


 前の車を追っている間、ずっと心の中で彼女に謝っていた。


 作戦は、昨日の内に立てられた。弘之さんの提案だった。


『おとりなんて、必要ありません。もし必要なら、私が誘拐されます!』

『貴方は、国を動かす事になる重要人物です。しかし…貴方には覚悟が足りない。』

『覚悟ならあります!だから私が誘拐されると言ってるじゃないですか!?』

『自分を犠牲にする覚悟じゃない……。大事を成し遂げる時、目的の為に誰かを犠牲に出来るかどうかの覚悟です。』

『!!』

『勿論、これから貴方は戦地へ向かう訳ではありません。争いをなくし、平和な国を作ろうとしているだけです。しかし……貴方は多くのものを背負い過ぎてる気がします。私達を雇ったのは貴方です。それなら少しは私達を信じて、任せられる事は任せて下さい。』

『…………。』


 弘之さんは、私の能力不足を叱った。



 ……最初は、そんな気なんてなかった。世界を飛び回るキャリアウーマンになりたいだけだった。

 でも、あの人と出会い、世界を覗いた。

 そして統一は…いつしか私の夢になっていた。


 でも、願望だけでは国は動かない。時には、何かを犠牲にして進まなければならない時もある。

 政治家でもない私にはそれが足りないと、弘之さんに教えられた。



『誰にも迷惑を掛けないように、こっそりと西側の政治家達とお会いしたかったようですが、今後はそうは行かない。今後は、貴方の行動全てに理由を付けて下さい。そしてそれを、統一を願う人にも願わない人にも見せた方が良い。貴方が本当に正しい事をしているのなら、敵だって貴方に拍手を送るでしょう。』


 私は、誰にも迷惑を掛けたくなかった。例えば、反対派に殺されても良かった。でもそれが明るみに出て、お互いの感情が悪化する事は望まなかった。


 でも今日までの時点で、私は、2度も殺されたかも知れない。


『掲げた大儀が重い順に、人は生き残らなければなりません。貴方が掲げる目標が重いならその分だけ誰かを使って、その誰かを犠牲にしてしまう覚悟を持って下さい。』

『…………。』

『大丈夫です。今はその練習です。橋本は、無事に助け出します。私達も死にません。』


 私を叱った後の弘之さんは、平然とした顔をしていた。負け惜しみな余裕を見せたのではなく、しかし本当に余裕を見せる表情でもなく、ただただ平然とした顔つきをしていた。


(この人は、本当に自信があるんだ……。)


 確かにあの時、2人の男が持っていた銃から弾は取り除かれた。




「橋本なら大丈夫です。あいつも、事務所の一員です。ああ見えて、結構タフな女ですから……。」


 前の車が、港にある倉庫へ入って行った。

 この倉庫の何処かに黒幕がいる。未だに不安そうな表情をする私に、弘之さんはそう言って勇気付けてくれた。


 紫苑さんをおとりにしたのには理由があった。あの2人組が私の顔を知っているかどうかを確認したかった。

 万が一身に危険があったとしても、弘之さんは、それが私にならないようにと彼女をおとりにした。


『殴られた顔で、西側の重役に会うつもりですか?』


 私は、黒幕の正体が知りたかった。だから誘拐される必要はあった。

 その間に私が暴力を受けてはいけないと、弘之さんは気遣ってくれたのだ。




「着いた。あの倉庫の中に、黒幕がいるんだな?」

「血を昇らせるな、健二。お前の拳は最終手段だ。」

「…………ちっ!」

「それじゃ…行くとするか!?直ぐに帰って来るから、大人しく待ってろよ!?相棒!!」


 ……幸雄さんは、ちょっと特別だ。こんな状況にあっても、ユーモアを忘れない。




「そこまで!」

「!!」

「待たせたね、紫苑ちゃん!」


 紫苑さんは無事だった。手足を括られて口を塞がれていたけど、殴られた様子はない。


「誰だ!お前らは!?」

「済まないが、言葉が通じないんだ。何を言っているか分からん。」

「貴方は、熊田さん!?」


 黒幕の正体が分かった。それは、私と面識がある人物だった。


「八代…!お前達!目の前の女を殺せ!こうなったら、一緒にいる男達も全員だ!」


 黒幕は私の姿を見るなり、2人の男に命令した。そして、2人の男が銃口をこちらに向けて発砲した。

 しかし同時に、いや、それよりも前に?幸雄さんが男達の目の前にいた。


(速い!いつの間に!?)


 銃から弾は発射されなかった。部屋で確認していたけれど、それでも怖かった。万が一、銃の中に残った弾があったとしたら?私達が知らない内に装弾されていたら?

 でもそんな心配をする暇もなく、幸雄さんが銃を奪った。



「おおっ!この銃はやっぱり!!物凄い年代モンじゃねえか!?何処で手に入れた?プレミア付いてるんじゃない?俺!これ欲しい!!」

「……………。」


 いつの間にか私達の側に戻って来た幸雄さんが、奪った銃を見て興奮している。

 ユーモアじゃなかった。この人は、少し変わっている。


(そんなに早く動けたなら、紫苑さんを助けてあげれば良かったのに……。)


 幸雄さんは私達を、発砲から助けたのではないかも知れない…。ただただ、銃を手にしたかっただけなのかも……。


(…かなり変わった人だ……。)



「熊田さん!どう言うおつもりですか!?先ずは、その女性を解放して下さい!」

「!!お前ら、その女を奥に連れて行け!八代!女を返して欲しければ、俺の言う通りにしろ。」

「!!」


 軽率な行動だった。私のせいで、紫苑さんは何処かに連れて行かれた。


「止めて!」


 熊田にそう叫んだ時、弘之さんは私の肩を掴んで、後ろに下らせた。


「大丈夫です。橋本なら、もう無事です。あいつは……一人前の探偵なんです。力はないが気転は利く…。」

「…………。」



「八代!このまま東へ帰れ!統一は、俺達にとって不都合だ!お前も知っているはずだ!」

「…………。」


 熊田は…私達の会社と取引をする西側の豪商だ。

 今は、国が2つに分かれている。それでも一部の品物は、国境を越えて売買されていた。西側で、その利権を握っているのが熊田だ。統一が叶って国が1つになると、熊田は利権を失うのだ。


 そして…もう1人の黒幕……。


「だから神谷さんと手を組んで、私を妨害したのですね!?」

「……気付いていたか。」


 神谷さんは私の上司でもあり、会社の専務……。そして、西側との貿易を取り締まっている人物だ。


「紫苑さんが間違って誘拐された時、やっと確信が持てました。私はあのホテルに泊まった事を、神谷さんにしか伝えていません。その事を、貴方も知っていた……。」


 神谷さんへの連絡と有名ホテルでの宿泊は、弘之さんの指示だった。

 弘之さんは、東にいた頃から怪しんでいた。爆破された車は、東側で用意された物だった。



「……なるほどな。しかしもう、それを知ったところで手遅れだ。お前にはここで死んでもらう!」

「!!」


 そう言うと熊田は、懐に隠していた銃を取り出し、私に銃口を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る