TRACK 03;依頼を受ける基準

 拓司がサイコメトリーをした。

 結果は…どうやら依頼主は、悪い人間ではなさそうだ。


 拓司は、聞きたい事があれば本人に直接聞けと言うが…それよりも占いが気になる。もしイースト・Jと言う国へ行き、そこからウエスト・Jへ行くとするなら、否が応でも移動しなければならない。

 方向に鬼門が出なければ良いのだが……。




「先ずは、お話を聞かせて下さい。」


 依頼主がトイレから戻って来た。弘之が早速、依頼主から話を伺う。



 ウエスト・Jとイースト・Jと言う国は、元々は1つの国だった。数十年前に、経済格差に因る分裂を起こし、今でもまだ2つのままだ。

 しかし近年、そのまま独立した国同士になるかと思いきや、両国で統一の声が囁かれ始めた。


 八代と言う女は、少しずつ回復し始めた両国の間に立ち、諸問題を解決する相談役として任命された。

 八代は東側の貿易会社に勤めていて、そこは、国境で閉ざされた西側との貿易権を得た会社だと言う。西側との関係を続ける内に、西の諸事情に詳しくなったのだ。


 弘之が言ったように、やはり統一となると理想論や個人の感情だけでは事は進まない。2つの国は、経済格差で分裂した国だ。八代のような、経済の才に長けた人物がいなければ、現実問題を解決出来ないのだろう。



「私も正直、任された役目に驚いています。まさか、そんな重大な仕事を任されるだなんて…。西側には何度も足を運びましたが、それは貿易と言う名目の下で行われました。ですが今回は、これまでと事情が違います。」

「?何度も西側へ足を運ばれたのなら、今更になって護衛が必要ですか?」

「……お互いが独立した国としての、国と国とで行われる貿易程度では問題は起こりません。しかし統一となると、保守派の人達が黙ってはいないでしょう。私の希望としては、そこで問題を起したくないのです。両国が私の訪問を知る事もなく、穏便に事を進めたいのです。」

「……………。」


 八代は、自分の訪問に少しの荒波も立てたくないと言う。

 これまで彼女は西側に、一介の会社員として入国していた。だが今回は事情が違う。彼女の入国を、拒む人間も大勢いるだろう。


 八代が俺達に求めた事は、西側のとある場所への、無事の到着だけではない。全ての行動を隠密に行い、世間を荒立てない事だ。


「西側と東側の政府はこれまで、違う国で密会を行っていたそうです。しかし、本格的な統一への動きが始まった今、自国の領土での行動が必要になりました。私は、その計画に参加します。しかしこの事を知るのは、ごく一部の人間達だけなのです。」

「…………。」


 岡本の親父が仕事を持ち込んだ理由が分かった。

 護衛は、東側からも西側からも用意されない。用意をしようとするだけで、八代の動きがばれてしまうのだ。


「世界的に有名で、力もある黒田さんに相談したところ、貴方達のご紹介を受けました。」

「……なるほど。だから、こんな小さな事務所に足を運ばれた訳ですね?」

「…大切なのは、会社の規模ではありません。そこで働く人達1人1人の才能と、人格が大切なのです。岡本さんの事件の事は、黒田さんからお聞きしました。貿易を生業として来た私ですから、谷川レンズの事はよく存じています。」


 八代は、あの事件の裏で俺達が動いた事を、岡本の親父…つまり、黒田から聞かされたらしい。

 しかし…


(岡本の義理の親父の名前は初めて知ったが…黒田と言えば、世界的にもトップクラスの商社じゃねえか?そんなところの令嬢が、弘之や健二、あの岡本と同級生だったとは…。)



「それで、私達に出来る事とは?」


 弘之が、話を先に進めた。

 

(依頼の裏を聞きたがっていたが…拓司を信じたか?)


「私の護衛をお願いしたいのですが、あくまで護衛らしくない護衛に努めて欲しいのです。ただ…あってはならない事ですが最悪の場合、貴方達の、SPとしての力を発揮してもらいます。」

「!!!」


 幸雄のテンションが上がり始めた。今驚いたのは、俺じゃない。


(……やれやれ。)


「しかし、それは最悪の場合の事です。私と一緒に行動を取り、観光客のような態度で護衛をお願いしたいのです。その上で危険を回避したり、その場その場の判断で最善の方法を取ったりして頂きたいのです。」

「………なるほど。探偵家業を生業とする私達には、ピッタリの仕事と言う訳ですね?」

「その通りです。周囲には気付かれる事なく、しかし周囲には細心の注意を払う。そんな能力を持った方々が必要なのです。SPを周辺につけては、それだけで怪しいと思わせてしまうのです。」

「……………。」


 弘之はそこまでを話すと、少し黙り込んだ。


 やがて重そうだった顔を上げ、依頼主に質問を投げ掛けた。


「申し訳ありませんが、私達は八代さんの国の事情をよく知りません。その上でお聞きしたいのですが……統一後の貴方の国には、何が待っているんですか?良い事よりも、悪い事の方が多くないですか?そして貴方は…本当に統一を望むのですか?」


 弘之の質問に、依頼主の顔は暗くなった。

 しかし間もなく、笑いながら弘之の質問に答えた。


「流石です。黒田さんが紹介してくれた探偵事務所だけの事はあります。」


 そこまで言うと依頼主はもう1度暗い顔になり、心の内を話し始めた。


「おっしゃるように、国が統一するからと言って、良い事ばかりが待っている訳ではありません。喧嘩…いや、人と人とが殺し合う戦争を起した国同士です。1つに戻って争いを続けるよりも2つの国として独立し、そこで利害関係を結ぶ事の方が無難かも知れません。」

「…………。」

「それでも、私は統一を望みます。私は知っています。私達の間を引き裂く壁は、政治家達が勝手に引いた線なのです。そこに住む人々は、国境と言う壁で国が分けられる事を望んでなんていません。皆で一緒にご飯を食べ、同じ花を見て美しいと共感し、楽しんで暮らす事を望んでいるのです。普通の人々達の暮らしには政府が企む策略や経済的な事情など、一切関係ありません。」

「……およそ…政府側の人間になろうとしている人の台詞ではありませんね?」

「……先ほども申し上げたように、私は貿易会社の会社員です。政治の事など詳しくありません。西と東の両政府がそんな私を名指ししたのには、何らかの理由があるはずです。利害関係を超えた、本当の意味での統一を望んでいるはずだと思います。だから私は…それに賭けてみるつもりです。」

「………………。」


 八代はまだ、自分の利用価値を理解していない。

 政府は決して、彼女の理想論を評価したんじゃない。彼女が持つ、経済の才を求めているんだ。


(そんな調子で、国なんて動かす事が出来るのか…?)



「私達が、何処までお手伝い出来るか分かりませんが……。」


 だがどうやら弘之は、仕事を引き受けるつもりのようだ。


(……。)


 何を考えているか知らないが、俺はあいつと、そして占いの結果に従う。ただそれだけだ。



 しかし…弘之は相変わらずだ。報酬の額も聞かずに仕事を引き受ける。報酬が国から出ると言うのが理由ではなく、うちのボスは違うところで、仕事を請けるか蹴るかの判断をする。


(あいつは、誰が得をするかを考えない。仕事をやり遂げる事で、誰が悲しみや苦しみから解放されるかを考える。)


 弘之は……ヒーローになれるかどうか、いつもそればかりを考える。

 俺の性分には似合わない。


(俺は……どう足掻いても許されない男だ……。)


 しかし弘之は、そんな俺も仲間に入れてくれた。俺を信じてくれている。

 だから俺はついて行く。例え何が起ころうが……。


(占いの結果だけは……少々気になる事は気になるが……。)




「ありがとう御座います!よろしくお願いします。」


 弘之の返事に八代は笑顔を作り、頭を深く下げた。


 まだ仕事の内容も詳しく聞いていないのに…どうやら俺達は働かされるようだ。

 だが、仕事なら内容を問わず、完璧にこなせる自信はある。


「それでは後日、黒田さんを通して改めてご連絡差し上げます。」

「了解しました。それでは、また改めて。」


 2人は強い握手を交わすと、八代は岡本と一緒に事務所を出て行った。

 

 事務所の扉が閉まると、橋本と幸雄は飛び跳ねて喜んだ。

 橋本は気楽なもんだ。前回は現場に連れて行かれたが、いつもなら事務所で留守番。今回は、デカい報酬が懐に入って来るのを待っていれば良い。




「橋本、全員分のパスポートを準備してくれ。」

「えっ!?皆さん持っていないんですか?」


 弘之が、橋本にパスポートの準備をしろと指示する。

 橋本は驚いているが、俺達5人にとって海外は初めてだ。


「持っているはずないだろ?俺達は海外どころか、この国の何処かに行った事もない。」

「…………。」

「お前は、アメリカに留学した経験があるって言ってたな?お前のパスポートはあるんだろ?」

「私ですか?私はそりゃ……。って、所長!私もついて行くんですか?」

「……?嫌か?今回は恐らく、全ての経費が向こうから支給される。ただで旅行に行ける機会なんだぞ?」

「……マジっすか……。」


 橋本が、微妙な表情を浮かべる。海外に行けると言う喜びと、もう現場には行きたくないと言う悲しみが交じり合っていた。


 俺は旅の間の占いで、鬼門と女難の相が出ない事を祈るばかりだ。

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