TRACK 04;美緒の覚悟

 急いでパスポートを準備して、麻衣さんからの連絡を待った。

 5人のパスポートが揃った頃に麻衣さんが事務所に来て、東側へのチケットを渡してくれた。


 …チケットは、6人分だった。


(…………………。)


 現場は嫌いだ。正確に言うと、危険な現場であんな無茶をする所長達が嫌いだ。


 私は所長に嘆願して、留守番役に回ろうとした。


「良いのか?このチケット、ファーストクラスだぞ?」

「……………。」




 3日後、私は雲の上にいた。誘惑に負けたのだ。

 ラウンジは居心地が良かった。機内食は驚くほどメニューが準備されていて、サービスから何までが至れり尽くせりだった。

 たった5時間のフライト、往復で10時間の贅沢の為に、私は危険な現場に向う事にした。



 飛行機の中でも、千尋さんは相変わらず静かだ。拓司さんも、その隣でぐっすりと眠っている。

 健二さんは無料で出され続けるお酒に酔い、通り過ぎる添乗員さんの胸とお尻を、いやらしい目で追っていた。


 幸雄さんはと言えば……


「ミサイル発射!危ない!後ろを取られたか!?急旋回~~!!」


 ……何でもない。




 私のチケットが準備されたのは、所長の根回しじゃなかった。昇さんと麻衣さんの勘違いだ。


『えっ!?チケットが6人分って……私もですか?』

『あれ?紫苑ちゃん、貴方も探偵じゃなかったの?』

『私は秘書です!』

『だって昇君は、貴方に助けてもらったって言ってたわよ?私はてっきり…。』


 東側に到着したら、一流ホテルでの宿泊が待ってるそうだ。私はフライトの10時間に、宿泊している間の時間を、無理から足して自分を慰める事にした。


(………。)


 それでも何故か、悪い予感がずっと頭の中から離れない。




 空港に到着してホテルまで行くと、私は計算をやり直した。宿泊するホテルは、一流どころか三流にもならないホテルだった。


 薄暗いホテルの部屋で頬っぺを膨らませながら待機していると、夜も更けた時間に美緒さんが到着した。


「ご免なさいね。貴方達がこの国に来た時から、既に作戦は始まっているの。」


 美緒さんは私に、三流ホテルを予約した理由を説明してくれた。人目を気にしての事だった。

 美緒さんは、国の中にも反対派がいると考えている。夜中にここに来た理由もそれだ。

 昼間は、普通に会社で働いていたと言う。

 今回のミッションは、会社でも知ってる人は少ないらしい。会社からではなく、政府から仕事のオファーを受けたのだ。



 美緒さんに収集を掛けられて、私達は1つの部屋に集まった。そこで、明日からのスケジュールを聞かされた。


「明日は先ず、飛行機で国境付近の町まで移動します。時間にして約1時間になります。到着したら、用意された車両に乗り換えて国境へ向かいます。国境付近は今でも緊張状態にあります。検問の網の目を無事に掻い潜って、そのまま西へと移動します。パスポートは、このホテルに保管しておいて下さい。万が一西側で見つかると、ややこしい事になります。」


 …思った以上に面倒なミッションだ。美緒さんが説明した話はつまり、私達に密入国をしろと言っているのだ。

 昇さんの時に身に染み込ませて学んだ、所長の悪い癖だ。報酬の額も決めなければ、細かい計画も練らない。


「どれくらいの日数で、目的は達成されそうですか?帰りは……どうしたら良いんですか?」


 私はミッションに掛かりそうな日数と、帰国までの帰路が気になった。


「帰りは、行きと同じルートで帰ってもらいます。日程は、5日ほどだと思われます。」


(………微妙な日数……。)


 激しく拒否する事も出来ないし、だからと言って直ぐに終わりそうな日数でもない。


「??5日?それだけで良いんですか?」


 所長が鼻に栓をしながら、提示された日数に疑問を持った。


「往復で1日ずつ掛かったとしても、中日はたったの3日…。それだけの期間で、西側の政府と充分な話し合いが出来るんですか?」


 言われてみれば、確かにそうだ。今回のミッションは、国を背景に動いている。それが、たったの5日で終えられるはずがない。


「………私を送って頂いた後、皆さんには、6人で東側への帰国をお願いしたく思っています。過酷な道程になるかと思われます。だから、行きの際には帰還する方法、ルートを確保しながら進んで下さい。」

「!?と言う事は??」

「……私は、そのまま西側へ残ります。」

「!!?」


 驚いた。美緒さんは西側へ無事に到着したら、そのまま残ると言うのだ。


「私は既に、会社に辞表を提出していました。今日が、最後の勤務日だったんです。」

「…………。」

「私はそのまま西側へ残り、統一を迎えるその日が来るまで、ひっそりと暮らすつもりです。」

「………戻って来られる保証はあるんですか?統一は……必ず実現するものなんですか?」

「それは分かりません。もしかしたら、叶わない夢なのかも知れません。ですが…これは、私個人の夢でもあります。」

「…………。」

「しかし今は西も東も、政府自体が努力しています。統一は、必ず実現するはずです。」

「……………。」


 美緒さんが語ってくれた覚悟に、私達は言葉を失った。

 私だってアメリカで、2年と言う時間を過ごした。銃やギャングは怖かったけど、それでもある程度の安全は保障されていた。

 何よりも、アメリカは敵国じゃない。帰りたいと思えば、いつでも帰る事が出来る国だ。

 でも…美緒さんは……。



「本当に…それで良いんですね?私達には、与えられた仕事を完璧にこなす自信があります。明日、私達と一緒に空港に向かえば……それが貴方のこの地での、最後の瞬間になるかも知れません。」


 所長は、美緒さんのこれからを心配した。西側に残って存在が知られると、美緒さんは命を狙われ続ける。


「覚悟は…既に決めています。いつになるかは分かりませんが必ず統一を迎え、私はここに、もう1度戻って来ます。」

「……………。」


 覚悟を語る美緒さんの表情は、真剣そのものだった。


「……分かりました。私達にお任せ下さい。必ず貴方を、西側へとお連れします。」

「宜しくお願いします。」

「但し、条件があります。」

「??」

「必ずここに…貴方の祖国に戻って来て下さい。」


 所長は、受けてしまった仕事に重い責任を感じているようだった。

 その表情とは違って、美緒さんの顔は清々しさに満ち溢れていた。


「ありがとうございます。約束します。ただ……私にとっては西側も祖国です。ここも向こうも、私達にとっては同じく…祖国なのです……。それだけは誤解しないで下さい。」

「…………。」


 美緒さんの言葉は、統一を誰よりも望む声に聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る