TRACK 02;触れた感想

 麻衣さんが、新しい依頼を持ち込んで来た。まだ正式に受けた訳じゃないけど、事務所を立ち上げて以来の大きな仕事になりそうだ。


 最近見た予知夢の中で、八代美緒と思われる人は出て来ていない。

 夢では、登場した人の名前を知る事なんて滅多にない。だけど、どんな人かは知らないけど、僕の印象は悪くなかった。

 国が分裂して、そして再び1つになる。背景には色々あるだろうけど、争いがなくなる事は良い事だ。




「そんな簡単な事じゃない。」


 弘之が、僕らにそう話した。

 その日の晩、僕らは話し合いを行った。弘之は、いつになく重い表情をしていた。


「個人的な感情や理想論では、国は動かない。俺達庶民には見えない利害関係が隠れている。どれだけ戦争反対を叫んだところで、戦争がなくなると儲けを失う奴らが出て来る。そいつらが権力者だったら、戦争は絶対になくならない。」


 弘之は、こう見えて頭の中で色々と考えている。破天荒な行動を起すかと思えば、実は、もっと先の事を考えていたりもする。

 その性格を知っている僕らは、彼の言葉に慎重にならざるを得なかった。


「でも…その重要人物って人が、冷戦をしている隣の国に入国するのを保護するだけですよね?私達にとって、そんなに難しい話じゃないと思います。」


 橋本さんは、今回の仕事に前向き過ぎる。麻衣さんから、成功報酬はとてつもない額だと聞かされた。


 橋本さんが言うように仕事は多分、僕らにとって難しい内容じゃないと思う。

 ただ弘之の事だ。その人を助けたところでどんな利益が生まれるのかよりも、どんな不利益が生まれるのかを考えているはずだ。


「国が1つになろうとしてるんだぞ?俺達が何かの助けになれるなら、やってやるべきだ!俺、ちょっと憧れてたんだ。SPみたいな仕事!」


 幸雄は、相も変わらず正義の味方を気取りたがっている。彼には多分、弘之が考える事を理解出来ないだろう。



『プルルルルッ!』


 幸雄が銃を持った仕草をして、スパイ映画の主人公を気取っている。目が見えない僕でも分かった。発砲音を口で表現し、体を動かした時に生じる風の音で動きは理解出来た。

 そして、彼とは長い付き合いだ。


 そのパフォーマンスを打ち消すかのように、事務所の電話が鳴った。

 こんな時間に誰から?と思ったけど、どうやら麻衣さんからの電話のようだ。



「麻衣さんが明日、八代さんを連れて事務所に来るそうです。」

「!?突然だな?」


 麻衣さんからの電話に健二が驚いた。あの人は今日の話を、早速父親に話したらしい。荒川の件で存在を知った父親は、僕らを適任者だと思ったようだ。

 あの件で僕らが動いた事を、世間は知らない。知っているのは警察の一部の人と、そして依頼者達だけだ。


 八代って人は今、この国にいるらしい。麻衣さんの父親は八代さんと2日前に出会っていて、今回の事を相談されたそうだ。

 明日に帰国する予定だった彼女は連絡を受けて、帰国を明後日に引き伸ばしたとの事だった。


「何か…急な話だな?」


 千尋が珍しく、自分の気持ちを話した。

 その言葉に、弘之も重そうな表情を崩さなかった。


「それじゃ、麻衣さん。明日また事務所で。」

「何か…裏に隠れたものがありそうだが、それも明日ではっきりする。とりあえずは、その八代って人物に会ってみるか…?」


 そう決めた弘之よりも早く、橋本さんは受話器を置いた。返事も待たずに明日の約束を決めたようだ。


 彼女は徐々に、僕らを操り始めている。

 でもそれは、とても良い事だ。僕らには、社会人として足りない部分が余りにも多過ぎる。


 弘之は、八代さんに会って色々と尋ねてみたいと言う。

 八代さんは女性だ。……明日は、ティッシュが大量になくなる。


 彼は僕に、サイコメトリーをして欲しいと求めた。依頼主のプライバシーに干渉する事は良くないけど、今回に関しては弘之の気持ちがよく分かる。八代さんの後ろには、1国、いや2つの国が構えているんだ。橋本さんのように報酬だけを見ていては、道を誤るかも知れない。




 次の日、麻衣さんと一緒に八代さんが事務所を訪れた。弘之は、早速くしゃみを出し始めた。

 麻衣さんの父親は来なかった。忙しい人なのだ。



「ずびばぜん。じょぢょうのがだぼでぃでず。」


 …弘之のくしゃみは勢いを落とさず、遂には鼻が詰まり始めた。


「申し訳ありません。鼻の具合が良くありませんでして…。見苦しい格好ですが……。」


 仕方なく彼は、鼻に栓をして挨拶を交わした。


「所長の金森です。むさ苦しい場所まで足を運んで頂き、恐縮です。」

「初めまして。八代美緒と申します。こちらの方こそ、突然押し掛けてしまって申し訳ありません。」


 コミュニケーションに難有りと思ったけど八代さんは、僕らが使う言葉を流暢に扱った。鼻を詰まられていた弘之よりも綺麗な発音をしている。


 2人は挨拶を交わした後、名刺の交換をしたらしい。僕の手元に、その名刺が配られて来た。


(………………。)


 残念ながら、名刺から読み取れるものはなかった。他の所持品に比べて、彼女が触れた時間が短過ぎるのだ。


「…。事務所のメンバーをご紹介します……。」


 僕の表情に気付いたのか、弘之は僕らを紹介し始めた。


「よろしくお願いします。」


 千尋が弘之の行動に気付き、どうやら彼は八代さんと握手を交わした。

 そして健二や幸雄も握手を交わし…僕の番が回って来た。


「琴田拓司と申します……。」

「初めまして。八代美緒と申します。私の顔、しわだらけでしょ?」

「………………。」


 僕は、全盲の人間だ。彼女は直ぐに理解してくれた。握手が終わると両手で僕の手を掴み、自分の顔まで運んでくれた。

 名前や声だけでなく、人相までをも教えようとしてくれたのだ。


(この人は…悪い人じゃない。)


 その配慮だけで、彼女の人物像を知る事が出来た。この事務所で働き始めてからは、余り良い人に会った事がない。

 でも、彼女は僕らのような人間に対する接し方を知っていた。


 そして…彼女の手と顔に触れた僕は……彼女の生い立ちや考えている事…好物までをも理解した。


(……何だ?この、鼻がひん曲がるような匂いは……?)


 サイコメトリーでは映像だけでなく、その人が五感で感じた全てを読み取れる。当事者ほどではないけれど、彼らが感じた痛みを感じたり、楽しかった思い出に触れると、何故か僕も楽しい気分になったりする。


 彼女の好物を知った時、僕の鼻が感じた匂いに驚いた。


(イースト・Jって国の食文化は…僕らにはちょっと慣れないかも知れない。)



「お邪魔していきなり申し訳ないんですが……お化粧室をお借りする事出来ますか?」

「あっ、はい。こちらになります。」


 八代さんがトイレを借りたいと言い、橋本さんが案内する。


「………何が見えた?」


 早速、弘之が僕に問い掛ける。トイレに行っただけなので、長い説明は出来ない。


「彼女は…隠し事をしない人だ。聞きたい事があれば、直接聞いたって嘘は出て来ない。」


 僕は先ず、彼女に触れた感想を伝えた。経験上、これほどの情報量を伝えられたのは初めてだ。彼女の心の中に、隠し事なんて何1つなかったからだ。良い事も悪い事も、好きな事も嫌いな事も、全て素直に感じ取れた。


 勿論、だからと言って彼女の全てを知った訳じゃない。挨拶程度では、時間が足りないのだ。

 それでも彼女が考えている、一番大きな気持ちには触れる事が出来た。


「弘之…。何があっても、この仕事は引き受けるべきだ。僕らは彼女を、冷戦中の国に送り届けるだけかも知れないけれど、それだけで国が大きく動く。彼女は、それが出来る人だよ。そして、国が動いて統一が実現すれば……多くの人が悲しみから救われる。」


 八代美緒と言う女性の気持ちを探って、僕は珍しく弘之に、依頼の受諾を推した。


「争いがなくなり、悲しんでいる人、嘆いている人を笑顔にする…。彼女は、それが出来る人なんだよ。」


 彼女の、指導者としての能力を読み取った訳じゃない。弘之が言うように、個人の感情論だけで国は動かない。

 でも、彼女にならそれが出来ると、気持ちだけで国を1つにする事が出来ると、彼女に触れた僕はそう確信した。

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