TRACK 01;新たな依頼
昇の会社もスタートを切り直した。これまでは荒川から送られた脅迫状のせいで社員達も気が気でなく、辞めた者までいたらしい。
しかし、荒川が仕組んだ事件は明るみに出た。奴は、優良企業である谷川グループの社員だった。
だから昇の会社とあいつが取った特許は、マスコミを通して大きく注目された。
(これで…宣伝費用を出す事もなく、昇の会社は有名になった。)
俺は、描いたシナリオがエンディングまで辿り着いた事を確認すると、またいつものだらしない生活に戻ろうとした。
「あらっ!麻衣さん。お久し振りです!またパンケーキ持って来てくれたんですか!?嬉しい!」
ソファーに腰を降ろしたと同時に、橋本が嬉しそうな声を上げた。
どうやら、事務所に来た人間は客ではない。以前の依頼主である麻衣だ。
「いつも済まない。だけど、お前のパンケーキを、またこうして食べられるとは思ってなかった。」
「良いのよ。全然構わない。家も近所だし、私も嬉しいし。昇君も、そうして欲しいって言ってるし。」
「……そうか。奴は元気か?」
「何か、人が変わったみたい。仕事に夢中で、ちょっと寂しい。」
「会社が上手く回るまでの辛抱だ。お前と家族の為なんだ。それは…」
「分かってる。弘之君よりも私の方が、あの人の事知ってるんだから!」
「……そうだな。」
昇は今、正念場にいる。きっと会社は上手い方向に進むだろうが、それで手を抜くあいつじゃない。
麻衣は寂しいと言うが、分かっているはずだ。
「ところでね、私…もう1つお願いしたい事があるの。」
「?浮気の調査か?」
「!!昇君は、そんな人じゃない!」
少しの冗談も、麻衣には通じない。
「分かってるって!冗談だ。そんなに怒る事ないだろ?」
「…………。」
「それじゃ、依頼したい事って何だ?」
「物凄い依頼になるかもね。でも、弘之君達にしか相談出来ないかも知れない。」
「??」
麻衣が持ち込んだ話は、麻衣の親父からの依頼だった。
正確には、まだ親父からの依頼ではない。俺達が仕事の内容にOKを出したら、話を持ち掛けるつもりでいるらしい。
俺は、腫れが引かない頬を押さえたまま会議室に移動した。
仕事の内容は、とある国の重要人物の保護だった。
「?どうしてそんな依頼が、お前の親父に舞い込んで来た?」
「私のお父さんは、世界中の色んな国と貿易をしているの。」
麻衣の親父は、とんでもない金持ちだ。それだけしか知らなかったが、実は世界中に名が知れた貿易商だと言う。
麻衣の親父と懇意がある人物の祖国で、大きな動きがあった。その人物は女性で、大きな動きの中心人物になるそうだ。
しかし…そんな人物と麻衣の親父が繋がっているとは…
「親父の、愛人か何かか?」
「!!」
「………………。」
「次そんな事言ったら、本気で打つからね!?」
2度目の平手も…かなり痛い。これが本気でないと言う事は…もう、麻衣には冗談の1つも言えない。
俺にあるのは透視能力だけだ。健二や千尋のような、身を守る術はない。
仕事の内容は、ざっとこんな感じだ。
懇意がある人物の国で、新しい国交が始まると言う。麻衣の親父が知ってる女性が、その国交において重要なポストに立つのだ。
俺達に頼みたい仕事の内容は、その女性が国交を結ぼうとする国へ行くまでの、保護をして欲しいとの事だった。
「それが、俺達にしか出来ない仕事か?」
仕事の内容に疑問を感じた。誰にだって出来る仕事だと思えた。それに、俺達の家業はボディーガードじゃない。他にもっと達者な連中がいるはずだ。
「その国とは、まだ国交がないの。だからお忍びの入国になるんだけど、彼女の命を狙っている人は多いはずなの。」
「……何か、物騒な話だな?国交がないだけなんだろ?それが何故、命を狙われるまでになる?」
「その国同士は、実は冷戦中なの。元々1つの国で、数十年前に分裂してしまった国同士なの。弘之君はイースト・Jって国、知らない?」
「…………。」
その国の名前は、もう1つの国とセットで知っている。イースト・Jとウエスト・J……。海を渡った向こうにある国だ。
俺達が生まれる遥か昔から、その国は2つになっていた。内戦をしていた頃の話はよく知らないが、今でもお互いが感情論を持ち出して言い争っている事ぐらいは知っている。
麻衣の親父は、イースト・Jにいる重要人物となる女性を、無事にウエスト・Jのとある場所まで護衛して欲しいと言うのだ。
国と国とでの出来事だ。お忍びで行動を起こす為には、有名なSPを護衛に回す事は避けなければならない。何処の国にも諜報員はいる。だから護衛を雇うだけで、事が明るみに出てしまうのだ。
「喧嘩をしに行くんじゃないの。国民の感情を高ぶらせない為にも、穏便に事を運びたいらしいわ。」
「…………。」
屈強なSPに護衛を任せれば、恐らく女性の安全は確保されるだろう。
しかしそれでは足りない。解決出来たとしても事件自体が起こってはならないし、女性が西側に入国した事も秘密にしなければならない。
「だから、無名な俺達が必要って訳か?」
「無名かも知れないけれど、もっと大切なのは…優秀かどうかって事。」
「………。」
麻衣はいつも、言葉を選ぶ。決して俺達を傷つけない。
「報酬は充分に払うわ。今回の依頼は、お父さんからじゃないの。政府側からの依頼らしいわ。桁違いの報酬が見込めるわよ?」
「!!」
隣で話を聞いていた橋本が興奮し始める。今驚いたのは、俺じゃない。
「拓司……。」
「僕は、君に委ねる。」
「………。」
橋本を無視し、拓司に相談しようとしたが何も意見がないようだ。
拓司はいつもそうだ。いつも、俺達を信用してくれる。危険な現場に出ない事もあるだろうが、仕事の内容に愚痴を言った例がない。
俺は少し考えた後、麻衣に返事を返した。
「分かった。前向きに考えてみる。だが、詳しい話がもっと聞きたい。重要人物とは会えるのか?出来れば、直接話を聞きたい。」
「お父さんに聞いてみる。OKだったら、改めて連絡するわ。」
「……了解した。ところで、その女性の名前は?」
「……八代美緒。かなり高齢の女性で、東側にある貿易会社の重役らしいわよ。」
そうして麻衣は事務所を去った。
「凄い話が舞い込んで来たじゃないですか!?」
事務所の扉が閉まると、橋本が抑えていた興奮を爆発させた。
「仕事の内容を、もっと詳しく聞いてからだ。まだ依頼を受けた訳じゃないし、向こうから依頼をされた訳でもない。」
俺はそう返事をしたが…橋本の興奮は収まらなかった。
拓司に最近見た予知夢を尋ねたが、どうやら心当たりがある夢は見ていないらしい。
むしろ、関心とは関係がない予知夢の方が多いはずだ。麻衣の夢を見たのは、偶然中の偶然だった。
ともあれ麻衣のおかげで、続けて仕事が舞い込んで来そうだ。たまには、社員達を潤わせてやらねばならない。他のメンバーはとにかく、橋本は安月給に嘆いている。昇からの報酬も、まだ当分先の話だ。
1度はデカい仕事を引き受けないと…。だが自信がない。
俺は仕事を、出来るだけ選ぶ。扱えるかどうかではなく、引き受ける価値があるかどうかを判断する。
内戦で分裂した国……。それだけで危険が付き纏いそうな仕事だ。
「ところで所長。」
「??」
「どうして、麻衣さんにはアレルギー反応が起こらないんですか?」
「???」
橋本が、今更ながらに質問をして来た。
そして俺は、今更ながらそこに疑問を感じた。
「………?どうしてだろうな?」
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