TRACK 12;預けた物
俺は弘之を相棒に乗せて、谷川グループのビルに向った。昨日の無理が残っているけど、そうは言ってられない。
今の内に荒川に会わなければ、立てた作戦が上手く行かない。根岸組から3号が逃げたって連絡を受けて、今頃奴は慌てているはずだ。事態が収拾される前に荒川に会って、自白させなければならない。
ビルに到着した俺達は荒川を呼び出した。受付には、アポイントを取っている『根岸』だと伝えた。
すると案の定、荒川は急いで1階まで降りて来た。
俺達は黙ってビルの外に出て、誰もいないように見える休憩スペースへと足を運んだ。
「いくら非常事態だからって、突然会社に現れる馬鹿がいるか!?」
荒川は最初、俺達の呼び出しにシラを切った。ここから根岸組の事務所までは、車でも数時間掛かる。まさか、このタイミングで組の者が現われると思ってなかったんだ。
だから俺達は受付に、『預かっているものに関して、至急話がしたい。』と伝えさせた。
「どうしても、今日の内に話がしたくてね…。」
ここで選手が交代して、弘之が荒川と話を始めた。
「確かに一大事だが、君達と僕の関係が会社に知られたら、僕の立場が危うくなる!」
「ちょうどこの町に寄る用があってね。連絡を受けたから、急いでこのビルに来た。」
「………。」
「単刀直入に言う。………返してくれ。」
「???返すとは……何を?」
「惚けてもらっては困る。あれは、岡本昇の物だ。あんたのじゃない。」
「!!?何者だ、お前達!?根岸組の者じゃないな!?」
誘拐された3号の話を聞いて、荒川は焦った顔を見せた。そして、自分の立場がなくなると怒ってもいた。
俺は、荒川の頭の中を覗いていた。荒川は、今回の事件を単独で行っていた。会社は何も関係ない。
そして、俺達を根岸組の者じゃないと怪しんだ。自分の口から『根岸組』と言いやがった。
俺は荒川が頭の中で考えている事を弘之に送りながら、奴の話を聞いていた。
「そう怒鳴るな……。頭が痛いんだ。」
「!!誰だ、お前ら!?」
「俺は、岡本昇の友達だ。今日、奴から連絡があってここに来た。根岸組が何者かは知らない。……返してくれ。あれはあいつの物だ。お前が今預かっているんだろ?それくらいは知ってる。」
「!!?何の話をしている!?」
荒川は、完全にパニックに陥った。1時間ほど前に3号には逃げられ、その友達だと言う俺達から返してくれと言われて、完全に判断力を失っていた。
(返してくれ?何の事だ?岡本に逃げられた今、特許を奪う事もままならなくなった。そこに来て、返せだと?俺はまだ、岡本から何も奪っていない。それに…この男達は根岸組の者じゃないのか?それでは何故、受付で根岸と名乗った!?何故、俺と根岸組の企みを知っている?こいつらの目的は何だ!?こいつら、一体何者なんだ!?)
荒川は今、何から話せば良いのか、嘘をつくべきなのか、正直に答えれば良いのかの判断も出来なくなっている。
そこに弘之は追い討ちを掛けた。
「何の話って……決まってるじゃないか?何度も言わせるな。お前が預かっている物を、返せと言っているんだ。」
「!!?だから何の事だ!」
「……俺の口から言わせる気か?分かってんだろ?ゆっくりでも良いから……思い出せよ……。」
混乱し始めた荒川を前に、弘之が大きな態度に出た。
「レンズを綺麗にする………例のあれだよ。」
「!!!」
俺はずっと、荒川の頭の中を覗いていた。こいつが頭痛を起こさないように、弘之が誘導していた。
3号が取った特許には視力を落とさない効果があって、そしてその工夫は、望遠鏡やカメラのレンズにも効果がある。さっき、荒川自身が頭の中でそう語っていた。レンズの事はよく分からないけど、3号が開発したレンズを望遠鏡とかに用いると、これまで以上の望遠率を得る事が出来るそうだ。
俺は荒川から読み取った情報を、そのまま弘之に送り続けていた。
「あれを使うと、綺麗に物が見えるようになる。遠くの物までも、はっきりと見えるようになるんだ。……昇には必要な物だ。これ以上、俺達の口から言わせるな。黙って返せ!」
「!!岡本昇は、根岸組に押し入った人間に助けられて逃げた!俺は、あいつから何も奪っていない!返すものなど何もない!」
「…………。」
「岡本に言われて来たのか!?あいつは今、何処にいる!?この話は、穏便に済まそうじゃないか!?」
「………何を言ってるか分からねえけど……返せって言ってんだ。」
「だから!岡本は逃げたんだ!根岸組がしくじった。俺は、奴から何も奪っていない!」
「…誰も、奪ったとは言っていない。俺は、お前が預かっている物を返せと言ってるんだ。」
「…………??」
勝負ありだ。
荒川は、未だに弘之の言葉を理解していない。ずっと慌てている。
「あれっ!?この前、来られた人ですよね?」
「??あっ!あの時の!」
誰もいない設定の場所に、2人の女性が現れた。その内の1人が、俺に声を掛けて来た。
危ない、危ない!この前、受付で会った社員だ。弘之に顔のイメージを送って、今日は受付に座っていない様子だったから安心していたのに!まさか、ここを通るだなんて!
……だが、さっきも言ったように勝負は既に着いた。
「あれっ!?荒川部長も?……そうだ!この前拾ってくれたハンカチ!あれ、うちの部長の物じゃありませんでしたよ!?誰かの落し物と、勘違いされたんじゃないんですか?」
あ~あ、ネタばらしちゃった。
……まぁ良いか!自白させる事には成功した。
「そうなんです!勘違いも勘違い!拾ったハンカチはここ!僕が預けたのは、違う人のハンカチだったんです。僕の友達の、岡本昇って奴から預かっていたハンカチを間違って渡しちゃったみたいで……。」
「部長、この前話していた方です。この方が、ハンカチを拾ってくれたんです。」
「????」
俺は受付嬢にハンカチを手渡し、受付の子はそれを荒川に手渡した。
「???これも…私の物ではないが…?」
「えっ!?それじゃ、このハンカチは??」
「??あれっ?僕、また間違えちゃいました?それじゃこのハンカチって、誰の物ですかね?それよりも、間違って預けちゃったハンカチは……?」
「あっ、私が預かっています。受付まで来て頂ければ、お返し出来ます。」
「あ~~、良かった。おい根岸。この人が、昇のハンカチ預かってくれてるってよ!」
俺はそこまで演技をすると、後の事を、根岸と偽名を名乗った弘之に任せた。
「えっ!?マジか!?お前は何処まで迷惑な奴なんだ。間違ってこの人に返せってせがんじゃったじゃないか!?」
「???」
「それにしても良かった。あれは、昇のお気に入りのハンカチだからな。昇はあのハンカチじゃないと、眼鏡が上手く拭けないって言うんだ。本人は、魔法のハンカチって言ってる。拭いたら綺麗に物が見えるし、遠くの物まではっきりと見えるらしいぜ。」
そして俺は弘之と2人で、荒川に深々と頭を下げた。
「済みません!こいつの勘違いで、ご迷惑お掛けしました!」
「????」
「ところで……さっき言ってた『逃げた』とか、『根岸組』って……何の話だったんですか?」
「!!!!」
……弘之も性質が悪い。
しかし、特許の効果を上手く利用出来た。そこまで知らなかった俺達は返せとだけ言い張って、自白するまで粘るつもりだったが……弘之の機転は大したもんだ。
ハンカチの件もそうだ。あれは俺が荒川の事を探る為に、偶然受付嬢に預けた物だった。
荒川が、やっと滑らした口に気がついた。
「しっ、知らん!僕は、何も知らない!君達は…何を言ってるのかな?」
「何をって……さっき貴方がおっしゃってた言葉の意味が気になったんです。根岸組がどうからとか、昇がどうたらとか……。」
「知らん!そんな事を言った覚えはない!」
荒川はシラを切り始めた。
「僕にも聞こえましたよ?さっきの話…。」
すると物陰から、1人の男が現れた。
「そうですよね?さっきこの人、そんな事言ってましたよね?」
「ええ、僕にもはっきりと聞こえました。」
「知らん!僕は何も言ってない!そもそも君達は誰だ!?僕に、何の用があって来た!?」
「だから、間違って預けた岡本昇のハンカチを返して欲しいと……。」
「ちょうど近所に寄ったんで、早く返して欲しくて……。」
そこまで言うと、俺達は物陰から現われた男の顔を見た。
「僕は…通りすがりの者です。けど……さっきの話はキチンと聞きたいな。」
「通りすがりの人間が、何を聞きたがる!?僕は、何も話していない!」
「……あまりシラを切るとためになりませんよ?僕は刑事ですから。」
「!!!!」
「詳しい話を……お聞かせ願えますか?」
男は、指揮官が手配してくれた刑事だった。しかも、この地域が管轄の刑事だ。
これで荒川も終わりだ。
「それじゃ、根岸!ハンカチ返してもらいに行こうぜ!」
「おう!昇も待ってる事だしな!?」
俺達は、未だに頭を傾げる受付嬢に催促して、ハンカチを取りにビルへ向かった。
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