BONUS TRACK;報告書

 事件発生から数日後、根岸組と荒川は逮捕された。

 事件は警察の手に渡り、私は裁判で証言台に立たされた。初めての裁判、しかも、傍聴席ではない場所……。緊張した!


 だけどその緊張よりも、私を混乱させる事があった。

 私は結局、藤井さんの愛人にされた。藤井さんも証言台に立つ事になったから親子と言う設定に無理が出来て、『親子と名乗った不倫者』と言う設定に変更された。

 藤井さんには奥さんがいるけど、今回の事に腹は立てず、面白い設定だと笑っていたらしい。藤井さんも刑事の身分で、よくも私を不倫相手だと言えたものだ。

 全く、旦那が旦那なら奥さんも奥さんで、奥さんが奥さんなら旦那も旦那だ。


 だけど、私を一番混乱させたのは所長だ!麻衣さんから報酬を受け取らなかった!信じられない!!私は、死ぬ思いまでしたのよ!?


『実費は頂く。……と言っても、それもチャラだ。俺達は車を借りた。後…』


 それが所長の請求だった。


『出世払いで報酬を払えば良い。それまでは利子として、毎週のようにあのパンケーキを作ってもらえないか?』


 最初は昇さんも麻衣さんも、所長の提案に反対した。パンケーキを作るのが面倒だった訳じゃない。

 麻衣さんは実家がお金持ちで、今回の依頼主だ。あの人がその気になったら、物凄い報酬を頂けたものを……。


『それじゃ、僕達の立場がない。働いた分に対しての報酬は払わせて欲しい。』

『だからそれは、出世払いで良いって言ってるんだ。』

『…………。』

『麻衣の親から貰った金じゃなくて、お前が稼いだ金で支払え。それまでは…パンケーキで我慢してやる。』

『……ありがとう。』


 それで交渉は成立した。

 麻衣さんのパンケーキはびっくりするくらい美味しいけど、でも、それじゃお腹は満たせても経費は補えない!私の給料はどうなるの!!?



 事件が解決して暫くしない内に、もう1つ驚かされる事が起きた。昇さんが、特許を売り払ったのだ。しかもその相手は、あの谷川レンズ!


『僕は、視力が落ちない眼鏡レンズを開発した。目的はそれだった。でも、その他に使い道があるのなら、それは、使い道を充分に熟知して、有効に使ってくれる人達に譲るべきなんだよ。』


 悪いのは荒川1人で、谷川グループは優良な企業だった。

 昇さんは谷川レンズに、眼鏡レンズを作る事には特許の効果で干渉しない事を約束させ、その他の全ての権利を売り払った。

 荒川は手段を誤った。昇さんの性格を考えれば、普通に交渉出来てたはずだ。


 大金を手にした昇さんは、報酬を支払うと事務所を訪れた。私はそれを隣で、固唾を飲んで見守っていたのに…


『それはお前の親父の借金返済と、会社の為に使ってくれ。俺がお前から受け取るのは、成功した後の金だ。』


 それが所長の答えだった。

 昇さんと麻衣さん、そして私も一緒になって言い寄ったけど、それでも頑固な所長は首を縦に振らなかった。

 私に千尋さんのような力があれば、直ぐにでも首を縦に振らせたのに!!


 昇さんのお父さんが作った借金は、特許を売ったお金で補えた。

 残ったお金を、昇さんは報酬として渡そうとしたけど……そうなると確かに、会社の運営に問題が生じるかも知れない。

 所長はそれを会社運営の資金として回して、事業が上手く行って利益が出たら、そこから報酬を受け取ると言った。

 所長が言ってる事は一理あるけど……いつまで待つの!?私の生活はどうなるの!?



 数ヶ月後、根岸組と荒川に実刑が下された。

 根岸組は、事実上の解散に追いやられた。誘拐と銃刀法違反で逮捕され、家宅捜査の際に、ドラッグも発見されたらしい。所長達が奪って来た弾や銃は、藤井さんが元の場所にこっそりと返してくれた。

 荒川はレンズ業界で顔が広く、それだけで生きて来た人間だ。実刑で何年食らったか知らないけど、出て来た時にはもう居場所がない。あいつを受け入れる会社なんて、何処にもないはずよ。



 それにしても………。

 はぁ……。私も、この事務所もお金持ちにはなれない。お金に対する意欲がなさ過ぎる!


 でも……現場に出て分かった事がある。怖い思いもしたけど…

 やっぱり、超能力は偉大だ!この人達は凄い能力を、良い方向にだけ使っている。悪用をしない。(女性に対する健二さんの下心は除いて……。)

 ここの事務所の人達は、正義の味方…ヒーローだ!


 麻衣さんのパンケーキも美味しい。

 だから私は……もう少しだけ事務所にいる事にした。せめて、昇さんが報酬を払ってくれるまでは辞めない!私は、命まで掛けて仕事したんだから!




「おい1号!お前の称号を俺に寄越せ!1.1号なんて中途半端な称号、やっぱりどう考えてもおかしい!」

「??」


 最後に1つ…。私達は、戦隊を解散した。


「自分から言った数字じゃないか?まあ、良いよ。1号の称号はお前にやる。」

「マジか!?やった!」

「俺達は、改めて卒業する。健二も千尋も、橋本も皆だ。藤井の親父ももう、指揮官でも何でもない。」

「ええっ!?そんな!何でそんな事するんだよ!?」

「幸雄、お前はこれから1人で頑張れ。そんなヒーローは、何処にでもいるぞ?」

「!そうか!なるほど!!」


 幸雄さんは…単純だ。


 戦隊を解散した理由は他ならない、3号だった昇さんからの提案だ。


『僕は、今日で戦隊を辞める。君達に頼っていては、夫として父親として情けなさ過ぎる。僕は……1人で家族を守れる男になる!』


 誘拐から開放されて麻衣さんと再会した時、昇さんは泣きじゃくっていた。まるで子供みたいに、麻衣さんに宥められていた。



 先輩!ご卒業、おめでとうございます!これからの道程は険しいですけど、頑張って立派なヒーローになって下さい!


 でも…昇さんは既に、ヒーローなのかも知れない。

 必殺技もなければ超能力も使えない。運動神経も悪ければ、視力も良くない。

 だけど…正義の心は持っている。守りたい人が側にいる。


 人は多分、それだけで立派なヒーローになれるんだ。

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