TRACK 03;もう1つの再会

 昨日、拓司が仕事を引き受けた。俺を含めた他の4人は依頼の内容もまだ聞いてないが、仕事を引き受ける事にした。

 拓司が言ってた。


『必ず、受けてあげなければならない仕事だ。依頼主さんが、心の底から悲しんでいる。』


 拓司が直接、話を聞いて判断した。ならばそれ以上、俺達が依頼内容を検討する必要はない。


 依頼主は朝一でここに来ると言う。その約束通り、掃除(橋本の担当)が終わらない内に事務所の扉が開かれた。


「お待ちしておりました。!!あら~~、可愛い赤ちゃん!」


 依頼主は、赤子を背負って訪れた。

 まだ立つ事も出来ない子供は橋本が預かり、俺達5人は依頼主と会議室に入った。


 依頼主は女性で…母親だ。そして、健二がよだれを垂らしそうな美人だ。奴の顔が、さっきからずっとにやけている。

 ……印象が悪い。俺は幸雄に目で合図を送って、健二の頭にイメージを送らせた。幸雄が全裸で、マッチョなポーズを取っているイメージだ。健二がふざけた時、いつもこの方法で対処している。

 健二は、脳波をいじられたせいか、送られたイメージが衝撃的だったのか、頭を抱えて、この世の終わりを迎えたような表情で下を向いた。



「朝早くから来て頂き、恐縮です。私は、この事務所の所長を勤めております…」

「えっ!?……金森君!?」

「はい?」

「隣の人は……ひょっとして安本君!?……どうしました?気分が悪いですか??」

「…あっ?」

「!!そう言えば、主人が言ってました!あっ、昇君って言った方が良いのかな?1週間ほど前に安本君と会ったって!探偵やってるって言ってたけど、この事務所だったんだね?」

「はい?」

「あっ?」

「………分からない?麻衣よ!小学校まで一緒だった!ほら!」

「あ~~~!昇の嫁!」


 健二の奴は依頼主の正体が分かったようだが、俺は1人、話について行けなかった。


「悪い……。俺、お前を驚かそうと思って教えてなかった。」

「??」


 健二は、先週に出会った旧友の話をしてくれた。



「マジか!?あの麻衣か!??昇と結婚したのか!?あいつは元気なのか!?」

「………その事で依頼に来たの……。」


 そして拓司と麻衣から、昇の失踪について聞かされた。昇が、誰かに誘拐された。



「昇……。麻衣、安心しろ。俺達が、必ず助けてやる。あいつは俺の仲間だ。お前も知ってるだろ?あいつは3号なんだ。」

「……3号!?」


 小学校の頃、俺達は貧乏だと言う理由だけで、いつも一緒にいた。ヒーローごっこをする事で、空いた腹を誤魔化していた。

 麻衣は、俺達が戦隊を組んでた事を知っている。しかしここで、関係ない幸雄が話に食らい付いて来た。


「待て!3号って何だよ!?教えろよ!」

「昔、健二と3人で戦隊を組んでた。俺が1号、健二が2号、そして昇は3号。」

「俺も混ぜろよ!?」

「…卒業した。」

「何でだよ!?復活しろよ!そして俺を、1号にしろ!俺がリーダーだ!」

「1号は俺だ。それは譲らない。」

「それじゃ俺は………1.1号だ!少しだけ、リーダーの座をお前に譲ってやる。」

「……………。」


 麻衣が、俺達の会話を不思議そうに、そして…不安そうに聞いている。


「…いや、悪い。幸雄、1号はお前に譲る。俺達は卒業したんだ。」

「やった~!それじゃ、俺がリーダーだな!?おい、千尋!お前が2代目2号しろよ!?」

「………………断る。」

「!!何でだよ!?」

「………………………………。」


 麻衣が、更に不安そうな表情を浮かべる。


「安心しろ。こいつはちょっと変わった奴だが、有能な探偵だ。信じてくれ。」

「……そう…なんだ……。」



 どうにか麻衣の不安を取り除き、これまでの成り行きを聞いた後、事件に関係する資料を預かった。

 資料の中には、誘拐した相手から送られた脅迫状も入っていた。それだけあれば、俺達には充分だ。



 昇は転校した後も、麻衣と連絡を取り合った。2人は幼馴染だ。やがて結ばれ、貧乏な生活は変わらないながらも子供に恵まれ、昇が取ったと言う特許を信じて小さい会社を作り、この町に越して来た。

 特許は、昇の仕事とは関連なく取ったそうだ。ガキの頃から眼鏡を掛けていたあいつは、視力が落ちないレンズを開発したらしい。

 しかしその特許が誰かに狙われ、昇は誘拐された。麻衣はそう考えている。漫画の世界の話に聞こえるが…正解だろう。

 世の中、見えないところで、漫画やドラマよりも悪い事をしている奴らは多い……。


 しかし……昇の奴は変わっていない。麻衣と結婚をしながらも、貧乏を続けた。あいつは…そんな奴だ。



 全ての事情を聞いた俺は、少し昔話をする事にした。


「お前が昇に惚れていた事は、小学生の頃から知ってたよ。」

「……金森君は、そう言うところあったよね……。その通りよ。あの頃から私には、あの人しかいなかった。」

「……………。」




 麻衣は1週間に1度ほど、俺達に手作りのパンケーキを食べさせてくれた。

 とんでもない金持ちの家に生まれた麻衣だが、俺達にその事を自慢もせず、そして、俺達を見下げる事もなかった。


『お母さんに食べてもらう前に、味見して欲しいの……。』


 いつもそう言って、俺達にパンケーキを食べさせてくれた。麻衣の気遣いだった。

 あの時も、昇の家の近所にある公園のベンチでパンケーキを頬張っていた。


『美味そうじゃないか?俺達に寄越せよ!』


 近所に住む中学生の悪ガキ連中が、パンケーキを奪い取ろうとした。


『先輩達の分はありません。今度、もっといっぱい作って来るので、その時にご馳走します。』

『うるせえ!俺達は、今食いたいんだよ!』

『!!今度作るって言ってんだろ!?』


 麻衣が悪ガキを宥めようとしたが、それを聞かない奴らに健二が喧嘩を吹っ掛けた。俺はそれに加わったが、昇は麻衣を連れて、ベンチの裏に逃げた。

 いや、逃げた訳じゃない。麻衣を守る為に、ベンチの裏に隠れたんだ。


『寄越せって言ってんだろ!?』


 喧嘩が強いと言っても、俺達は小学生。あの頃は、力の使い方もままならなかった。俺と健二は、1人ずつを相手にするのがやっとだった。


『キャ~!』


 3人いた相手の1人が、ベンチに行って麻衣を打った。


『どうして打つんだよ!?今度作ってあげるって、言ったじゃないか!!?』


 俺達はあの時、昇が怒る姿を初めて見た。


『謝れ!麻衣ちゃんに謝れ!』


 威勢は良かったものの運動音痴なあいつは、悪ガキに殴られ続けた。


『昇!クソッ!放せ!!」


 助けたくても、相手が許してくれなかった。俺と健二は羽交い絞めにされ、昇は公開リンチを受け続けた。


『謝れよ!それまで、僕は許さないぞ!』

『…くっ!』


 殴られる一方だった昇が、相手の動きを止めた。

 昇は、どれだけ殴られても、どれだけ血を流しても歯向かう事を止めなかった。


『ご免なさい!私、今直ぐ家に戻って、パンケーキ作って来ます!それまで待っててもらえますか!?』


 隙を見て悪ガキに嘆願する麻衣だったが、昇はそれも許さなかった。


『駄目だ!先ずは謝ってからだ!謝ってくれたら、麻衣ちゃんはパンケーキを作ってあげて。…先ずは謝れ!!』

『!!』


 結局、悪ガキ連中は頭を下げる事もせず、その場から立ち去った。

 だが、それからは俺達がパンケーキを食ってる姿を見ても、何もして来なくなった。


『畜生!!悔しい!!』


 奴らが立ち去った後、地面に倒れた昇が叫んだ。


『………僕は………弱い!!』


 ……その時分かった。昇は、俺達と一緒だった。

 あいつは、ヒーローごっこがしたかったんじゃない……。本当のヒーローになりたがっていたんだ。



(昇………。)


 必ず助けてやる。それまで待ってろ!

 俺達が助け出したら……もう2度とお前のヒロイン、泣かすんじゃねえぞ!?

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