TRACK 04;過去を読み取る指
今回の依頼主は、弘之と健二の幼馴染だった。依頼主の旦那も同級生らしい。
依頼主は懐かしい再会に笑顔を見せていたが、やがて話し始めると顔色を変えた。それでも気丈に振る舞っていた。
金持ち連中は皆根性がないと思っていたが、依頼主はどうやら違ったみたいだ。昔、2人が世話になったとも言う。
依頼主は事件に関する資料を残して、今日のところは帰った。
それを見送って事務所の扉を閉めた橋本が、嬉しそうな顔をして戻って来る。
(やれやれ……。)
早速、拓司に脅迫文を読み取らせる。他の事務所みたいに、色々調べたり考えたりする必要はない。
「!!…………見えた!10日ほど前の新聞、そして広告チラシ……。作られた場所は、周りに何も見えないほどの高いビルの一室……。机には、『谷』って言う字が見える。」
脅迫文は、印字を切り取って貼り付けた物だった。筆跡が分からない。しかし拓司は、そこからは知り得ない情報も入手出来る。
広告チラシも一緒に見えたと言う事は、その日配達されたばかりの新聞を使ったのだろう。つまり、10日ほど前に作られた脅迫文って事だ。それより後に作られた物じゃない。
そして『谷』って言う字は……恐らく社名だろう。後ろに付く闇の組織とも考えられるが、馬鹿な連中の割には、あいつらは高いところが嫌いだ。どっかの大企業の一室で作られた脅迫文のはずだ。
「橋本、分かるか?」
「今調べてます。もう少し時間を下さい。」
橋本がインターネットで、拓司が見たヒントに合いそうな会社を探す。俺達は、検索結果を待つ事にした。
(……。)
拓司は、俺とは逆の人間だ。いつも誰かの事を気にして、助けたいと思っている。
ただ、多くの事を知る力が与えらたが、それを解決する力は備わっていない。
俺は…誰かの頭の中や過去は分からないが、殺す事が出来る。
『君が千尋君だったんだ。夢で見た事あるよ。』
高校の時、拓司と出会って、初めて言われた言葉だ。
最初は何の事か分からなかったが、あいつの能力を知った時、俺は4人の下から立ち去った。過去を知られた事に、胸が痛かった。
それでもしつこかった弘之に負け、俺は仲間になった。
『君には、暗い過去がある。でも、僕は知ってるよ。君の周りで起こった事故は、君が本心から望んだ事じゃない。操り切れない自分の能力に、君は…いつも悲しんでいるよね?』
『………………。』
直感や推測で話した事じゃなかった。あいつは、俺の夢を何度か見ていた。そして、最初の挨拶で交わした握手を通して、俺の過去も知った。俺の気持ちも……。
だから否定出来なかった。誤魔化す事も出来なかった。
「分かりました!ここから車で1時間ほどの距離に、谷川グループと言う会社の本社があります。その地域で一番高いビルを建てて所有していて、最上階には、系列会社が入居しています。」
橋本が、脅迫文を作った者の居場所を推定した。
「脅迫文が作られた時間は、真昼の頃だ。そして窓からは、太陽が覗いていた。」
「……。つまり、南向きの事務所って事だな?」
「グループ会社に、レンズを専門に取り扱う会社があります。望遠鏡やカメラのレンズなどの生産をしています。そこの事務所が南向きの一室にあるのなら、可能性は大です。」
「分かった。ありがとう。」
予知夢では強制的に未来を知らされるが、拓司の指は、触れた物の記憶を自由自在に引き出す事が出来た。
「……昇は、視力が落ちない眼鏡レンズの特許を取った。それを、望遠鏡やカメラのレンズを扱う会社が狙っている……。恐らく…昇自身も気付いていないレンズの使い方があるんだろうな。」
「そしてそれが、莫大な金を呼ぶ……。って構図か?」
犯人の人物像、そして目的は大体把握出来たようだ。後は、どうやって昇って男を取り返すかだ。
「千尋、幸雄。2人で、谷川グループの周辺を洗ってくれないか?」
(…………。)
俺は、今日の占い結果が引っ掛かった。
「ここからそのビルまでの、方向はどちら向きだ?」
「南の方向になります。」
「…………それじゃ、俺は遠慮する。」
「……またかよ……。」
仲間が溜め息をつく。だが無理強いはしない。俺の占いの的中率は、誰もが知っている事だ。
「それじゃ、俺1人で行って来る。心配するな!相棒と一緒なら、俺は寂しくない!」
「……調子に乗って、ヘマだけはするな?」
「何だよ、その言い方!まるで、いつもヘマしてるように聞こえるじゃねえか!?」
「………。ヘマした事もヘマと思っていないなら、自覚はないか………。」
「何だと、健二!言ったな?覚えてろ!今日の内に、俺1人で昇って奴を奪い返して来てやる!」
「……………。お前まさか、昇があのビルにいるとでも思ってるのか?」
「えっ!違うの!?」
「………。とりあえずそのビルに行って、怪しそうな奴の頭の中を覗いて来い。千尋が行けないから、気をつけろよ。」
「分かってる!俺1人でも充分だ!」
「…………。」
それだけ言うと幸雄は、相棒の鍵も持たずに事務所を出て行った。
事件に絡んだ誰かを調査する時、俺と幸雄がその役割を任される。俺は自白させ、幸雄は自然な会話を試みながら頭の中を覗く。
しかし、幸雄は自然な会話が出来ない性格なので、大体は怪しまれて逃げられる。時として、相手の警戒心を煽ってしまう。それが心配だ。
拓司も、誰かに触れれば相手の記憶を探れるが、そう仕向けるのが難しい。
「鍵~!!」
幸雄が帰って来た。この調子じゃ、今回の調査も失敗に終わるかも知れない。
「行って来ま~す!!」
「………。」
前途多難だ。
しかし、俺の占いだけは覆らない。今日は幸雄に同行出来ない。
資料を整理してると、拓司がニヤニヤと笑っている事が気になった。
その理由を、健二が尋ねた。
「どうした、拓司?やけに嬉しそうじゃねえか?久し振りの仕事だからか?」
しかし拓司から返って来た返事は、健二が考えた事とは違っていた。
「僕の能力が、久し振りに役に立った。それが嬉しいんだ。」
(……………。)
「僕は、知る事しか出来ない。でも…それだけで人を助ける事が出来るんだよ。……君達のお陰だ。」
(………………。)
最後の一言は耳に入らなかった。
『知る事で、人を助ける事が出来る』………。拓司は、俺が人を殺した事も知っている。だけど、その事に苦悩する俺の気持ちも知っていた。
弘之が俺にしつこかった時、話してくれた。『お前は、悪い奴じゃない』……。
拓司は、それを夢で見ていた。誰にも心を開いた事がなかった俺の気持ちを、あいつは知っていた。
それだけで…俺は救われた。
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