INTRO THREE;千尋

 幸雄が数日前からはしゃいでいたが、とうとうこの日がやって来た。趣味が悪い看板を作っていた。それを今日、繁華街で背負って営業するらしい。全く……あんな看板で宣伝されては誰も寄りつかない。伝えはしたものの、素直に耳を貸す相手でもない。


(幸雄の熱意は…異常を通り越してウザい。)


 俺は俺で営業が苦手だ。苦手どころか、出来る訳がない。人との距離を近づけられない。仲間内だけで充分だ。橋本を含め、6人が精一杯だ。


(………。)


 俺は…仲間に救われた。あいつらと出会うまでの俺は、ただただ腐っていた。仲間も特別な力を持っていた。…嬉しかった。同じ人間もいたのだと、そこに安らぎを感じた。


 しかし俺には、他とは違う力が備わっている…。それに気付いたのは、小学生の頃だ。……自分のせいではないのに人から恐れられたり、蔑まれたりした事はあるか?

 性格が悪い当時の担任が、俺の事をいつも目の仇にしていた。だから俺は、心の中で『死ねば良い』と思った。……強く。すると担任は教室の窓から飛び降り、本当に死んでしまった。最初は、願いが叶ったのだと喜んだ。しかしやがて、俺が悪かったのだと塞ぎ込んでしまった。そしてある日、それは俺の『願い』で起こった事故ではなく、『力』で起こしてしまった事件だったと知る事になった。それからと言うもの、変な噂が離れなくなった。『死神』……。俺に付いた仇名だ。睨まれただけで事故が起きたり死んだりすると言われ、俺は、誰にも近づく事が出来なくなった。

 例え仲が良い友達が出来たとしても、付き合いの中で1度は必ず、相手を憎いと思ってしまう。誰にだってある事だ。しかし俺の場合、誰にもあり得ない事が起きてしまう。


(…俺は決して、誰にも心を開いちゃいけないんだ。)


 タロットは俺を救ってくれる。事故に遭わなくて済む。そして…誰も事故に遭わさなくて済む。


 弘之達とは高校の時に出会った。向こうから声を掛けてきた。何やら…ピンと来るものがあったらしい。勿論、俺は仲間達を遠ざけようとした。それでも弘之はしつこかった。どれだけ無視をしても離れなかった。

 『力を持った者同士は引かれ合う』……。結局、俺達は集まった。弘之が繋げてくれた。死神と呼ばれる俺をも、誰かと繋げてくれた。最初は気に食わなかったが、しつこい弘之の言葉で楽になれた。


『俺は透視が出来る。人の心も透視出来るんだ。お前は悪い奴じゃない。俺が保証する。』


 …臭い言葉だが…あいつがテレパシーやサイコメトリーを使えない事は知っていたが…それでも嬉しかった。


 能力者には抵抗力があるのか、仲間をコントロールするには力が要る。他の人間は少し思念を送るだけで従うが、弘之達をコントロールしようとすると本気を出さなければならない。勿論、本気を出すつもりなんてないが…。橋本は…事務所でしか会わないからだろう。あいつの事をウザいと思っても反応がない。恐らく、側にはいつも誰かがいて、それが思念を和らげているのだ。

 だから俺は、1人で外に出る事が嫌いだ。人に会ってしまう。いつもは遠ざけているが、営業ともなると人前に出て心の中を知ろうとしてしまう。すると必ず…事故が起こる。

 それに占いで、東の方向に不吉な兆しがあると知った。外に出ようが、決して東には歩かない。


(…とりあえずは西に向おう。だが…営業って言っても、何をすれば良いんだ?)




「あっ!ご免なさい!」

「??」


 曲がり角を曲がったところで、人とぶつかった。向こうから角を曲がって来た人間は、幼い女の子だった。手にはアイスクリームを持っていて、それが俺のズボンを汚した。


(……東でもないのに……。)


「………。」

「ご免なさい!」


 女の子は泣いた顔で謝り続けた。


「大丈夫だ。それよりも、俺が謝らなきゃな?アイスクリームが駄目になった。」

「………。」


 泣いている理由は俺とぶつかったからなのか、それともアイスクリームが駄目になったからか……。


「新しいの買ってやる。何処で買った?」


 アイスクリームを買うくらいの小銭ならある。


「本当にご免なさい!」

「………。」


 どうやら涙の理由は…アイスクリームが駄目になったからではないらしい。


「俺は良いから。拭けば綺麗になる。ズボンも安モンだし…。気にするな。」

「………。」


 それでも女の子は泣き止まない。今のご時勢、こんな優しい子も珍しい。


「ほらっ!見てみろって!綺麗になった!」


 俺は仕方なく座り込み、服の袖でズボンの汚れを拭き取った。それを見た女の子は安心したのか、俺の目を見て笑ってくれた。


(………。)


 …その澄んだ目が怖い…。こんな子すらも、俺の力は不幸にさせる。


「なっ!?大丈夫だろ?それじゃ…俺、行くから。」


 耐え切れない。立ち上がり、さっさとこの場から去ろうとした。


「?」


 しかし女の子は、俺のズボンを掴んで離さなかった。


「………。アイスクリーム………。」

「………。」




「毎度あり!」


 店は近くにあった。正確には店ではなく、今時姿を見せない、自転車屋台のアイスクリーム屋だった。曲がろうとした角を曲がったところで、自転車を止めて売っていた。どうやらこの子は一口も口に出来ないまま、俺とぶつかったみたいだ。


「ありがとう!お兄ちゃん!」


 アイスクリームを手渡すと、その子はまた小走りを始めた。


「走ると危ないぞ!?また誰かにぶつかるだろ!?」


 だから注意した。すると女の子は、小走りをしなければならない理由を教えてくれた。


「早く帰らないと、アイスクリームが溶けちゃう!」

「?家に持って帰るのか?今食べたら溶けないだろ?」

「私が食べるんじゃないの。弟が欲しがってるの。」

「弟?」




「お姉ちゃん、ありがとう!」

「へへへ。冷たくて美味しいでしょ!?」

「うん!」

「…………。」


 数分後、俺は女の子の家にお邪魔していた。側にはアイスクリーム屋もいる。弘之には申し訳ないが、力を解放した。アイスクリーム屋を操り、この子の家まで自転車を走らせた。但し金は払った。2人分だ。最初に買ったアイスは女の子に食べさせ、この家で弟君の分を払った。もう、小銭も残っていない。

 幼いしっかり者はなけなしの小遣いを叩き、はしかに掛かった弟君にアイスクリームを食べさせようとしていた。


「もう、帰って良いよ。」


 アイスクリーム屋を解放し、弟君に声を掛ける。


「姉ちゃん、優しいな?」

「うん!」

「さて…それじゃ弟君。君は、今すぐ寝なさい。ぐっすりだ。そしてお姉ちゃんは自分の部屋に入って、じっとしてなさい。俺が良いって言うまで、ここには入って来ないように。」


 子供のはしかは子供に移る。勿論、大人のはしかも子供に移る。両親は共働きで、弟君の面倒はこの子が見ているそうだ。


(自分がはしかに掛かるかも知れないってのに…。)


 だから、もう1度力を使う事にした。女の子が部屋にいる間は、俺が弟君の面倒を見れば良い。親が帰って来ても力で誤魔化せる。


(………??おかしい…。力が利かない。)


 本気を出して思念を送った訳ではないが、いつも利くはずの力が利かない。ここを去ったアイスクリーム屋には、同じ程度の思念を送った。


「駄目!弟の看病は、私がするの!」

「…………。」


(全く利いてない。弟君も眠らない。…どうしてだ?)

 

 力が通じない理由は分からないが、それでもこの子を、弟君と一緒に居させる訳にはいかない。


「行けったら!行かないと、おっさん怒るぞ!?おっさんが怒ったら、怖いんだぞ!?」


 仕方がないから、脅かして追い出す事にした。


「??お兄ちゃん怖くないよ?良い人でしょ?」

「???」

「ぶつかったの許してくれたし、弟と私にもアイスクリームを買ってくれたもん!怖くないよ!」

「………。」


 俺は…この歳になってやっと知った。簡単に操れる人間は、少しなりとも俺に悪意や敵意を持っていた。担任や、俺を死神と呼んでいた連中…。全員が悪意を抱いていた。そんな人間だったから、本気を出さなくても操れたのだ。アイスクリーム屋もそうだった。下げた頭を拒むだけでなく、腹を立てたものだから仕方なく力を使った。


(………………。)


 弘之も他の仲間も、そして橋本までもが俺に悪意を抱いていない。やっと気がついた。だから仲間達は平気なのだ。


『お前は悪い奴じゃない。俺が保証する。』


 ………。遠い昔に、弘之が口にした言葉を思い出した。




「それでも無理すんなよ!?弟君も、布団被ってぐっすり眠るように!姉ちゃんには、迷惑掛けるなよ!?」

「はい!」

「お兄ちゃん、今日はありがとう!」


 諦めた俺は、事務所に戻る事にした。皆に酒でも奢りたいが、残念ながら小銭すら残っていない。


「!!」

「あっ!済みません!大丈夫ですか!?」


 例の曲がり角を曲がったところで、また誰かとぶつかった。服が、真っ白なペンキをべったりと被った。ぶつかった人間は、壁を塗る職人だった。


(……東の方角か…。)


「本当に済みません!申し訳ありません!」

「…………良いよ。悪気があった訳じゃないんだろ?」

「滅相もない!本当に済みませんでした。」

「はははっ!だったら許してやる。こっちも悪かった。」

「………。」


 ひたすら頭を下げる職人の兄ちゃんに軽く手を振り、後ろ向きに歩き去った。西を向きながら、東へ向ったのだ。


(しかし……占いだけは避けようがないらしい。)

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