INTRO FOUR;弘之
橋本は、男勝りなところがある。でも、そうでなければ俺達を動かせない。化粧をコロコロと変えるのは気に食わないが、事務所に来てくれた事は有り難い。
(しかし……営業って言っても何をすれば良いんだ?)
全く分からない。いつもこんな調子で追い出されるが、それで得た収穫など何もないのだ。
(とりあえずは…町をぶらつくか?)
健二は人通りが多い駅前に向ったはずだから、俺はもう1つの駅前にある、寂れた商店街に足を運ぶ事にした。ここの商店街には賑わいが足りない。もう1つの駅前が開発されてからと言うもの、こっちの人通りは少なくなった。
この町には愛着がなかった。仲間がどうしてこの町を選んだ?と聞くが、それに対する、これと言った答えもない。あえて言うと、何処であろうが困っている人はいるはずだし、家主が安く貸してくれると言うのでこの町に事務所を設けた。だが…ここまで暇だと思わなかった。
近辺の町には何故かヤクザが多く、そこから転がり込む仕事は少なくない。だが正直、奴らの依頼は受けたくない。金庫の開錠は承るが、それ以外の仕事は断っている。でかい仕事を1つ受ければ楽になるかも知れないが、俺達が、少なくとも俺が求める探偵家業はそうではない。俺達には、他人にはない能力がある。それは正しい方向に使わなければならない。
「いらっしゃい!安いよ、安いよ!」
商店街に入ると、お決まりの台詞が聞こえてくる。警察でもないが、町が平和で俺達が暇なのは良い事だ。元気なおっちゃんおばちゃんを見ていると、それだけで幸せになれる。
「あっ!?弘之君、今日は何しに来たの!?」
「おばちゃん、久し振り!この前はありがとう。」
「何言ってんのよ、水臭い!何か食べて行くかい?」
「遠慮しとくよ。いつも世話になってばかりだから。」
「どの道、作ったって余るんだから食べて行きな!?最近は暇でねぇ…。」
時に足を運ぶ食堂のおばちゃんが声を掛けてきた。優しい人で、たまに飯を食わせてもらっている。しかもタダでだ。以前、困っているところを俺達が助けた。その時の恩だと言って、おばちゃんはずっと良くしてくれている。
理由もなく事務所を構えたが、おばちゃんみたいな良い人が多いから、俺はこの町が好きになった。
「それじゃ、頂きます!」
結局、押しに負けて昼飯をご馳走になった。ここの豚生姜定食は本当に美味い。断りながらもそれを出されると、箸が止まらなくなる。
「ご馳走様!今度は、ちゃんとお金払うから。」
「良いんだって!遠慮しないで、また来ておくれ!」
満足した俺はおばちゃんに手を振り、商店街の奥へと足を運んだ。
「お前!いい加減にしろよ!」
歩いていると、大勢の子供が誰かを囲っていた。気になったから覗いて見ると、貧相な子供が泣きそうな顔をしている。
(…苛められっ子か?)
「どうした?何かあったのか?」
「こいつが、俺のゲームソフト盗んだんだ。返せって言ってるのに返さないんだ。」
「おいおい、だからって暴力は駄目だろうが?」
囲まれている子は無罪を主張している。だから俺は、事実を確認しようと透視を試みた。
(………。)
「お前ら、もう止めろ。この子は何も盗んじゃいない。」
「おっちゃんに何が分かるんだよ!?こいつ、前も盗んだんだぜ!?」
「………そうか…。それでも今日は盗んでいない。だから許してやれ。」
「許せる訳ないよ!絶対こいつが犯人なんだって!」
「良いから帰れ!しつこくすると、殴るぞ!?」
「!!」
強面の俺に、歯向かって来る小学生などいない。子供達は、悔しがりながら去って言った。
(………。さて。)
「おい坊主、どうして友達のソフト盗んだ!?」
「!!盗んでないよ!」
「そうか?それじゃ、左の靴…脱いでみろ。」
「!!」
全く…最近の子供は利口なのか卑怯なのか……。ランドセルやポケットには入れずに、靴の中にソフトを隠していた。
「さぁ、脱いでみろって。」
「……………。」
もう1度迫ったが、子供は隙を見て逃げようとした。なので、その腕を掴んでやった。
(全く…態度も呆れた奴だ。)
「止めてってば!」
そして、乱暴に足を掴んで靴を脱がせた。すると案の定、ゲームソフトが地面に転がった。当然だ。俺には見えていた。
「離してよ!」
「どうして盗んだか、教えたら離してやる。」
「離して~!誰か~!助けて!!」
「…………。」
子供は周囲の大人に助けを求めたが…そんな言葉に臆する俺ではない。願い通りに手を離すと、また逃げようとしたので今度は襟元を掴み、力一杯のビンタを食らわせた。
「どうして盗んだ?」
「誰か!助けて!!」
「どうして盗んだ!?」
「誰か……。」
「どうして盗んだんだ!!?」
助けを求める度に、質問とビンタを繰り返した。辺りの大人が気付いて止めに入るが、それでも俺は許さない。
「あんた!大の大人が、こんな子供に暴力振るうなんて!何考えてるの!?」
「うるさい!このガキは友達の、大切な物を盗んだんだ。殴られて当然だろう?」
「ご免なさい!」
止めに入ったおばちゃんにも強く出た。するとガキは諦めたのだろう。誰も助けてくれないと悟り、遂に謝った。だから俺もビンタを止めた。
「………。どうして盗んだ?」
「…………。」
質問を繰り返したが、それでも子供は口を開かない。もう1度左手を振りかざした。体を小さく丸めたが、子供はやっと理由を話し始めた。
「僕は…ゲーム機を持っていない……。羨ましかった。皆が楽しくゲームをしてるのを見て、羨ましかったんだ。」
「…………。」
どうやら、ソフトを盗んだところで遊ぶ本体もなければ、何処かに売り飛ばす気もなかったようだ。
「だからと言って、他人の物…友達の物、盗んで良い訳ないだろ?」
「………ご免なさい。」
(何だ……。ちゃんと謝れるんじゃないか……。)
「……仕方がない。…坊主、家は近所か?3時間したら、もう1度ここに来い。」
「???」
事情を知った俺は子供と別れ、勝負に向った。来た道を戻り、チンジャラチンジャラと五月蝿いパチンコ屋に入り、一台のスロットマシーンに腰を落とした。
(今日ぐらいは……勝たせろよな?あの子の為なんだ。)
「うわ!おっちゃん、貰って良いの!?」
「おう!但し条件がある。」
勝負には勝てた。数年振りの勝利だ。設定を透視すれば勝負は貰ったものだが、そんな事はしない。ギャンブルだって何だって、決めた時には裸で勝負だ。そこで力は卑怯だ。
「……僕が盗みました。ご免なさい。」
「なっ?この子もそう言ってんだ。ソフトもちゃんと返した。だから許してやれ。」
「…………。」
ゲーム機をあげる代わりに、ちゃんと頭を下げさせた。俺はその側で許してやれと、優しい声で友達に語り掛けた。勿論、強面の顔は崩さない。
「……分かったよ。許してやるよ。」
俺に怯えたのか、それとも謝罪を受け入れたのか、友達は許してくれた。
「おっちゃん!ありがとう!」
「おっちゃんじゃない。お兄さんだ。後、『ありがとうございます』…だろ?」
「ありがとうございます!お兄さん!」
「はははっ!お兄さんは冗談だ。おっちゃんで良いよ。それじゃ元気でな?2度と他人の物、盗むんじゃねぇぞ!?そして友達は大切にしろ!」
「うん!あっ……はい!」
どうやら友達連中は、俺に怯えて許した訳ではなさそうだ。あの子は挨拶をくれた後、連中の輪に入って行った。ゲームソフトを借り、仲間と楽しそうに遊び始めた。
(しかし…危ないところだった。勝負に負けたら、事務所の金を盗んでゲーム機買ってやらなきゃいけないところだった。橋本に、殺されたかも知れない。)
しかしおかげで、今日の晩飯の資金も出来た。おばちゃんの店で、土産でも買って帰ろう。
(………。)
あの子の気持ちも、分かる気がする。俺も昔は貧乏だった。
(まぁ、今でも変わらず貧乏だが…。)
健二との腐れ縁も、2人とも貧乏だから続くのかも知れない。だけど、俺も健二も小学校の頃から能力は使えたが、悪用した覚えはない。
俺は…ヒーローに憧れていた。健二もそうだ。どんなに腹が減っても、正義のヒーローになる為に我慢した。誰の物も盗まなかった。
『弘之!俺は将来、警察になる!』
『えっ?何で!?』
『警察は正義の味方だし、刑事になったら、毎日あんパンと牛乳が食えるんだぜ!?』
『?本当か!?』
昔を思い出す。あの頃は、俺も健二も馬鹿だった。
結局、健二は警察にも刑事にもならなかった。いや、なれなかった。頭がついていかなかったのだ。成長と共に、あいつはスケベな事ばかりを考えるようになった。でも、ヒーローになる夢は捨てなかった。俺だってそうだ。…今だってそうだ。
………。甘やかす事は嫌いだ。でも…俺は今日、少しでもあの子のヒーローになれたかな?
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