INTRO TWO;幸雄
(いや~、やっぱり女の子がいると、事務所の雰囲気も変わるな!紫苑ちゃんは良いよ!やる気が出る!誘って正解だった!)
紫苑ちゃんの号令に、一番乗りで事務所を出た俺は相棒に乗り込んだ。ボディはオンボロだが、ハートは腐っちゃいない。何処までも飛ばすぜ!相棒!!
『プスン、プスン。』
「………。」
相棒…今日は調子が悪いみたいだ。ボンネットを開け、何処が悪いのか診てる内に他のメンバーがビルから出て行く。それでも俺は相棒を見捨てない。
どうにか元気を取り戻した相棒に乗って、遠出する事にした。この町は平和過ぎる。客が見つかるはずもない。30分程走った先に市の中心街がある。そこで客を探すのが、一番効率が良いはずだ。
そして…この日の為に俺は、取って置きの広告を作った!名付けて『ハンバーガーマン』だ!
説明しよう!ハンバーガーマンとは2つの看板に紐を括り付け、それをポンチョのように着用する事で、前からも後ろからも宣伝が出来ると言う優れ物なのだ!サンドウィッチマン?と言う声も聞こえるが…全然違う。サンドウィッチには…ハンバーガーほどのボリュームはない!これも同じく、これほど内容が詰った看板はないのだ!
「何、あの人?おかしくない?」
「罰ゲーム?ださい…!」
「…………。」
何やら、周りで変な声が聞こえる。
俺は今、中心街でも特に人通りが多い場所に立ち、ハンバーガーマンを背負っているのだが…通り過ぎる連中の反応が悪い。
(どうしてだ?)
まぁ…それでも全員が注目している。宣伝効果としては抜群なのだろう。
(………。)
それにも関わらず、昼飯を抜いて頑張っている俺に誰も声を掛けて来ない。それどころか避けて歩く。目線はこっちを向いているのに…。
(…どうしてだ?)
「おじさん、探偵なの!?」
「………。」
「おじさん!………おじさんってば!!」
「……?あっ、俺か?……俺!?俺はおじさんじゃなくて、どっかから見てもお兄さんだろ!?」
背中から声が聞こえたが、まさか俺を呼んでいるとは思わなかった。振り向くと、小学生ぐらいの女の子がいた。
「探偵さんなら、お願いしたい事があるの。ついて来て。」
何やら困っている様子だ。
子供が寄せる仕事なんて大した事ないし、金にもならない。だが!俺は誰とて見捨てやしない!困っている人がいれば救いの手を差し伸べ、泣いている人がいれば、側にいてやる。それが男って……
「おじさん、早く来てってば!」
「…………。」
全く以ってせっかちだ。それでも、急ぎ足で遠ざかる女の子について行く事にした。
「あそこ!あの風船を、取って欲しいの…。」
到着した場所は、駅裏の公園だった。そこに植えられた木の枝に、風船が引っ掛かっている。
「…………。」
探偵と言う仕事は、いつも誤解される。俺達は便利屋ではない。この子の為にも依頼を断り、便利屋との違いを教えてやりたいものだが……
(1度やると決めた事だ。最後までつき合おうじゃねぇか!)
しかし…かなり高い場所に引っ掛かったものだ。大人の身長でも全然届かない。力を解放すれば直ぐに取ってやる事も出来るが…公園には少なからず人がいる。力だって、そう簡単に発揮する訳にもいかない。制限時間付きで、無理をすると明日に響く。もう1つの力で鳥を操る事も出来るが…生憎、それも見当たらない。
(仕方ねぇな…。)
「お嬢ちゃん、ちょっと…後ろを向いててくれるかな?」
「…………?」
「一瞬だけ!ねっ?」
辺りを見回し、覚悟を決めた俺は依頼主が振り向いたと同時にジャンプして、4メートルほど上に引っ掛かっている風船を取ろうとした。
(!?しまった!!)
しかし失敗に終わった。高く飛び過ぎて、風船を通り越してしまったのだ。落下のタイミングで触れは出来たが掴むまでには及ばず、風船は、更に上に飛んで行った。
「あ~!!!」
幸いにももう1度枝に引っ掛かったが、こちらを見直した依頼主は嘆いている。
「ダニー君が、飛んで行っちゃう!」
「つっ、強い風が吹いて飛ばされたんだ。でも、まだ大丈夫だ。おじさんが、必ず助けてやる。」
俺は咄嗟に嘘をつき、泣きそうになっている依頼主を宥めた。
ダニー君とは、風船に括られていたぬいぐるみの名前だろう。かなり趣味が悪いぬいぐるみだ。人の血を吸う、ダニの姿をしている。
(この子の目的は、風船じゃなくてダニー君か…。)
「お父さんに買って貰ったの!いつも一緒なの!お願い、探偵さん!ダニー君を助けて!!」
「………。」
依頼主の目尻には、涙が溢れ出している。しかし…これ以上のジャンプをしたら体は明日、100%悲鳴を上げる。
(それでも!親父と依頼主の趣味も悪いが……ぬいぐるみを大切にするこの子の気持ちは…誰にも劣っちゃいねえ!!)
「あっ!あれ何だ~~!!?」
不意を突いて遠くの方を指差し、依頼主の気を逸らせた。
「はい、お待たせ!風船と、ダニー君が戻って来たよ。」
「えっ!?本当だ!ありがとう!」
その隙にもう1度力を解放して7メートルほどジャンプし、風船とダニー君を救出した。これで筋肉痛は確定だ。激痛にも悩まされる事だろう…。
「これからは気をつけるんだよ!?ダニー君にはもう、無理をさせちゃいけねえ。」
それでも、困っている人を助けるのが俺達の仕事だ。ダニー君を受け取り、満面の笑みを浮かべる依頼主を見ていると幸せな気分にもなる。
「探偵さん、ありがとう!これ、お礼!!」
「おっ!?」
突然、依頼主が俺に近寄り、ほっぺにキスをしてくれた。
(…全く、ませたガキだぜ!)
「それじゃ~ね~!」
依頼主は走り去った。その背中を眺める俺の鼻からは、赤い鮮血が流れていた。だけど決して、誰かさんみたいに興奮した訳ではない。背負ってた看板が…ジャンプした拍子に鼻を直撃したのだ!!俺は宣伝を忘れない。依頼主に呼ばれダニー君を救出するまで、ずっとハンバーガーマンを背負っていた。それが、ハンバーガーマンとしての使命なのだ!
それにしても…頂いた報酬は俺の探偵人生の中で、一番の報酬だったかも知れない。
(これだから探偵は辞められねえ!)
今日はこのくらいにして帰ろう。宣伝も上手くいっただろうし、仕事の出来も上々だった。
「……………?」
気分良く相棒の下に帰ったのだが、相棒の顔には駐車禁止の切符が貼られていた。
(全く…世間は冷てえな…。紫苑ちゃんに、何て言い訳しよう……?)
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