INTRO ONE;健二

 全く…橋本は人使いが荒い。


(今日は珍しく早くに出勤したんだ。だったら昼寝ぐらい良いじゃねえか?)


 あいつが入社してからと言うもの、事務所でのんびりと過ごせなくなった。どうせ中に居ようが営業に出掛けようが、貧乏なのは変わらない。

 ただ、外の世界は良いものだ。たくさんのべっぴんさんが拝める。事務所にいるよりマシかも知れない。しかし悔しい事に、どれだけ目を凝らしても服が透けない。弘之にコツでも教わりたいんだが、奴は頑なに拒否する。全く…ケチな男だ。


(まぁ、どうせ出来っこねえだろうけど…。)



 しかし町が平和過ぎる。事務所の評判は何処から湧いて出てきたのか…分からないくらい何も起こらない。だから幸雄は相棒に乗って遠出すると言っていたが…


(そもそも、営業ってどうやるんだ?通り過ぎる人間、1人1人に声を掛けるのか?)


 …そんな面倒はしたくない。




 昼まで町を歩いて、腹が減ったからあんパンと牛乳で昼飯を取る事にした。刑事か!?って感じだが、そんな気分に浸るのは好きだ。(本当になろうとは思わねえが…。)幸雄を後輩にして、こき使ってやる。


「ふざけんなよ!?てめえ!」

「??」


 昼飯を済ませ、駅前のベンチで昼寝をしていたら怒鳴り声が聞こえた。目を開けると、少し離れた場所で中学生くらいの女子らが…誰か1人を囲んでいる姿が見えた。時間は夕方前…学校帰りなのだろう。


「ゴメンなさい。許して!」

「その態度も気に食わないんだよ!てめえみないな女、死んでしまえば良いんだ!」


(………。喧嘩じゃなくて、苛めか…。)


 近頃の女連中は怖い。黙ってれば可愛いものの、どうしてあんな汚い言葉を使う?…分からない。


「お前、ちょっと裏来いよ!ヤキ入れてやる!」


(ヤキ……。使うか?このご時勢に…。ここはド田舎なのか??…あぁあぁ。あの子、髪引っ張られて連れてかれたよ……。周りの大人は、誰も注意しねえのか?)


 世の中が、どんどんおかしくなっていく。……仕方ねえ……。



「はいはい、お嬢さん方。そこまでだ。」

「!?何だ、おっさん!お呼びじゃないんだよ!ヤキ入れるぞ!?」

「女の子が、そんな言葉使っちゃいけません。ババアだって使わねえぞ?何処で覚えたんだ?」

「うるせぇ!」

「それも禁止。大体、その子が何をした?可哀想じゃねえか?」


 駅裏の駐輪場に、正義のヒーロー参上って訳だ。


「………ヒガミじゃねぇか…。それって。」


 事情を聞いてみると怖い女の子連中は、ただただその子が気に入らないらしい。頭が良くて美人で、性格も良い。それだけで苛めているそうだ。


(そんな理由で苛めるか?やっぱりここは田舎町のようだ。…どうして弘之は、この町に事務所を構えた?)


「おっさん、あんまり五月蝿くしてると親呼ぶぞ!?あたいの親、ヤクザなんだからね。」

「『あたい』……。古いな?親がヤクザか…。それで、生きた化石みたいな言葉を使うんだな?」


 田舎娘との会話も疲れてきた。さっさと可愛こちゃんを開放してやろうと、輪の中に割って入って逃げるよう促した。


「!てめぇ、邪魔すんじゃねぇ!」

「!?痛って!!」


 可愛こちゃんが外に出た瞬間、何か、熱いものも感じた。


「マジで!?何処まで古いんだ、お前ら!?」


 熱くなったところに手を当ててみると、掌が血で真っ赤になった。田舎娘の手には、カッターナイフが握られていた。


「大丈夫ですか!?」

「あぁ、良いからさっさとお逃げなさい。悪い子達は、俺が何とかするから。」


 可愛こちゃんは血を見て心配したが、俺はもう片方の手を使い、ここから去るよう促した。


「あっ、ちょっと待て。これ…。また苛められたら、ここに連絡くれると良いわ。また助けてやる。」


 これも営業の一環だ。綺麗な手で名刺を渡し、可愛こちゃんを帰した。そして田舎娘達に体を向けた。


「おじさんを、怒らせちゃいけない!」


 勝負は一瞬だ。いや、勝負にもならない。凶器を取り上げ、するとまた違う凶器を取り出したのでそれも取り上げ、それを数回繰り返したら連中は何も出来なくなった。

 力は必要ない。格闘技を習っていた俺にはこのくらいの事は朝飯前だ。


「うちの親は、ヤクザなんだぞ!?」

「……言いたい事はそれだけか?だせえな?凶器なしじゃ喧嘩も出来ねえ。親がバックにいねえとタンカも切れねえ…。」

「………。」

「約束しなさい。あの子を2度と苛めないって。約束しないとおじさん、本気で怒るよ?」

「……今日のところは引き下がってやる!覚えてろよ!」


 結局、自分の手では何も出来ない連中は逃げ去って行った。


(しかし…去り際にも死語を使うか…?親の顔が気になる。どれだけの田舎ヤクザなのか、確認がしてえ。)




 駅のトイレで血を洗い、ベンチに戻ると苛めっ子連中がいた。幸いにも、あの可愛こちゃんの姿は見えない。無事に帰ったようだ。


「ねえ?あんた。」

「あっ?」


 苛めっ子連中は無視してベンチに座ったつもりが…親がヤクザの、一番性質が悪そうな田舎娘が声を掛けてきた。


「まだ用があるのか?」

「あたいらと遊ばない?良い事しようよ。その代わり、あたいらの用心棒になってよ。」

「………。はぁ??」


(事務所に戻ったら、弘之に引越しを勧めよう。ここは余りにも田舎過ぎる。時が昭和で止まってんぞ?ボディーガードならまだマシも、用心棒って言ってぞ?この女…。昭和の匂いがプンプンする。)


「どうするのよ?遊ぶの?遊ばないの?」

「………。はぁ……。全く救えねぇな?」

「あっ??」


 裏声で返事をする顔も気に食わない。昭和の舐め方だ。…全く。


『バシッ!』


 ヘラヘラしたその顔に、力一杯のビンタを食らわしてやった。


「さっさと親呼んで来い。相手してやる。」

「………。」




(さて…そろそろ帰るとするか?)


 日が暮れ始めたので、俺はベンチから腰を上げた。小1時間ほど昼寝をしていたはずだが、結局、田舎娘の親は来なかった。恐らく、ヤクザと言うのは嘘だったのだろう。


(………!?って事は、あの口振りは誰の影響だ!???弘之!駄目だ!この町は、現在進行形でド田舎だ!いや、タイムスリップしてんぞ!?)


 違った意味で怖くなる。俺は急いで事務所へ向かう事にした。


(それにしても…)


 仲間達は俺の事を無類の女好きと言うが、実はそうでない。許せる女、許せない女がいる。何よりも相手は中学生だ。大人の俺が手を出す訳がない。


(それにしても、苛められてたあの子……可愛かったな……。名刺渡したんだから、連絡くれるよな?あの子の、10年後が楽しみだ。)

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