HUNGRY DOGS

JUST A MAN

INTRO

INTRO ZERO;5+1

 ソファーで目を覚ます。昨日は、仲間達と騒ぎ過ぎた。飲めもしない酒を大量に飲んだので、目覚めが悪い…。何処か置いていたはずのタバコを手探りし、何かが床に落ちた事も気に留めず、どうにか一服したら…もう1度眠りたい気分になった。


(………。)


 しかし灰皿がない事に気付き、仕方なく重い腰を上げた。


 家には戻らず、事務所で夜を過ごした。俺達の事務所だ。ここで幼馴染達と、探偵家業を営んでいる。

 3年目を迎えた事務所は、巷では優秀と噂されている。受けた依頼を、全て解決しているからだ。その秘訣は俺達が…普通の人にない能力を持っているから。そして人とは違う、極端な個性も持っている。


「お疲れさん…。」


 扉が開いた。誰かが出勤したようだ。…もうそんな時間か?


「お前が一番乗りとは…大雨が降るんじゃないのか?」

「………。」


 気だるそうに、それでも最初に出勤した男の名前は健二…。安本健二だ。

 気だるそうなのは、昨日の深酒が原因ではない。元からこんな男なのだ。酒には強く、酔っ払った姿を見た事がない。だがこれは、健二が持つ極端な個性ではない。こいつは…女に目がない。男なら誰でもそうかも知れないが、こいつは尋常だ。健二に、俺が持つ能力がなくて良かった。いや、あった方がむしろ、慰めになったかも知れない。それほど健二は女にもてない。無類の酒好きで女好き…。しかし女には、徹底的に相手にされない。それが健二の個性だ。

 そして、こいつが持つ能力……。健二は、テレキネシスを使える。いわゆる念力だ。物体に触れる事なく動かす事が出来る。テレポート、つまり瞬間移動も操る。ただ、対象物の大きさや重さ、移動距離には制限がある。…幸いだ。自分の体を何処かに移動させる事が出来たら、女風呂でも覗く事だろう。能力を悪用しているのでは?…と思われるかも知れないがそれはない。女性を相手に能力が使えない。スケベな事を考えると集中力を失い、力を発揮出来なくなるのだ。


「おはよう。…あれっ?弘之…健二も先に来てたのかい?」

「俺はここで一泊した。」

「……。なるほどね。」

「俺はちゃんと出勤したぞ?」

「!?健二が!?大丈夫かな?大地震が来るんじゃないか?でも…」


 もう1人出勤したようだ。次に現れた仲間は不思議な事に、手探りもせず自分の席に着いた。名前は琴田拓司。残念ながら、生まれついての全盲だ。それがこいつの個性なのだが…ハンデとも思える個性を、補って余る能力を持っている。


「そんな夢、見てないな…。」


 拓司は、この世に存在する全ての色を知っている。こいつが持つ力…予知能力のおかげだ。近い未来に起こる出来事を夢で知る。しかし残念ながら夢はランダムで、自ら選ぶ事は出来ない。ただ、予知夢は主観的であっても客観的な視線であっても鮮明な映像や画像で映り、目では見た事がない色に溢れている。そしてその色は、現実世界の色と一致している。例えば、林檎を食べる夢を見たとする。拓司はそこで、林檎の皮が赤い事と、実が白っぽい事を知るのだ。

 そしてもう1つ、サイコメトリーも操る。手で触れた対象の残留思念を読み取り、過去の記憶までを探り取る。本人曰く、『何かを読み取る』と言った意味でサイコメトリーと予知能力は、同じようなものらしい。


「お疲れさん!!今日も、元気に行こうぜ!!」

「………。」

「朝っぱらから…うるせえ!黙ってろ!」

「何だと!?健二!」


 俺の紹介をする暇がない…。もう1人やって来た。


 次に現れた仲間の名前は塩谷幸雄。健二とは幼稚な、犬猿の仲にある。

 幸雄には、信じられない身体能力が備わっている。気を操る事が出来るようで、人間に秘められた身体能力を、最大限に開放する事が出来るのだ。しかしその反動で体に掛かる負担は大きく、能力の開放もせいぜい10分程度…。それ以上に力を開放すると、向こう2、3日は仕事も出来ないくらいに体が悲鳴を上げる。しかし開放された身体能力は素晴らしく、トラック級の車を持ち上げたり、10メートルほどの高さまでジャンプ出来たり、目には留まらない速さで動けたりもする。そしてそれに負けじと劣らず、まるで幼い子供のように、いつも五月蝿く騒ぎ立てる。『いつでも全開』…。これが幸雄の個性だ。

 そしてテレパシーを操る。脳波を通じて、誰かと交信する力だ。幸雄曰くは、相手の気持ちは読み取り、自分の気持ちは植え付けると言う。これが厄介だ。情報を送られるこっちの頭は頭痛を伴い、平衡感覚を失う。脳が揺らされるからだと推測しているが…考えると恐ろしい話だ。幸雄は、人を操る事が出来るかも知れない。脳を操り、機能を低下させて植物人間にしたり、下手すると殺してしまうかも知れない。慣れた俺達でも念波を受け入れる時は、いつもそんな恐怖に駆られる。実際に、動物程度なら従わせる事が出来る。動物は残念ながら、人ほどの知能を持ち得ていないのが理由だろう。しかしイルカには通じなかった。高等な脳を持つ動物だ。幸雄よりも賢い。つまり操れる対象は、幸雄よりも知能が低い動物だけとなる。


 幸雄と一緒に出勤した仲間がいるので、続けて紹介しよう。名前は小泉千尋。女みたいな名前だが、幼馴染の男だ。相棒と呼べる、頼りになる存在だ。

 こいつの能力こそ恐ろしい。幸雄のように相手の気持ちを読み取る事は出来ないが、思念を伝え、完全に操る事が出来る。ビルの屋上から飛び降りろと命ずれば、相手はいとも簡単に命を失うだろう。しかし千尋は、間違った力の使い方はしない。


(………。)


 俺達は…そう信じている。


 そして千尋の個性だが…これもまた厄介だ。こいつは占い好きだ。タロットカードを扱い、その結果を信じて疑わない。例えば水難の相が出た場合は、決して海やプール、川などでの仕事を行わない。東の方角に良くない事が待っていると出れば、そちらへ向う仕事も一切引き受けない。そんな占いを信じるなと怒りたいところだが…実はそうも行かない。千尋の占いは、ほぼ当たってしまうのだ。無理をして仕事に向わせれば海で溺れるわ、事務所を出た途端に車に跳ねられるわで…恐ろしいほどに的中する。これも能力の内か?と思わせるが真相は分からず、ただただこの厄介な占い結果に振り回される事が多い。千尋自身は、それで命が救われていると感謝している。


 さて、これで全ての仲間が揃った。うちの探偵は、俺を含めて5人。同じ歳の幼馴染で構成されている。最後に俺の紹介を…しよ…


「ハックション!」


 何故かくしゃみが止まらない。あぁ…そうだった。もう1人の仲間を忘れていた。どうやら本当の一番乗りはこいつのようで、掃除を終えて会議室から姿を現した。30半ばを迎えた俺達よりも10歳ほど年下の、紅一点のメンバーだ。名前を橋本紫苑と言う。力はないが、超能力に大きな関心を寄せている。

 突然だが、俺が同じ空間に居られる女は母親と橋本ぐらいだ。その理由は後で話す事にして…。橋本がここに来た経緯は、こちらからのスカウトだ。幸雄が力の有効時間を延ばそうとヨガスクールに通った事があるのだが、そこでインストラクターをしていたのが橋本だった。直感で何かを感じた幸雄は、頭の中を覗いた。そこで驚きの発見をした。橋本は超能力に関心があり、力を開発しようとヨガを行っていたのだ。また、アメリカに留学していた経験もあって英語が堪能なので、様々な面で助かると思えた。だから声を掛け、採用するに至った。ちなみにアメリカでは、霊能力の研究をしていたらしい。本人曰く霊能力と超能力は、同じ原理との事だ。わざわざその研究の為に、アメリカに飛んだのだ。確かに仲間の内、数名はそのような力を持っている。俺と幸雄だ。何かの気配を感じたり、見えてはならないものが見えたりする。しかし、『それがどうした?』と言った感じだ。幼い頃から当たり前のように持っている力なので超能力と同じく、これを特別な力だと思った事がない。

 そして…これまたちなみ話なのだが橋本は超能力だけでなく、妖精の存在も信じているらしい。幸雄が言っていた。夢見がちな女なのだ。


 さて、やっと俺の紹介を……。と、その前に文句を言いたい。橋本にだ。


「橋本!お前、また化粧品変えただろう?」

「所長、また例のあれですか?もう、好い加減にして下さい!」

「体質なんだから…仕方ないだろ?」

「こっちの身にもなって下さいよ?新しい化粧品も試せないなんて…。」

「………。」


 文句を言ったが、聞いてくれる相手でもない。気を取り直して…


 俺の名前は金森弘之。ここの所長を務めている。そして健二がうらやむ能力…透視能力が備わっている。全ての物が透けて見えるのだ。いや、透けて見えると言うより、見たい物を直視出来ると言うか…障害物が見えなくなると言うか…。とにかく、半径10メートル以内の対象であれば、例え壁の裏側にあろうが、真っ黒な液体に浸かっていようが直視出来る。

 そして俺の個性と言えば…女性アレルギーだ。橋本に対しても、当初は相当なアレルギー反応があった。だが長く一緒に仕事をしていると、それにも慣れた。しかし化粧品を変えられる度に、先ほどのような言い争いが始まる。アレルギーの原因は…はっきりとしないが、女性ではなく化粧品のようだ。高校までは共学の学校に通い、それでも問題はなかった。だが大学に入った頃から女性に近づくと蕁麻疹が出て、しゃっくりが止まらなくなり、時として気絶までした。慣れたところで、今のようにくしゃみが止まらなくなる。しかし相手が化粧をしていなければ問題はない。……多分の話だ。若しくはその化粧にさえ順応すれば、アレルギーは起こらない。だから母親と橋本に対しては免疫があると判断している。




「お客さん、そろそろ来る時間ですね?」


 昼前になり、橋本がそう呟いた。今日は、珍しく客が事務所に訪れる事になっている。


「…ブツが入っているよ。」


 そこで拓司が、昨日見た夢を俺達に伝えた。


(……またか………。)


 それを聞いて、俺達はウンザリな表情を浮かべた。


「本当ですか!?」

「………。」

「…嬉しそうだね?」


 …橋本は除いてだ。事務所勤務の橋本は、現場で発揮される俺達の能力を目にする機会が少ない。久し振りに力を拝める事が楽しいのだ。


 約束の時間を過ぎた頃、1人の男が、黒尽くめの連中を後ろに控えさせて現れた。橋本は、怯える事なく連中に近づき依頼の内容を尋ねた。だが、尋ねなくても内容は把握している。慣れた仕事だ。橋本も知っているはずだ。


 話を終えると、黒尽くめの連中が中型の金庫を重そうに抱えた。その金庫を開錠して欲しくてここに訪れたのだ。


(………。)


 俺は大きく溜息をついて金庫に近づき、能力を開放した。金庫はダイアル式だ。今の段階で健二の力は必要ない。俺がダイアル部分を透視し、左右に何度回せば良いのかを確認すれば良い。

 だがその前に、金庫の中身を確認した。拓司が予知夢でそれを見ていた。


(……。やっぱり白い粉か。…やれやれ。)


 幸雄に目線で合図を送り、頭の中を覗くよう促す。察した幸雄は、頭の中のイメージを健二に送る。健二は平衡感覚を失いながらも金庫を睨み、俺に合図をくれた。俺は中身がなくなった事を確認し、金庫を開錠した。扉が開くと男は喜び、俺を突き飛ばしながら中を確認した。


「!?ない!!」


 そして、あるべきはずの物がない事に怒り出し、黒尽くめの連中に怒鳴り始めた。


「お前ら!金庫を盗み間違えたんじゃないのか!?」


 男の怒りに、黒尽くめの連中が動揺する。


「いや、そんなはずはありません!ちゃんと言われた場所にある金庫を奪って来ました!」

「!!間抜け共!!」


 返事を聞くと男は動揺し、事務所を出て行こうとした。


「待って下さい!開錠したので、料金は頂きます!」


 しかし橋本が、強い態度で男に迫る。男は怒りで我を見失い、料金は払わないと言い出した。


「済みません…。」


 そこで千尋が前に出て、男に声を掛けた。


「何だ!お前は!?金庫の中には何も入ってなかったんだ!金など払える訳ないだろ!?」


 男は突っ掛かったが千尋は動じる事なく…男の目に語り掛けた。橋本の口が左右に大きく伸びる。


(………。全く…。)


「お客さん…。」

「何だ!?」

「私達の仕事は、金庫を開錠する事です。中身が何だったのかは知りませんし、私達には関係のない事です。」

「知るか!そんなもん!払えんもんは、はらっ……」


 怒鳴っていた男が、急に静かになる。


「私達は開錠しました。そうですよね?」

「あぁ……君達は開錠をした。」

「それが、依頼した内容ですよね?」

「あぁ……それが、君達に依頼した内容だ。」

「だったら、料金はお支払いして頂けますよね?」

「あぁ……支払おうじゃないか………。」


 そして瞳孔を開けたまま財布を取り出し、橋本に手渡すと事務所を後にした。黒尽くめの連中は戸惑いながら、中身が抜けた金庫を持ち上げ、男の後を追った。


「凄い!あぁ…私も超能力、身に着けたい!!」


 扉が閉まるまでを確認した橋本が、大声で騒ぎ出す。全く持って調子を狂わされる…。


「それはそれとして、もう少しお金を貰っても良かったんじゃないですか!?人を操れるのに…千尋さん、良心的過ぎます!事務所の事も考えて下さい!」

「………。」


 いつもの調子の橋本を無視し、健二に白い粉の行き先を尋ねた。まぁ…尋ねなくとも知っているのだが……。

 俺達の事務所はとある建物の2階にあり、斜め向こうには交番がある。変な噂が流れる交番だ。この界隈には改心したマフィアや暴力団が多く、交番の机にはいつも、反省した彼らからの届け物でいっぱいだと…。


(しかし…何故そんな噂が流れる?留守になる、パトロールの時間を狙ってブツを送っているのに・・・。)


 とにかく、これで今日の仕事は終了だ。だが今日の仕事は、俺達のメインではない。時としてこのような仕事を引き受けている。


(………。)


 いつかはそんな事務所にしたい。現実は厳しいのだ。そして今は不景気だ。そんな最中に景気が良い、悪い連中ほど顧客として現れる。




「今日の仕事は、これにて終了です。さっ!営業営業!」


 報酬を金庫にしまった橋本が俺達を煽る。仕事がないので、取って来いと言うのだ。酒が抜けない俺達は渋ったが、しつこい声に重い腰を上げる事にした。

 橋本は、俺達が苦手とする女だ。気が強く、なかなかの頑固者…。だがしっかり者でもあるので、言う事を聞くしかない。実際、そうでもしないと食って行けない。事務所はいつも火の車だ。受けた依頼は100%解決するが、如何せん客足が寂しい。だから仕方なく、悪い連中からの仕事を引き受けている。

 

(どうやら探偵ってのは、どの時代でも食っていけない仕事のようだ…。)


 拓司は橋本と事務所に残り、俺達4人は、面倒臭そうに事務所を後にした。

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