七日目
朝起きてご飯を食べる。そして彼と昼食、夕食を除いて触れ合い身体を重ね合わせ続ける。
食べて交わって眠る。そんな獣みたいな毎日。いや、獣だってもう少し理性的な生活を送っているはずだから私と彼はそれ以下なのかもしれない。
彼の家のどこにも時計はなくなり、携帯も取り上げられたままの私には正確な時間を知る術はなかった。でも明るい色調のカーテンから太陽の光が透過されるから、その明るさ暗さで日の昇り沈みを計ることはできた。だから私は彼に監禁されてから何日経つかだけ数えていた。
今日でちょうど彼に足枷を取り付けられてから一週間になる。
日にちの経過と共に食事の内容が微妙に変化し始めた。朝食の時必ず飲む、紙パックのレモンティーがペットボトルのレモンティーに変わり、牛乳を使った料理が作られなくなった。
「痛い、痛い、やめて」
私は走る激痛に悲鳴を上げていた。何の前戯もなく濡れていない状態でのバックからの挿入。いくら何回、何十回と私が彼を受け入れていたとしても慣らしていない状態から入れられれば痛いのだ。
「痛い、痛い、痛い」
私は声を上げ続けるもの彼はやめてくれない。あまりの苦痛に私の目に涙が浮かんだ。
「痛い、やめ……」
私は痛みに半ば意識が眩みかけながらもハッと気づく。
声を上げちゃ、嫌がったらいけない。
彼が罪悪感を覚えてしまう。彼が自分を責めてしまう。そして私が彼のことを嫌っているのだと勘違いしてしまう。私は彼を愛していて、絶対に消えたりしない、いなくならないと安心させなければならないのだ。
「ッ~~」
私は歯を食いしばって声を出さないようにする。
痛くない、嫌じゃない。彼がそうして満足するのならば私は受け入れる。
「んっ」
彼が私から離れた。だから下から突き上げるような激痛から解放された。けれど無理矢理こじ開けられた部分の痛みは消えなかったから、私はベッドに俯せに倒れこんだまま息を吐くことしかできなかった。
「ハアハア」
過呼吸気味になりながら痛みが和らいでくれるように息をする。また彼に同じことを繰り返されたら私は耐えられないかもしれない。
身体が震えていた。また痛いことをされるんじゃないかって私の心とは裏腹に怖がっているのだ。私は震えを止めようと自分の身体を抱き締めた。
怖くなんてない。痛くてもひどい抱かれ方をしても私は大丈夫。だって私は彼を誰よりも愛している。そしてそれと私の存在をまた確かなものだと信じてくれるように、私は示していかなければならない。
私は身体を傾け、見下ろしているであろう彼の方を向いた。無理な挿入後、彼は何もしてこなかった。
「……」
無言でただ私のことを覗き込むだけの彼。その表情に嗜虐や愉悦、征服欲に満たされた酷薄な感情は一切浮かんでいなかった。目を伏せ気味にし眉根を寄せ、罪悪感に苛まれているように苦しげで、悲しみを湛えていた。
彼はやっぱり優しい。
そんな彼の顔を見上げ、私は思った。彼は私を虐げて怯える姿に悦びを見出したりしないし、一方的に押さえつけるだけで無理矢理私に何かを強要したりもしない。私を屈服させて支配し、嗜虐心を満たすための肉便器として扱ったりしないのだから。
「僕はひどい奴だろう?」
彼がポツリと言った。
「君は僕のことを嫌いになっただろう?」
彼は私が返答する間もなくそう続けた。
「監禁して君を犯し続ける僕のことが憎いだろう?」
「そんなことない! 私はあなたのことが好き。今も何一つ変わらず愛しているわ。だってあなたは優しいもの」
私は口を挟んだ。彼はきっとどうしようもない衝動を持て余しているだけなのだ。私のことに対してかれに自分のことを責めて欲しくなかった。自分で自分のことを追い詰める彼を見ることが何よりも私は辛い。
「嘘だ!! ぼくなんか本当はもう嫌いだろう!? 憎いだろう!? 死んで欲しいだろう!? そう言えよ!! 僕を責めればいいだろう!!」
激昂した彼は私の首に両手を掛けた。そして思い切り絞める。
「~ッ」
気管を圧迫され私は息ができなくなった。苦しくて私は反射的に自分の首を絞める彼の手首を外そうと掴んだ。
苦しい、苦しい。
空気を吸い込もうとしても首にかかる握力のせいで遮断されてしまうため入ってこない。
視界が赤黒く滲む。意識が眩みそうになった。
私は空気を求めてそれを邪魔する彼の手を外そうと爪を立て藻掻く。
「~~ッ」
苦しい、やめて、放してなんて言葉は声にならなかった。酸素を取り込めない口はただパクパクと空回りするだけで、彼の手を解こうとしても私の力じゃビクともしない。
赤黒く塗り潰されそうになる視界に、私は彼の顔を捉えた。
唇を強く引き結び、眉間に皺を寄せ、瞳を揺らしている彼。鬼気迫った表情で私の首を絞めているけれど、そこには苦痛の色もあった。
私が彼の手首を爪を立てて思い切り掴んでいるからだ。手首を引っ掻くようにされれば痛いのは当然のことだった。
彼は左腕の肘から手首にかけて包帯を巻いている。私を押さえつけたり不自由なく動かしていることから骨折している訳ではないだろうけど、怪我をしているかもしれない腕。そこが特に痛んで悪化してしまうかもしれない。
私は力を抜こうとする。苦しくて苦しくて本能的に彼の手首を、取り外しにかかろうと藻掻きたくなったけれど、私は握力を緩めた。
彼に抵抗してはいけない。
私は自分に言い聞かせる。だって彼に痛い思いなんてさせたくない。それに彼は怖がっているだけなのだから。不安と恐怖をこんな形でしかぶつけることができないだけで、私を殺そうとしているわけではないのだから。
私はなんとか触れる程度まで彼の手首を掴む力を緩めた。掴むんじゃなくて、包み込むように。彼に大丈夫だと伝えられるように。
ねえ、そんなに怖がらないで。私はあなたの傍からいなくならない。ずっと愛しているわ。
私は頬をと唇を吊り上げ笑顔を作る。きつくなりそうになる眼差しを柔らかくして彼を安心させられるように微笑みかける。苦しくて、意識が遠のきそうで上手く笑えているか自信はないけれど、少しでも彼の恐怖を和らげてあげたかった。
私の頬に無意識の内に滴が伝った。
突然私の首を圧迫する力が消えた。彼の手が私の首から放されたのだ。
「ゲホゲホッ、ゲホゲホッ、ゲホッ」
突然入ってくるようになった空気に私は咳き込んでしまう。
「ゲホッ、ゲホゲホッ」
肺が酸素を取り込もうと急ぎ過ぎていて呼吸がままならない。反射的にうずくまり喉を手で押さえたままどうにもできずに、私はただただ咽ていた。
「ハアハア」
息はまだ切れたままだったけれど、なんとか普通に息を吸ったり吐いたりできるようになってきた。私は呼吸を整えようと頑張りつつ彼を見上げた。
彼は目を見開いたまま茫然としている。驚き、恐怖、後悔、色々な感情がごちゃ混ぜになったような顔。焦点はどことも合っていなかった。私の首を絞めていた手は、今はもう力なく降ろされたまま。
あれ?
私は彼の日光を浴びていない色白な腕、特にさらに真っ白な包帯が巻かれている左腕に目が吸い寄せられた。なぜならその左手首辺りに赤いシミができていたから。真っ白な中にくっきりとある一点の赤。
「血……?」
私はそう口にしていた。今まで彼の包帯にこんなに鮮やかな赤いシミはなかったはずだ。じわりとさり気なく広がっていくそれはこの瞬間にも溢れてきていることを示していた。
「ごめんなさい! 私が強く掴んだせいね。大丈夫?」
私は彼の腕を取ろうとした。
「さ、触るな!!」
彼は自分の左腕に視線を遣り、異変に気づくと右手で赤く染まった部分を私から隠した。
「でも出血しているわ。早くどうなっているかきちんと見て相応の処置をしないと……」
「見るな! 見るな! 見るな!!」
それでも手を伸ばそうとする私から顔を背け、左腕を庇いながら彼は怒鳴りつけ拒否した。切羽詰まった声、腕を抱きかかえるように私から隠す彼。ガタガタ震えていて、本気で私に血が滲んだ包帯を見られるのを恐れている。
私は何も彼をより傷つけようとしているわけじゃないのに。どうしてそんなに私を怖がるの?
「大丈夫だから。君が気に掛けるようなことじゃない。君が気に掛ける必要はないんだ。気にしないでくれ」
彼は怯えた目で私に言うとそそくさと脱ぎ捨てたカッターシャツを羽織り、包帯を巻いた腕を隠した。そして最低限の物を身に着けると、私に足枷を付けるのも忘れて逃げるように寝室から出て行った。
私はただ呆然とその姿を見送るしかなかった。
彼はなぜ頑なに左腕を隠そうとしたんだろう? 出血したことから怪我をしているのだろうけど、どうして私に見せてくれないのだろうか?
あの包帯の下はどうなっているのかな?
私の心の中は首を絞められた衝撃よりも、彼の包帯の巻かれた左腕に対する疑問で占められていた。けれど私なんかが思考しても答えなんて出てくるはずがなかった。
私は目を閉じる。強引に抱かれ続け、さらに首を絞められ私の身体は疲れ切っていた。だから彼が落ち着いて、普段の状態になって再びこの部屋に戻ってくるまで眠るのだ。
私の意識はあっという間に闇に落ちた。
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